106 警鐘
リアムは観念してフローラについて知っていることをすべて国王とジョージに話した。
リアムとて抵抗を試みたのだが連携の取れた強敵二人を相手取っては分が悪く、自ら話したというより洗いざらい吐かされたという表現の方が正しいかもしれない。
「えー……待って待って。情報量が多すぎるんだけど………」
「…貴方が喋らせたんでしょう」
リアムが不貞腐れた様子で呟く。こうなったらお前達もフローラの強大な力に悩み苦しめ!という心境だ。
一方のジョージは、「悩む必要などないでしょう」とでも言わんばかりに目を輝かせている。
「素晴らしい……。素晴らしいではないですか!陛下、何を躊躇うことがあるのです?フローラ嬢にはその力をイルド王国のために存分に奮って頂きましょう!
仮初の繁栄?それが何だと言うのです。国とはどうせ繁栄と衰退を繰り返しながら続いていくものなのですから、フローラ嬢の死後にすべて失ったとしてもその時考えればいいでしょう。もちろんそれまでに何かしらの対策は取るべきですが」
「そんなに簡単な話しではない!フローラの力はティア神の力だ。ただの人間がおいそれと手を出していいわけがないだろう!」
「お言葉ですが、フローラ嬢もティア神様に愛されただけのただの人間では?フローラ嬢に許されたのならばイルド王国の繁栄のために力を奮うことだって許されるはずです」
あの眼鏡はフローラが創ったというくだりからジョージのテンションは爆上がりだ。フローラの力を世に出さないことを決めたリアムに対し、イルド王国に貢献するためにその力を使わないなんて正気か?と考えるジョージはどうしても相容れない。
「ちょっと待って!まずはブラウン領についてだよ。魔物を殲滅するための部隊を編成してすぐに送らないと。過去の王家が仕出かしたことだとしても、僕達もブラウン領の献身を踏みつけて今日までの安寧を手にしてきたことに変わりはない」
「これほどまでの力を有するフローラ嬢がいるのですから慌てる必要はないのでは?厄災が定期的に発生するならば騎士達の常駐場所や砦の建設が必要となり、長期的に見ればかなりの手間がかかります。
今単発的に騎士を派遣してどれほどの効果があるのか、一度検討した上で―――」
「いい加減にしろ!!フローラはまだ十五の女の子なんだぞ!その少女一人の肩に魔物討伐の責を負わせて恥ずかしくないのか!?」
「ですがリアム様の話しではフローラ嬢は大量の魔物をお一人で討伐したのですよね?
なにもずっとというわけではありません。こちらの体制が整うまでもう少しブラウン家だけで踏ん張ってもらえないかという提案です」
「お前……!!」
あまりにも王国本位なジョージの言い分に、リアムは立ち上がり殴り掛かる寸前だ。
「二人とも落ち着いて!!
イーサンに指示を出してブラウン領へ派遣する騎士を選抜してもらう。魔物に対抗出来る人材を育成しなければ戦えないのだから少しでも早くブラウン領へ向かわせるべきだ。
準備ができ次第ブラウン領へ王家の意向をしたためた文を送って。
あとブラウン男爵を辺境伯へと陞爵する旨を他の貴族家に通達を。これは議会には通さず国王権限で承認することとする。反発を受けると思うけど魔物の存在を知れば黙るはずだ。まだ限られた人間しか魔物と遭遇していない状態で厄災の話しを持ち出しても混乱を招くだけだから、魔物や厄災にまつわる話しは許可を出すまで箝口令を敷く。
これは決定事項だ、いいね?二人とも」
「…分かりました」
「……陛下の御心のままに」
リアムの言い分がほぼ通った形なのでこちらに異論はないが、使えるものを使って何が悪いとでも言いたげなジョージはやや不満そうだ。
「じゃあイーサンを呼び戻して早速…」
国王が騎士の選定を指示するためイーサンを呼ぼうとした時、騎士団本部に設置してある警鐘がカンカンカン!と日常の平和を切り裂くように鳴り響いた。
「!?」
「なぜ、警鐘が…」
警鐘が鳴らされるのは王都に火急の危機が訪れた時のみ。過去に火事や災害で打ち鳴らされた実績はあれど、一度も戦火に見舞われたことのない奇跡の国でその出番はほぼなかった。
それが今、割れんほどに何度も何度も鳴らされている。警鐘の鐘の音とはこれほどに不安を煽る不快な音色だっただろうか。
警鐘が聞こえてから間もなくバタバタと廊下を掛けてくる何人もの足音が聞こえ、「陛下!!」というイーサンの焦った声とともに執務室の扉がノックもなく開け放たれた。
「陛下!!大変です!!突如として王都の上空に巨大な空間の割れ目が生じました!!あれは……ブラウン領でみた“門”にそっくりです!!!」
「「!!」」
「なんだと…!?」
国王とジョージはまだその危険性を、真の意味で理解出来ていないがリアムは違う。
魔の森でみた“門”は、空間がザザザと割れたかと思えばそこから魔物がうじゃうじゃと這い出て来ていた。
―――それが王都の上空に現れただと……!?
今までブラウン領にしか開かなかった門が王都に出現した理由は分からない。だが早急に手を打たなければ何十万人もの命が失われてしまうことだけは確かだ。
「っ、ブラウン領に今すぐ早馬を出せ!!フローラを呼び戻すんだ!!」
「っ!では私が」
「イーサンお前一回黙れ!!騎士団のトップが伝令係に立候補するな!!」
このような緊急事態の中イーサンが見せる安定のティア神至上主義に、リアムの頭に登った熱が少しだけ下がる。
―――本当に俺は何をしているんだ…!!
不測の事態に陥ればすぐにフローラを頼ろうとして、守ると言いながら一度も守れた試しがない。
ジョージにはフローラを利用するなと啖呵を切っておきながらこの体たらく。
自分の中の矛盾に気づきながらも、かといってフローラの助力なしにこの事態に対処する術はなく、リアムはどうすることも出来ない悔しさに唇を噛んだ。
「すまないっ……フローラ…!」
リアムが小声で囁いたフローラへの謝罪の言葉は、戻って来た側近達が慌ただしく指示を仰ぐ声と、国王を護衛するために集まった騎士達の喧騒によってかき消された。
***
「ふ〜〜ん?ルルーシュは人間の多い場所に魔を呼び出そうとしてるのね?堅物な子だと思ってたけど面白いこと考えるわ〜」
天界にいるティアはわくわくしながら事の成り行きを見守る。
「あらあら、欲張って大きな扉を作ろうとしてるから中々開かないじゃない」
しょうがない子ね〜と微笑むティアは、幼い子どもの些細なイタズラを優しく咎める母親のようだ。
ここでティアは、フローラに王都に門が出現したことを教えるか否か、どちらがより絶望に染まるフローラの顔が見れるだろうか?と一考する。
「悩ましいわ……。王都からの知らせがフローラたんに届くのを待っていたら、人間は魔のモノに蹂躙され尽くされて残っていないかもしれない。
かと言ってすぐに教えてしまったら、フローラたんが絶望を感じる前に解決されて終わるわよね…。
……そうだわ!扉が完全に開いて犠牲がで始めた頃のタイミングで王都に辿り着けるよう、三日後くらいにフローラたんに教えてあーげよっと♪」
ティアは女神に在るまじき非道な結論を弾き出し、三日後を指折り数えて待つことにした。