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104 ルルーシュ


『はぁ…、はぁ…、はぁ…』


 

 さっき目覚めたばかりだというのに、精神体を飛ばして世界に異常がないかひと通り確認するために神力を少し使っただけでこのザマだ。 

 ルルーシュはその巨体をドシンと異空間に横たえた。顎とお腹を床にペタンとつけた姿は犬の伏せのポーズのようで、ドラゴンの威厳など皆無だ。自慢の白い鱗もどこかくすんで見える。



 また―――はじまりの地に瘴気を媒介として魔界に通ずる扉が開いたようだった。


 世界中から集めた“悪いモノ”を消化し切れていないのは分かっていたが、浄化出来ないものは出来ないのでどうしようもない。


 かといって“悪いモノ”を回収する作業を疎かにするわけにもいかず、ルルーシュは出口の存在しない迷路に迷い込んでしまったかのような不安や閉塞感を抱きながら、神獣の役目を必死にこなしていたのだが―――



『はぁ、はぁ……。今は………どうせ、あいつがいるんだから、もう………どうでも、いいか……』



 ルルーシュは自身の寿命をすでに悟っており、自嘲気味に諦めの言葉を呟く。

 ここ何百年ずっと体調は悪かったのだが、決定的となったのは約二百年前。


 いつものように世界中から“悪いモノ”を集めた後、はじまりの地で浄化作業を黙々と行っていると、急激に気持ち悪くなってしまい、“悪いモノ”をすべて吐き戻してしまったのだ。


 しまった!と思っても時すでに遅し。


 “悪いモノ”はルルーシュの拠点である森を侵食するかのように一気に広がってしまい、高濃度の“悪いモノ”は瘴気に変化し、魔界の扉をこじ開け“異形”を呼び寄せる結果となる。


 ルルーシュは呆然としながら魔の世界の生き物に蹂躙される人々を見ていた。ルルーシュも直接人間を助けることは許されていないので、どれだけ焦燥に駆られても歯痒くとも手出し出来ない。

 ルルーシュに許されているのは間接的に世界に平和をもたらすことだけ。


 そして、ルルーシュの初めての失態は、はじまりの地の領主がなんとか収めてくれたが、その後も浄化し切れない状態が続き、魔界に通じる扉が幾度となく開いてしまう。



 ―――もし…このことがティアに知られたら、失望されるのではないだろうか?

 


 ティアはこの世界の創造主であり、世界に起きた異変などとっくにお見通しだという当たり前の真理さえ、長い年月を一人生きてきたルルーシュは忘れており、そんな見当外れの恐怖を抱いた。


 ルルーシュにはティアがすべてでティアのために命を削り働いてきた。頑張って世界の平和を保っていれば、いつかティアが会いに来てくれるのではと夢見て数千年の時を重ねてきたのだ。


