111 希望の光
フローラは会議室を窓から失礼した後、城壁や屋根を走り抜け、門の真下にある街中にやってきていた。
そこにはちょっとした広場があり、祝日は露店が並び大いに賑わうのだろうなと想像出来たが、今は人っ子一人、子猫一匹おらずガランとしていて、露店の骨組みだけがいくつか残され物悲しい雰囲気を醸し出している。
ここに来る途中、騎士達が打ち漏らした犬サイズのネズミのような魔物を何匹か見つけたのでサクッと切り捨てておいた。
フローラの手には創造の力で創った大剣が握られており、それはボス戦で盾の素材にしてからお気に入りとなったロンズデーライトで出来ている。切れ味も抜群でこれならさくさくと討伐が進みそうだ笑みがこぼれる。
門の扉は順調に開きつつあるようで、空を見上げるとすでにもっと大きな魔物が落ちてきており、あれほどの大きな門からはどんな魔物が出てくるのかまったく予想がつかない。
王都の現れた門は、領地でボスが出てくる門の大きさを有に超えており、これからの死闘を思えばさすがのフローラもちょっとげんなりしてしまう。
そうこうしている内にグリズリーサイズの猪のような魔物に対峙しているイーサン達を発見したので、フローラは音もなく魔物の背後に回り込みその首を刎ね飛ばした。
「っ!!フローラ様!!!」
部下と十人掛かりで図体のでかさに見合わない俊敏な動きをする魔物と対峙していたイーサンは、急にその首が飛び落ちたことに驚くも、フローラの姿を目にするなり急いでその足下に馳せ参じる。
「えっ!?団長!?」
年端もいかない少女に跪くというイーサンの奇行に部下の騎士達は困惑顔だ。
「え、イーサン様、その少女は……?」
「フローラ様だ」
「えー……?」
軍のトップであるイーサンが様付けで呼ぶ少女とは一体…?騎士の一人が質問しても明確な答えは返って来ず、謎が謎を呼ぶ結果に終わった。
「イーサン様、さっき国王様から魔物討伐に関わる全権を貰って来ただ。これからはわたすの指示に従ってもらうべ」
「はぁ!?君、一体何を…」
「フローラ様!!ありがとうございます!!未知なる魔物を相手にどうしても対応が後手に回ってしまい、どう攻めるか考えあぐねておりました。
ですがフローラ様が指揮を取ってくださればこの苦境にだって光が差しましょう!よろしくお願い致します!!」
「い、イーサン様!?」
いきなり現れた小娘が王国最強の男を前にして「私の指示に従え」などと宣ったところで本来ならば相手にする価値もないというのに、なぜか王国最強の男本人が揉み手をせんばかりにその小娘に喜んで従おうとするのだから騎士達は意味が分からなかった。
彼らはフローラの動きが速すぎるあまり、魔物の首を刎ねた瞬間を捉えることが出来なかったせいで、その化け物のような強さをまだ知らない。
騎士達のとまどいを他所に、頭上にある門の扉がまた少し開いて、象サイズのカバのような魔物が大きな口を開けて落ちてくる。
「っ、君!!危ない!!!」
その真下にはフローラがおり、地面に落ちた魔物の影が一瞬で大きくなったかと思えば、見た目通りの重量を持つその魔物はあっという間にフローラの頭上目前にまで迫ってきていた。
今まで出て来ていた魔物とは桁違いの大きさに騎士達の目からは希望の光が潰え、変わりに深い絶望が広がる。
目の前で一人の少女が落ちてくる魔物に押し潰されようとしているのに誰一人動くことが出来ない。
身を挺して国民を守ることすら出来ない自分に、何が騎士だ!と叱咤したところで、魔物の恐ろしさに固まってしまった足はどうしても動かなかった。
もう衝突する!!!と、魔物に潰される少女を見たくなくて目を背ける騎士が何人もいる中、フローラは落ちて来た魔物の心臓部目掛けて拳を叩きつける。
象サイズのカバのような魔物は胸に穴が開くほどの威力で殴られた衝撃で、何棟もの家屋を薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされ、絶命すると同時にサラサラの砂となり消えていった。
家は壊してしまったが中に誰もいないことは千里耳で確認済だ。上から落ちてくるタイミングで首を切り捨てても良かったのだがそうするとトラウマ級の血の雨が降っていただろうから、騎士達の精神面を考慮した結果、フローラは魔物を殴り倒すという選択を取った。
「「「「「「………」」」」」」
騎士達はたった今自分達の目の前で繰り広げられたはずの光景が信じられず固まっているが、イーサンは目を輝かせてフローラを賞賛しまくっている。
「さすがフローラ様ですな!!なんという腕力、胆力!!イーサンは感服致しました!!」
