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112 レオの意地


 タンッ、ザシュッ、タンッ、ザシュッ。


 フローラは次々と落ちてくる巨大な魔物を足かがりに、ピョンピョンと上空を自由自在に飛び回っては大剣を高速で振るい、どんどんと魔物達を屠っていた。


 タンッ、ザシュッ、タンッ、ズシャァッ!


 足蹴にした後しっかりとトドメを刺して息の根を止める。

 すると巨大な魔物は地上に落ちる前にその姿を真っ白な砂へと変えるので、身体は黒いのに砂に変わると白くなるのは不思議だなぁ〜と、魔物の首を刎ねるという嫌な流れ作業をしながらフローラはぼんやりと考える。


 イーサンに打ち漏らしの処理を頼んだとはいえ、さすがに五メートル超えの魔物は頼めないので、フローラは空中をピョンピョンしたりクルクルと回転したりしながら大きな魔物を中心に倒していく。


 しかし、さすがに巨大な魔物に紛れた小さい魔物(それでも大型の動物くらいのサイズはあるが)をすべて倒すにはまったく手が足りておらず、下にいるイーサンを信じて任せるしかなかった。


 なんせフローラはすでに三十分足らずで何百体倒したのか分からないほどの魔物を屠っている。

 門の大きさに比例して現れる魔物の数が決まるのならば、あと余裕で数千は出て来そうだった。


 無尽蔵のスタミナを持つフローラであっても、わずか一日で領地から王都までの距離を駆け抜け、休むことなく魔物との戦闘に入っているので、蓄積された疲労が顕著に現れ始めていた。剣を振る腕が重いと感じるなど初めての珍事である。


 フローラは簡単に魔物の首を刎ねているように見えるが、奴らは等しく俊敏で攻撃的かつ強固だ。

 門から落下中の無防備な状態とはいえ、柱のような手足を振り回されてはそれを避けるだけでも神経を使う。

 フローラの驚異的な動体視力と前世から受け継いだ戦闘力がなければ王都はとっくに壊滅していただろう。



「うぅ…!!」



 うめき声が聞こえたのでフローラが地上に目を向けると、イーサンが馬サイズのヒョウのような魔物に胸を切り裂かれているのが見えた。


 魔物に攻撃されたとしても致命傷を負わない限り砂となって絶命することはないが、痛いのは可哀想なのでフローラはすぐに癒しの力をイーサンにかける。


 フローラが打ち漏らす小型の魔物の数が増えてきたことでイーサンに負担が掛かっており、イルド王国最強の男であってもその剣筋は鈍りつつあった。むしろここまでよく対応出来たと思うべきか。

 

 フローラは自身の身体を覆う、鉄壁の護りである癒しの力をイーサンへと与えた。しばらくすれば勝手にフローラの元へと返って来てしまう力だが、それでも魔物からの攻撃を一切気にしなくてよくなればイーサンの負担を大きく削ってくれるはずだ。



「っ、フローラ様……!」


 イーサンは悔しさのあまりきつく唇を噛みしめるも、癒しの力が働いており血の一滴すら流れやしない。

 身体の表面をしっかりと覆う、この温かい力には覚えがあった。魔の森でボスの黒い液体を弾いたり怪我をなかったことにする『癒し』という名の奇跡の力。


 ララはこの力を他者に与えることでフローラの護りが薄くなってしまうと言っていた。

 イーサンの手に負えない危険かつ巨大な魔物を一手に引き受けてもらっているというのに、そのフローラから命綱である盾までも奪わせてしまう自分の弱さが情けなかった。



「……くっ!うおおぉぉぉおお!!!!!」


 この女神の御慈悲に報わずしてクラークを名乗るわけにはいかない!と、イーサンは限界を迎えつつある身体に鞭打ち、目の前の魔物を次々と斬りつけていく。

 その姿、その気迫はまさに鬼神の如く。あまりの迫力に魔物達が動きを一瞬止めるほどだった。


 上から見ていたフローラは初めてイーサンの強さに興味を抱く。そして息を吹き返したかのようにバッサバッサと魔物を薙ぎ倒すイーサンを見たフローラは、「もう少し打ち漏らしても大丈夫そうだべな」と鬼のようなことを考えた。


