最終話 旅立ち
本日はおまけも続けて投稿します!
控室にいる全員が固唾を呑んでフローラの言葉を待つ中、フローラから意外な答えが返ってきた。
「リアム様のことけ?うーん、あんまり考えたことはなかったけんど、一緒にいるとドキドキすることがあるだ」
「え……………。それは……具体的に言うと?」
レオはこれ以上聞きたくないと思いつつも暗い顔でなんとか続きを促す。
「んーと、口で言ってることや心で思ってることと、実際の行動が違うところとか、ずるいところとか、人としてちょっとダメなところとか、わたすがなんとかしてあげたいなぁと思ってキュンキュンするだ!」
「ま、まさか…」
「えっ、初耳です…」
「フローラ様ってぇ…」
アンナとララとアリアはフローラの好みがあまりにも意外すぎて三人で顔を見合わせたし、レオも青い顔で最終確認をする。
「つまり、フローラは……駄目な男が好きってこと?」
身も蓋もない言い方をすればその通りだった。
フローラ自身も自覚はなかったが、心情としては駄目な子をほど可愛いというか、ほっとけないというか、側にいてお世話して尽くしてあげたいと思うタイプだった、らしい。
「言われてみればそうかもしれないだ。もし将来結婚するとしたら、わたすがいないと生きていけない人がいいだ〜」
フローラはわりと重症な駄目男コレクターだ。新事実にレオの目は遠くなる。
レオは次期公爵としてバリバリ仕事を熟し、自分のことはなんでも自分で出来てしまう自立型の人間であり、あまりにもフローラの好みとは懸け離れている。
駄目男にはなりたくない…と目の前が暗くなりかけたが、実際に堕落する必要はないのでは?と思い至る。
フローラの前でだけ駄目な男を演じればいい。幸い千里耳を失ったことで心の中を悟られる心配はない。
それに生粋の駄目男ではないが、フローラがいないと生きていけない自信はある、と立ち直ったレオは甘く微笑む。
「フローラ、今まで強がっていたけれど、私は一人では何も出来ない人間なんだ。次期公爵としての重責にも押しつぶされそうだし毎日不安で仕方ない。フローラに支えてもらえると頑張れそうなんだけどな…」
「えっ!そうなのけ?レオ様はなんでも出来るイメージだったから意外だべ!わたすに出来ることがあるならなんでも言ってほしいだ!」
「うん、ありがとう」
種は蒔いた。後は時間をかけてこの種をゆっくりと育てていけばいい。フローラの好みのタイプをリアムにはバラすなよと視線でアリアに釘を刺す。
本物の駄目男に引っ掛かっては困ると、アンナもレオを後押しする気満々だ。
気の抜ける一幕があったが侍従がそろそろお時間ですと呼びに来たことで、ダンとフローラは立ち上がる。相変わらず存在感はなかったが、本日の主役であるダンももちろん控え室にいた。
「行ってらっしゃい。私達は授爵式が行われる会場で待ってるよ」
「んだ!」
レオに手を振るとフローラも控え室を出て行く。
本来はダンだけの予定だったが、虹色の瞳の乙女の今後についての問い合わせが山のように王宮に届けられたので、フローラは使徒であるルルーシュの手伝いをするため旅に出ることを大々的に発表することとなった。
ダンのエスコートで王宮の廊下を歩くフローラは誰よりも輝いており注目の的だ。
露出を抑えた純白のドレスは神秘的な虹色の瞳と相まって、見る者により一層神聖な印象を与えている。
しかし、人間ではありえない虹色の瞳や華やかなドレスもさることながら、薄く化粧を施しただけのフローラの素顔にまず目がいってしまう者がほとんどではないだろうか。
誰もが振り返る美女というわけではないが、クリクリとした大きな瞳とニッとつり上がった口角は愛嬌たっぷりで文句無しに愛らしい。ほどよく焼けた肌と艷やかな髪は健康的で瑞々しい若さを感じさせる。
