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#007

『居住区 旧品川警察署にて』


 えらく騒がしい数日だった、とシヤラ・プランはここ毎日の出来事を振り返った。

 思えば、レンジャースというまるで廃れたスポーツチームみたいな愛称の警察機関に入り、1番忙しかったかもしれない。

 警察というのはいつの時代も理不尽だ。「居住区」や区外の勢力統制は仕方ないにしても、突発的な犯罪や、手掛かりの無い中での捜査、はたまた、はぐれゾンビのお世話やアンドロイドのいかがわしい写真集めと、次々起こる事件に体と頭が追い付かない。

 新卒とは名ばかり、教養はこの世界に於いてはアンドロイドが先行しデジタル化されてるため、「学校」で身につけるのは「検索」の仕方。DB(データベース)にいかに効率的にアクセスし、必要な情報をがっちゃんこしたりデリートしたりして、それっぽい見出しと画像、ついでにインデントを整えておくのがステータス。

 偏差値? コミュニケーション能力? 知らん、ここで大事なのは実績だ。概観、説明、エビデンス、引用諸々、さっとやってパッと出せる奴が生き残れる。そういう世界。

「……オシゴトタノシイデスー」

 100年前くらいのロボットはこんな喋り方だったと歴史の教科書に書いてあったのを思い出しながら、シヤラは真夜中を指す時計の針を見る。彼女の居る建物は警察署と銘打ってるが、実のところ古いオフィスビルを使いまわしてるだけなので、あまり公共施設感はなく、ただのオフィスレディとして仕事をしてる気分だった。

 施設内の設備も、昔のままアナログ機器が残っており、デジタル化に乗り遅れてる様相が逆に新鮮だ。自分の住んでる六畳のアパートだってもっとスマートだ。

 パソコンを見る。簡素なデスクトップには今回の事件の一連の経緯を纏めたワードファイルが置かれてる。こんなのオートログ機能の付いてるAIなりに任せればものの数分で上がるのに、何故手作業で作らねばならないのか。昔の人は相当根気強かったんだな、と欠伸を小さくしながら思う。

(や、やばい。寝そう)

 船を漕ぎそうになりながら、コンタクトレンズ型のスマートフォンで自分のコンディション情報を表示する。社会人になって唯一良かった事は、こういう便利なデバイスを買えるところだろう。眼球の動きでフォーカスやカーソル移動、ピンチイン等が行えるこの≪アイズフォン≫の利便性は、いちいち端末を取り出す必要がなく非常に使い勝手が良い。無論、2年縛りのローンとやたら高い通信料には毎月ため息が出るのだが。


 表示された自分のコンディションに大きく伸びをして「あーあ」と声が漏れるシヤラ。2年目の激務、残業代が家賃に消える生活を続けるのは、なかなかに辛い。ボーナスが出たら電気動物(ペット)でも買おう。恋人なんぞ作っても、どうせ仕事に振り回されるんだし。この前興味本位で行った合コンで連絡先交換した相手にも、まだ何も返信してないのを思い出しながらシヤラはパソコンの電源を切ろうとした。

「おい新人、資料できたか」

 しかしタイミングよくフロアのドアが開き、同時に無愛想な男の声が聞こえた。わざとか、と内心舌打ちをして、シヤラはその声の主に一応姿勢を正して答えた。


「はい先輩。<大宮スクエア>オーナー殺害の件、既に資料作成済みです」


 ###


 珍しく雨が降っていた。「居住区」を始め、区外全域を覆った雨雲は、しとしとと地面を濡らし、湿り気と共に緩い空気を不愉快にする。太陽も月も無いけれど、雨だけはこの世界に干渉する。

 薄らと雲間に雷鳴の篝火が見えた。唯一この街の空が光る時が訪れ、空が鳴る。酷く乾いた音だった。乾いていて、煩くて、寂しい轟音だった。

(あの日も、雨だったな……)