 ティアに失望されたくない一心で、ルルーシュはこれまで以上に“悪いモノ”をせっせと集める。

 そのせいで浄化し切れない事態が度々起きてしまったが、もうそんなことに構ってはいられなかった。

 とにかくティアの世界を円滑に廻す、そのことだけを願い小さな犠牲には目を瞑る。


 たまにイアフスがやってきてはルルーシュの様子を確認して行ったが、弱っていることや、はじまりの地に魔界の扉が開いたことは決して悟らせなかった。


 自分の限界から目を逸らし、色んなことを誤魔化して、なんとかティアの使徒としての役目を果たしてきたが、ルルーシュはある時気が付いてしまう。


『っ!!!ティア様が世界に降臨された!!』


 ルルーシュは唯一無二のティアの神力を察知し、自分に会いに来てくれるその時を今か今かと待ち続けていた。


 だが、いくら待ってもそんな時は来なかった。


 そしてティアが世界から立ち去った後に残されたのは、愛しい人の愛しい力が溢れるほどに込められた人間が一人。


 これの意味することは、ティアが愛し子を見つけたということ。

 ルルーシュを遥かに超える力を与えられたその人間は、ティアそのものと言っても過言ではない。


 ルルーシュは自分の中のなにかにヒビが入り、ピシピシと音をたてて脆く崩れていくのをぼんやりと感じた。



『―――ずっと、ずっと、ずっと。

 頭がおかしくなりそうな永遠のあいだ、ずっとお待ちしておりましのに………。

 ティア様は僕よりも愛し子を愛するのですか………?』



 ルルーシュはティアを感知した時スリープ期に入っていたのだが、強烈なまでの愛しい人の気配に微睡みから目覚めていた。


 これはイアフスの誤算であり、まさかスリープ期の神獣が途中で目覚めるとは予想すら出来なかった。


 つまりレオにイアフスの守護を与えフローラの祝福の力を抑えるという計画は、最初から破綻していたということになる。



『ふ、はは、あはは。そうですか………』



 ルルーシュは精神を軽く病んだがティアの世界のために働く生き方しか知らなかった。そのため絶望の中を揺蕩いながらも、粛々と“悪いモノ”を集め浄化していく。


 フローラが“鍵”となってからは魔界の扉が開こうとも罪悪感を感じることはなくなった。愛し子なんか死ねば良いと毎日思った。

 ルルーシュのどす黒い願いとは裏腹に、フローラが死ぬ気配はまったくなかったが。




『ティア様の御力、使ってないじゃないか……。魔の生き物を殴り倒すって頭悪いだろう……』



『ああ………ティア様と愛し子が繋がった………。いいな、いいな。僕もティア様と繋がりたい。ティア様が望んでくださればいつでも繋がることが出来るのに』



『妬ましい。邪魔なやつ。あいつさえいなければ』



『ティア様に愛されるなんてずるいずるいずるい!!!』


 


 フローラがティアに溺愛されてからというもの、ルルーシュの心には常に闇が巣食い、“悪いモノ”を食べても浄化というより自らの糧にするべく取り込んでいると表現した方が正しくなってきた。

 その証拠に純白だったルルーシュの身体は太い尾から徐々に黒く変色し始めている。


 今日も今日とてダラダラと“悪いモノ”を貪り食っていると、ふと、ルルーシュに語りかける何者かの声が聞こえることに気付いた。



 ―――ティア様に愛されたいのならばこんな世界壊しちゃえばいいのに


『なぜ?』 

 


 応えてはいけないと分かっているのに、ルルーシュはあっさりと魔の声に返事をしていた。

 異空間にはルルーシュしかいないはずなのに、顔をあげるとそこには真っ黒のルルーシュがいる。



 ―――だってこんなくだらない世界を護るという役目がなければティア様のお側にずっといられるじゃないか


『…!!そう、なの?』



 ―――そうだよ。だから一緒に壊そうよ!


『でも………悪戯に世界を滅ぼせば、その咎はティア様に降り掛かかってしまう…。そんなの駄目だよ』



 ―――それなら全部愛し子のせいにしちゃおうっ。愛し子のせいで世界が滅びたならティア様にも()にも責任はない!


『……あは。それはとてもいい考えだね』



 ―――壊そう『壊そう』



 ―――全部『愛し子が悪い』



 ―――どうすればいいのかわかるよね?『もちろん』


 


 もうどちらが本物のルルーシュか見分けがつかないほどに、二体のドラゴンは真っ黒な巨体を震わせあははと笑い合う。


 まるで鏡に映った自分と会話しているかのように。


 海と空の境界が曖昧であるように。


 二体はそうしていつまでも楽しそうに笑い合っていた。






***


「―――あら?ルルーシュったら魔に染まってしまったのね。困った子だわ」



 ティアは毎日の日課であるフローラ観察ついでに世界の様子を流し見る。


「このままだといずれ魔に取り込まれそうね。勝手に寿命を縮めるような真似をして…これからどうするつもりなのかしら?」



 ティアの呟いた言葉は完全に他人事だ。それもそのはず、ティアにはフローラ以外、自分の作った世界には思い入れも執着もないので、ルルーシュが死ねば新しい神獣を遣わせればいいかとしか思っていない。


 ただ、少し興味はある。



「ふふ、どうやって私の世界を滅ぼすつもり?そしてその咎をフローラたんに押し付けようだなんて…………



 なんって素敵なことを考えるのかしらっ!!魔も馬鹿に出来ないわねっ♪」


 ティアの思考は元からぶっ飛んでいる。



「フローラたんは世界の危機に悠然と立ち向かうの!

 でもルルーシュという強敵を前に家族や仲間や大切な人達を失ってしまうかもしれない…。


 ねぇ、フローラたん。


 貴女はその時どんな顔を見せてくれるの?

 天真爛漫な笑顔も大好きだけど、絶望に暗く染まった憎しみの表情も一度見てみたいわ!!」

 


 世界の滅亡より大事なことは、フローラの新たな一面を脳裏に焼き付けること。



「ルルーシュ、頑張ってね。あなたには本当に期待してるわ」



 ティアからの愛を諦め魔に狂ってからしかその関心を得られなかったルルーシュは憐れな存在なのか。

 それともその関心がどのようなものだったとしても、ティアに『ルルーシュ』を思い出してもらえたことに変わりはなく、空っぽだったその心も少しは満たされているのだろうか。



 魔と完全に同化し自我を失ったルルーシュに確認する術はない。


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