113 最後の戦い
レオが来たことで戦況は大いに変わった。
まずイーサンの負担が減り、危なげな場面が激減したことでフローラに癒しの力を返すことが出来たし、そうなるとフローラも自身の防御を気にすることなく戦えるのでサクサクと討伐が進む。
そして街中に放たれた魔物の討伐や、避難誘導にあたっていた騎士達も任務を終え広場に集まり出してきたことで、魔物の数をどんどんと減らしていくことが出来た。
人数的にも心にも余裕が出て来た中で、あらためてレオのことを観察したイーサンはその戦闘力の高さに感心した。
レオの戦闘力の高さを示す色はイーサンと同格の赤だったが、その中に黒いマーブル模様が出来ており、このような現象を目にするのは初めてだ。非常に興味を唆られたが、声を掛けてその集中力を削ぐわけにはいかないと我慢する。
次々と魔物を屠る様はまさに一騎当千の働き。
教本通りの美しい剣技で魔物の心臓を一突きしたかと思えば、荒々しくパワフルなスタイルで魔物を屈服させるべく豪快に斬りつけたりもする。
まったく違う印象を受ける戦い方に脳が混乱しそうなものだが、共通しているのはどの剣筋にもいっさいの無駄やブレがないということ。
魔物の動きを観察・分析・予測し、どのような攻撃が一番効果的かつ効率的かを瞬時に判断し、瞬きの間で実行に移す。
同じ色を持つイーサンと比べてもそのスピードは異常であるといえる。
「イーサン様、彼は誰なんですか?うちにあんな整った顔の新入りはいませんよね?それになんでくまのぬいぐるみを腕につけてるんでしょうか…?」
騎士の一人が恐る恐るといった様子でレオを指差し、イーサンにその正体を尋ねてくる。
「彼はレオ・アンダーソン。アンダーソン公爵のご子息だ。ぬいぐるみは知らん」
「えぇ!?あの引くぐらい強い男が公爵家のお坊ちゃん!?え、公爵家ともなると『なんでも完璧であれ!』とか言われて歴戦の猛者みたいになるまで剣術とか習得させられるんですかね!?こっわ、公爵家こっわ!!」
「さあな」
二人は話しながらも手を休めることなく魔物を討伐していく。こんな余裕が出て来たのもレオがもの凄い速さで魔物を倒してくれているおかげだ。
フローラは門から出てくる魔物を足場にしながら空中で戦っていたのだが、その魔物が徐々に減りつつあり、ついに足場に出来ほど落ちて来なくなったので地上へと降り立つ。
すると、騎士達がうぉぉおお!!!と雄叫びを上げ、肩で息をするフローラを囲い出した。
「フローラ様!お疲れ様です!!これお水です、飲んで下さい!!」
「貴女が巨大な魔物をすべて討伐して下さったので私達は今生きているのです!本当にありがとうございます!!」
「少し休憩なさってて下さい!まだ魔物は出て来ておりますが、随分と減りましたしサイズも小さい。あれなら我々でもなんとかなります!」
そう声を掛けてくる騎士達はフローラの指示に従い動いていた者達で、その目はキラキラと輝き、熱心にフローラを見つめている。
途中から集まってきた騎士達もフローラが空中で華麗に舞い戦う姿を見て、鼓舞され、励まされ、勇気付けられていた。
人類滅亡の未曾有の事態に一度は希望を失いかけたが、フローラが共に戦ってくれるのならば何があっても乗り越えられる。そう思える希望の光。
フローラは騎士団に過剰な期待を抱かれていると分かっていてもそれを訂正する余裕すらない。差し出された水をぐいっと飲み干し、上空の門を厳しい眼差しで見据える。
あれほどボタボタと大量の魔物を垂れ流していた門は今、不気味なほどに沈黙しており、大きく開いた扉の奥に覗く闇が丸見えとなっていた。
誰かが「もう魔物を全部倒したのでは…?」と声を上げたことをきっかけに、徐々に楽観的なムードがその場に広がっていく。若い騎士の中には涙を流して喜んでいる者までいた。
「フローラ!」
手遅れになる前にフローラにあのことを伝えなければと、レオはフローラに群がる騎士達を押しのけつつ前に進むも―――突然、呼吸さえ難しい暴風が吹き荒れてきたことで足が止まる。
「!?」
「わぁああ!!」
「と、飛ばされる!!」
「っ、近くの建物に掴まれ!!」
大人の男が立っていられないほどの強風にさらされ、地面を転がる者が何人もいる中、先ほどまでの楽観的なムードも一瞬でどこかへ消え去る。
フローラはその存在を知っていたので警戒を解くことも驚くこともなかったが、ボスの存在を知らない者達にしてみればそれはひときわ異質なものに見えたことだろう。
「なんだ………あれ」
「え…、山?」
「う、うわぁぁぁ!!化け物だ!!!殺される!!」
「もうおしまいだ……!」
騎士達がパニックに陥り収拾がつかなくなるのも無理はない。
