ヤクザVtuber
さあ、気を取り直していこう。
一番不安だった一人目が何事もなく終わり、とりあえず一安心。これで不安は宇宙レベルから地球レベルに落とされた。……宇宙レベルってなんだよ。
いやもうね、これ越えたら勝ちですよ。宇宙人でこれなんだ。あとはもう大丈夫。…………大丈夫だよね?
と、もうそろそろだ。俺はお茶を一口飲み、姿勢を正す。
……3……2……1……0。
その瞬間、画面に稲妻が走った。いや、ただ単に稲妻の背景が出てきただけなのだが、彼らの事情を知ってる俺は本当に稲妻が走ったように見えたのだ。
稲妻の背景を背負い、二人の騎士が険しい表情でたたずんでいた。
一方は青と薄いゴールドを基調とした鎧を身にまとい、鎧と同じく薄色の金髪に青のラインが入った髪に碧眼の美男子。もう一方は赤と黒を基調とした鎧で、髪は銀髪、紅い瞳を持った美少女だった。
:きちゃ!
:ん? 二人いる?
:女騎士だ!
『すー……はー……。皆さんどうもこんエル~。リング王国騎士団長、ハルカChaosのエルス・C・クルスです。以後お見知りおきを~』
『……っプ』
『……あ?』
『あ~いやすまんすまん。お前がそんな可愛らしい挨拶するの初めて見たからな~』
『この業界じゃあこれが普通よ。さっき出てらしたキャロさんもこんな感じでしたでしょ? それより、あなたも早く挨拶したらどう?』
『せやったわ。……僕はバロン王国騎士団長、ハルカChais所属の天道アルス。よろしくな~』
『ちょっと、何よそのシンプルなのは! あなたもやりなさいよ、こんアル~、とか!』
『あほか。なんでそんなん僕がやらなあかんの。恥ずいわ』
『私だって恥ずかしいのよ!』
『じゃあ何でやったん? 可愛子ぶってたんか? やめとけやめとけ、どんだけ取り繕ってもお前はおっかない性悪娘なんやから』
『あなただって、何考えてるか分からない不気味な根暗野郎ではないですか』
:なんだなんだ⁉
:喧嘩スタートとは斬新ですね!
:仲悪いんか?
:喧嘩するほどなんとやら?
:結構ガチっぽかったけど……
:どういう関係?
あちゃー。相変わらず仲悪いなあの二人。まあ、それも当然か。
俺はまた、遥香との数日前の会話を思い出した。
「宇宙人の件はとりあえず認めよう。でもまだ聞きたいことが残ってる。……この二人なんだけど」
「いや~なんか成り行きで?」
「成り行きでヤクザをスカウトするやつがあるか!」
そう、宇宙人に続き今度はヤクザだ。宇宙人とはまた別ベクトルでヤバい。
「なんかこの間、ぶらぶら歩いてたら偶然その子たちに会って~、話を聞いてみたら面白そうだったんでうちに来ないかって誘ったんだ!」
「だから何でそうなる! ……世間的に大丈夫なのかそれ」
「大丈夫! いろいろと話は通してあるから。ほらほら~ハルカの社訓は何だったかな?」
「……『面白ければなんでもOK』」
「うんうん。よくできましたー」
まあこんな感じだ。ちなみに、全部まんまというわけでわないが、今回も彼らの境遇をアバターの設定に反映してある。
『おっと、コメント欄が騒がしいな~。まあこうなるとは思っとったけどな。さて、質問はあとで受け付けるとして、もうちょっと自己紹介させてな~。ほい、エルス』
『実は……私の住むリング王国とアルスのバロン王国は只今戦争の真っ最中でして、すでに多くの命が失われました。疲弊した両国は殺し合い以外の方法で決着がつけられないかと考えるようになりました。しかしなかなか勝負の内容が決まらず……そんな時、偶然通りかかった遥香社長が提案せて下さったのです。『両国の代表がハルカのメンバーになり、どちらがハルカに貢献できたかで勝負を決めよう』と!』
:出たよ社長www
:どんだけ介入してくんだよw
:社長が一番いかれてるwww
:〈月田きいろ〉まあ今のところハルカは社長がスカウトしたメンバーだけでやってるからな。
リアルな話をすると、エルスとアルスがいるそれぞれの組が今争っていて、もうドンパチする時代でもないから他の決着の方法を考えていた所そこに遥香がなぜか乱入して(以下略)、らしい。
『僕らだって馬鹿馬鹿しいのは分かってる。でも上が乗り気でな~。知らぬ間に話が進んでもうて、もうやるしかないってとこまで来たんよ』
『やるからには本気で挑むので、皆さんには私たちの戦いを見守っていただければと思っています』
そう言って一旦話を締めくくると、二人は質問コーナーに移っていった。
2
イラストレーター、中園風花はベットに寝っ転がり、寒いときには布団にくるまり、全力でだらけながらハルカChaosの初配信を見ていた。
今日は自分が生んだライバーが華々しくデビューする日だ。
待機画面から携帯にかじりつき、一人目、そして彼が出る二番目を視聴している。今質問コーナーが始まり、もう一人のライバー、エルスと喧嘩しながら質問に答えているところだ。
風花は誰もいない部屋の中、一人微笑む。
天道アルスー橘大智と初めて会ったときのことは忘れられない。
「本日はお忙しい中、お時間をとって頂きありがとうございます。橘組若頭、橘大智と言います。以後お見知りおきを」
橘大智と初めて顔を合わせたのは,よくテレビなどで悪い人たちが密談をしているような料亭の個室だった。
(え、私殺される?)
