27 ララの祝福と過去② sideララ
それから母は年老いた自分の母親に有無を言わせず私を預け、さっさと村を出て行った。
母が私のことを疎ましく思っていたのは知っていたので驚きはなかったし、きっと子連れより独り身の方がハンターとして活動しやすいのだろうなという感想しか出て来ない。
祖母は心底嫌そうな顔をしていたがまだ七歳の孫を放り出すような非道な人間ではなかったらしく、人目を気にしながらも小屋へ入れてくれた。
…人目なんか気にしなくても周りに家なんか一軒も建ってやしないのに。
最初からここに住んでいたのか、母が起こしたトラブルにより村のはずれに引っ越しを余儀なくされたのかは定かではなかったが、私は祖母に歓迎されていないということだけははっきりと分かった。
そして村に来て一週間―――
田舎とは、娯楽に飢えて非日常な出来事を求めているくせに排他的な奴らが多いのだな、という感想を現在進行系で抱いている。
カンッ!!
「おぉいっ今日こそ出て来い!しりがる女ぁ!!」
「おらが成敗してやるだ!!あはは」
「この前チラッと見かけたけんどブスだったど。あれがしりがる?」
「あんた達意味分かって言ってないべ、あの子の母親が尻軽だから子どももきっとそうなるべって話だしょーが」
「きゃはは!男子ってほんと馬鹿だべ〜」
…馬鹿はお前もだろうに。 本当にくだらない。
窓の隙間から外の様子を覗き見ると自分と同じくらいの年頃だろうか…頭の悪そうなマヌケ顔をした子どもが男女五人でこそこそと話し合い、時折石を小屋に投げつけてはこちらの反応を窺っていた。
というか、本当に家に石を投げるのは止めてほしい。
吹けば飛ぶような家とはまさしくこのオンボロ小屋のことなのだから。
とりあえず面倒くさいので小屋の中で息を潜め、馬鹿なガキ共が立ち去るのをじっと待つ。
ちなみに祖母は朝早く出掛けており不在だ。
正直、田舎の情報収集能力と恐ろしく早い伝達速度を舐めていた。
村に着いた当初はしばらくバレることはないだろうと高を括っていたのだが、翌日には祖母の家に子どもがいることがバレて、その次の日には私があの女の子どもであるということがバレた。
さらにその翌日には、親から情報を仕入れた村のガキ共による嫌がらせが始まったというわけだ。
はぁ……。本当にくだらな―――
―――パリンッ!!
小屋の窓ガラスが割れてビクッとする。ガキ共の投げた石が当たったんだ…。
「「わぁあ〜逃げろぉぉ!!」」
「きゃ〜〜あははっ」
「ぷっ!きゃはは!」
あいつら………。
室内に散乱するガラスの破片を見ながらどう復讐してやろうかと仄暗いことをつらつらと考える。
あいつらの家にも同じことをする?…だめだ、祖母に家から出るなと言われている。
では、次にあいつらが来た時に石を投げつけてやるか?…いや、逆上したガキ共に家の中に踏み込まれると厄介だ。
いっその事………夜中にこっそり家を出て村に火を―――
―――どれくらいそうしていたのか。
人の気配がしてハッと振り向くと祖母が帰ってきていた。
「………片付けときな」
室内の現状を確認した祖母は一言告げると、私を見ることなく自室に入って扉を閉めた。
「………」
私は例え血の繋がった相手だったとしても、なにかを期待したりすることはしない。
母親に母親らしいことを期待出来なかったというのに一体誰に何を期待するんだという話だ。
だから祖母がガラスの破片が散らばる室内に佇む私に「なにがあった?」とか「怪我してないか」とか聞いてくれるんじゃないか、なぁんて………無駄な期待はしない。
期待して裏切られたらそれだけで一日が疲れるもの。
でも………ほらね、期待しなかったから平気。
手早くガラスを片付け割れた窓を板で塞ぎながら心の中で誓う。
……早く、早く大人になってこんな場所さっさと出て行ってやるんだから。
「ゴホッゴホッ」
「……」
寝室から祖母の咳き込む声が聞こえる。
心配なことはただ一つだ。
私がこの村を出てなんとか一人でやっていけるような歳になるまで祖母が生きているかどうか。
細い身体に年齢以上に歳を取っているように見える皺深いやつれた顔。杖がなくては足取りもおぼつかない。
私のためにあと五年でいいから長生きしてほしいものだ。
翌朝、暇なガキ共はまたやってきた。
昨日割れた窓ガラスに貼り付けた板ばかり狙って石を投げつけるものだから、もう外れそうになってしまっている……ほんとふざけんな。
外がガキ共の声で騒がしくても家に石を投げつけられていても、祖母は寝室から出てこない。
「はやくあの女の子どもを追い出さねーと、フローラ様が帰ってきちまうだ」
「確かそろそろけ?」
「カラコロ草なんてすぐ見つかりっこねぇ。あと三日はかかるはずっぺ!」
ガキ共の話し声がかすかに聞こえる。
…フローラ様?
あの糞ガキ共が様付けで呼ぶ相手だ、村長の娘かなにかだろうか。
そのフローラ様がどこに何しに行ってるのか知らないけど二度と帰ってくんな。
あの糞ガキ共の親玉なんて面倒以外のなにものでもない。
「…なぁ、家の中さ入って子どもさ引きずり出そうっペ」
「そだな…チンタラしてっとフローラ様が…」
「わたすがなんだべ??」
「「「「フローラ様っ!!!?」」」」
「家に入って引きずり出す」と話し合っている声が聞こえ、さすがに怖くなりテーブルの上に置いてあった錆びたハサミを思わず手に取る。
チッ……しかも間の悪いことにフローラなんたら様がどっかから帰ってきたようだ。ガキ共の雰囲気が一瞬で変わる。
どうする…?とりあえず裏口から出て、逃げ―――
「ばばー??具合はどうけぇ?入るどー!!」
「!!」
普通に玄関から入ってきた背の高い可愛いらしい顔立ちの女の子と目が合う。
ひと目見て分かった。
圧倒的なオーラを放つこの子がフローラ様だ…。
村のマヌケ面のガキ共とはまったく違う洗練された空気や気品、人を従える覇気を纏っている。
王都でも(王都といっても下町だが)見かけたことのないとても目の引く美少女だ。
「わっ、おめぇ誰け?ばばの知り合いけ??」
…その美少女と目が合ってしまった。
フローラ様はテーブルの側でハサミを握って呆然と立っている、どう見ても不審者な私にタタタッと駆け寄る。
「はわわぁ、真っ赤な髪と真っ赤なお目目が完熟した苺みたいですんごくうまそうだべ〜。おめぇ、めんこいなぁ」
やたら笑顔のフローラ様が私を見下ろしそう告げたかと思うと頭にチュッと一つ…キスを落としてきた。
「っ!!!」
母にも誰にもされたことのないその親愛のこもった行為と、初めて言われた“可愛い”と言う言葉(ニュアンス的にめんこい、は可愛い…だと思う)に一気に赤面して俯く。
「ちょっと待ってけろ、ばばにこの薬草渡してくっから、その後わたすと一緒に遊ぶだ」
そう言ってフローラ様は「ばばー!」と言ってノックもせずに祖母の寝室へと入って行った。
気難しくて偏屈な祖母に対してあんなに気軽に接することが出来るなんてフローラ様は一体何者なんだ……と、いまだハサミを持ったまま赤い髪と目と同じくらい顔を真っ赤にしながらぼんやりと思った。
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