 遠い記憶。それはシヤラがまだ小さかった頃、朧げながら浮かんでくる映像がある。

雨。

雨が降っていた。今日みたいな、雷鳴を伴う、冷たい雨――それ以上思い出そうとしても、理論も理屈を無視して辞めてしまう。

 あの瞬間、シヤラの心に火が灯った。それだけはハッキリと分かっている。何故なら、あの時に――彼に。

「おい新人、着いたぞ」

 無愛想な声に我に帰る。

 今時自動運転車も使わずにハンドルを握ってるのはこの街の警察か、区外のゾンビたちくらいだろう。仮にも区内に拠点を置く集団が、電気動物だってタクシーに乗れる時代に、何を面白くて何十年の前の車を乗っているのだろう、と改めて思う。

「あの喜田刑事」

 運転席の男が禁煙飴を口に入れながらこちらを一瞥する。

「なんだ」

「……やっぱり、今日もわたしが行くんですか?」

「は? お前がこの事件の担当だろ。当たり前だ」

「で、ですよね」

 呆れたような一口。

「言っとくがな、オレは"あの事件"しか追う気は無い。手伝わせるのは車の運転だけにしろ」

「はい……」

 とりあえず返事はしてみたが、どうも乗り気になれないシヤラ。というのも、今から向かうのは「居住区」の外、基いゾンビ勢が住まう区外の、とある場所。区外はただでさえ暗いのに見た目グロテスクな方々と対面するのは分かっていても心臓に悪く、胃が痛い。勢力のオーナーがすぐに出迎えてくれればいいのだが、哨戒中のゾンビに死角から挨拶された時は、社会人になって初めて漏らしそうになった。

「お前、さっきまで眠そうにしてただろ。ちょうどいい目覚ましだと思って行ってこい」

「……先輩、マジで洒落にならないです」

 珍しくシヤラを気にかけてくれたような喜田の発言だったが、正直それどこじゃなかった。とりあえず鞄を持ち後部座席のドアを開けて傘をさす。周りは「居住区」と違い建物も道も廃れていて、酷い有様だった。

 徐に歩きながら、事前に連絡のあった目的地を目指す。新卒だからとせっかく買った高めのスーツが、傘から漏れた雨で濡れるのにげんなりしつつ、瓦礫を超え、道路を超え――区外の端、旧江ノ島の元へと、1人向かうために。


 ###


 あの騒動があって2日後くらいに、あれは<大宮スクエア>による牽制でも奇襲でもない事実を、私は知った。

 理由は単純だった。満身創痍になりつつ連中の進行をマイちゃんを始めミリィやえすかの助力のお陰でひとまず食い止めた後、その事後報告と新規ゾンビの登録をフロントに行ったところ、元締めである夏蝉という女から直接連絡が来た。

 夏蝉とは、フロントとの関係もあって、えすか同様それなりに顔を見知った間柄だ。彼女から今回の件の真実を知らされた時、改めて私はゾッとした。

 何故改めてかと言うと、私たちがあの戦いをした時、刺客の姿が妙だったからだ。

 じゃあどう妙だったか、と言うと

「――資料をご覧いただいた通り、今回の襲撃を行ったとみられる集団は、全てアンディーです。筐体タイプはシニスターカンパニーの≪アイアンヘッド65型≫。少し古いですが市場に出回っていた機種です」

 そう。

 戦ってた相手が同じゾンビだと思っていたら、違かったのだ。

 アンディー。つまり、「居住区」で人間と同様に暮らす、アンドロイド。

「……私、あまりアンドロイドについては詳しくないけど、さすがにゾンビとは見間違いないわ。あの時だって、確かに向こうはゾンビの小集団のように見えた。でも、やっぱり、そういう事だったのね」

