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#002

ゾンビには2種類ある。

 一つ目は、従来のイメージ通り、基本的に捕食行為のみしか行えない末端の存在。主に以下の特徴がある。


 ・身体能力は人間に比べれば高いが、低い者も居たりと個体差が激しい。

 ・総じて知能機能は失われており、ちゃんとした言葉を喋ったり出来ない。

 ・属意識があり、集団で行動したがる。


 この個体を私たちは≪アポトシス≫と呼んでいる。

 アポトシスは元々「細胞が自然死する現象」とか「細胞の予定された死」という意味で、体にダメージを負う事によって体が強靭になっていくという特性からこの名前が付けられた。

 一見パブリックイメージ通りのゾンビだけども、アンデッド性が高いのがミソ。数も多く、全て支配下に置く難易度が高いとされる。


 そしてもう一つのゾンビ。


 これは先程のマイちゃんみたいな知性体――つまり、脳機能を失っていない個体である。

 その種の名は≪ネクロシス≫。

 アポトシスと対をなす「予測されなかった死」という言葉で、特徴はゾンビのイメージとは大きく異なる。それを以下に記すとこんな具合だ。


 ・身体能力が総じて高く、筋肉量がアポトシスの数倍。

 ・体の感覚を自在にコントロールさせられる。

(例えば、戦闘でのダメージの痛覚を無くす事により鎮痛させたり出来る)

 ・人間とほぼ同じ脳機能を残している。

 ・属意識は薄いが集団、単体の行動どちらにも高い対応能力がある。

 ・アポトシスを自分の眷属にする力を持っている。


 いわばアポトシスの上位個体的な存在といった感じだろうか。

 絶対数は少ないが、アポトシスの集団があれば彼らは必ず居るので、遭遇するのは難しくないし、何より、人間の姿をそこまで失っていないため発見するのは容易。

 人類に敵対意識がある個体も居るけど、今は大体が友好的。上手くいけば眷属のアポトシスと共に我々の仲間になってくれたりする。

 人類にとっては非常にありがたい存在だ。

 そんなネクちゃん達も、実はダメな事がある。

 簡潔に並べるとこんな感じだ。


 ・回復能力の低下

 アポトシスのように体にダメージを受けた場合の自然治癒が遅い。最悪、そのまま患部が壊死してしまう事が多い。


 ・寿命の存在

 体に損害を受けずとも、人間と同様に寿命が存在するため時間経過とともに衰弱して死ぬ。人間よりも短命。


 以上に記した点から分かる通り、人間っぽいゾンビなのがネクロシス。

 まあ、イメージ「人間がパワーマンになった状態」って考えてもいいかもしれない。明確にはゾンビだから、腐敗が進んで見た目グロテスクだったりする子もいるけども、殆ど人間と接しているのと同じなのは間違いない。


 こんなふうに、我々人類は知世体――ネクロシスのお陰でゾンビを支配しやすくなり、この世界で、共存したり、時に戦ったりしながら生きているといった訳だ。


 ###


 さてはて、我が軍が拠点としている旧江ノ島、つまり駅から歩いて数分の「本島」に戻ると、新戦力、マイちゃんの歓迎会が始まっていた。

 拍手喝采の盛大なお出迎えである。これからありすファミリーの一員として是非とも活躍して欲しいという思いが組員(50ゾンビ)からも伝わってきた。良いチーム感。

 島の入り口に置かれた大きなキャンピングカーから香ばしい匂いとお肉の焼ける音が和やかな空気を作る。

 恒例のゾンビーフ(ただの食用肉)の早食い競争が始まるようだ。

 楽しそうな空気を背中に私は1人のゾンビの元へと向かっていく。この組のアポトシス員のリーダーであり、私が絶対の信頼を置くウィルフレッドに会いにいくためだ。

 ひび割れた登り道を越えて高台に向かうと、筋骨隆々としたドレッドヘアが私の存在に気付いた。

 元々肌の色が黒いのだが、ゾンビになる過程でさらに濃くなり、暗い時間になると完全に周りと同化している。ちょっとビックリする。

「ウィル、昼間に<大宮>ナンバーの車が居たって本当?」

 私が近くの石階段に腰を下ろしながら尋ねると、ウィルは小さく頷いた。

 ウィルはネクロシスではないけど、私の言葉がある程度分かる知性体寄りのアポトシス。もちろん、完全に通じてる訳ではないけど、長い間私と居たから軽い意思疎通なら出来るみたいだ。

「そう。やはり時間の問題みたいね。実は三ツ沢班からも連絡があった。フロントの注意にも懲りずに勢力争いするつもりのようね」

 ここ旧江ノ島には江ノ島班というゾンビたちが、旧横浜には横浜班なるゾンビたちを配置している。<江ノ島ありす組>は主に神奈川以外の地も拠点としているが、いかんせんゾンビの数的に神奈川の地を中心として活動する事が多い。

