105 王宮への帰還
王宮へと無事帰り着いたリアムは、身体的には絶好調だったが精神的にはかなりのダメージを負っていた。
「なにが……三日だ…………」
フローラがリアム達の疲れをなくすために掛けてくれた癒しの力の威力が半端なかったのだ。
三日どころか五日ほど不眠不休で動ける身体にされてしまったせいで、帰りはオーリア経由の遠回りのルートを選択したというのに、急いで駆けた行きと同じ日数で王宮まで帰って来れてしまった。
寝たいのに眠れない。じっとしていることが苦痛で、安全に考慮しながら夜道を進んだりもした。
最悪なのは馬達にも癒しの力を掛けたせいで終始異常な興奮状態にあったことだ。
「俺達まだ行けるぜ!」「休憩なんかいらないよ!」とばかりにヒヒンヒヒンと鼻を鳴らしてリアム達が止まることを許さない。一体どんな悪夢だ。
しかしこんな悪の所業すらティア神崇拝者のイーサンにはご褒美だったようで―――
「ああ……フローラ様!なんて素晴らしい御力なんだ…。さすがティア神様に連なる尊き御方っ…」
「「……」」
イーサンはブラウン領を出てからずっとこの調子である。イーサンの息子であるトーマスは自分より歳下の女の子を崇拝している父親を、腐りかけの果物を捨てるかどうか悩んでいる時の目つきで見ていた。
イーサンの名誉のために一つ言わせてもらうと、決してフローラのことを性の対象として見ているわけではない。
ティアを崇拝していても愛しているのは妻ただ一人だし、「フローラ様…!」と気持ち悪く打ち震えながら名前を呼んでいたとしても、それはフローラが虹色の瞳を持つ乙女だから。
これはクラーク家に蔓延る遺伝性の病気みたいなものだと諦めるしかなかった。
何代か前のクラーク当主が絶体絶命の危機をティアに授かった祝福で乗り越えことがきっかけで、一族にティア神信仰が深く根付いたらしい。
イーサンも幼少の頃からご先祖様の武勇伝を聞き、ティアに憧れと尊敬を抱きながら育った結果、今では立派なティア信奉者となった。
ではなぜトーマスにその伝統(?)が受け継がれていないのかと言うと、「脳筋ではないから」。その一言に尽きる。
「………イーサン?分かっているな?これから陛下の元へ此度の報告に向かうが、お前は余計なことを一切喋るなよ」
「もちろんですとも!!フローラ様の御意志に逆らうような真似は致しません!」
「じゃあまずフローラを様付けするのをやめろ!!」
リアムはなぜこんなことなった…と頭を抱える。
ブラウンの現状を正確に伝える上でイーサンの存在は必要不可欠であり、どれだけ言動に不安があったとしても共に連れて行かねばならない。
むしろ報告の場に連れて行かねばジョージあたりにイーサンの不在に疑問を抱かせてしまう。
「本当に、本当に頼むぞ?」
「ははは!リアム様は何を心配なされているのか!このイーサンにドンとお任せ下さい!!」
「……」
一抹どころでは不安を抱きつつリアムは旅装を解くのもほどほどにして、二人を伴い国王の執務室へと向かった。
***
「リアム君!?お帰り〜〜!早かったね?