「ええ。相手は"ゾンビに改造したアンディー"をありすさんの元へ派遣したんです。通常、市販のアンディーは個人での改造を行えないようにハードプロテクトという機能が実装されてます。しかし、当該のアイアンヘッド65型は大手のドラグラ社の製品より、かなりフレキシブルにカスタマイズ出来るのが売りでした。それゆえ、犯罪に利用される事も多いんです」

「なるほど……」

 事件の一連の流れを説明しに来たシヤラ婦警は、応接用のキャンピングカーの中で沢山の説明資料を出して、今回の件の概要をまとめてくれる。彼女とは数回しかまだ顔を合わせてないが、よく頑張ってゾンビの事も勉強しているのが伝わってくる報告の仕方だった。

 警察――私たちゾンビ側と「居住区」の統制を保つ中立的な立場の機関だ。警察はフロントよりも、より公平に私たちと接してくれる、言わば第三者機関みたいなもの。ゾンビの勢力間問題、「居住区」内の事件事故、はたまたフロントが信頼出来る行動をしているかどうか、国の機関として仲裁を行ってくれる。

 ただ、諸々の当事者になり得る身としては、警察が現れるのは避けたいところではあった。捜査協力とか厳重注意とかならまだしも、例によってゾンビたちはレート判定されているため、この価格査定に響くパターンがある。うちは殆どゾンビを外に出さないし査定対象となるゾンビが少ないが、レートが低い=評判の悪い勢力となり、フロントからの支援等が受け難くなる。そうすると、今回みたいにテリトリーに損害が出た場合、復旧費とか食糧とか貰えなくなるのだ。

 まあ、大して仕事をしてくれないフロントではあるが、お金とか必要な物品とかはさすがに頼めば援助してくれるし、その辺、縁切ってもしょうがない。

 というのもあって、今回の警察からの訪問を受け入れた訳だが……

「まさかこんな事になっちゃってたとは」

 資料に書かれた事件名を見て、息が漏れる。


<大宮スクエア>オーナー殺害事件


 あの大手勢力の<大宮>がこんな事になっていたなんて、騒動があったから尚更思いもよらなかった。

 しかも、犯人は捕まっておらず、未だ逃げ回ってるらしい。

 あの夜、私たちは一体誰と戦っていたのか。

 再度事件の概要を見ていくと、中でも特筆すべきは、犯人のえげつなさが際立つ。

 犯人はオーナーをただ殺すだけには飽き足らず、徹底的に勢力を解体させようと工作したらしい。

<大宮>は昔から他勢力にちょっかいを出すきらいがあったため、関東の小勢力としては印象が悪かった。そのため、噂にしても<大宮>が強力なゾンビ群を揃えていると一度流布すれば、勢力としては、臨戦体制となる。うちらも実際そうだった。

 で、あんな事をされた。当然自衛するし、中には報復を行う勢力だっている。

「けど、オーナーである大宮ネッサンスは既に殺されていた。オーナーがいなけりゃゾンビたちの統率も取れてない。となると、あの奇襲は彼女の指示でもなく、<大宮>のゾンビたちが本当に襲って来たのでもなく――犯人に仕組まれた、って事ね」

 私の言葉にシヤラが小さく頷き返した。

「犯人にはオーナーの力は無かったんです。でも、<大宮スクエア>を他勢力の力を使ってでも解体したかった。だからゾンビに擬態させたアンディーを使って、<大宮スクエア>からの奇襲だと、周りに思わせたんです」

 別の資料を使ってシヤラが説明してくれる。合併により<大宮>を目の敵にしている勢力や、ネクロシスの引き抜きをされて解体を余儀なくされた勢力等、関東には多くの「被害者」たちが居る。

