5、ハートクライン家は不正をよしとしません
伯爵家に帰る馬車の中で、ウィスベル様は私に全てを打ち明けてくれた。
「今まですみませんでした」
「いいえ。お話してくださってありがとうございます」
とても申し訳なさそうに俯くので、私は思わず彼の手に自分の手を重ねて、自分の昔話を打ち明けてしまった。
手と手が触れた瞬間、ウィスベル様はびくっと大袈裟なほど体を跳ねさせる。
予想外の大きなリアクションにあわてて手を引こうとしたら、ウィスベル様の手が追いすがってきて、今度はあちらから手を握られる。どきり、と、私の胸で鼓動が跳ねた。
「私も、実は恩返しみたいなものだったんです」
それは、私が彼を初めて知ったときのこと。
「5歳の時のことです。私はバザールにお父様と一緒にお出かけして、お父様が商談に夢中になっている隙に迷子になりました。そして、貴族の子どもたちにぶつかってしまって、大変なことになりかけていたんです」
貴族の子どもたちは、「無礼な平民め!」と私を寄ってたかっていじめようとしたのだ。あの時はこわかった。
「なんと……」
それは大変、と心配するように顔をあげるウィスベル様の瞳が、当時の少年の瞳を思い出させる。懐かしい。
「泣いている私に手を差し伸べて、守ってくださったのがウィスベル様でした」
貴族の中にも、やさしい方はいるんだ――と、当時の私は感激した。
ウィスベル様が助けて下さらなかったら、きっと貴族嫌いになっていたと思う。
「それからずっと私はあなた様に憧れてまして……父は、それを知っていたので契約結婚をさせてくれたのだと思います」
「俺に憧れて……?」
「は、はい。その――」
「待って」
「ずっと好きでした」と言いかけた唇が、彼の唇でふさがれる。
一瞬だけ触れてすぐに離れたキスと、間近にそそがれる真剣で熱い眼差し。
誤解のしようもなく特別な好意が感じられて、顔が真っ赤になる。
「俺から言わせてほしい……」
ちょっと早口に告げられるのは、夢のような言葉だった。
「レジィナさんの明るいところが好ましいと思います。オポンチキなんてとんでもない。あなたは太陽の化身……聖女のようです」
大きな手が、私の頬から耳の下あたりを撫でる。甘く痺れるような幸せな感覚が、触れられた場所からじぃんと広がっていく。
ところでオポンチキってなに? 本当にわからない。でも、質問するムードじゃないな……。
「高い地位になっても思い上がったり偉ぶったりせず、使用人にやさしいところは素晴らしい。前向きで働き者のあなた――いつも元気な妻が、俺は好きです」
そう言って、ウィスベル様はもう一度キスをしてくれた。
そして、ふと思い出したように言葉を足した。
「そういえば、レジィナさん」
「はい、ウィスベル様……」
「ハートクライン家は不正をよしとしません。今後、黄金の菓子をばら撒くのはおやめください。ちゃんと正規の給金を上げますから」
「あっ……」
* * *
屋敷に戻って就寝準備を終えて寝室に行くと、その夜はなんとウィスベル様が一緒に寝るという。
ウィスベル様の就寝用の夜着姿は普段の何倍も色気を感じる。
自分が薄い生地のネグリジェ姿なのもあって、どうしても意識してしまう――ところで、ウィスベル様の腕にある金髪の女の子みたいなぬいぐるみはなに?
「はっ、癖で持ってきてしまった」
視線に気付いたウィスベル様は慌てて部屋にぬいぐるみを置きにいった。
いつも一緒に寝ていたりするのかな、可愛い。
パーティで決闘を申し込んだときといい、知らなかった一面がどんどん見れて、嬉しい。
微笑ましさに緊張が和らいだタイミングで、ウィスベル様が戻ってきた。
「こほん……失礼」
少し顔を赤くしたウィスベル様は、私を優しく抱擁して寝台に横になった。
「あなたをこれから愛したいと思うのですが、いいでしょうか」
美しい瞳に間近に見つめられて頷くと、喜びをあふれさせたように抱きしめられて――その夜、夫婦は幸せに結ばれたのだった。
ちなみに、後日彼ら夫婦のもとにはお城の王子殿下から「美人の夫人が気に入ったので遊びに来い」という招待状が届いた。
そのあとしばらく、夫は「殿下に妻を取られてなるものか」とピリピリしていたという……。
――Happy End!
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最後まで読んでくださってありがとうございました!
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