118 これからのこと
フローラから王都の厄災を完全に退けたという報告を受けた国王は、場所を自身の執務室へと移して詳しい話しを聞くことにした。
もう何人かに見られてしまっているが、フローラの虹色の瞳に関する対応や事の顛末、これからについて、極秘に話し合わなければならないことは山程ある。
さっさと逃げ出した高位貴族の議員共が戻ってきて騒がれるのも鬱陶しいので、フローラ、レオ、国王、リアム、ジョージ、宰相、イーサンの六人で執務室へとやって来た。
「―――まず、王都の危機にいち早く駆けつけ、事態を早期に収束させてくれたこと、この国の王として感謝申し上げる。
フローラちゃん、本当にありがとう」
非公式の場とはいえ国王が頭を下げたことで一緒周囲がざわつくも、フローラは礼は遠慮なく受け取るタイプなのでまったく動じていない。
「わたくし一人の力で、成し得たこと、ではございません。レオ様には、魔物討伐の際、多大なご尽力を、賜りました」
「…私の倅が?」
レオの父親である宰相が訝しげな顔をしている。
レオは友人の領地に赴いていたはずで、このような危険な王都へ戻ってきた理由すら宰相は分かっていなかった。
そして、確かにレオは武に優れてはいるが、王宮から見えた計り知れない強さを持つ魔物達を前にして、一騎当千の働きをしていたフローラにそこまで言わしめるほどなのだろうかと疑問を抱かざるを得ない。
やはり経験が物を言う武の世界で、いくら練習で強かろうとも、未知の生物を前にして本来の力以上のものが発揮出来るかは怪しい。
「…陛下、父上。私の力についてご報告したきことがございます」
レオは神妙な面持ちで口を開く。ずっと秘密にしていたティアから祝福を授からなかったという事実を話す覚悟を決めたのだ。
それに……気を遣われているのか知らないが、誰もレオがくまのぬいぐるみをお膝抱っこしていることに疑問を挟んでこないので、これはイアフスが憑依しているから抱いているのであり、けっして自分の趣味や性癖ではないと説明することが出来ず、早く本当のことを話したくて仕方なかったというのもある。
「―――なんと……。ティア神様からの祝福ではなくイアフス様から守護を賜っていたとは……」
レオの話しを聞いたジョージは、最初はティアから祝福を授からなかった王国民がいるなんてと驚いたが、イアフスもティアの夫としてその名を馳せており、その神から直接守護を賜るなどかなり特別なことなのでは?と考え直す。
「レオ、お前は祝福の儀からずっと苦しんでいたのだな…。気付いてやれなくてすまない…」
「父上、謝って頂く必要などありません。確かに一人悩む時間は辛くなかったといえば嘘になりますが、すべては彼女の出会うために必要な試練であったというならば、むしろ私は幸運な人間であると言えるでしょう」
「そうか…」
宰相は過去のレオを振り返り、人が変わったかのように周囲の人間を避けるようになったのは祝福の儀以降だったなと思い出す。
あれは祝福を授かっていないことを他人に知られないようにするためと、呪いだと思い込んでいた守護の力が、周囲の人間に影響を及ぼすことがないように距離を取っていたのだろう。
「私に真実を教えてくれたのはフローラです。彼女がいなければ私は今も暗闇の中で藻掻き苦しんでいたかと思えばゾッとします」
「彼女が……、そうか。
ブラウン嬢、レオを救ってくれてありがとう。君がいなければ私達は大切なものを失っていたかもしれない」
「いえ。わたくしが伝えなくとも、レオ様ならば、どんな事態もお一人で乗り越えていた、はずですわ」
珍しくフローラが謙遜する傍ら、アンダーソン親子は素早く視線を交わし合う。
―――彼女がシャーロットの言っていた、なんとしても我が家の嫁にと騒いでいた女の子か。
―――そうです。母上はよほど狩りに行きたかったのですね…。
―――ふむ。レオを救ってくれた恩人をやすやすと王家に取られるわけにはいかないな。私も本気を出すとしよう。
―――ありがとうございます。