親しみの持てる笑顔を浮かべる反面、誰も近寄らせない孤高のオーラが滲み出ており、その神秘的な佇まいにすれ違う人々は自然と平伏し出すという、フローラは女神そのものの扱いを受けた。
しかも虹色の瞳の乙女を持たせるわけにはいかないと、授爵式は異例の王族スタンバイスタイルで行われた。
事前のリハーサル通り、ダンは玉座がある階段下で跪き、フローラはリアムのエスコートで階段を上がると国王の隣に並び立つ。リアムは国王の後ろだ。
この異例の並びは、フローラがティアと同じ虹色の瞳を持つからこそ。
国王と同格であると公言しているようなものだが、集まった貴族達に驚きはなく、当然とばかりに好意的に受け取られた。
「―――二ヶ月前王都で起きた厄災による爪痕はいまだ深く残っている。王都におらず魔物の姿を見ておらぬ者達にも、その脅威は瓦礫と化した街並みを見れば理解出来るだろう。
そんな魔物と長年闘い続け、人知れず王都を護り続けてくれた英雄達がいる。
その英雄達に感謝の意を示すとともに、これまでの功績を讃えるためにも―――ダン・ブラウン男爵、そなたに辺境伯位を授ける。これからも国のためにその類稀な才能を発揮してほしい。
そして―――我々は過去の英雄達の偉業を決して忘れないとここに誓う」
国王の言葉に式に参加していた者達は、男性は胸に手を当て頭を下げ、女性は最上級のカーテシーで同意を示す。
ダンは一度目を閉じてから口上を述べる。その姿は初代ブラウンや歴代の英雄達に我らの働きがやっと認められたと報告しているかのようだった。
「………ありがたき幸せでございます。これからも国のため、尽くして参ります」
盛大な拍手には嘘偽りない感謝の気持ちが込められており、中々鳴り止むことはなかった。
「―――さて、皆はもう知っていると思うが、我が国にティア神様に愛された虹色の瞳の乙女が誕生した。
紹介しよう、フローラ・ブラウン辺境伯令嬢だ」
国王の紹介を受け、「いつもの国王様とは別人みたいだべなぁ」と思いながらフローラは完璧なカーテシーを披露する。
「フローラ嬢はティア神様の使徒様と世界の平和のため、旅に出ることとなった。厄災が二度と起きぬよう使徒様をお支えするこの尊い行いは、我々にも恩恵のある話しである。皆でフローラ嬢を支えてほしい。
くれぐれもその心を煩わせるような真似はしないように」
フローラに縁談の申し込みなどの余計なことをするなと釘を刺された形の貴族達は落胆するも、しかし虹色の瞳の乙女を家に迎え入れるだけの度胸もなかったので諦め半分、納得半分の神妙な顔で頷く者がほとんどだ。
「フローラ嬢は王太子であるリアムと婚約関係にあったが、王都で厄災が起きてしまったことに心を痛め、世界のため使徒様をお支えする決意をしたことで別れを選んだ。しかしまだ若い二人のこと、今後の状況次第ではどのように転ぶかはまだ分からない。
皆の者も温かい目で見守ってもらいたい!」
王太子と虹色の瞳の乙女の恋物語は貴族には受けが良いようで、ここで今日一番のわぁぁぁ!!!という歓声が上がる。
間違っても他国に嫁がれては困るので、なんとか王太子にフローラを繋ぎ止めてほしいと考える者がほとんどのようだ。
フローラはきょとんとした顔で何も分かっていなさそうだったが、リアムは国王の後ろで頭を抱えたくなる。
―――親父…まったくフローラのことを諦めてないな。
政治的なバランスや教会、民衆の感情などを考慮してリアムとの婚約を白紙に戻したが、国王は王家にフローラを正当な理由で取り込むため、二人は想い合っていたが使命のために泣く泣く別れたという筋書きを作り上げたようだ。リアムにしてみれば有難い援護射撃だったが。
「フローラ嬢はこの後旅に出られる。盛大な拍手で見送ってほしい」
先ほど以上の歓声と拍手が沸き上がり、年老いた貴族も若い貴族女性も、皆羨望の眼差しでフローラを見つめている。
フローラは事前に言われていたとおり、笑顔で手を振り鳴り止まぬ歓声に応え続けた。
