101 ライバル
「レオ様、おはようございます!レオ様はずいぶん早起きだっぺなぁ〜」
「フローラ、おは…………よ、………」
「?どしただ?顔が赤いけんど」
「いや………眼鏡してないんだな、と思って………」
レオはアンナとベンチで話した後、野菜収穫体験を少しさせてもらってから家へと戻り、入れてもらったお茶を飲んでひと息ついているところだった。
そこへ愛しい人の「おはよう」の声がしたので振り向くと、久しぶりに見る素顔のフローラがいて不覚にも狼狽えてしまったというわけだ。
アンナはそんなレオの様子を見てニヨニヨとしており非常に楽しそうにしている。
「だってみんなわたすの瞳のことは知ってるから別にいいかなぁと思って!」
何も考えてなさそうな呑気な顔で元気いっぱいに答えるフローラにアンナは呆れ顔だ。
「フローラったら…あなた本当に祝福の力を隠す気があるの?」
「もちろんあるだ!騒がれるのはあんま好きでねーだ」
アンナに疑いの眼差しで見られているが、フローラもなぜいろんな人達に自分の祝福がバレていっているのかよく分かっていない。
そこへ旅支度を終えたリアムとイーサンとトーマスがやって来た。
「フローラ。悪いが俺達、は…………」
「? リアム様??」
居間へとやってきたリアムはフローラの後ろ姿を見て声を掛けたが、振り向いたその顔に眼鏡がなかったことでピシリと固まる。
数カ月ぶりに見た本来のフローラの顔はやはり愛らしい。朝日を受けてキラキラと輝く虹色の瞳は唯一無二の宝石のようだ。
トーマスも顔を真っ赤にしてポーッとフローラを見つめているし、イーサンに至っては跪き祈りを捧げていた。こういう現場を混沌というのだろうか。
しかし、いち早く衝撃から立ち直ったリアムは名残り惜しそうにフローラの頬へと手を伸ばす。
「王宮へと帰る用事が出来た。すまないが今すぐ出立する」
「えぇ!!昨日着いたばかりだべ!?普通の人は疲れてるでねーか??」
「……俺は普通の人間だからもちろん疲れている。
だがやるべきことが出来たからには一刻も早く戻らなければ」
昨夜のうちに早馬に届けさせる手紙はしたためておいたが、早急に騎士団を動かすにはやはりリアムが直接ブラウン領の現状を伝える方が早い。
リアムは厄災に対しこれまで何の支援もして来なかったことを深く後悔している。知らなかったでは済まされないことだ。
だから出来ることがあるのならば何でもするという思いで、急いで王宮へとトンボ帰りしようとしていた。
「ふ〜ん、大変だべなぁ…。そうだ、癒しをかけてあげるだ!」
「は?」
「我の力を与える。『この者達の疲れを癒したまえ』」
「「「!?」」」
フローラがリアム達に手をかざすと全身から虹色の光がパァァァと溢れ出し、居間にいる全員はその眩しさに目を細める。
そして目を開けた時にはもう、長旅で蓄積された疲労や安宿のベッドで寝たことによる身体中の痛み、寝不足による頭痛から長時間馬に乗り続けたことが原因のお尻の筋肉痛まで、すっかりと癒されていた。
旅の疲れが取れたどころか、リアム史上一番体調が良いと言っても過言ではない。
リアムは熱に浮かされたようにフローラをパッと見ると、虹色の瞳の乙女がにっこりと自分に微笑みかけているではないか。
悠然と神の力を振るう様は威風堂々としており、まさに『女神の慈悲』と―――
「三日は眠らなくても活動出来るようにしといただ」
「やめろやめろ!そこまでは急いでいない、頼むから寝かせてくれ」
強制的に不眠不休で動ける身体にされたらしいリアムは一瞬で夢から醒める。
どう考えてもやり過ぎな所業にイーサンは感動して打ち震えていた。脳筋にはご褒美な所業だったらしい。
「わたすはまだしばらく“門”を開けて魔物を狩る予定だけんど、心配だから大きな都市に出るまで送るだ」
「いや、隣国オーリア経由で魔の森を通らずに帰るから大丈夫だ。フローラも疲れているだろう」
「え?疲れ??」
「いや、なんでもない」
フローラは長旅と魔物の討伐程度では疲れを感じない超人のようだ。深く考えないことにしたリアムはダンとアンナに向き直る。
「男爵、夫人。世話になった」
「とんでもございませんわ!このように遠いところまでお越し頂きましたのに、何のおもてなしも出来ず申し訳ございませんでした。
せめて軽く摘めるものをご用意致しましたので、よろしければ道中でお召し上がり下さい」
