114 解けた呪いと新たな誤解
漆黒のドラゴンを夢中になって凝視していたフローラは、やっとレオの腕にしがみついているイアフスの存在に気がつく。
「あっ、イアフス様!あれはルルーシュ様で間違いないけ?」
そう言ってフローラが指差す先には、額に歪な角を生やし真っ赤な口をだらしなく開けてダラダラと涎を垂れ流す、全長二十メートルはあろうかという巨大な空飛ぶ爬虫類が。
その全身は不気味でありながらもどこか気品を感じさせる黒檀色で、他の魔物とは格が違うのだと嫌でも理解させられる。
しかしこの生き物がルルーシュであると断言出来ないのは、以前ルルーシュは純白のドラゴンだと聞いていたからだ。
「あれはルルーシュでまちがいないよ。魔を受けいれて完全に同化してしまったから、もう彼は神獣ではなく魔獣におちたけれど」
くまのぬいぐるみから急に声が(しかも美声)したことで、フローラの周囲にいた騎士達は飛び上がって驚いた。
「うわぁ!!このモフモフは魔物だったのか!?」
「ぬ、ぬいぐるみが……喋った!」
「うっわ、よく見ると可愛い……」
イアフスはざわめき出す周囲を片手を上げて制した。面白いほどに皆の視線はモフモフアームに釘付けだ。
「わたしはイアフス。正義をつかさどる神であり、ティアの夫でもある。
レオはわたしの眷属で、おまえたち人間とおなじことわりを生きてはいない。
そのことを呪いと評してレオをおとしめようとするのならばこのわたしが相手になってやろう。
神のいかりの鉄槌をうけ、その身を蒸発させるかくごがあるのならな!」
レオがティアから祝福を授かれずに苦悩した日々への贖罪のつもりなのだろう、イアフスは辿々しく愛らしい口調で全然可愛くないことを宣言している。
レオはイアフスが見せたドヤ顔(?)に、額に手を当て項垂れることしか出来ない。
高級そうなくまのぬいぐるみがなにを言ってるんだと普通ならイタズラを疑いそうだが、そこは精神体とはいえ神。
依代となったぬいぐるみの体からわずかに漏れ出る神力には他者を屈服させ従わせる圧倒的な力があった。
「イアフス神様の眷属…?つまり小神様!?」
「レオ・アンダーソン様って…たしか呪われてるって噂があった御方だよな?」
「でもそれは呪いじゃなくて神の御力だったということか!?」
「俺っ、さっきアンダーソン様が腕で魔物の攻撃を弾いて無傷だったところを見たぞ!」
「なんと…!神の眷属であらせられるアンダーソン様は脆弱な我々とは肉体の造りからして異なるということか…!」
この国はティアを信仰しているとはいえ、イアフスも十分有名な存在だ。
神々しい力を放つぬいぐるみ(イアフス)の言葉には信憑性があり、騎士達は敬慕の念が込められた熱い眼差しをレオに送る。
「レオ様がイアフス様から守護を賜っているのは本当だ」
そしてフローラが満を持して宣言すると、騎士達のテンションは最高潮に達する。
フローラはレオに流れる呪いの噂を払拭したいと常々思っており、その機会をずっとうかがっていたのだ。これは好機とばかりにレオの凄さを語り出す。
「レオ様の力はティア様の祝福とは違うけんど、ティア様とご縁があるイアフス様に与えられた力は本物で、レオ様は神に愛された人間としか言いようがないだ!」
「フ、フローラ、もうそのへんで…」
呪いの誤解が解けるのは歓迎すべきことなのだがレオとて無駄に騒がれたいわけではなく、教会に熱心に通う信者のように、騎士達に祈りを捧げられても居心地が悪いだけだ。
レオは膝をつく騎士の腕をひいて無理やり立たせる。自分は神でもなんでもないのだから祈るのは本当に止めてほしい。
後にこの出来事がレオにとって都合の良い展開を作り出すことを今はまだ知らない。
「それより、ルルーシュ様をなんとかしないと」
自分に降り注ぐ騎士達の暑苦しい視線をなんとか他所へ逸らそうと、レオが上空を悠々と旋回しながら飛んでいるルルーシュに目を向けると、耳をつんざく咆哮と共に大きな口を開け炎を噴き出すところだった。
『グギャアァァァァァ!!!!!』
「「「「「「!!?」」」」」」
これから訪れる己の死を嘆く間もなく、渦を巻いた灼熱の炎が目前に迫る。
一瞬の出来事で誰もが動けずにいる中、フローラは創造の力で広範囲に渡る金属の半円ドームを創り、騎士達を業火から守り切る。
自分達を守るように突如現れた頭上を覆うドームに、騎士達は「奇跡だ……」と呆然と呟き、そして視線は次々とレオに向かう。
この後の展開などレオには容易に想像がついたけれど、どうすることも出来ない。
わぁぁああ!!という割れんばかりの歓声が上がったかと思えば、騎士達は好き好きに勝手なことを口にし出す。