***
「最後のあれ、本当に必要だったけ?」
「必要だ。あいつらはは虹色の瞳の乙女にただならぬ関心を抱いている。何度か表に出てその好奇心を満たしてやることで騒がれることも段々減ってくるだろう。それまでは我慢だ」
「えー、面倒だべなぁ」
リアムの言葉に、フローラはげんなりしてしまう。笑顔で手を振り続け、顔の筋肉がつりそうになったというのにあれをまたやるのは勘弁してもらいたい。
式典の後、フローラ達は王宮の裏庭に移動して、リアムとレオの二人だけに出発の見送りを受けていた。
ダンとアンナは領地に向けて帰路に着いていたし、国王や偉い人達に見送りられるのも気を使うので、我が儘を言って見送りは最小の人数にしてもらったのだ。
「ルルちゃん!」
フローラの声に反応したルルーシュが異空間から顔を出し、嬉しそうにパタパタと飛んでくる。
『フローラ!もう式はおわったの?旅に出れる?』
「んだ。着替えも済ませたしいつでも出発出来るだ」
『わーい。じゃあボクも変身するね!』
ルルーシュはプルプルと身を震わせたかと思えば、子犬サイズから馬車ほどの大きさに姿を変える。背中にはルルーシュが創造の力で創った鞍が三つついていた。
「凄いね、ルルーシュ様は姿を自在に変化させられるまで回復されたんだ」
『さすがに元の大きさにはまだ戻れないけど、これくらいなら楽勝だよ!!』
レオの言葉に反応して、ルルーシュは得意そうに答える。
「じゃあ、二人ともそろそろ行くべ」
「はい!」
「はぁ〜い」
ララとアリアはリアムとレオに一礼してからルルーシュの背によじ乗った。
フローラも乗り込む前に二人と別れの挨拶を済ませる。
「リアム様、レオ様、行ってきます!」
「フローラ、気を付けてね。まずは隣国オーリアに向かうんだよね?」
「んだ。ルルちゃんは今まで精神体の状態で世界を巡ってたみたいだから、実際に行くのは初めてみたいだで、近いところから行くことにしただ」
ルルーシュはこれまで異空間に肉体を置き、精神体だけをあちこちに飛ばして「悪いモノ」を取り込んできたが、これからはフローラ達がいるので実際に現地に赴くことにしたのだ。初めての冒険にワクワクしているのが丸わかりで、ルルーシュは「早く行きたい!」とばかりに足踏みを何度もしている。
「ルルちゃんに乗っていけばあっという間にどこでも行けるだ!」
「そうかもしれないけど…。でも、私は寂しいからなるべく早く帰ってきてね。学園を卒業したら私も一緒に行くよ」
「楽しみにしてるだ!」
「くっ…」
フローラとレオの会話を、リアムは悔しそうな顔で聞いている。王太子が何日も国を空けるわけには行かないので、リアムは旅に同行することは出来ない。
「フローラ!旅から戻ったら毎回王宮に顔を出すんだぞ。あー…顔が見たいとかそういうことじゃなくて、使徒様のお役目状況を確認するためだからな、また厄災が起きては困るし…」
中々素直に「逢いたい」と言えないリアムは幼少年以下の恋愛スキルしか持ち得ない残念さだった。
「分かっただ!わたすもリアム様に会いたいから必ず王宮に寄るだ」
「っ、…フローラ。俺は必ずフローラに相応しい男になってみせる。それまで、ま、待っていてほしい」
「? 分かっただ!」
フローラが絶対理解していないことは分かっていても、大事なことは言えたとリアムはホッとする。
その後ろでアリアが「ぷっ!フローラ様に相応しい男って、ダメ男を目指すってことですかぁ?」と笑っていたり、レオが「頑張ってそのままフローラの好みから外れろ」と思っていることなど知らない。
「じゃあ、行ってきます!!」
フローラがルルーシュの背に乗り込むと、ルルーシュは待ってました!とばかりに翼を羽ばたかせぐんぐんと上昇していく。
リアムとレオは空高く舞い上がるフローラ達を目を細め、見えなくなるまでずっと見送った。