102 解けた学力の秘密
120話くらいで終わればいいなと奮闘しております!
最後までお付き合いよろしくお願い致します!
リアム達が慌ただしく去った後のブラウン家は、二、三日もすればフローラが学園に通う前のような日常に戻った。
なぜなら高位貴族で根っからのお坊ちゃま育ちのレオが、生活水準が天と地ほど違うはずのブラウン家にすっかりと馴染んでしまったからだ。
「レオ様、トマトは丸かじりが一番美味しいのですよ」
「あ、本当だ。すごく美味しいですね。ナイフで切るのと何が違うんだろう」
アンナに勧められたトマトを豪快に丸かじりしたり。
「ララ、薪を割るの?私がやるよ」
「公爵家の御子息様に出来るとは思えませんけど?
たかが薪割りと思って舐めてもらっては困りますわ!」
「じゃあ教えてくれないかな?ララが教えてくれたらきっと上手に出来るよ」
「ぐっ…」
ララの嫌みに対し善意百パーセントの返事をして、逆にダメージを与えたり。
「アンダーソン様ぁ〜!王族の方が置いて行かれた家具が重くてぇ〜。片付けるの手伝って下さいませんかぁ?」
「は?お前は男だろう。それぐらい一人で運べよ」
「ひどいですぅ、私は今は女なんですぅ!!」
アリアには安定の塩対応だったり。
そして意外だったのは寡黙過ぎるダンとなぜか通じ合えていること。
「……」
「え?不便なことですか?良くしてもらっていますから何もないですよ」
「……」
「はは、ありがとうございます」
通じ合っているというか、これはレオが凄いだけだった。ダンの目が気持ちを雄弁に語っていると言うのだが、ブラウン家の女達にはさっぱり分からない。
そしてフローラはというと―――
「フローラ。課題は終わった?」
「うーん、あとちょっとだ」
「あれだけの量の課題がもうあとちょっとなの?フローラってほんと凄いよね」
「凄いのは母様だ」
フローラは夏期休暇に出された課題にせっせと取り組んでいた。
イルドラン学園では一年生の夏期休暇に出される課題が最も多い。生徒達に休みを与える気など最初からないのでは?と邪推するほどの量で、レオも一年の頃かなりの時間を要し課題を片付けた記憶があった。
課題の持ち帰りには馬車が必須という重さだったので、フローラはあらかじめすべての課題をブラウン領に送っており、それが二日前オーリア経由で家に届き、片っ端からこなしているというわけだった。
「確かにアンナ夫人の祝福の力はとても凄いけれど……夫人も言っていたように、教えられた本人の努力なしに身に付かないのだからフローラも凄いんだよ」
「照れるべ〜。ありがとう!レオ様」
「…っ、」
フローラはずっと眼鏡をしておらず、ここ数日でその愛らしさの破壊力には慣れてきたと自負しているレオも、不意打ちからの満面の笑みにはまだ耐性がついていなかったようで、おもわず顔を赤らめてしまう。
課題が届いた後、フローラはまずアンナに一日がかりで勉強を教えてもらった。
学園で習ったことの復習から次の学期で習う範囲の予習、そしてオーリアから仕入れた最新の論文を元にアンナ独自の解釈を織り交ぜた講義をみっちりと受ける。
アンナの祝福である『人にものを教える能力が上がる』力の肝は、まずアンナ自身が知識を蓄えきちんと理解すること。
アンナが完璧に理解したことを人に教えることで、相手はより深く内容を吸収することが出来る。
アンナは元から知識を得ることに貪欲で、学ぶことがまったく苦ではなかったので、ブラウン領に来てからは隣国オーリアから書物を毎月取り寄せ、料理本から大衆娯楽小説から著名人の最新論文まで幅広く知識を取り込んできた。オーリアは学問の国と呼ばれるだけあって様々な知識で溢れている。
ブラウン領はオーリアと接している土地柄、イルド王国の王都から書物を取り寄せるよりオーリアの大都市に行って直接仕入れる方が断然早いのだ。
このようにしてアップデートした新しい知識を幼い頃からフローラに分け与えてきた。アンナが祝福の力をかけながら伝えることでフローラの理解力はいっそう高まる。
だがアンナが祝福の力で手伝えるのは所詮ここまで。
相手に学ぼうという意思がなければどれだけ深く理解した知識もやがて忘れ去られる。よって、フローラは学んだ知識を忘れないよう何度も復習し自分のものになるまで完全に落とし込むのだ。当たり前だが努力もなしに天才は簡単には作れないということだ。
レオもアンナの講義をフローラと共に受けさせてもらったのだが、確かにどの家庭教師よりも教え方が分かりやすく、自分の中に知識がスッ、スッと入ってくる感覚は、バラバラのパズルのピースが面白いほどサクサクとまっていく時のような爽快感に似ていた。だが、その後のフローラの努力もまた凄まじかった。
