109 前世・戦闘民族の本気
レオは昼頃になってよくやく、過ぎ去る景色を死んだ魚の目で眺める余裕が出て来た。
フローラのこの体力、走る速さ、男を長時間抱え続ける筋力が、祝福の恩恵を受けていないと言うのならば、彼女を人間と呼んでいいのかもう分からない。
それくらいあり得ないスピードで王都を目指していた。
基本的に人が少ない道を選んで走っているのだが、日が昇るにつれてそうも言ってられない時がある。
しかし、フローラがやむなく街中を爆走したとしても人々はその存在に気付けず、ちょっとの間を置いて吹き荒れる小さな嵐を受け「なんだ?なんだ?」と騒ぎ出し、その頃にはすでにフローラの姿はもうどこにもない。
今でこそ女の子におんぶされた姿を誰にも見られなくてホッとする感情が湧いて来たが、最初は人々が往来する中まったくスピードを落とす事なく突っ切って行くフローラにその正気を疑ったものだ。動体視力はどうなっているのだろうか。
レオはそんなフローラと、共に行動出来ている自分にも関心していた。ただおんぶされてるだけと思われるかもしれないが普通の人間ならまず振り落とされて死ぬ。
イアフスから与えられた頑丈な身体のおかげで、正面からの風圧にもなんとか耐え、フローラにしがみつくことが出来ているのだ。
これまで風邪も引いたし怪我をすれば血だって出たし、今まで自分の身体を特別頑丈だと思ったことはなかったが、こういうことだったのかとレオは初めて納得した。
「っ、フローラ!!」
「どしただ?休憩するべ?」
レオが背後から声を掛けてきた事で、フローラは人のいない場所でキキキーーー!!と立ち止まる。
「ゔっ…!お、お疲れ、様…。はぁ、はぁ、領地を出てからずっと走りっぱなしだけど……フローラは疲れて、ないの?」
「わたすは全然大丈夫だ!レオ様は無理してないけ?」
「全然大丈夫なんだ……。ありがとう、私も大丈夫だよ…」
ブラウン領を明け方に出発して今はもう昼過ぎだ。さすがのレオも疲労が蓄積してきていたが、フローラが疲れていないというのなら自分が弱音を吐くわけにはいかない。
「それより、ここは今どこらへんだろう?」
「んー、まだ王都まで今のスピードで半日以上かかるくらいの場所だ!」
「そう…。王都にもう少し近付いたら気をつけた方がいいかも。三日前に王都の上空に“門”が発生したならば、人々はパニックに陥り王都から逃げ出しているはずだ。そういう人達が徐々に増えてくると思う」
「確かに。空にあんなに目立つ門が出来たら皆気付くべな。ティア様の話しではかなり大きいらしいし」
「これからはもっと人が増えるから気をつけて行こう」
「んだ!あんまり多かったら空を飛ぶだ!」
「ん?え、?空??」
ここで軽食を食べてから(レオは無理やり流し込んだ)二人は休むことなく王都を目指した。
レオの言う通り王都から逃げて来た人々が増えた辺りで、フローラは建物を駆け上がり屋根と屋根の間を自由自在に飛び回る。レオは吐かなかった自分を心から賞賛した。
そしてブラウン領を出てから丸一日とちょっと経った早朝―――イルドラン学園の辺りまで戻ってくると、変わり果てた王都の全貌がよく見えた。
まず、王都上空にはブラウン家の粗末な家がすっぽりと入りそうなほど大きな空間の割れ目が。
領地に発生する空間が割れただけの“門”とは違い、王都の“門”は空間の割れ目の中心に正真正銘の大きな両開きの扉が浮かんでいた。
禍々しい黒色の扉はまだ開いておらず、けれどそれ自体が意思を持つかのように、絶えずカタカタと音を立てており今にも開きそうだった。扉の表面をよく見ると、まるで何千匹ものヘビが這っているかのように蠢いている。
アリアがここにいれば「気持ち悪いぃ〜!!」と悲鳴を上げていただろう。
「フローラ、私は一度タウンハウスに帰ってイアフス様を連れてくる!フローラは―――」
「わたすは王宮に行ってみるだ!」
「分かった!!私もすぐに行く、また後で!」
学園の前でレオと別れたフローラは、混乱する王都の人々を避けるため、また屋根の上を走りながら王宮を目指す。
走りながら見下ろした王都の街は大混乱に陥っているようで、門が現れてから四日は経っているはずなのにまだたくさんの人達が王都に留まっていた。
荷物を積んだ何百台もの馬車が道を塞ぎ、ずっと先の方まで渋滞してしまっていることが原因のようだ。
荷物など持たずに身一つで逃げるのが正解だが、四日経っても開かない門に感覚が麻痺して慣れてしまったがゆえ、まだ余裕があると勘違いしたのだろうか。
あの真っ黒な扉が一度開けばすべてが終わるというのに、王都の人達はのんびりしてるだなぁ〜というのんびりとした感想を抱きながら、フローラはあっという間に王宮に侵入を果たす。
