115 祝福その七
キ―――ンと空気を切り裂く音が微かに聞こえたので目を凝らすと、遥か上空に地上を目指し物凄いスピードで降下してくるルルーシュが見えた。
遠くに見えたはずのそれは瞬きするたびにどんどんと近づいてくる。
「―――レオ様!!」
「っ、わかった!」
レオはイアフスがしがみついている左手を掲げ、ルルーシュの時を止める。
「くっ…!」
一秒は止めると言ったがルルーシュを止めることが出来たのはほんの刹那で、これではフローラの助けにならないのではと焦る。
しかしそのわずかな時間でもフローラには十分だったようで、頑丈な檻を上空にサッと創り出すとそのままルルーシュを檻に閉じ込めることに成功した。
レオの時を止める力の凄いところは、時が止められたものは、これまでに蓄えたエネルギーを無にされるところだ。
どういうことかと言うと、ルルーシュが世界を滅ぼすために高所から降下した時に蓄えた落下運動によるエネルギーが、時を止められたことによりリセットされたということ。
フローラは一度目にしたその力を正しく理解しており、この作戦の成功をほぼ確信していた。
ルルーシュを地上から五十メートルほどの地点で檻に囚えることが出来たのは僥倖だ。何百キロメートル上空から落ちた衝撃と、五十メートルの高さから落ちた衝撃には天と地ほどの差がある。
フローラは横にいるレオを抱き抱えすぐにその場を離脱する。時を止める力を使ったばかりで満身創痍となったレオに、フローラの素早い動きに対応出来るはずもなく、「うぐゥ゙っ!」と情けない声を出して運ばれるただの荷物と化した。
フローラ達がその場を離れてすぐ、ドオォォーン!!!という爆音と共に、檻に閉じ込められたルルーシュが地面に落ちて来た。
その衝撃で地面は大きく抉れ、辺り一面には砂埃が舞い視界を一瞬にして閉ざす。
すでに落下地点から二百メートルは離れていたフローラ達に直接的な被害はなかったが、遅れて届いた凄まじい風圧に耐えるべく身を低くしてやり過ごした。
「…フローラってほんとうに人間?このきょりを一瞬で移動するなんておかしくないかな?」
「そうけ??」
「ぅぅ゙…」
フローラとイアフスがそんな会話を交わす隣で、レオは酷い乗り物酔いのような症状に一人苦しむ。
「あのキラキラと光るおりは?」
「とにかく頑丈なものをと思ってダイヤモンドで創ってみただ。ルルーシュ様に通用するかは分からなかったけんど…どうやら檻を破る気はなさそーだべな」
「そうだね。ルルーシュはもとから弱っていたところを魔につけこまれてさらに力を消費してしまった。
もう……抵抗する気力もないのだろう」
やがて砂埃は徐々に落ち着き、ルルーシュの様子が視認出来るようになってきたが、檻が破られた形跡は未だなく、崩壊した広場は不気味なほどの静寂に包まれている。
「ちょっと様子を見てくるだ」
「…えっ、まだ危ないよ」
少し回復してきたレオがフローラの腕を掴んで引き止める。
「けんど、ここにいてもルルーシュ様を助けることは出来ないだ」
「っ、それは……やっぱり祝福の力を使うつもりなの?―――『消滅』の力を」
「!!なんでレオ様がその力のことを知ってるんだべ!?」
「イアフス様に教えて貰ったんだ…。
フローラ、私はその力を使うことは反対だ。フローラがフローラでなくなってしまう可能性がある危険な力をルルーシュ様のために使う必要なんてないよ」
レオは真剣な顔でフローラの腕を掴む手に力を込める。
レオはイアフスから『消滅』の力が持つ危険性について聞かされていた。
『消滅』の力―――それはすべてを無に帰すことで生きとし生けるものに救いをもたらす、ティアの本質ともいえる力。
ティアは『創造』と『消滅』という反する力を有していたため、幼い頃はコントロールが上手く出来ず暴走を繰り返していたが、どちらも等しくしく己の力であり、創ることも好きだったしすべてをなかったことにするのも好きだった。むしろ創造の力がなければティアは破壊神になっていたかもしれない。
そしてルルーシュは元神獣であり、ただその首を刎ねれば良いというものではない。
神獣とて寿命はあるが、薄れゆく神力の代わりに無限に存在する“魔”を取り込んだことでその肉体は驚くほど強靭なものとなり、女神の力でしかその身を滅ぼせなくなっていた。
「人間が『消滅』の力を使えばどうなるか分かっているから、フローラも今までその力を使わなかったんでしょう?」
