116 祝福その八
フローラはルルーシュの身体にそっと触れた。ツルツルとした鱗の手触りがうっとりするほどなめらかで、フローラはもっと撫で回したい気持ちをなんとか抑えて祝福の力を使う。
「我の力を、ティア様に頂いたすべての力を与える!『この者を癒したまえ』!!」
フローラは『癒し』の力に、他の七つの祝福の力も全部乗せてルルーシュへと与えた。
辺り一面に矢のような虹色の光が降り注ぎ、美しく幻想的な光景を生み出しているが、限度というものを越えた量なので虹色以外何も見えない。
レオは目も開けられないほどの光の渦に呑まれ、その場にうずくまってしまう。
体感的に永遠にも感じた虹色の雨は、実際には五分ほど続いたが、やがて徐々にその勢いを弱める。
レオとイアフスは「フローラとルルーシュは一体どうなったんだ!?」と檻に目を凝らす。
するとそこにはダイヤモンドで出来た檻はなく、なぜか眼鏡を外して虹色の瞳を晒した状態のフローラと―――巨大な檻があった場所で丸まっている、白く小さな物体が一つ残されていた。
「ふぅ。なんとか成功したみたいだ…」
『ぐ、ぐぅぅぅ……!?ま、まさか、『癒し』の力以外のすべてをボクに与えて魔獣化を解くだけでなく、病まで完治させるだなんて……!!』
白く丸い物体はもぞもぞしながらなにか呟いたかと思えばその身をムクリと起き上がらせた。
「え!?なにこのくそ可愛い生き物」
レオが驚くのも無理はない。
巨大な魔獣の代わりに、子犬のような大きさでつぶらな瞳をウルウルとさせているドラゴンが、短い両足と長い尻尾をちょこんと投げ出し地面に座り込んでいるのだから。
「もしかして……あれってルルーシュ、様……?」
「そうだよ。魔獣化したり無茶な力のつかい方をしたせいであんなサイズになっちゃったみたいだけど」
レオの問いに答えるイアフスのぬいぐるみボディと同じくらいの大きさになってしまったルルーシュは、文句無しに愛らしかった。
体は純白の鱗で覆われているのにお腹だけプヨプヨしているところとか、申し訳なさそうに背中にピョコンと生えている小さな羽だとか、零れ落ちそうなまん丸なお目目だとか、万人が可愛いと思う要素をこれでもかと取り入れている。ただし口は悪い。
『くそぉ!余計なことを!!これでは世界を滅ぼすことが出来ないじゃないか!!どうしてくれるんだ!』
プンプンと怒る姿ですら愛嬌があり、フローラはついついニヤけそうになるのを堪えながら尋ねた。
「ルルーシュ様はどうして世界を滅ぼしたかったんだべ?」
『そんなの、お前を破滅に追いやるためだろう!ティア様から八つも祝福を賜るなんて生意気なんだよ!!』
「でもわたすはティア様から授かった祝福の力のほとんどをルルーシュ様に渡したから、今は『癒し』の力しか持ってないべ?」
『うっ…。それ、は……っ』
「フローラ…。どういうことなの?」
レオはわけが分からなかった。フローラが『消滅』の力を使えばルルーシュは跡形も無く消え去り、フローラは破壊衝動に駆られて自我を失うはずだったのに、ルルーシュは大幅にサイズダウンしたものの存在しているし、フローラもいつもと変わらないように見える。
「わたすは最初から『消滅』の力を使うつもりはなかっただ。ルルーシュ様が病気で弱っているならわたすが癒してさしあげればいいと思っただ」
「つまり、『癒し』の力でルルーシュ様の病を治して……さらには魔獣化も解いたってこと?」
「んだ!」
「それだけじゃないよね。フローラは『吸収』の力を『変換』してルルーシュにじぶんの力を『譲渡』している。器用なことをするね」
「んだ。『癒し』の力だけだとルルーシュ様の魔獣化までは解けないと思ったから、全部使ってみただ!」
「ん?どういうこと?」
レオはフローラとイアフスの話しについていけなくなる。
このあとイアフスが説明してくれた話しによると、フローラの最後の祝福は『吸収』の力だそうだ。
『吸収』とは、他人の祝福を奪い取り自分のものにする力。国王のように模倣するのではなく相手から完全に奪うので、『吸収』の力を使われた者は祝福を失ってしまう。
こんな能力を与えられても、人様の祝福を奪い取るなどというとんでもない所業を行えるはずもなく、ティアは一体どういうつもりでこの力を与えたのかと自身に流れる『吸収』の力に意識を向けると…「私はこの国の人間に祝福を与えているでしょう?与えたならば奪う手段も必要なのよ。光には闇が必要なように、絶望には救いが必要なように、ね☆」という意外とまともな理由を語るティア神の声が聞こえた…気がしたと思えば「あ、気に入らない奴がいたら遠慮なく祝福ぶん取っていいからね☆」と付け加えられる。……やっぱりティアは全然まともじゃなかった。
つまり『吸収』は祝福を回収するためだけの力であり、しかしフローラは『吸収』することが出来るのならば『譲渡』することも出来るのでは?と考えた。
癒しの力をベースにして、残り七つの祝福の力を自分自身で吸収する。
バラバラだった祝福を『癒し』に集結させることでティアに与えられた力は何倍にも膨れ上がった。