「この不思議な御力はまさかレオ様が!?」
「この素晴らしい御力を呪いだなどと…まったく馬鹿なことを言う奴らがいたもんだ!!」
「我らにはイアフス神様とその眷属であるレオ様がついている!!ちょっとばかりでかいトカゲに恐れることなど何もないぞ!!」
「レオ様と戦乙女フローラ様に続け!!怯むことなく剣を取るんだ!!」
「「「おおぉぉぉーーー!!!」」」
レオとフローラは勝手に希望の象徴にされた。
ドラコンの炎による丸焦げを回避してアドレナリンが大量分泌されているのかもしれないが、どうみてもこの奇跡を齎したのはフローラであり、騎士ならば広い視野と落ち着いた状況観察を心掛けろと言いたい。
イーサンはフローラの力をレオのものだと勘違いされて不服そうにしているが、フローラの意向を汲みちゃんと黙っている。
「タングステンはドラコンが吹く炎にも耐えられる、と…」
なにやらフローラはご満悦な表情を浮かべては一人でうんうんと頷いているし、どこから訂正すればいいのかとレオは本気で悩んだ。
その間にもルルーシュはなんとかドームを溶かそうと灼熱のブレスを吐き続けていたが、無駄を悟ると『グギャアア!!』と不機嫌そうな声を発し、一気に天高く上昇した。
炎のブレスが止み、金属性のドームを解除してルルーシュの動きを確認したフローラは短く「全員退避!!」と告げる。
もう肉眼では追えなくなってしまったルルーシュはどうするつもりなのか。
まさかあのスピードで、あの高度から、あの重量で、地上目掛けて衝突するつもりではないだろうか。
そんなことをされては地上にぶつかった衝撃で大爆発を引き起こし、衝撃波は何百キロも離れた場所にまで影響を及ぼす。王都一帯の地形は変わり果て、人の住める環境ではなくなってしまう。
すでにルルーシュの灼熱ブレスのせいで、広場の周辺一帯は焼け野原になっているというのにこれ以上の被害は出せない。
フローラの号令を受けた騎士達は素早い動きですでに退避しているため、この場にはフローラとレオとイアフスしかいない。
薄情に思われるかもしれないが、騎士にとって上官の命令は絶対で、その命令が全員の命を救うのだと信じて行動する。
「レオ様、さっきの動きを止めるやつ、あと一度でいいから使えるけ?」
「もちろん。…とかっこつけて言いたいところだけど、ルルーシュ様の大きさなら一秒も止められないかもしれない。本当に一瞬だけだ」
「十分だで!わたすが合図したら力を使ってほしい」
「分かった」
二人で空を見上げるも、一体どこまで上昇しているのかルルーシュの姿はまだ見えない。
ボスであるルルーシュが出てきたことで王都の厄災の象徴である“門”は消失している。あとはルルーシュをどうにかするだけで王都は救われるのだ。
レオはフローラの隣に立ち、小さな手をそっと握る。
「レオ様?」
フローラがレオを見上げると、レオも同じようにフローラを見つめていた。ただし、その瞳に宿る熱量は大いに異なる。
「フローラ、好きだよ」
「? わたすもレオ様が大好きだべ」
「違うよ。そういう好きじゃないんだ。
私の好きはね、フローラのことを誰にも渡したくなくて、その心に自分以外は住まわせたくなくて、時に自分勝手に、時に荒々しく全部奪ってしまいたくなる類の『好き』なんだ。
叶うのならばその美しい羽を折って鳥籠に閉じ込め、怨嗟の込められた鳴き声でもいいからその囀りをずっと聞いていたい。
こんなひどいことを考えると同時に、フローラにとっての幸せは全部私が用意してあげたいとも願っている。
こういう矛盾を抱えた『好き』だよ。フローラとは全然違うでしょう?」
「違うだ………」
初めて聞くレオの性癖(?)にフローラはプチパニックに陥る。なぜなら千里耳で知ったレオの心の中も同じようなことを考えていたからだ。
独占に強奪に監禁したい好きってなんだろう?とフローラの思考は未知の世界に一歩足を踏み入れかける。
「ふふ、全然分からないって顔してるね。たぶん私は重い部類に入ると思うから、フローラは理解しなくても大丈夫だよ」
「重い………?」
好きという感情について話していたはずが、急に質量が発生してフローラはもうお手上げ状態だったが、けれど分からないままにしてはいけない気がしてうんうんと悩む。結局何も分からなかったが。
「また私の話しを聞いてくれる?―――すべて終わったあとに」
「んだ!!」
フローラとレオは、ルルーシュが上昇した勢いで割れたままの雲を見上げ静かにその時を待った。
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