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110 王都の厄災


「っ、魔物は!?」


 騎士からの知らせに、リアムは椅子から立ち上がり問い掛ける。会議室に集まる面々には先ほどまでと打って変わった緊張感が走っている。


「ま、まだ扉は完全に開いていないのですが、…っ、細く開いた扉の隙間から、見た目はネズミのような、しかし小型犬ほどの大きさの……っ、真っ黒な生き物が何体も落ちてきています!!!」


 まだ年若い騎士は蒼白になりながら声を上擦らせて報告する。

 会議室の窓から外を見ると、細く開いた扉からポタポタとかなりの数の黒い物体が落ちているのが遠目にもうかがえた。


「なんと…!」


「本当に魔物なるものが存在するのか!?」


「で、ではここも危ないのでは!!?」


「すすす、すぐに逃げなくては…っ!」


 リアムの話しに半信半疑だった頭の固い貴族達がザワザワと自らの保身に走り出すが、リアムはそんな者達に構っている暇などない。


「落ちて来た魔物の討伐は出来ているのか!?」


「は、はいぃ!!な、なんとか…!

 ですが、普通の動物とは違い、めちゃくちゃな動きをするので行動予測が難しく…今は一体につき騎士三人で対応し、打ち漏らしがないようにしている状況です!!」


「ネズミのような魔物に騎士が三人掛かりか……!」



 わずかに開いた扉の隙間から溢れ落ちた小型の魔物にこの有様では、いざ扉がすべて開いた時どうなってしまうのか。

 王都上空に出現した門は、ブラウン領にボスが出て来た際の門より何倍もあるのだから、出てくる魔物も比例して桁違いに大きく強いと考えるべきだ。

 ただのでかいネズミにこれほど手こずっていてはとても対応出来まい。



「私も行こう」


 国王の護衛のため部屋に詰めていたイーサンが剣を握り立ち上がるとジョージを見やる。ジョージは深刻な顔で頷くと、王の側を離れる許可を出した。

 これからどんどん魔物が出てくるのなら現場をまとめる人間が必要だ。



「っ、イーサン!魔物の血を浴びるなよ!あと騎士達に深追いし過ぎるなと伝えろ!!魔物に殺されたら何も残らない!」


「はっ!」


 リアムのこの言葉に「ひぃぃ!」と声を上げながら半数の貴族が出て行ってしまったが、あんな奴らが何人残っていたところで何の役にも立たないので黙って見送る。


 部屋を足早に出て行くイーサンを見送るジョージの顔色はすこぶる悪い。 


「……リアム様、申し訳ございません。危機が目の前に迫るまでその脅威が理解出来ぬなど、耄碌したと罵られても仕方ありません。ネズミの魔物に騎士三人を必要とするのに、フローラ嬢にもう少し頑張ってもらおうなどと申したこと、心から謝罪致します。

 このような未曾有の事態に長年対処して来られたブラウン一族に感謝を」


 ジョージは旧知の仲であるイーサンが死地へと向かう事態になって初めてブラウンの偉業に気付けたようだ。それは会議室に残る他の貴族達も同様。

「ブラウン男爵に出頭命令を」と騒いでいた者達は掌を返して「なんとか助力を願えないだろうか」と宣っている。


 自分に関係のない場所でいくら悲劇が起きようとも所詮対岸の火事でしかない。身近に危険が迫って初めて人の痛みに気付けるのだ。



「………門が現れてすぐフローラに知らせるための早馬を出した。明日にはブラウン領に着くとは思うが、そこからすぐにフローラがこちらへ向かってくれたとしても最低でも五日はかかる。

 この事態に対処出来るのはおそらくフローラだけだ。彼女が到着するまでなんとか持ち堪え―――」


「リアム様、呼んだけ?」


「「「「「!?」」」」」


 いつの間にか、王族と側近と半分だけ残った貴族議員しかいないはずの部屋、リアムが座る椅子の後ろにフローラが立っていた。


「っ!誰だ、このみすぼらしい女は!!」


 フローラは貴族の一人がそう叫ぶのも納得のヨレヨレ具合で、たった一日で領地から王都まで駆けたせいで髪の毛はぐちゃぐちゃ、お馴染みの麻素材のシャツとズボンも盛大にシワが寄っているし、足下は泥水が跳ねて所々茶色く汚れていた。