風花と大智がテーブルを挟むようにして座り、向かい合う。橘大智の後ろには大柄な男性が控えていた。
「若が挨拶なさってるんだ。そっちも何か返さんかい!」
「ひゃ、ひゃい! ……イラストレーターをやっています。中園風花です。よ、よろしくお願いします」
もう嫌帰りたい!
「高木、この方は僕がこれからお世話になる大切な人や。お前は黙っとき」
「はい、すんません、若」
静かに言い放つと、大柄の男もとい高木さんは大人しくなった。
「すみません。ほんとは一対一だ話したかったんですけど、こいつがどうしても先生を一目見ておきたいというの、僕が抑えつけておくんで許してやって下さい」
「は、はあ」
どうしてこうなった。先日、Vtuber事務所ハルカの社長さんから、イラストを担当するライバーさんが直接挨拶をしたいと言っているのでよかったら来てください、と言われて来ただけなのに。
「さあ、料理が冷めないうちにいただきましょう。話はそれからということで」
テーブルには天ぷらや刺身、鍋料理など豪華な料理が広がっていた。
すると橘大智が徳利を取り出した。
「さあ、中園さん、一杯」
「あ、えっと」
「若の酒が飲めんちゅうんかい!」
「す、すみません!」
「た~か~ぎ~。黙っとけってゆうたよな~。僕に恥かかせるつもりか?」
「いえ、そんなつもりは!」
「もうええ、十分やろ。お前も外出とき。二人じゃなきゃできない話とかもあるしな」
「……わかりました。失礼します」
以外にも、素直に高木さんは頷くと、座敷から退出した。
「はあ、さて、やっと水入らずですね。まずは一杯」
「ど、毒とか入ってないですよね?」
「ははは、そんなことはしませんよ」
「そ、そうですよねー」
断るのは失礼だと思い、おちょこを差し出す。そして一気に飲み干した。アルコールはそんなに濃くないみたいだ。ツーンとした匂いと共に澄んだ苦みが口に広がる。
「いきなりこんなところに呼び出したのは申し訳ないと思っています。しかし、僕なりに先生にお礼をしたいのです」
「御礼……」
冷風のような爽やかな声。この人がデビューしたら人気出るだろうな。すっと耳に声が入り、話していくとだんだんと引き付けられる。今まで怖くて直視できなかったが、やっと落ち着いてきた。見てみればなんてことはない、普通にいい人だ。細かな事情は分からないが、この人は真剣にVtuberになろうとしている。そう感じた。
「御礼を言いたいのは私も一緒です。数多くいるイラストレーターの中から私を選んでくれてありがとうございます」
だったら私が応えなくてどうする。
「こちらこそよろしくお願いします。……ところで中園さん、Vtuberの界隈では自分の挿絵を描いてくれた人をママと呼ぶとか」
「え」
確かにそうだが。それはヤクザの界隈とは違いただそう呼んでいるだけであって……。
「盃ではないですけどもう酒も交わしたことですし僕もこれからママと呼んでも」
「い、いやそれはただの愛称というかなんというか、と、とにかく! それだけはやめてください、お願いします!」
ヤクザの人にそんなふうに呼ばれたら今後何が起こるか分かったもんじゃない。
「そうですか。ではこれから、風花と呼んでもいいですか?」
「まあ、それなら」
いきなり下の名前かー。でもママよりマシだ。
「よし来た、じゃあ風花も僕の事大智と呼んでな。これからはパートナーや。固いのはなしな」
大地の口調が変わった。これが大智の素なんだろう。
「ほらほらゆうてみ、ゆうてみ」
酔いが回ってきたのだろう。元々お酒に強くはない。
「……大智」
「おう」
「ふふ、なんか変ですね。会ったばっかりなのに。私、男性を名前で呼ぶのも初めてなんですよ?」