裏も表も酸いも甘いも噛み分けてきた高位貴族ならば、これくらいの会話は視線だけで事足りる。
公爵は妻であるシャーロットにお尻を叩かれる形でフローラ獲得に向けて動いていたが、ついに本腰を入れて王家からぶん取ることにしたようだ。レオにとってこれほど心強いことはない。
「―――そろそろいいかな?」
レオの膝の上に鎮座するイアフスが声を発したことで、「このくまのぬいぐるみがイアフス様…?」とどこか半信半疑だった面々が姿勢を正す。
「ラクにしてくれていいよ。わたしはこの世界の神ではないからね。
それより、王都に“門”が出現した経緯についてはなしておきたい。
ルルーシュの献身を知らずして何百年後かにまた、おなじようなことがおきてはこまるからね」
イアフスはたどたどしい口調で、すべての事の始まりである神獣ルルーシュの存在や、長年に渡る役目の内容、二百年前から続く体調の不振、ティアに放置されて出来た心の隙間を魔に付け込まれ魔獣と化してしまったこと、そしてフローラが持つ祝福の力のほとんどを貰い受け神獣へと戻れたことや、その代わりフローラは癒し以外の力を失ったことなどを説明する。
くまのぬいぐるみが身振り手振りで話す様子は庇護欲を唆られる微笑ましいものだったが、その内容には背筋が凍るような戦慄を覚える。
「では、ルルーシュ様というのは、その、フローラ嬢の膝で丸まっている白い御方のこと、ですか?」
ジョージの視線の先にはフローラの膝の上でプルプルと震える丸く白いおしりが。長い尻尾は股の間にしっかりと挟み込んでいるようで、はたから見れば真っ白な球体にしか見えない。
ルルーシュは街をめちゃくちゃにしたことを今は後悔しており、この場にいるのは壊した街を統治する側の人間達だと理解している。
どれほど責められても受け入れると決意してイアフスの話しを聞いていたのだが、自分が魔獣化したくだりでだんだんと縮こまり、フローラの祝福を奪った辺りで今の球体に至った。
「―――ルルーシュ様」
国王が名を呼ぶ声には親しみが込められており、ルルーシュはおずおずと顔を上げる。
ルルーシュのくりくりとした瞳と目が合った国王はあまりの可愛さにうっ、と詰まりかけるもなんとか
威厳を保ちつつ心からの礼を尽くす。
「ルルーシュ様。今日まで大変なお役目をたったお一人で担って下さっていたこと、イルド王国民を代表して御礼申し上げます。
我が国だけではございません。貴方様の長年に渡る献身がなければこの世界はとっくに滅んでいたでしょう。
感謝もせず当然のように平和を享受する我々人間達をみて、快く思えない時もあったことかと思います。
ですがこうしてまた聖獣としてのお姿を見せて下さった。
私達はもう二度と間違えません。これからはルルーシュ様への感謝の気持ちを忘れずに貴方様の献身に報いて参りたいと思います」
右手を胸に当て、跪いて感謝の言葉を述べる国王に倣うように、この場にいる全員が跪きルルーシュに対し頭を垂れる。
『ボク、ボク……ひどいことしちゃったのに、ゆるしてくれるの…?』
「赦すだなどとっ。我々にそのような権利は御座いません。すべてはルルーシュ様の御心のままに。
我々に出来ることは貴方様に見限られないよう懸命に生きることのみです」
『う、う、うわぁーーーん!!街をこわしてごめんなさい!おれ、ちゃんとまたお役目がんばるから〜!』
というほっこりするやり取りがあり、もれなく全員ルルーシュの虜になった。そして関心はフローラの瞳へと移る。
「フローラちゃんはもう、その虹色の瞳を隠す術がないということ?」
「はい」
「うーん…。どうしよっか?」
頭の良い人間が何人も揃ったとて、虹色の瞳を隠す方法など簡単に思いつくはずもない。
「いっそのことずっと目を閉じててもらいましょうか」「フローラなら視覚に頼らず生活出来るのでは?」などという極論まで飛び出たが、フローラの答えはもう決まっている。
「わたくしは、もう、虹色の瞳も、癒しの力も隠し、ません」
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