一日がかりのスパルタ講義にも集中を切らすことなくノートにペンを走らせ続け、分からない所は繰り返しアンナに教えを請う。講義が終わってからも部屋に明かりが灯っていたことから夜遅くまで勉強していたことが窺えた。
フローラは意外と(?)真面目で勉強熱心で頭が良い。
フローラの新たな魅力を発見したレオは、さらにメロメロになっていることが傍から見ても丸わかりで、そんなレオを、アンナとアリアが楽しく観察させてもらうという構図がいつの間にか完成していた。
そして働き者なフローラは、勉強の合間に魔物討伐もサクッと済ませる。
今回はしばらく“門”を管理出来ていなかったせいで、リアム達が領地を立ってすぐ森へと入り、再び“門”を開けての討伐となったが、領地に住んでいた頃は一週間に一度の頻度で十分だったようだ。
“鍵”であるフローラが森へ赴き、“門”が開かなければ束の間の安全は保証されるらしく、昨日から村人達による木々の伐採や山菜採り、狩猟が解禁されていた。
こうした諸々の理由で魔の森へと立ち入るには領主の許可がいる。
魔物討伐を一手に担うブラウン家のGOサインがなければ安全に森の中へと入れないのだから、村人達は暗黙の了解で決して命令には逆らわない。
「そういえば…『生き物を狂わせる何か』の正体って何だろうね?村の人達は今森に入ってるけど、彼らは平気なの?」
今は勉強の休憩も兼ねた午後のティータイム中で、レオはフローラと二人、年季の入った湯飲みでお茶を飲んでいた。本当に不思議な現象なのだが、レオの優雅な手つきにかかれば欠けた湯飲みも高級感溢れる陶磁器のティーカップに見えてくるのはなぜなのだろうか。
「そこらへんもわたすが確認してから立ち入りを許可してるだ。なんでか分からねけど魔物をひと通り倒すと、その『何か』も無くなる。でもしばらくしたら『何か』が充満してくるからそろそろっぺかと思って魔物を倒すの繰り返しだ」
「『生き物を狂わせる何か』が発生してから魔物が出るのか……」
『魔物』が先か。『生き物を狂わせる何か』が先か。
レオは漠然と魔物がいるから『生き物を狂わせる何か』が発生していると思っていたのだが、もしかすると逆なのかもしれない。
なぜこの地にだけ『魔物』が現れるのかを考える前に、なぜ魔の森には『生き物を狂わせる何か』が存在するのかを考えるべきか。
レオはふと、イアフスに聞いた話しを思い出す。
この世界を護るために存在するという神獣ルルーシュ。純白のドラゴンはなぜこの地に蔓延る厄災を取り除かないのか。十分の世界崩壊に直結する危機だと思うのだが。
もしくは厄災に対処したくとも出来ない理由があるのか。
「ね、フローラはティア神様といつでも話せるようになったって言ってたよね?」
「んだ。昨日の夢にも出て来て下さって目が覚めるまでずっとお喋りしてただ。一昨日は好きな食べ物の話題で盛り上がったし、その前はわたすを着せ替え人形にして楽しまれてただ」
「……結構な頻度だね?」
「というか毎日会ってるだ」
「毎日…。さすが愛し子…」
神様と毎日気軽に会話出来る人間なんてこの世でフローラ一人だけだ。それをなんてことないようにサラッと流せるフローラの胆力(鈍感力?)に、レオは呆れを通り越してただただ感心してしまう。
「それならティア神様に確認してもらいたいことがあるんだけど―――」
毎日会っているのなら好都合と、レオはフローラに一つ言付けを頼んだ。
***
「フフフフローラたぁぁぁんんん!!!スーハーフーハー!!やっぱりフローラたんのいる空間は空気が違うわぁぁ!!なんてことなの…一家に一フローラたんがいれば世界中の瘴気なんて一瞬で浄化されちゃうんじゃないかしら!!?」
「ティア様昨日はわたすのこと独り占めしたいって頬ずりしてたでねーか。毎日違うことさ言って面白いべな〜!
ん?瘴気って何だべ?」
今日も今日とてティアによる熱烈な歓迎を受けたフローラは、レオからの伝言を伝える前に聞き慣れない単語に引っかかる。
「瘴気とは神獣が世界中から集めた、強い“負”の感情が込められた悪い空気のことよ」
「悪い空気?」
「そう。この空気を吸った生き物に適性があれば、人間なら精神を壊すか、動物なら魔物になるわね」
「ま、魔物け!?」
フローラはティアの口から領地を長い間苦しめる魔物の存在を仄めかされびっくりする。
「フローラたんは知ってると思うけど、あの森に漂ってるのが瘴気よ」
「!、!?!?」
フローラが知ってる前提で話しは進むが、まったくの初耳だった。これはレオの予想が正しいのかもしれないと思ったフローラはティアにあることを確認する。
「ティア様、ルルーシュ様はどこにいるんだべ?」
「? ルルーシュはフローラたんの領地の森にいるわよ?
神獣ら『はじまりの地』で世界を護らせるのが決まりだから」
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