119 別れと決意
「わたくしは、もう、虹色の瞳も、癒しの力も隠し、ません」
「!? …なぜだ?騒がれることになるぞ?」
声高らかに宣言したフローラはもう決意を固めているようだが、虹色の瞳を晒したまま外に出れば尋常ではない騒ぎとなり、今までと同じ生活は送れなくなるだろう。
ブラウン領に戻ったとしてそれは同じことで、ティア神信奉者などどこにでも湧いて出てくるのだから地の果てだろうと追い回されてしまうはず。
フローラとてそのことを分かっていないはずはないだろうが、リアムは確認せずにはいられない。
「分かって、おりますわ。ですが、わたくしは、ルルーシュ様と共にいる、と。そのお役目を、お手伝いして、差し上げると、決めたの、です」
「…! ……いや、ちょっと待ってくれ。その顔で訛っていないと別人と話しているみたいだからいつも通りにしゃべってほしい」
「え?いいのけ?たすかるだぁ〜」
何度も言うが眼鏡のないフローラは地味顔とは別物の美少女で、その美少女が丁寧な言葉使いをしているとフローラの要素がまったくなくなり、誰と話しているのか分からなくなってくる。同じなのは声だけだ。
訛るフローラが初見の国王やジョージに宰相は、目の前の美少女がいきなり訛ったことで逆に混乱してしまっている。
「で、どういうことだ?」
「ルルーシュ様は世界中のあちこちを巡って悪いモノを集めては取り込んで浄化してるらしいだ。
わたすはその旅に着いていってルルーシュ様のお身体を癒してあげたいんだ!」
王宮に向かう途中、ルルーシュからお役目についての内容を教えてもらったフローラは悩むことなく決断した。
ルルーシュがこんなに小さく頼りない姿になってしまった今、フローラの強力な癒しの力と戦闘力は絶対に必要となるはずだ。
「それで、国王陛下にお願いしたきことが、ございます。
どうか、イルドラン学園を、退学させて頂けないで、しょうか?」
「!」
十五歳になるとイルド王国に住む貴族はよほどの理由がない限り王都の学園に通わなければならない。
これは貴族同士の顔合わせの意味もあり、学園を途中で辞めてしまえば今後の社交界を生きていくことは難しくなる。
リアムはフローラの予想外の言葉に驚くが、レオは涼しい顔をしているところをみるに、すでに聞かされていていたのかもしれない。
「えっ!うーん、フローラちゃんは王都を救ってくれた一番の功労者だし、学園を退学したいのも世界を守るお役目を果たそうとするルルーシュ様の手助けがしたいからだよね?
その理由ならこちらからお願いしたいくらいなのに、退学だなんて不名誉な経歴をつけるわけにはいかないよ。
学園側と相談してからになるけど、三年までの試験を全部受けて合格出来たら飛び級で卒業するというのはどうかな?もちろん簡単なことではないけれど…」
「分かり、ました」
「え!いけるの!?」
フローラは母親による地獄の学習プログラムを三徹でこなせばなんとかなるかと算段をつけ、国王の条件を了承したが、国王にしてみれば名門学園を飛び級で卒業するよう提案されてあっさりと頷けるフローラの学力の高さに驚いたようだった。
「あーあ、フローラちゃんが思ってた以上に有能で本当に残念になっちゃうな〜。ね?リアム君?」
「…っ」
どうやら父親である国王にはリアムの心境の変化などお見通しだったようだ。まあ、それだけが理由ではなく国王も冷静に状況判断した結果、こうするしかないと結論付けたのだろうが。
「…フローラ」
リアムはソファから立ち上がるとフローラの側までやってくると、片膝をついてしゃがみ込みその手を取る。
「俺との婚約を、白紙にしてほしい」
そう告げるリアムの表情はとても苦しそうで心配になったが、フローラにはもう千里耳の力はないので心の声を聞くことは出来ない。
「…もう、リアム様は困ってないのけ?」
「!」
そういえばフローラに婚約証明書にサインをしてもらった時、「困っているから助けてほしい」と言ったら「私に出来ることがあるなら!」とサインしてくれたんだったなと、リアムは懐かしいことを思い出す。
きっと、フローラのその行動には恋愛感情など一切含まれていなくて、ただの人助けくらいの感覚だったのだろう。
最初はそれでもも良かったが、フローラを好きになればなるほどそれだけでは満足出来なくなり、心まで欲するようになってしまったし、本気で守ってあげたいとも思った。
けれどリアムは王都の厄災をきっかけに、自分ではフローラを守ることが出来ないのだとはっきりと自覚してしまう。
王太子だからといって魔物と戦えるわけでもなく、好きな女の子に「後ろに下がっていろ」と格好良く言えるわけでもない。むしろ王太子だからこそ制限がかかり出来ないことが多いとやっと気付いた。
リアムはフローラと共に戦えるレオが羨ましかった。しかし「王太子」という生き方をやめることも出来ない。
「……ああ。もう困っていない」
「それならいいだ!また困ったことがあれば言ってけれ」
「ありがとう」
フローラの手を一度きゅっと握ってからリアムは立ち上がった。
フローラに背を向け自らの席に戻るわずかな間に、ぽっかりと空いた大きな喪失感を埋めるかのように新たな決意を胸に抱く。
リアムが婚約の白紙を決意したのは、今の不甲斐ないままの自分ではフローラをこの手で守ることなど夢のまた夢であると気付いたからというのもあるが、フローラが虹色の瞳を隠さないと決めたことも大きな要因となった。
婚約を継続すれば虹色の瞳の乙女を王家で囲い込むことに反発する者達が出てくることは目に見えており、その筆頭組織は教会か、もしくはフローラが癒しの力を持ってことを理由に、治癒院を経営している貴族家達が結託して口出ししてくる可能性があった。
幸い、フローラがティア神の使徒の手伝いをして世界に平和を齎すという崇高な仕事に就くと決めたことで、誰もがその独占を主張しにくくなった。
だからこそリアムはフローラを手放したのだ。
誰もが牽制し合い、相手の出方を窺いつつ包囲網を徐々に狭めよう画策することが予測される今ならば、しばらくは誰もフローラに接触しないだろうと踏んだ。
リアムにフローラを諦めるつもりは更々なく、王家がフローラを囲い込めば反感を買うだろうが、フローラ自ら飛び込んで来る分には何の問題もない。
今のように、リアムからの一方通行の想いでは周囲を納得させられるだけの説得力はないが、いつか必ずフローラに惚れてもらえるような男になると決意する。
―――私はフローラに認めてもらえる男になれるようただ邁進するのみ。
ふと、レオがいつか言っていた言葉が思い浮かび、「本当にそのとおりだな」とリアムは口元に笑みを零した。