巨大な門の扉から、今までの魔物と比べものにならないほどの巨体をぐっと窄めてまずは頭が、次に門を擦りながら胴体が。翼部分がすべて出てくると、おしりから長い尻尾にかけてはズルンッ!と重力に従い垂れ下がる。
バッサバッサと大きな翼を羽ばたかせるたびに災害規模の暴風が吹き荒れ、家屋や木々が根こそぎ飛ばされていく。それが出てきたことで門の下の街中は瓦礫の山へと一変した。
「っ!フローラ!!あれってもしかして…」
レオはフローラを庇うように前に立ち、今までの魔物と桁違いの強者の風格を漂わせる生き物と対峙する。
「あれは…、たぶんルルーシュ様だ」
王都に発生した門のボスはルルーシュだ。
イアフスにその存在を聞かされてからというもの、頭から一時も離れることのなかった憧れの生き物。
「これが、ドラゴン……!!」
フローラが憧憬のまなざしで見つめる先には全長二十メートルはあろうかという巨体を、大きな両翼を羽ばたかせて空中に留める黒いドラゴンの姿があった。
一方、王宮では―――
「なんだ!!あのでかい生き物は!!」
「うわぁぁ!!我々も早く避難しなければ…!!」
「あれはブラウン嬢の手にも負えんだろう!!」
漆黒のドラゴンの登場に、フローラの言霊を免れていた貴族議員達が狼狽え騒ぎ出していた。
ルルーシュが現れるまではフローラに懐疑的な視線を向けていた者達も、人間離れした動きで鮮やかに魔物を屠る姿を見るやいなや華麗に掌を返して「さすが殿下のご婚約者様ですな!」などと調子の良いことを宣っていたのだが、さすがに頭から尾までの全長が二十メートルはあろうかという魔物に出て来られては、これに人が勝てるという希望すら生まれない。
対策会議に参加していた貴族の半数以上は最初の魔物が落ちて来たあたりで脱兎のごとく逃げ出していたのだが、そこからさらに数を減らして王族や側近達を除けば今や二、三人ほどしか残っていない。
「…陛下、リアム様。隠し通路を使い王宮から脱出して下さい。陛下の執務室にある通路から出れば一番王都から離れた場所に出れるかと」
ジョージが他の者に聞こえないよう小声で二人に脱出を促す。
「……そうだね、とりあえずリアム君だけでも―――」
「父上お待ち下さい。俺は絶対にここを離れません」
「だよねー。絶対そう言うと思ったけども」
リアムはフローラに王国の命運を丸投げしておきながら、自分だけ安全な場所でぬくぬくと生きている実感を噛み締めるつもりはない。
心の中の自分が「ここに残ったとして何も出来ないくせに、王家の血筋を絶やすリスクを冒している自覚はあるのか?」と冷静に問い掛けてくるが、こんな時でも嫉妬に意識の七割を割いているリアムは何も聞こえないフリをする。
―――レオはあそこにいるのだろうか。
今思考を割くべき事ではないと重々承知しているが、一度その可能性に至ってしまっては手についた黒いインクのように、わきあがる邪念を中々拭えないでいた。
領地から王都まで一日でやってきたというフローラにひっついて、レオも共にやって来ているとリアムは確信している。
フローラだけを危険な場所にやるような男ではない。ライバルにこのような感想を抱きたくはないが、レオは憎らしいくらいに良い男なのだ。
それに比べて自分の情けなさといったら目も当てられない。
フローラの善良な心に付け込んで命を賭けた闘いに身を投じさせておきながら、リアムは王族という理由だけで安全な場所から王都の今後の命運についてあーでもないこーでもないと実のない会話を垂れ流す。
民を守るべき王族がその民に守られて生き延びるなど本末転倒だ。
しかしどれほど大層な身分があったとしても、こうした事態に陥れば何の役にも立たないというのもまた事実。
むしろ身分が邪魔をして余計なしがらみに雁字搦めとなって育った結果、『王族』という仕事をする能力しかなくなった。
自分もレオと同じ身分で生まれていたら、今フローラの側にいて、その背中を守り、共に世界を揺るがす脅威に立ち向かうことが出来ていたのだろうかと詮無きことを考える。
思考はどんどん無意味で無価値な方向へと逸れていくが、軽く首を振ってなんとか軌道修正した。
「なんと言われようが俺はここでフローラの戦いを見届けます。逃げるなら父上だけでどうぞ。母上もその方が心強いでしょう」
「え、リアム君を置いて自分だけ逃げたなんて彼女に知られたら首を絞められちゃうよ。
リアム君だけでも安全な場所にいてほしかったけど仕方ない。ここで一緒に結末を見届けよう」
国王は諦めたように笑い、ジョージはまったくこの親子は…と言わんばかりに、苦い物を口にした時のような渋い顔をした。
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