 今回も前から因縁のあった<大宮スクエア>の連中からの牽制だ。

 基本、ゾンビ側の勢力はフロント――言わば人類、というか国の統括機関によって管理されているため、無闇に争いを起こすのは厳禁。

 が、やつらは勢力拡大のために闇討ち的に他勢力にちょっかいを出す性分。

 オーナーは知らん顔だし、フロントもそこまで監視がし切れてないから、うちらのような隣接者だと対象となりやすい。これまで何度餌食になってきたか。

「もう少し話が出来る人間がトップにいれば良いんだけどなぁ。私は争いなんて望んでないのに」

 私がため息を吐くと、ウィルが頷いてくれる。サングラスをしてるせいで表情が分かりにくい子だけど、同意してくれてるようだった。

「ありがとウィル。はぁ〜、なんでこんな事になっちゃうんだろ……生きづらい!」

 と、嘆きの言葉を上げたところ、ウィルが私の頭上に視線をずらした。釣られて見上げる。

「おやまあ、ボスがなんとも弱気な。部下に愚痴を言うために、わざわざここに来たのかい、君は」

 そこには暗闇に映える白衣が見えた。続けて身長の低いボブヘアの女の子が私を見下ろしていた。

「あら、えすか。いたの」

「いたのって。元からここはぼくの場所だよ。君が占領してきただけで」

 江ノ島えすか。

 私がそう呼んでる彼女は、同い年の人類であり、ウィルと同じくらい長い付き合いの参謀役だ。

 この勢力の私以外の人類で、なんだかんだで勝手知ったる間柄である。彼女の性格や癖もよく理解してるし、私の事もよく理解されてる。

 が、私のようにオーナーの力は無いし、不健康を極めた女なので動く仕事は無理なため、大抵引きこもってる。一応白衣を身に付けてるからも分かる通り、科学的なのが得意な女なので、知らない間に物騒な物を作ったりしてる不思議ちゃん。サイエンス、デジタル、マッドな事、お手の物。

「居住区」に住んでないオーナー以外の人類って変わり者ばかりだと言われるが、彼女が典型なんじゃなかろうか。

「あら、そういう過去もあったわね」

「時間の経過と共に有耶無耶にしてるよね。都合良い」

「もう仲間なんだから今更よ」

 あれは私がオーナー駆け出しの頃、拠点探しの際に、この島に居座るゾンビを統率させる代わりとして、先客だった彼女をうちのメンバーしたのが始まりだが、あの時も、この島の施設使えりゃ良いとか言って全く抵抗しなかったし、ゾンビに対してもビビらないし、本当謎な女だ。

 今も昔も、えすかはえすかでマイペースにやってる。仲間としても、友達としても。

 あ、ちなみに、勢力に属する人類は本名とは関係なく苗字は基本的に担当地区の名前を付けてる。

 私とえすかは江ノ島班なので江ノ島ありす、江ノ島えすかとなる。

 横浜なら横浜さんだし、川崎なら川崎さん。割と他の勢力も同じ名前の付け方なので、結構珍妙な名前の人とかも多いのよね。

 勢力名も大体がオーナーの担当地区が本拠地となるため、地名+勢力名みたいなのばかりだ。昔あった<強羅 地獄温泉>は中々に強烈だったな……。

「もう何年も付き合ってるけど、君は相変わらずそういう性格のままだよねえ。少しはこのけったいな状況に、人間性は変化を伴うと思ったけど」

「いやいや、誰かさんだって、その引きこもりでマニアックな性分は直ってないじゃない。存外人間なんてものはね変わらないものなのよ」

「ふむ、数年あれば別人格のニューロンになり得る筈なのにね。アンドロイドみたいに冪等性を持った人格へチェンジ、ってのは無理にしても、人が変わるってのは、科学が頑張っても難しい」

 えすかが私の隣に座って気怠げに空を眺めた。こういう言い回しするのは彼女の鳴き声くらいの感覚で適当に流しておけばいい。昔からそうなのだ。

 ……で、本題は?

「<大宮>の事さ。やつらが本格的に≪ハンター≫を集めてるのは知ってるだろ」

 ハンター。

 文字通り、ゾンビを狩る者の意味で、分かりやすく言うと戦闘特化型の編隊だ。

 大体はゾンビで編成を組みネクロシスを複数配置したりする。非常に火力が高いため、こと勢力争いでは中堅や牽制要員として使われる事が多い。

 普通なら、数の多いアポトシスたちを集団にして1人のネクロシスを配置し、前衛隊とするのが定石だが、規模が大きいところだと色んな使い方もしてくる。厄介な相手だ。

「ゾンビちゃんねるで見たわ。向こうさんったら、わざわざ関西の勢力まで行って引き抜いたのがいるんでしょ」

「連合が多い関西圏は草刈り場になりやすいからね。それに、≪エージェント≫の質も高いし」

 実は、フロントを通して勢力間で優秀なゾンビを売買する行為が認められている。

 アポトシス単体での取り引きは少なく、ネクロシスが主な対象となっており、能力が高いゾンビにはエージェントを付けて勢力間で交渉するといった形だ。

 このエージェント業務は、フロント所属の<死羊使い(デッドシーパ)>という組織が行っており、主に全勢力のゾンビの管理や、オーナーを通しての情報の通達やマネジメント、さらには、ニッチな人類たちと共同し、様々な事業をやってくれる。