 それを逆手に取って今回の犯人は、周りに餌を撒きまくった。自分の手を汚さぬように、<大宮>をつぶすために。

「<大宮>のゾンビたちはどうなったの? ネクロシスだけでも結構な数が居た筈よね」

 オーナーを失ったゾンビたちは、基本ネクロシスに従うようになる。つまり、複数体のネクロシスがオーナーの代わりとなって行動しそうだが。

「そこが難解なんですけど、どうやらネクロシスが"解散"してるそうです」

「解散? どういう事かしら」

 そんなの聞いた事ない、という私に対して、シヤラは飲み物を含んでから答えた。

「オーナーに従うのは、ゾンビの意思であるのは間違いないのですが、それは彼ら特有の族意識があるからです」

「"エンパシステム"の事よね。私たち人間よりも、より強力っていうのは理解してるわ」

 エンパシステムは、エンパシー、つまり共感性に纏わる脳機能だ。これがゾンビたちの特徴の一つではあるけど、それが今回とどう関係するのだろう。

「どうやら、このエンパシステムを、何らかの方法で、解散させたみたいです」

「……ちょっと待って、彼らの眷属の概念を解いた、って事?」

 首肯され、思わず思案顔になっていく私。これはシヤラが前置きしたように難解な話だ。きっとそれなりの理由がある、という機運を感じる。

「あくまで結果からの推察でしかないのですが、今回の被害者、大宮ネッサンスがどのように殺害されたか、まだお話してなかったですよね」

 向かいに座っているシヤラの鞄から説明用のタブレット端末が出てくる。どうやら紙に出さない方が良い内容らしいが……あまり見たくない。

「彼女の遺体は、原型を留めていませんでした――と言うと、何なく察せられます?」

「…………食われたのね」

「あはは……」

 全然笑うところじゃないんだけど、シヤラがどこか遠い目で苦笑いした。彼女もあまりそっちの話は得意じゃないようだ。

「まだ確定ではないのですが、彼女の、そのー、頭をこうやって、むしゃむしゃするゾンビが……うっ」

「吐きそうになるなら、そんな写真見せないでもらえるかしら……って、画像じゃなくて再現イラストだし」

 それでも顔色悪くなるシヤラ婦警。この子、なんで警官になったんだろうか。さっきもウィルにお茶出されただけでビクビクしてたし。

「…………」

 とか思ってたらキャンピングカーにウィルが入って来た。相変わらず察しが良すぎて怖い。まさかテレパス使える?

「ひぃっ、ウィ、ウィルフレッドさささん!? な、なんでしゅか!?」

 ほんで早速ビビられる。

「かむだーん。あなたが気分悪そうにしたから心配しに来たのよ」

「お、お、お優しいのですね……だ、大丈夫です……! 警察官ですので!」

 その割には敬礼が出来てないが。

「だそうよ。ごめんねウィル、引き続き2人にさせて」

 汗を垂らしながら手をぶんぶん振り回してウィルを追い払うシヤラ。良い子ゆえ、無意識に人を怖がらせてしまうウィル……あなたは悪くないわ。世間がいけないの。うん。

「ともかく、<大宮>のゾンビたちのエンパシステムを狂わせて、本来従わないといけない大宮ネッサンスというオーナーを、彼女のゾンビたちで殺された、って事?」

 飲み物で何とか息を整えたシヤラが、「は、はい」と答える。再現イラストではあったが、実際にその画像がエビデンスとしてあるのだろう。

 で、そこが事件報告のついでの、捜査協力、と。

「エンパシステムの解散がどれ程の挙動を起こさせるのかはわたしたちも不明ですし、そういった事例は無いんですが、可能性として挙げさせていただきました」

「なるほどね。確かに、オーナー単体が殺されたのなら、よくある光景かも。私も何回か見た事あるわ」

 あれは何年も前だけど、なかなかに何とも悲しい光景だったなぁ、と蘇る記憶。私もああなってしまう日が来るのかしら、って思うと、オーナーである事がとても恐ろしくなる。

「でも、シヤラが言ってるのは、オーナーが殺される"前"にエンパシステムを解散させて、オーナーを殺させる行為が出来るかってところよね……さすがにそれは私でも分からないわ。うちの参謀にも聞いては見るけど、あまり期待しない方がいいかも」

