103 はじまりの地
翌朝、ブラウン家の居間に集合した面々は、例の場違いな大理石のテーブルに神妙な面持ちで腰掛けていた。
他の家具は邪魔なのでリアム達が帰った後に撤去したが、レオにささくれだった木のテーブルに座ってもらうのは忍びなく、大理石のテーブルだけはなんとなくまだ置いてあったのだ。
ダン、アンナ、ララとフローラ、レオ、アリアが向かい合う形で高級皮張りチェアに座っている。
「こんな朝早くから話しがあるなんて…一体どうしたの?フローラ」
「…昨日のティア様との話し?」
「「!?」」
レオの口からティアの名前が出てきたことでアンナとダンは揃ってフローラを凝視する。
フローラがティアと夢の中で話せるようになったことなど知らなかった二人に、千里耳をティアに向けて解放したら天界と繋がることが出来たというところから説明をしていく。
「………フローラ、貴女って子は……。なんだか自分の娘がどんどん人間離れしていく気がするのだけど……私の気の所為かしら……?」
「いえ、まったく気の所為ではないですよぉ」
アンナの現実逃避をアリアが遠慮なくぶった斬る。
「それで…ティア神様は何とおっしゃられていたのですか?」
いつになく深刻な様子のフローラに、ララまで不安そうだ。フローラは皆が見守る中、ごくんと一つ唾を飲み込んでから話し出した。
「……魔物の、発生理由が分かっただ」
「「!」」
「まさか…」
二百年前、突如としてブラウン領を襲った魔物達の発生原因が判明すれば、もう二度と厄災は起こらないかもしれない。
この地に生まれてからずっと魔物と戦ってきたダンと、その夫を必死に支え続けてきたアンナは、フローラの思い掛けない言葉に呆然としてしまう。
ララとアリアも驚きで息を呑む中、唯一レオだけは心当たりがあるようだった。
「魔物の発生理由は、ルルーシュ様の衰弱だ」
「ルルーシュ、様?」
「ルルーシュ様とはティア様の使徒である神獣様のお名前で、世界の始まりから今日まで人知れず我々をお護り下さってきたのです」
ルルーシュの存在を知らないアンナのためにララが以前フローラから聞いた神獣の話しを伝えてあげた。
「え、神獣様が衰弱してるって…大変な事態なんじゃないの?」
「んだ。ルルーシュ様が弱ってきたことで悪い空気を浄化出来なくなって、そのせいで魔の森に瘴気が溢れて魔物が発生してただ」
「え?悪い空気を浄化?瘴気…?もうちょっと説明が欲しいわ!!」
テンパったアンナがフローラを質問責めにして判明した事実はこうだ。
ブラウン領はティアがこの世界を創造した時に、最初に創った“はじまりの地”。神獣ルルーシュもこの地を拠点にして世界全体を護り続けて来た。
ルルーシュに与えられた仕事は世界中に蔓延る“悪いモノ”を自らの身体に取り込み、時間をかけて浄化すること。
“悪いモノ”というのは人間の強い“負”の感情であったり、異世界の生き物である“魔”がこちらの世界に伸ばしてきた“闇”だったり、大規模な自然災害そのものだったりと、ルルーシュはとにかくありとあらゆる”悪いモノ”を取り込む食事と浄化を繰り返してきた。
しかし悠久の時を経て、たった一人で世界を護り続けてきた無理が祟ってしまい、ある時、取り込んだそれらを消化しきれなくなった。
では、その消化しきれなかった“悪いモノ”はどうなってしまうのか。
ルルーシュの拠点は変わらずブラウン領にあり、やがて消化しきれなくなった“悪いモノ”は森の中に溜まり出す。―――それが瘴気だ。
急激に充満した高濃度の瘴気は、この世界と魔界を繋げる扉を開ける鍵となる。
二百年前に起きた厄災は、何千年もの間たった一人で世界を護り続けたルルーシュが限界を迎えたがゆえに起きた悲劇だった。
ティアは厄災を把握していたが、神自らが世界に干渉することは出来ない。世界を円滑に回すのは神獣の役目であり、もし神獣が死ねば新しい神獣を派遣するから頑張ってねというスタンスだ。
ティアが厄災を知りながら見ているだけだったことについては何も思うところはない。何でもかんでも神様に手助けしてもらっていては人間に生存本能など生まれないのだから。
「―――やっぱりルルーシュ様はブラウン領にいらっしゃったんだね」
「レオ様は気付いてたんだべ?」
フローラが昨日レオに頼まれたこととは、「ティアにルルーシュの居場所を確認すること」だった。