 その直後、余所見をしていたせいか、擦り減ったブーツのせいか。飛び移って足場にした魔物の表皮が滑り、フローラは一瞬体勢を崩してしまい、それを好機とみた別の魔物がフローラの背中を切り裂こう鋭い鉤爪のついた太い腕を大きく振りかぶった。


 すぐに体勢を立て直し大剣を身体の前で構えるも、刃のような鋭利な爪はもう目前に迫っており、フローラはやってくる衝撃に備え全身に力を入れる。


「来る―――!!」と思ったその時、魔物の動きがピタリと止まった。

 それは二秒ほどのことだったが、フローラはその一瞬を見逃さず魔物の心臓に大剣を突き刺した。



「―――レオ様!!!」


 地上にはこちらの方へと右手を掲げ、はぁはぁと荒い息を吐くレオの姿があった。


 レオの左腕にはくまのぬいぐるみ(イアフス)がしっかりとしがみついており、魔物出現により華やかな街並みが一転して荒廃した戦場へと化してしまった殺伐とした光景の中で、コアラのようなその愛らしい姿は砂漠にあるオアシスの如く、見る者に癒しを与えていた。



「っ、フローラ!!大丈夫!?慣れればこの力も使いこなせそうだから、こっちのことは気にしないで戦闘に集中して!!!」


「助かるだ!」



 レオの言う力とは、イアフスから授かった時を止める力のことだ。


 これまでにこの力を使う場面など一度も訪れることはなく、時を止めるとはどういうことなんだ?と疑問に思ってきたが、今日初めて力を奮ってみたことで色々と分かったことがある。

 イアフスであれば世界全体の時を止めた際に生じる影響を、すべて受け止める力があるので時間のズレなどの矛盾を生じさせることはないのだが、人間であるレオがこの力を使うにはあまりにも燃費が悪かった。

 それに対象の範囲がかなり狭い上に持続時間も短い。


 どういうことかと言うと、レオが時間を止めることが出来る対象は一つ、一個、もしくは一人で、その時間もわずか一、二秒だけ。これだけの力を使うのに相当な体力?を消耗してしまうので多用も出来ない。


 普通に考えればそれだけでも凄い力なのだが、レオは自分がこの力をもっと使いこなすことが出来ていればフローラの助けになれたのにと考えずにはいられない。

 先ほど伝えた「慣れれば使いこなせる」というのもフローラを安心させるための嘘だ。周りを気にしてフローラが傷つくようなことがあってはならないのだから、力を使った代償に身体が軋むように痛んだとしても精一杯強がってみせる。


 好きな女の子におんぶされるという辱めを受け入れても、王都まで着いてきたのはフローラを守るためだ。

 あともう一回くらいなら時を止める力を使えそうだと冷静に分析したレオは、目の前の魔物をどんどん剣で仕留めていく。


 イアフスが腕にしっかりと絡みついているからなのか、体内を流れる守護の力の巡りが良く分かり、今なら「天界基準で頑丈な身体」という意味もはっきりと理解出来る。


 レオはカンガルーサイズの猿のような魔物が振り降ろした腕の一撃を、剣を掴んだままの右手を上げて受け止めた。

 魔物の腕とレオの腕がぶつかった衝撃で、その周囲にブォォォォーと風が舞ったがレオの腕には傷一つなく、逆に魔物のほうが地面に転がり悶絶している有様だ。


「はは……。頑丈って硬化という意味だったんだ…。フローラが言うように人間やめてるかも。

 救いは完璧に硬化をコントロール出来てるところ、かな」 


「いつでもどこでも金属のように硬くならずに済んで良かったよ…」とレオは乾いた笑みを浮かべ、とんでもないオプションをつけた犯人であるイアフスを見下ろす。


「便利だろう?ルルーシュに最初から知られていたのなら、レオに与えた守護の力は無駄だったわけだけど、どうせなら使ってもらえるとうれしいな」


「……」



 無断で人の身体に規格外の力を与えておきながら、「自分は関係ありません」感を醸し出すイアフスはまったく悪びれていない。


 神とはやはり自分本位でどこか鈍い生き物なのかもしれないな、とレオは諦めの境地に至った。

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