「で、ですよね。すみません、浅い推察を」

 めっちゃへり降ってるけど、全然そんな事無い。彼女なりにちゃんと考えてやってくれたと思うし。

 ふうむ、しかし。

「嘘の情報まで流してここまでする犯人、相当面倒ね……」

 何となく今回の話で合点が行ったところがある。

 そこをもっと整理してこっちもちゃんとした対策を取らないと、いつやられるか分からない。

 今夜はちょっと、長くなりそうだ。


 ###


「えすか、頼んだ件どうだった?」

 シヤラが帰った後、私はすぐにえすかの元に向かい、調べさせてたいくつかの情報を聞きに行った。

「ぼくらは見事に騙されてたのが分かったよ。犯人の術中に嵌められた」

 パソコンの画面を見ながら温くなったコーヒーを流し込み、えすかがつまらなそうに言う。ふむ。どうやら予想は的中したようだ。

「まず例のハンターの噂だが、複数のWebサーバーで、似通った内容をネット上に投稿するAIが稼働してたのが分かった。踏み台作って不正操作する定番のやり口で、こいつをOSのセキュリティパッチに化けさせて適用させてたみたい。今はもう修正パッチで対応済みだって」

「<大宮>は元々好感度最悪だし、そのAIの出した噂で周りもすぐに騒ぐって訳ね。よくもまあ、そこまで手を回すわ」

 狡猾、というよりはかなり用意周到な犯人だと思う。普通そんなハッカーみたいな真似しないっての。そこまでする意味はなんなのか。

 えすかが頬杖をつきながら話を続ける。

「次。あの奇襲の日にミリィが本島に来るまで出会った"ゴロツキ"の件。あれ、やっぱ野良ゾンビでもフロントのエージェントでも無かったみたい」

 えすかがモニタに何か画像を映す。近づいて見てみると、シヤラの言っていた私たちが戦ったゾンビ風のアンドロイドの画像だった。

「シヤラ婦警から説明あったと思うけど、やっぱりぼくらが戦ってた相手は<大宮>のゾンビじゃなく、ただのアンドロイドだった。それが何故すぐに見分けられなかったかと言えば、これさ」

 拡大された製品紹介ムービーを見て、私は思わず目を疑う。

「……すっごいリアル。肌の色合いだけじゃなくて、動きとかも」

「製造元の≪シニスターカンパニー≫って、社名の通り不気味な見た目のアンドロイドが売りなんだよ。ドラグラ社が市場を独占してる今、残ってる企業はこういうニッチなとこを突いて顧客の関心を奪うんだ。これは、その典型。アイアンヘッドのゾンビ用カスタマイズモデルさ」

 私たち自身、区外ゆえにそこまでアンドロイドの情報を日頃集めてる訳じゃない。アンドロイドは「居住区」の中で繁栄したものだし、「居住区」に入れない区外民かしたら関係のほぼ無いものだ。

 だからと言って全く知識が無い訳でもない。現にネット環境があるのだし、多少は調べたりはするし、ニュースとして見る事はある。

 けども、ここまでの個体を作ってたとは……

「もちろん、これはピンキリのピンの、上位モデルね。ショボいやつはとことんショボい」

「にしたって、凄まじい出来だわ。これで改造も施せるんでしょ。モラル機能壊しちゃえば、完全に犯罪の道具ね」

 ある程度アンドロイドの方で非人道的な事をしないようにプログラムされているが、この感じ、そこも弄られてたんだろう。なんとも大掛かりなやり方だ。私たちはとんでもない相手に対峙してしまったのかもしれない。