「んだ」
フローラは授かった八個の祝福のうちの二つを完全に無かったことにしている。
その一つが『消滅』だったわけで、身体に流れる『消滅』の力に意識を向けると…「フローラたん、全然この力使ってくれないのね〜!たまにない?すべてぶっ壊したくなる時が。そういう時にオススメなんだけどなぁ〜☆でも強すぎるこの力を使う時は注意してね♪人間の器しか持たないフローラたんが『消滅』を使えばきっとその力に呑みこまれる。
まあ私は、触れれば誰彼かまわずキレ散らかす多感なお年頃みたいなフローラたんになったとしても大歓迎だからね〜〜!!」というティア神の声が聞こえた…気がした。
つまりこの力を使えばなんでもかんでも『消滅』の力で破壊して回るような人格になると言われてるわけで、大歓迎されても受け入れる訳にはいかない。
しかし冗談抜きでフローラにはこの力を使うつもりなど一生なかった。『怪力』と似たような力では?と思われるかもしれないが、『消滅』はそんな生易しい力ではない。
フローラが『消滅』を願って触れたモノは、存在ごとこの世から消え去る。違う次元に飛ばされるのか、ブラックホールのようなものに吸い込まれているのか定かではないが、とにかくパッと消滅してしまうのだ。怖すぎる。こんな力を与えられても使う場面など一生来ない、と…そう思っていたのだが。
「でも、それならどうするつもりなんだい?魔におかされたとはいえ、ルルーシュほど神力のたかい魔獣は首をはねておしまい、というわけにはいかないよ。
ルルーシュがいま抵抗もせずにおとなしくしているのは、世界を道連れにするなにかしらの手段をのこしているからだとおもう。『消滅』の力でこの世からけしさるのが最善だろう」
そう言いながらイアフスは、ダイヤモンド製の檻に囚われたままじっとしているルルーシュをちらりと見やる。
「ですが!それだとフローラはどうなってしまうのです!?ティア様が異常精神者なのは『消滅』の力に毒されてしまったからなのでしょう!?」
「あ、うん…。みもふたもない言いかたをすればそのとおりなんだけど…」
自分がレオに教えたことだというのに、イアフスは気まずそうにそっと視線を逸らす。その姿は妻の機嫌を伺ううだつの上がらない旦那のようで哀愁が漂っている。
レオとてイアフスの言いたいことはよく分かる。ルルーシュが何かを待ち構えている様子なのは明らかだったので、もし『消滅』の力以外で殺すとするならば甚大なリスクを負うことになるだろう。
しかし、『消滅』の力でルルーシュを殺すのが正しいからと言って、その力を使ったせいでフローラが自我を失うようなことになれば取り返しがつかない。
むしろルルーシュはこれを狙っているのかもしれないとさえ思える。
自身を『消滅』の力で殺させることによって、フローラを破壊衝動に飲み込ませ、世界をフローラの手によって『消滅』させるつもりではないのだろうか。
「フローラ、」
レオがフローラをもう一度説得しようと声を掛ける前に、フローラはスクッと立ち上がる。
「レオ様、心配してくれてありがとう!
でも、わたすはもう決めてるだ。絶対にルルーシュ様を助けてみせる、って」
そういうとフローラは何の気負いもなく、ルルーシュの方までテクテクと歩いて行ってしまうので、レオは慌てて後を追いかける。
檻の前までやってくると、今までずっと大人しかったルルーシュが顔を上げて何やら声を発し出した。
『グギィィ、ゥ゙、い、イヤなヤツだ……!!ティア様のニオイをプンプンさせて自慢しにクルなんて……!!』
「え!ルルーシュ様って喋れただ!?」
「おどろいたな…。まだ自我がのこっていたんだね。それもあと少しのあいだだけとはおもうけど」
イアフス曰く、魔に完全に呑まれると自我を失いまともな思考を持ち得なくなるが、今のルルーシュはわずかに理性を残しているらしい。ルルーシュと意思疎通が出来るならそれに越したことはない。
「ルルーシュ様…」
『フンッ!!ボクを消滅サセルほどの消滅の力を使えばお前ハ間違いなく狂うダロウ!!
そうなればスベテを破壊するマデ止まらなくナル!この世界に終焉をモタラスのはオマエ―――』
「あ、そういうのはもういいだ」
フローラはルルーシュの話しを途中で遮り、檻の隙間から手を入れてその身体にそっと触れた。
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