「へえー、美人さんやのに、驚きやわ」
「またまた、私なんて全然」
話していても全然怖くない。最初の恐怖心は何だったのかというぐらい私はリラックスしていた。
「あの、なんで大智はVtuberなんかになろうと思ったんですか?」
一時間くらいたったころだろうか。私はずっと気になっていたことを聞いてみた。ヤクザとは真逆に位置すると言ってもいいVtuber。なぜそれになろうと思ったのか。
「……そうかぁー、パートナー……親子やもんなぁ。話とくべきかもなぁ」
「……あまり親子っていうのやめませんか?」
「今はそんなことどうでもええわ。聞きたいんやろ? どうしてVtuberなろう思ったんか」
「は、はい。聞きたいです」
「そうかぁ、じゃあ話すかぁ」
大智は酒をおちょこに注ぐと、それを一気に呷った。
「実はなぁ……」
「まあ、こんなわけや」
「そんな、じゃあ、大智さんは組のためにこの活動を」
「まぁな。失礼な話なのは分かっとる。社長さんみたいに面白いっていってくれる人もおるかもしれへんけど、要はみんなが楽しんでるとこに知らん人が知らんもん持ち込んでるっちゅうことやからな。知れば怒る人もたくさんいるやろ。でも、ハルカと橘組、向こうの神楽木組と話し合って決まったことや。決まった以上はやろうと僕は思うとる」
「そう、ですか」
大智の話を聞いて、私は怒ってはいなかった。ただ分からなかった。これも仕事だ。お金をもらって、言われた以上やる事はやる。でも、私は何を目指して創ればいいのだろう。大智さんの組が勝ったって、私は喜んでいいのかも分からない。
「…………以上が組の事情や」
「え?」
「ここからは僕の事情な」
そう言うと大智はまたおちょこに酒を……いや徳利のまま一気に飲んだ。
「いいか、今から言うことは社長さんにも、組長……親父にも言ってへん。トップシークレットや。パートナーである風花だから話すんやで」
「は、はい」
「あれは僕がまだ四歳か五歳だったころ。一人で公園で遊んどったら、女の子が泣いてたんや」
お酒のせいだろう。大智は顔を赤く染め、遠い目をしながら語りだした。
どうしたん?
ぅ……風船がっ……。
「その子が指さす方を見ると風船が木に引っかかっとった」
……とって。
は?
とってきて! あなた男でしょ!
「……随分気の強い子だったんですね」
「まぁな。でも僕はその子の言うこと聞いてあげて、木によじ登ったわ。優しいやろ? そしたら……」
お嬢、こんなところで何してるんですか。
あ、あの子が風船を……。
あれは橘組組長の息子です。関わってはいけません。行きますよ。
……い、いや。
我儘はやめてください。あなたは神楽木組組長の娘。橘組の者と関わらせるわけにはいけません。
い、いや! 私ヤクザなんて嫌い! 私には関係ないもん!
「それが僕と僕の同期になるエルス・C・クルス……神楽木琴音との出会いやね」
「そんなことがあったんですね」
「せや。僕は神楽木琴音との勝負に勝つ。これは自分の組のため……そして彼女のためや。勝負に勝って神楽木組を解散させる。そしたら彼女もヤクザやらずに済むやろ。今はどう思っとるんか知らんけど、僕の知ってる神楽木琴音の本音はこっちやからな」
『ま、今日はこんな所か。みんなぁ、これからよろしくなぁ』
『私もアルスも明日から配信を始めるわ。そして一週間後! 記念すべき一回目の勝負を予定してますので、ぜひ見に来てくださいね』
三十分間の初配信が終わった。
明日の配信楽しみだな~。
大智はもう気づいているだろうか。天道アルス専用の背景には私が急いで書き足した風船があることを。