「ん? って事は何? ミリィは本島に来る道中、偶然ウロウロしてたアンドロイドの機械頭を、ガブガブ食べたっての? な、なんて歯力(そんな言葉はない)」

 うちの最強幼女先輩にビビってると、えすかはコントさながら椅子からずっこけてツッコんだ。

「……いやあのね、アンドロイドってのはロボットと違うんだよ。君、まさか奴らの皮膚を剥がしたら中身から機械出てきて電気びりびりすると思ってる? 何年前のイメージ……」

「え、あ、これはエスプリの効いたジョークよ。知つてる知つてる」

 むしろエスプリって意味のがわかってねえけんども(訛)

「外面だけじゃなくて中身もちゃんと作られてるんだよ、アンドロイドは。人間が見た時に嫌悪感を抱かないように配慮されてるから結構デフォルメはされてるけど、ちゃんと血が通ってるんだ。ミリィくらいの食いしん坊で暴れん坊な年頃は、気付かないくらいに、ね」

「にしたって、血とか肉の味とかでは分からなかったのかしら。いつもと違う味がする、みたいな」

 今は寝床で横になってるミリィを一瞥する。さすがにあのお子ちゃまでも、アンドロイドの肉体と本物のゾンビの違いくらい分かるだろう……分かるよね? 自信なくなってきた。

「ゾンビを食べれば腐った肉。アンドロイドを食べれば人工ながら腐ってない肉。さて、美味しいのはどっちでしょうって感じ?」

「……"これ、ゾンビにしてはおいしー方かな" で終わりそう」

 ミリィだもの。

 ありお。

「ぼくもアンドロイドは食った事ないから分からんけど、存外、ゾンビたちも判断付かないんでしょ。それに、食べるって言っても、感覚的に美味しい部位だけを食べる訳で、相手の身体全部食べるんじゃないし」

「……そういう事にしとく」

 完全に意思疎通出来ないのは人間同士もだけど、ゾンビはもっと難しい部分がある。そもそも感性が違うし、アンドロイドのように、私たちの言う事を聞いて動く訳じゃない。彼らには彼らなりの意思があり、それで行動してる。

 だから噛み合わない箇所が多いのは仕方ない。ミリィの件も、アンドロイドの事を理解しきれなかった私に非があるのだ。

「これで、ミリィ含めうちのゾンビたちが奇襲に気付けなかったのも理解出来る。相手が眷属外のゾンビなら、ゾンビの特性上気配だけでも反応するが、それがアンドロイドだった。当然、反応する筈がない」

 淡々と告げられる事実にもはや天を仰いでしまう。なんだそりゃ。ゾンビの特性をそこまで理解し、利用するだなんて、反則だ。

 おまけに悪評のあった大手勢力の<大宮>まで消した。

 なんで、ここまでするんだ。私たちを犯人はどうしたいんだ。

 ただでさえ疲弊してる頭に、底知らぬ不安と憤りが溢れ、机にへたり込む。これはもう、どうにもならないんじゃないか。

 ……そうやって腐り始めた私を、友人で参謀な彼女は、少しばかり見つめてから、抱きしめた。

「何も君1人に背負わせるつもりはない。だからまだ、そんな顔しないでくれよ」

 珍しく、弱々しいえすかの声だった。しばらく風呂も入れてないのか、汗で髪が萎れていた。

「理不尽はいつもの事だろう。腐るのはもう少し後だ」

「うん、……そうね」

「ああ。それに君は、まだ解決してないだろう――あの"空港駅での事"を」

 ひっそりと過ぎる時間。雨音だけが静かに天井越しに鳴る。

 空港駅。それはもう、何年も前の、私がオーナーとして生きる道を選んだ岐路の事。

 そうだ。私はあの惨劇に未だ囚われ続けてる。今も夢にだって出てきて私を苦しませる。

 だけど、いや、だからこそ私は強く思う。

 ゾンビたちのオーナーとして戦わなければならない事を、

 そして、あの時死んでしまった沢山の人々と――


 殺してしまった、伊知寺さんのためにも。

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