#017
「え、居住区でアンディーとゾンビが暴れてる!?」
ミリィとの戦いで負傷のあるノヴァに一時的に戦線を離脱させ、「居住区」の状態を上空から確認してもらったところ、区内はえらい事になってるとの事だった。
急いでシヤラや夏蝉辺りに連絡を取ろうと思ったが、私の持ってるタブレットでもメッセは愚かネット接続も確立出来ない状態だった。もちろんえすかとも連絡はつかない。区内のネットワーク事情はあんま詳しくないけど、多分、騒動の中で元から切断されてしまったのだろう。
「……合点がいったわ。どうりでこっちへの敵の数が急に減った訳だ」
ミリィ救出後、残存してたゾンビたちを片付けたのは良かったが、それ以上に中々"スイッチ"が現れず、敵の数も減衰してたのに不穏な感じはしていた。もう向こうにターゲットを絞り込んだか。ちっ。立場的にも行かない訳にはいないし、何よりえすかが心配だ。垂れてきた汗を拭い、目的地を「居住区」へと定める。
「雨がまた酷くなってきたわ。このまま車で向かうにも、夏蝉に連絡取れるか分からんし、外部ゲートは閉じられてる可能性もある」
と、どうやって行くか考えているところ、マイちゃんが外にある瓦礫の山を指差す。そうか。それだ。
「地下鉄……! でも、電気来てないのよね。どうしよ」
とか言いつつノヴァを見てみる。
「お姉様、まさかと思うけど、人力でやれと申されます?」
「……やっぱ、無理?」
「辿りつく前にノヴァが倒れてよければ、ですわね」
さすがにそれは本末転倒なので避けたいところだが、ともあれ、動かない電車を利用するとなると、そのくらいしか思い付かない。
「しょうがない、別の手立てを考えましょ」
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という事で。
「うげえええ、揺れまくって頭おかしくなりそうですわ」
車と地下鉄の合わせ技的なノリで、マイたそに線路にキャンピングカーを乗っけてもらい、走る事にした。
キャンピングカーと言っても、ただの中古(激古)車だ。所々ガタが来てるし経年劣化で色々擦り減ってる。アクセルの感じとか、特に。
「わあいリル、これ、ジェットコースターってやつだよ。楽しいね」
「………(頷かない)」
「わ、わたし、も、これ、ちょっと……gEEEEEEY!」
適度に治療したのもあって皆とりあえずは動けるようになり、特にミリィだけは楽しんでるっぽく、ちょっと騒がしい感じに安心する。あとマイちゃんはその叫び声で撒き散らさらないでね。怖いから。
「……これ絶対パンクするやつよね。ごめんなさい、車関係者の方々。使い方間違えてて。あー痛てて」
ミリィとの戦いで食らった自分の背中の傷に涙目になりながら、ほぼ一直線の線路の上をガタガタいわしながら進んでいく。
地下なんて何百日振りだろう。
暗くて全然見えないけど、所々電気の代わりに壁が光る仕様になってるのは、昔の人の知恵ってやつかな、とか感心しながら「居住区」方向へ進んで行く。
一応眷属化したアンディーたちに後ろから付いてきて貰ってるため、スピードは調整しながらだが、このペースならあと数十分で着きそうだ。
車内にはウィル、ミリィ、リル、マイちゃん、そしてノヴァの5人がいるため、まあまあ手狭になっている。本当は大きくておしゃれなキャンピングカー欲しいんだけど、いかんせん維持費が大変だから、こんなレベルの物に落ち着いてる。この一件が終わったら夏蝉に無心しに行こうかな。
ってのはまあ、置いといて。
「えすか、大丈夫かしら」
ノヴァの報告からかなり無茶苦茶な事になっているのは判明している。故に区内に居るえすかが心配で仕方ないのだが……夏蝉たちは、ちゃんと守ってくれているだろうか。早く会って無事を確かめたい。
そう思いハンドルに力を込めた時
「ぐぎぎぎ!」
バン!、という音とともにゾンビがフロントガラスに張り付いてた。バカ怖すぎんだよ!