ここまでしてやっと元神獣であるルルーシュを癒すだけの力を得ることが出来たのだった。
「え、じゃあフローラは『癒し』以外の祝福の力をすべて失ったってこと!?」
「んだ、そのせいで創造の力で創った眼鏡も消えたみたいだなぁ」
「そんな……!ルルーシュ様の逆恨みのせいでフローラが祝福の力のほとんどを失うなんて理不尽だろう!」
『うっ………』
レオの正論が地味にルルーシュへと突き刺さる。
魔に取り憑かれた時は死を悟る直前であり、正常な判断が下せないほどおかしくなっていた自覚はあったが、身体に蔓延っていた苦しみがすべて癒えただけでなく、フローラから譲渡されたティアの力のおかげで霧が晴れたかのように思考がクリアになった今、なんてことをしてしまったんだと思うだけの冷静さが戻ってきていた。
「レオ様。病気や怪我をしたら誰だって心細くなるものだ。ルルーシュ様はずっとお一人だったから、死の恐怖に耐えられなくなって、構ってほしくなっただけだ。きっと」
フローラが物知り顔でルルーシュの心情を結論付けているが、「構ってちゃんだから仕方ないよね〜」で、世界を滅ぼそうとするルルーシュを許容出来るところが相変わらずおかしい。
レオとイアフスはフローラの言葉にまったく同意出来なかったが、しかしルルーシュの胸にはしっかりと刺さったようだ。
―――そうだ、僕はこのまま一人死んでいくことが怖かったんだ……
ティアに鑑みられることもなく、誰かに働きを感謝されることもない。それが神獣のお役目だと理解していても、死の間際になって急にこの生き方が虚しくなってしまった。
そこを魔に付け入られてしまったが、魔獣に堕ちることで『ルルーシュ』という存在を誰かに知って貰えるのならばそれでもいいと思った。
フローラへの恨みつらみは所詮ただの口実に過ぎなかったのだ。
「寂しかったから」なんて理由よりも「憎しみ」の方が世界を滅ぼす理由に相応しいと思ったから。
その結末は、魔に取り憑かれてティアの世界をめちゃくちゃにした挙句、口実にさせてもらった相手に助けられるという情けない終わりを迎えてしまったが。
ルルーシュは複雑な感情を抱えながらも、声を震わせ想いを吐露する。
『ふ……、フローラ、ごめん、なさい…。ボク、ひどいことしたのに…、それなのに、祝福をボクに与えてまで助けてくれてぇ……ぐすっ、本当に、あ、ありがとぉ……!』
ついにルルーシュは大粒の涙を零し始める。その姿を見たレオは、無垢でか弱い生き物を虐めてしまった気がしてとてつもない罪悪感を感じた。
フローラは地面に顔を伏せてめそめそと泣き出したルルーシュをそっと持ち上げ抱き締める。
「ルルーシュ様、今までたった一人で世界を守り続けてくれてありがとうございます!!
これからはわたすもお手伝いするだ。だから、もう嫌になったかもしれねけど、もう一度この世界を守る役目についてもらえないべか?わたす達にはルルーシュ様の力が必要だ」
『ぅっ!ひっく、ぴぇぇん…。ふ、フローラは、ボクのこと…お、怒って、ないの?』
腕の中で丸まったルルーシュの、涙の膜がはった瞳の上目遣いに、フローラは生まれて初めて母性本能というものが刺激され、ぎゅうぎゅうに抱き締めたい欲に駆られたがなんとか我慢する。
「全然怒ってないだ。ルルーシュ様の気持ちはルルーシュ様だけのもので、わたすのことが嫌いでも世界を滅ぼしたいと思っても構わないんだ。
もう全部嫌だっていうならそれでもいい。
けど、一人が寂しいって言うならわたすがずっと側にいる。決めるのはルルーシュ様だ」
フローラの顔を見上げたルルーシュは、曇りなき虹色の瞳をぼんやりと眺めて自分がどうしたいのか考える。
確かにずっと寂しくて虚しくて、全部壊してしまいたいと思ったけれど、それでも重要な使命を任されているという充足感と、この役目を担っている間だけはティアと繋がっていられるという安心感があった。
しかし今フローラに譲ってもらったおかげで、あれほど焦がれたティアの力に全身を包まれているというのに、なにも心躍らないという事実に気づく。
ルルーシュが惹かれたのはフローラの「一人が寂しいって言うならわたすがずっと側にいる」という、どこまでもルルーシュの孤独に寄り添う温かい言葉。
『ボク……フローラが一緒にいてくれるなら、まだ、頑張れるよ』
「っ!ルルーシュ様…!!」
今度こそフローラはルルーシュをぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「何を思うのもルルーシュ様の自由だけんど、行動には責任が付き纏うものだ。わたすも一緒に謝るし後片付けも手伝うから、街をめちゃくちゃにした責任を果たそう?」
『うん、…うんっ。ボク、ちゃんと責任取る…っ!』
「えらいだぁ〜!!」
フローラはルルーシュの少しひんやりした頭をよしよししてあげた。
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