 リアムはバッと振り向いて驚きに目を見開くも、これが夢ではないことを確認するかのように無言で立ち上がりフローラをそっと抱き締める。

 この「王族が浮浪者を抱き締めるの図」に、潔癖で選民意識の高い貴族達がリアムの正気を疑いざわめき出した。



「フローラ……。本当に本物のフローラか?俺の願望が見せた幻じゃないよな?」


 そう言ってリアムが抱き締める腕に力を込めるものだから、フローラは可笑しくなってクスクスと笑ってしまう。


「あはは、『俺はたぬきの魔物に化かされているのだろうか?』ってそんなわけないべ〜!リアム様は相変わらず面白いこと考えるべなぁ〜」


「……」


 無邪気に人の思考を読んでおいてまったく悪びれていない神経の図太さは間違いなくフローラだ。スンッとしたリアムはフローラの肩を掴んで自身から引き離すと真剣な表情で問い掛ける。


「なぜここに?早馬はまだ領地にすら着いていないはずだ」


「それは昨日ティア様が夢の中で教えてくれたからだ!王都に門が開いたって聞いて慌てて走ってきただ」


「ティア神に…?昨日、聞いた……?走って来たって…文字通り王都まで走ってきたというのか!?」



 初めて聞く情報が多くリアムは一瞬混乱しかけるも、今大事なのは王都で厄災が始まろうかという時にフローラがこの場にいるという事実のみ。


 諸々は後で詳しく問い詰めるとして、それは王都から厄災を遠ざけてからの話しだ。

 


「っ、今から四日前に王都の上空に門が開いた。しかしすぐに開くわけでもなくずっと膠着状態が続いていたのだが、先ほどついに少し扉が開き、ネズミのような魔物が何体か落ちてきたから騎士達が対応にあたっている」


 あまり猶予は許されておらず、リアムは簡潔に状況を説明した。


「ふーん、扉が大きすぎて中々開かなかったみたいだけんど、少し開いたら後は早いと思うど」


「っ!!これからどんどん魔物が落ちてくるということか!?」


「んだ」


「殿下!!お待ち下さい、その女は一体何者なのですか!?そのような得体のしれない人間に構っている場合ではありませんよ!!」


 フローラとリアムが話し合っていると貴族の一人が異を唱え、それに追随するようにフローラ排除の声が高まり出す。


「そもそもどうやってこの部屋に入ってきたんだ!」


「衛兵を呼べ!!侵入者だ!」


「殿下、そのような怪しい者に何を期待なさっているのです!?ここは我々だけで対処するべきでしょう!」


 魔物の存在を信じず楽観的なことしか言わなかったくせに、いざその脅威を目の当たりにすると己の安全しか頭になかった連中が何を言っているのかと、リアムが怒鳴りつける前にフローラが動く。


「うるさい。『黙れ』」


「「「「「!!?」」」」」


 『言霊』の力で強制的にその口を閉じられた貴族達は、急に喋ることが出来なくなった恐怖に目を見開き喉元に手を当て、よく分からないジェスチャーをしている。


「なんだべ、この空気の読めないおっさん達は。魔物の討伐について考える気がないのならどっかに行ってほしいだ」


 声なき声をあげる貴族達を冷めた目で見つめるフローラにはいつもの余裕はなさそうで、厄災はイルド王国滅亡の危機であることをあらためて自覚する。



「―――フローラちゃん」


「あっ国王様!わたすに魔物討伐に関する全権がほしいだ。無能な人間に場を乱されたら被害が増えるべ」


 国王は端的に要件だけを伝えてくるフローラに、十五とは思えぬ強者の風格を感じ、背中に一筋の汗が流れ落ちる。

 どれほどの甚大な被害が出るのか未知数であるというのに、魔物討伐に関する全責任を負う立場に自ら志願するのは絶対的な自信があるからなのか。


 しかしフローラからははそういった気負いや恐れは感じられず、あるのは凪いだ義務感のみ。


 “門”が現れたから魔物を討伐する―――それがフローラの中の常識であり日常だ。


 国王はフローラにこのような顔をさせてしまったことを深く後悔し、そして今、彼女に国の命運を託そうとしている自分に反吐が出そうになる。ジョージも己の不甲斐なさからフローラを直視出来ずにいた。


「…………フローラちゃん、ごめんね……。

 君に魔物討伐において総指揮官の任を与える。

 どうかこの地に住む人々を魔物の脅威から守ってほしい」


「はい!」


 フローラはニッと笑うと会議室の窓を開け放ち、そのまま勢いよく外に飛び出した。


「!?」


「おい!ここを何階だと…」


 リアムと国王とジョージは、窓から飛び出したフローラの行方を慌てて確認するも、フローラはすでにその周辺にはなく、遠くの城壁をピョンピョンと走り去る姿がかろうじて目視出来た。



「……猿?」


 ジョージにはフローラが野生の猿にしか見えない。


「………リアム君。フローラちゃんって思っていた以上に大物だね……。果たしてリアム君の手に負えるかな」

 

「…………。彼女の規格外な力も常人とは異なる思考回路もきちんと理解しているつもりです」 


 リアムは国王から目を逸らし、フローラの姿が見えなくなってもしばらく窓の前から動かなかった。


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