王宮は正常に機能しているとは言い難く、城門を守る騎士すらいなかったのでフローラは誰に咎められることもない。
すぐさま千里耳を発動させてリアムの居場所を探ることにした。
***
「王都に住む民の避難は今どうなっている?」
国王とその側近達、リアム、ジョージ、宰相、イーサンと騎士数人にトーマス、あとは高位貴族の議員達三十人ほどが集まり、突如として王都に現れた怪異について対応を協議していた。
「はっ、避難は依然としてすすんでおらず、今は騎士達が馬車を捨てて逃げるよう説得しております!」
リアムの問いにイーサンの部下が答えるも、とうてい看過出来る内容ではない。
「は?説得?何を生ぬるいことを言ってるんだ。力ずくで馬車から引きずり降ろせと言っただろう!?荷物を積んだ馬車が道を塞ぐから避難が進まないんだろーが!!」
「…はっ!で、ですが、荷を置いて逃げた場合、盗難に合った際の補償はしてくれるのかと詰め寄ってくる者達ばかりでして…」
「死人がどうやって金を使う!!すべては命あってのことだ!それでもごちゃごちゃ言うやつには王太子命令だと伝えろ!」
「はっ!」
リアムの剣幕に押された騎士は一礼すると、部下に指示を出すため急いで会議室を後にした。
「本当に…何をやっているんだ……!!」
「誠に申し訳ございません」
苛立ちの込められリアムの言葉に騎士達のトップであるイーサンが頭を下げる。民達の避難が中々進まないのは、末端にまで魔物の脅威について伝わり切らなかったせいだ。
四日前、王都上空に巨大な“門”が発生したと同時に、“門”の危険性と魔物の存在、そしてこれから起こる厄災の恐ろしさについて隠すことなく流布し、王都にいる国民すべてに早急な避難を呼び掛けた。
それでもいまだ避難は滞っているのが現状だった。
「まあまあ、リアム殿下少し落ち着かれてはいかがですかな?さすがに王都上空に巨大な扉が現れた時は世界の終わりかと思い絶望しましたが……四日経っても変化はありません。ここは非常警戒措置を一度解除して―――」
「出ていけ。お前のような無能はいらない」
リアムは苛立ちながらでっぷりと太った侯爵の話しを遮る。
「殿下、そう申されますがブラウン領にまつわる話しを急に聞かされ、あの扉から魔物なるものが大量に出てくると言われましても……中々信じ難いというのが我々の正直な意見です」
「魔物の脅威についてはイーサンから説明させただろう!!騎士団総長の言う事が信じられないというのか!?」
貴族にしてはわりと常識人で中立派に位置する伯爵の冷静な言葉にもリアムは噛み付く。
「そういうわけではありません。ですが、今回殿下がブラウン領に赴き魔物なるものと遭遇し、その直後に王都で異常が発生致しました。果たしてこれは偶然なのでしょうか?
ブラウン男爵が此度の件に関与しているのではと疑わざるを得ない、というのが我々の総意です。
男爵に何かしらの思惑があり、王都にこのような攻撃を仕掛けているのであれば、まずは国民の退避より男爵の捕縛が先かと思われます」
「なにを―――」
「殿下がブラウン男爵令嬢を強くお求めになられたのは有名な話し。そのお立場はどうしてもブラウン家に添ったものになるでしょう。
それではどうしても殿下の話しには信憑性が薄れてしまうと申し上げているのです」
「っ、!」
魔物を見たことがない人間にその脅威を正しく認識させるには、何度も言葉を尽くし相手の疑問を一つずく潰していかなければならない。
しかし今回、王都の上空にいきなり門が現れたことでその時間がほとんど取れなかった。
「あの扉から魔物が出てくるぞ!魔物は恐ろしい生き物だから、王都に住む人間は今すぐ身一つで避難するんだ!!」と言われて指示に従う者は一体何人いるというのか。
「……“門”の真下にある街に住む国民の避難は?」
「はっ!その地区に住む人々の避難は完了しております」
国王の静かな呼び掛けに騎士の一人がハキハキと答える。
「王都に“門”が現れてから今日で四日…。まったく動きがないところを見るに、もう少し猶予はあるのかもしれないね。その間に国民にはパニックを起こさせない程度に魔物についての情報を周知させ、あらためて避難を―――」
国王が今まで見せたことのないほどの厳しい顔つきで門についての対応を述べていると、慌ただしい足音と共に会議室のドアが乱暴に開かれた。
「陛下!!し、失礼致します!!上空の扉がっ、す、少しずつ動き出しました!!!」
伝令の騎士が伝えにきた火急の知らせに、会議室に詰めている全員の顔色が変わった。
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