「確信はなかったけど、イアフス様に教えて頂いた神獣様のお役目とブラウン領の厄災は関わりがある気がしたんだ」
「ブラウン領が……はじまりの地…?」
ダンがそう呟いたことでアリアが目を丸くしている。ここ数日でダンの口数が極端に少ないことは十分に理解していたので急に話されるとびっくりするのだ。
「んだ。ティア様は“はじまりの地”があるからこの国の人達に祝福を与えて下さってるみたいだ。
すべては“はじまりの地”にいるルルーシュ様のために」
そう、ティアがイルド王国の人々にだけ祝福を与える真の理由は、“はじまりの地”にいるルルーシュの負担を減らすためだった。
祝福を与えることで人々の幸福度を上げ、少しでもルルーシュが安らげる場所を作ってあげたかったそうだ。ティアはぶっとんだ思考を持つ女神だが、意外と慈悲深いところがある。
他の世界の神々は、愛し子を決めて、その愛し子一人に強い力を与えるというのは、まあ、よくある話しらしいのだが、国全体の人々にというのはあまりなかったようで、そのためイルド王国の人々に与えられる祝福はささやかなものとなった経緯がある。ささやかと言っても神に授かった力であることに変わりはなく、周辺諸国からは大変羨ましがられているのたが。
「ルルーシュ様が衰弱なさっているのは分かりましたけど…これからブラウン領はどうなってしまうのですか?ルルーシュ様が回復なさるまでずっと厄災が発生し続けることになりますよね?」
ララが一番気になるのはやはりブラウン領の今後について。ルルーシュの体調が戻らないと厄災がなくならないのであれば、フローラの負担はずっと変わらないということだ。
「ルルーシュ様は……もう長くないらしいだ……」
「えっ!?そうなの?」
「そんな…それじゃあこの世界はどうなっちゃうんですかぁ!?」
「ティア様のお話しでは、一つの世界に一体の神獣しか派遣出来ないみたいで、ルルーシュ様が亡くなったら別の神獣様を遣わして下さるみたいだ…」
「っ…」
誰もが今まで世界を護り続けてきてくれたルルーシュの命の灯火が、人知れず消えてしまいそうなことに胸を痛めて押し黙る。
「……フローラ様はどうなさるおつもりですか?」
「えっ、何をなさるんですかぁ!?」
しんみりしたムードの中、ララが確信を得ているかのようにフローラへと問いかける。アリアにはフローラが何をするつもりなのかまだ分からない。
「……わたす、ルルーシュ様が死んでしまうなんて嫌だ。ルルーシュ様を探し出して『癒し』の力で治してさしあげるだ!」
「っ!!」
「そうきたか…。はは、フローラはやっぱり凄いね」
アリアは神獣を癒そうとするフローラの発想に驚き、レオは感心したように笑う。
「でもルルーシュ様のお姿は誰にも見えないみたいだ。まずはお姿を現してもらうところから始めないと」
ドラゴンであるルルーシュの身体は木々よりも大きいので魔の森にいればすぐに気付いただろうが、本体は普段異空間にあり、精神体をあちこちに飛ばして世界を守護しているらしい。
なので異空間から出てきてもらわないことには、その姿を目にすることは出来ない。
「でも…フローラ、分かってる?イアフス様の話しでは、ルルーシュ様にフローラの存在を知られてはいけないんだよ?それなのにどうやって癒すの?」
「それは……」
フローラとてイアフスに言われたことを忘れている訳ではない。
ティアに一心に愛されたフローラの存在はルルーシュにしてみれば嫉妬の対象以外なにものでもないわけで、万が一見つかれば嫉妬で世界が滅びるかもしれないというのは重々承知している。
それでも―――
「ずっとこの世界を護り続けて来て下さったルルーシュ様を見殺しになんて出来ないだ!わたすのことが嫌いでも、嫉妬で世界が滅びようとも関係ねぇだ!
わたすはルルーシュ様を助けたい!」
「……フローラ。あなた恐れ多くもドラゴンのペットがほしい、だなんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「んだ!ほしいだ!」
フローラの「ペット欲しい願望」はいまだ健在で、弱っているルルーシュを助けてあげればペットになってくれないかなぁと考えていることなど、アンナには当然のようにお見通しだった。
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