固まる騎士達も煩いイーサンもまるっと無視したフローラは、鋭い視線でひたと上空の門を見据える。
「門の扉がもうすぐ完全に開く。そうなれば魔物が次々と落ちてくるはずだ。
そこの端の二人。ここからおよそ二キロ六時の方角に取り残された人が何人かいるから助けに行くだ。
そこの十人は二小隊に分かれてイルドラン学園周辺にいる、打ち漏らした魔物の討伐にすぐ向かってけれ。
残りは王都から避難する人達を誘導しに行くだ。今、人が団子になってる辺りも門が開き切れば禍に呑まれる」
「「は、はい!」」
「「「「「わ、分かりました!」」」」」
「よぉし!お前達、行けぇ!!!」
「「「はっ!」」」
フローラの命とイーサンの号令を受け、騎士達はそれぞれの場所へと素早く散って行く。
なぜフローラに遠く離れた場所の様子が分かるのかなど、あのような人間離れした力を見せつけられれば疑問にすら思わなかった。
「フローラ様、私はどうすれば!?」
「イーサン様はここでわたすが打ち漏らした魔物の始末を頼むだ。けど絶対無理はしないでけろ。最悪死んでも灰になってなければ助けるけども、なるべく痛い思いはしないほうがいいだ」
「ふ、ふ、ふふふフローラ様ぁぁ!!なんて尊い御方なんだ!!このイーサン、一生ついて参ります!!」
死者蘇生という圧倒的な治癒の力を仄めかされたイーサンは感動に打ち震え、この御方がいれば何があっても絶対に大丈夫だと確信する。
イーサンはどんな時でも揺るぎないティア神信奉者だった。
「―――また開くど」
フローラが見上げる門の扉は錆びた金属音のような不協和音を辺りに響かせながら徐々に開いていき、ある時、急に引っ掛かりが取れたかのように勢いよくバァァンと全開した。
とうてい動物に例えることなど出来ない禍々しい見た目に、軽く五メートルは超える肉体を持つ魔物達が、鼓膜が破れそうになるほどの咆哮を轟かせながら次々と地上目掛けて落ちてきた。
***
レオは王都にあるアンダーソンのタウンハウスへと無事に辿り着いていた。
どうやら屋敷にいる者達はすでに避難を終えているようでホッと安堵の息を吐く。母はこういう時真っ先に戦地へ赴こうとするような、公爵夫人にあるまじきタイプの人間なので「まだ王都に残っているのでは?」という一抹の不安があったのだが、どうやらアンダーソンに長年勤める執事あたりが母をうまく宥めすかし避難させてくれたようだ。
レオは自室へと駆け戻ると、厳重に保管していたくまのぬいぐるみを取り出し自身の力を込める。
「―――レオ。どうやらルルーシュがうごいたようだね」
「っ、イアフス様!!」
イアフスをこの世界に顕現したのを確認すると、レオはくまのぬいぐるみをしっかりと腕に抱き直して玄関へと向かう。時間が惜しいので、その途中イアフスにいくつか質問をしながらだ。
「イアフス様。ルルーシュ様は最初からフローラの存在に気づいておられたようですね」
「そのようだね。ルルーシュのティアへの愛のおおきさを見誤ってしまったわたしのミスだ。
そして精神体となってしまったせいでルルーシュの異変にきづけなかった」
「異変、ですか?」
「そう。ルルーシュは自らが世界中からあつめた『悪しきもの』を浄化せずにとりこんだ。
そうすることで神獣ではなく魔獣へとおちた」
「魔獣!?……つまり、ルルーシュ様はブラウン領に発生する魔物のような存在に成り果ててしまわれた、と!?」
レオは思わず足を止めて愕然としてしまう。
ルルーシュはたしか純白のドラゴンだったはず。
ただでさえ幻の生き物であるドラゴンが、神の使徒ではなく人間を無差別に襲う魔獣にジョブチェンジしてしまうなんてこの世の終わりだ。
「わたしにはもう、ルルーシュの考えていることがわからない。このようなことを仕出かしてなにがしたいのか…ティアへの恨みで世界をほろぼそうとしているのだろうか」
「ティア様の話しでは…ルルーシュ様はフローラを妬んで王都に“門”を出現させたそうです」
「フローラをうらんで…か。
……!もしかして、ルルーシュはフローラにあの祝福の力をつかわせようとしているのかもしれない。
そうなればフローラは―――――」
「―――!?」
イアフスの話しを聞いたレオは、まさかルルーシュ暴走の結末がフローラを永遠に失う話しに発展するとは露ほども思っておらず、足元がガラガラと音を立てて崩壊していくような絶望感を覚える。
世界の滅亡やルルーシュのことなど、もうどうでもいいから今すぐ一緒に逃げようと叫び出したくなるのをぐっと堪え、まずはこの事実をフローラへと伝えるべく、レオは全速力で遠くに見える禍々しい門を目指し走った。
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