「……」
「助かる。陛下に話しを通し次第、騎士達をこちらに派遣する予定だ。その時はイーサンに引率させるから男爵の手を煩わせることはないだろう」
「お気遣い感謝致します。この人に騎士様と円滑なコミュニケーションが取れるとは思えませんもの」
「……」
アンナしかいないのか?と思われるかもしれないが、ダンはボディガードよろしくちゃんと妻の後ろに控えている。
これほど威圧感のある顔をしているにも関わらず存在感が薄いのはなぜなのだろうか。ブラウン家の女性陣が濃すぎるせいなのだろうか。
フローラは馬達にも癒しの力を掛けに行くと言い、イーサンがその後を恭しく付き従い(?)、アンナやララ達、トーマスは帰り支度で慌ただしく動く。
その結果、居間にはリアムとレオだけが残された。
「殿下、お帰りの道中お気をつけて」
「……これほど心のこもってない言葉も珍しいな」
「気の所為ですよ」
「……」
気の所為ではなくお前の言葉に現在進行形で違和感を感じているのだが?とリアムは額に青筋を立てる。
「お帰りの道中お気をつけて」で嘘をついているということは、本当は「何か起こってあわよくば死ね」くらい思っているのかもしれない。
リアムの優秀な頭脳は、今は自身の祝福の力がちゃんと機能していること、間を空けて会話をしていることが前回との相違点なので、レオの呪いの条件は双方の距離が関係しているのかもしれないということまで瞬時に弾き出す。
「……お前はいつ帰るんだ?三年の卒論はまずテーマ審査に通らないと着手出来ないだろ?こんなところでのんびりする余裕があるのか?」
「ご心配なく。審査は通過していますし論文もほとんど仕上がっていますので」
「…………。次期当主としての仕事もあるんじゃないのか?宰相に会う予定があるならレオも一緒に…」
「殿下。父に会う予定は特にありませんので一緒に王宮へは帰りませんよ。
私はフローラと同じタイミングで王都に帰りますし、それまではこちらでお世話になる予定です」
「……!」
心に余裕のないリアムは、自分がいない間にフローラとレオの仲が一つ屋根の下、より深まるのではと焦り、なんとか引き離せないかとレオに帰宅を促してみたがやはり無理だったようだ。
「………分かっているとは思うが、フローラは俺の婚約者だからな」
「もちろん存じ上げていますよ。殿下が姑息な手段を使いフローラをまんまと婚約者に仕立て上げたことも、フローラにその気がないことも」
「っ……」
まさしくその通りだったのでリアムは何も言い返すことができない。
ちなみにレオの情報源はララだ。どちらもいけ好かないが、レオのことをリアムよりはわずかにマシと思ってくれているようで、たま〜に有益な情報をくれたりする。レオは着実に外堀を埋めていた。
「ご安心を。私は殿下のように卑怯な手を使うつもりはありません。私はフローラに認めてもらえる男になれるようただ邁進するのみ。
以前も言いましたが私達は選ばれる立場なのですから」
「……」
今ならばレオの言っている意味がよく分かる。
以前言われた時は「王太子である俺が選ばれる立場なわけないだろ」と聞き流していたが、フローラへの気持ちを自覚した今、何もままならないこの状況がすべてを物語っている。
王太子だからといってフローラに好きになってもらえるとは限らない。
権力があるからといってそれだけで結ばれる未来はやって来ない。
王命?そんなものを出した日には王家は終末を迎えるだろう。
つまりフローラを手にしたければ、彼女に自分を好きになってもらうしかないのだ。
そのことにいち早く気付いて行動して来たレオは、リアムの遥か先を歩いているのかもしれない。
それでも―――
「これからだ。俺だって負けない」
「……望むところです。では、私達はフローラの恋人候補としての立場なのですから身分や婚約の有無は関係ありませんよね?
これからは遠慮なくフローラを口説かせてもらいます」
「いや、お前と俺の間には明確な身分差があるんだからそこは遠慮しろよ!」
こんなやり取りがあったせいでリアムは後ろ髪を引かれまくりながらブラウン領を後にした。
リアムの願望がそう見せたのかもしれないが、リアム達を見送るフローラの顔がどことなく寂しそうに見えた。
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