騎士から帰還の報告は受けてたけどわざわざここに出向くなんて…なにかあったの??」
「……はい。陛下にお伝えしたいことが。人払いをお願い致します」
「ん?いいよ〜。皆ぁ、ちょっと休憩してきてー」
どこまでもゆるい国王の掛け声を受け、執務室に詰めていた側近達がわらわらと退室して行く。
これで執務室には国王、ジョージ、リアム、イーサン、トーマスのみ残された。
「リアム様、お疲れでしょう。お茶を頼みましょうか?」
「いや、いい。早急に話し合わねばならないことがある」
ジョージの提案を断ったリアムは時間が惜しいとばかりに、ブラウン男爵から聞いた話しを包み隠さずすべて国王へと伝えた。
「―――……まさか」
リアムの話しを聞いても信じられない様子のジョージが、ぽつりと一言無意識に零す。リアムがこのような嘘をつくはずもないのだが理解が追いつかない。
「これは事実だ。俺達は実際に魔物と遭遇している」
「……イーサンは魔物をどう見た?」
国王は冷静に騎士団総長の意見を求める。
「はっ。魔物とはこの世の生き物ならざる異形で、しかし確実に人間の脅威となり得る存在ですので討伐は必須ですが、やつらは私でも初見で対応出来ぬほどの強さをみせました。
これほどの存在を二百年もの間ブラウン領のみで対処してきたこと、騎士団を率いる者として深く頭の下がる思いです」
イーサンの受け答えは今のところ完璧で、真剣な話し合いの最中に思うことではないが「いい調子だ、イーサン!」とリアムは関係ないことを考えていた。
「特に魔物と対峙した時のフローラ様が」
「イーサン?」
リアムの心の中の声援虚しく、イーサンが「言うな」と念押しされていたことをうっかり漏らし始めたのですぐさま制止をかける。
「…!ああ、そうでしたね!んんっ。えー、フローラ嬢が華麗に魔物を屠る様はまるで女神の如く」
「おい」
「あー…。えっと、極めつけは虹色の」
「黙れこのクソ脳筋野郎が!!!」
ソファに座って報告していたリアムは勢いよく立ち上がると、後ろに控えていたイーサンを怒鳴りつける。
シーン……とした沈黙がその場に落ちるも、ソファに座り直したリアムは驚異的な図太さで一連のやり取りをなかったことにした。
「イーサンからの報告は以上です」
「えー!何いまの?すっごく誤魔化してなかった?」
「何も。それよりブラウン領の今後について話し合うことの方が先決でしょう」
国王からの突っ込みが入ろうともリアムは知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない。脳筋がこれほどまで手に負えない人種だったとは驚きだ。
「……なるほど?『フローラ様』に『女神』に『虹色』、ですか…。であるならば、リアム様があれほど必死になってフローラ嬢の祝福を隠そうとしたのも納得出来ますね?
まさかフローラ嬢が虹色の瞳を持ち、ティア神様と同等の力を有していたとは…」
「、そんなことあるわけないだろう」
「っ!?」
息を呑む音が聞こえリアムが視線をうつすと、国王の驚きの表情が目に入る。
―――まさか…!?
ジョージはイーサンの言葉を繋げ、あり得ないと思いつつもリアムにカマをかけるため、フローラには女神の力が備わっているのでは?と問い掛けた。
もちろんリアムは否定する。この時点での修正はまだ十分可能だったからだ。
でも、その後国王は何かに反応する。ジョージの言葉に、というよりもリアムの返事に驚いたかのように。
これの意味するところは―――
国王はまだリアムの祝福を模倣したまま維持していたということ。
リアムは必死に頭を働かせる。
ジョージが言った「フローラが虹色の瞳を持ち、女神と同等の力を有している」という言葉を否定したリアムの言葉は嘘であると国王が察知したわけで、それはつまり―――
「リアム君?頭の良い君のことだから気付いているとは思うけど……もう詰んでるよ?」
「…っ!!」
リアムは油断していた自分を殴りたくなる。
ブラウン領の現状を早く伝えたいと逸る気持ちもあったし、国王に自身の祝福を模倣されてからだいぶ日にちが経っていたこともあり、とっくに違う祝福を模倣していると思い込んでいたのだ。
国王の祝福を知らないトーマスは、急にリアムが窮地に立たされたことで訳が分からないという顔をしている。
「イーサン、トーマス、報告ご苦労。この後はリアム君と話すから下がっていいよ」
「はっ!」
「…は!」
イーサンは堂々と、トーマスは後ろ髪が引かれる思いで国王の執務室を辞する。
イーサン、お前はちょっとは悪びれろよ!と一言言ってやりたかったが、リアムにそんな気力は残っていなかった。
「―――さ、リアム君?僕に嘘は通じないって分かってるよね?今度こそフローラちゃんについて隠してること全部話そうか?」
ニコニコと無邪気に宣う国王の笑顔が、リアムには悪魔の微笑みに見えた。
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