 で、エージェント業務もその一環、という事なのだ。

「勢力抗争ってのはゾンビの個に依存するもんだよ。どんなに優秀なボスが居ても、実際に動くやつが無能なら意味がない……争いが嫌とか言ってる場合かい」

 えすかが白衣のポケットに手をつっこみながら呆れながら呟く。私は小さく息を吐いた。

「分かってる。今のうちらじゃ<大宮>の連中には勝てない。こうしてる間にも、相手は高い能力を持つ個体をどんどん揃えてる。やられるのは時間の問題」

 頬に汗が垂れるのを拭う。<大宮>の連中に比べて、うちの補強は攻め手を欠いている。向こうのようにお金が無いから自力で野良ゾンビをスカウトするしかないのだ。

 しかも、隣接県は<大宮>の陣地。なるべく自分のテリトリー付近でやり繰りするしかない。

「ジリ貧なのはいつも通りだけど、向こうの補強を見てると、今回はあんまりのんびりもしてられない。ネクロシスのスカウトは構わないけどさ、対策を強めた方が弱小勢力のうちらには良いと思うよ」

「はぁ。忠告どうも……って言われてもどうにもならないのよね、このままだと」

 私は下方で楽しそうにマイちゃんを歓迎している組員たちを見る。

 今見える子たちの大半はアポトシスだけど、あの子たちにはあの子たちなりの感情があって、ここに居るのだ。

 見た目も考えも私たち人間とは違うけど、ウィルが私の言葉を理解しようとするように、私もあの子たちの事を理解しようとしている。

 そのおかげで、何となく見えてくる。あの子たちがこの場を気に入ってる事。人を捕食の対象としながらも、私たちに付いて来てくれる事。ともに戦おうとしてくれる事。

 だから、<大宮>のやつらみたいに、勢力を拡充するための集団にされるがままなんてされたくない。抗ってみせる。理不尽に目覚めさせられたこの世界の中で私はそう生きていく。

 階段から立ち上がり、荒廃した旧江ノ島の街並みを見下ろした。昔は温泉があって、学校があって、海を楽しむ人が居て、沢山の活気があった。

 けれど、人類の居住地域でないここには、もうそれは跡形もない。建物は潰れ、道は沈み、海は汚れ、腐敗に塗れた。

 江ノ島だけじゃない。私が住んでいた東京の方だって同じ感じだ。

 日本各地、世界各地、どこもかしも全てが崩れた。私の生まれる前に起こった戦争によって、荒廃した。

 だからこそ、これ以上の崩壊は望まない。ここであの子たち――自分たちを奪われたくない。

「……希望を無くして死を選んだ人たちも含め、このゾンちゃんたちは、元を辿れば私たち人間よ。生きたくても生きれなかった人。死を選ぶしかなかった人。そんな集まり。そしてそのボスとなったのが、この私……終わってる場合じゃないわよね」

「立ち直ってきたかい? そりゃ結構……しかし、君はいいよね。目の前で知り合いがゾンビに喰われるのを見ても、尚もそう言えるのが」

 思い出される過去の光景。

 何も楽してここまで来たとは思ってない。沢山泣いたし、沢山絶望した。

 時には自分の与えられたオーナーの力に狂いそうになった。

 けど、だからこそ、私は立ち向かわないといけないと、確信した。

「そりゃ最初は嫌だったわよ、ゾンビを操れるオーナーの力、それをコントロールし管理しようとする人類、基いフロント……自分の力に気付いた時なんか何日泣いた事か。けど、だからこそ、私は思うの。わざわざ映画みたいにゾンビと対立しないで、彼らと一緒に生きていける道だってあるんじゃないか、それを私は提示出来るんじゃないか、って。オーナーになったからには、やるっきゃないわ」

「……ふうん。そうかい」

 えすかが表情を少し柔らかくて私を見た。無愛想な顔より、そっちの方が良いと思う。

「ならボス。早速ハンターたちの対策を取ろうか。一回編成を整理して奇襲に備えたい。ウィルフレッドは引き続き警戒頼むよ」

 えすかが踵を返す。私も続いて腰を上げた。

「はぁ、私もマイちゃんの歓迎会に参加してゾンビーフを肴にゾンビール飲むっていう背徳行為したかったんだけどなぁ」

「うえ。カロリーの暴力だよそれ、やめときなって。あと未成年のアルコール飲酒はダメ。知ってるかい。"法律"っていうので禁止されてるんだ」

「居住区だけで適用されるやつでしょ。区外民には関係ないって」

 えすかに呆れられつつ、私たちは緊急会議の会場に向かうべく、足元の石階段を更に登っていく。昔は神社だったこの場所は今や江ノ島班の城となり、見張りのゾンビたちがうろつきまくっている。

 灯りが無く暗いため、彼らに結構なホラー感を覚えるけども、私たちを見ると小さく会釈してくる辺り、やっぱ人間の面影がある。

「早く終わるといいなぁ……」

 呑気な言葉をえすかに突っつかれながら、私は明かりの灯った本殿へと入っていった。


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