「て、敵よ! 皆! なんとかして!」
ぶっちゃけチビりそうだった(確認はしてない)けど、そんなの嘆いている場合じゃなく、皆に戦闘を知らせる。尽かさずマイちゃんが外に出てトランスし、一気に相手を掴み車から引き離す。早い。さっきの車酔いはどこへ行った、とかツッコミもする前に息の根を止める。さすがネクロシス。安定の強さだ。
「ナイスマイちゃん。そいつ一体だけ?」
トランスを解いてマイちゃんが首を横に振る。どうやら、まだ先に居るみたいだ。経路を見た感じ途中駅があるから、そこで体勢を整えたいところだが
「じぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
邪悪な咆哮が奥の方から聞こえる。これはまだ先に敵が配置されてる可能性が高いかな。
なんて思ってると
「ひー! 親方ぁ! 後ろからも敵がいるみたい!」
ミリィの悲鳴にようやく気付く。私たちは挟み撃ちにされていた事に。
ちっ。眷属化したとは言え、所詮はスクラップのアンディー。ミリィらネクロシスに情報を伝播するくらいしか出来なかったか。
そして短い間だったけど、ありがと、江ノ島のアンディーたち。
「手分けしましょ。ミリィとリル、ウィルは後ろ、マイちゃんとノヴァは前。適宜ヘルプが必要だったら私を介して」
車から降りた皆に指示を与え、指定の場所に着かせる。時間をあまり掛けている場合じゃない。さっさとこの地下鉄を抜けたい。先に行かなきゃ。
「待ってて、えすか」
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「わたしです、えすかさん! ひぃ! その銃を下ろしてくださぁい!」
区内ゲートの救護室で横になっていたえすかの元に、びしょ濡れの警官が飛び込んできたものだから、えすかはゾンビだかアンディーだかと思って護身用の銃を構えた。
「……シヤラ婦警。助けに来たのか」
「そうですよ! 何回も電話で言ったじゃないですか! 混乱してる状況なのは分かりますけど、いきなりそんな物騒なモノ構えないでください!」
素人の銃口に中々にビビり散らす新人警官は、銃を下ろしたえすかの腕を取り救護室を出る。外には異様な暴徒の光景。ゾンビが、アンドロイドが、あちらこちらで互いに殺し合っている。
「すごいな、これは」
思わず漏らしたえすかに、シヤラは雨具を渡して険しい表情になる。
「居住区のアンディーと、区外のゾンビがわざわざここで争い合ってる状況です。区民たちもこれに巻き込まれてて、死傷者はかなりの数になります」
「大惨事だね。居住区への陰謀としか思えない」
「はい。夏蝉さんとも今回の黒幕は、明らかに人類やゾンビたちに恨みのある者と、話していました。その目星も、大方ついています」
負傷した傷を気遣いながら、えすかは雨具を身にまとい、シヤラの指示に従い避難場所のシェルターへと向わせる。シェルターは負傷者を優先して受け入れているが、区外民のえすかは対応が遅れてしまっていた。
だがもう大丈夫。あそこに行けば、なんとか敵の手から逃れられる。そうすればどうにか――
「っ! ゾンビの群れが!」
が、そうは簡単にいかない。彼女たちを待ち伏せてたのか如く、次々と区内に入ってきたゾンビらが行手を阻む。
彼らだって、必死なのだ。
「くっ、経路上、こんなに沢山いるなんて……! どこか、抜け道は」
シヤラが画策しているところ、激しい銃声が建物の上からした。
「やれ! 冷蔵!」
「承知!」
夏蝉たちだった。なるべく身を隠しながらゾンビたちを蹴散らしてくれてるんだ。助かった。
「っ、冷蔵っ!」
思わず足が止まった。夏蝉の従者の1人が突如倒れ込んだ。分からない。また1人、従者が悲鳴無く倒れた。また1人。なんだ、なにが起きた。見渡すシヤラと夏蝉。そして気付く。向かいのビルからアンドロイドがスナイプしてる事に。
「んだとォ! クソ、ここまでしやがるってのか!」
「夏蝉さん! 危ない!」
地上からのシヤラの声が銃声と重なった。また別のビルに潜んでいたアンドロイドに、銃撃をされた。やばい。このままだと自分たちも。
「え、えすかさん。急ぎましょう!」
「……待ってよシヤラ婦警。あのアンドロイドたち、放っておくつもりか」
真剣な顔でシヤラの腕を取り払うえすか。汚れた白衣の中に明らかな苛立ちを覚えさせた。
「いやだって! あんなの、わたしたちじゃ、どうにも」
「"ならない"ってのは早計だよ。君1人では無理でも、今ならぼくが居る」
「な、なにを」
息を呑むシヤラに、えすかはこんな状況には不釣り合いな笑みを浮かべた。
さすがにこの時ばかりは、シヤラもこの江ノ島えすかという女が、相当ヤバい事を知った。
「彼らをコントロール出来る場所へ案内しろ」
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「アンディーをコントロールするって、アンタまじで言ってんの?」
ルビー・ヘイルストームが江ノ島えすかという自分より大分小柄な女に持った感想は「頭おかしいんじゃないの」だった。
だってこの白衣を着た馬鹿は、確かに見た目科学者の卵ぐらいの印象はあるが、所詮ただの区外民である。徹底的に管理された「居住区」のアンドロイドたちをオペレーション出来る程の知識も経験もまるで期待出来ないのは、当然だった。
「アンタらを護衛しろってならするけど、勝算が無いなら時間の無駄。こっちだってやる事あんのよ」
「それを承知してのお願いです! わ、わたしもそんな簡単じゃないと何度も申し上げたのですか……ひいっ、えすかさん止めて銃口を突きつけないで! 警察官にやる所業じゃないですよ〜!」
まるで威厳もへったくれもないシヤラに呆れつつも、ルビーはえすかを暫く見た後「あーもう分かったわ」と了承の意を示した。
「こっちも夏蝉からも相談があったわ、コントロールルームを使ってどうにかならないか、って。でもアタシの権限だけじゃ詳細なオペレーションは難しいのが現状。なら、少しはこの手の知識に詳しい人が必要よ――えすか、あなた警察のデータをハッキング出来たんですってね。捕まる前に希望を見せてもらうわ」
ルビーの言葉にえすかは戸惑いながらも肯く。護衛に付いてくれるのは構わんが、えすかとしてはてっきり、ルビーは殺されたものだと思っていた。
それが全くもってずっと生きてたかのような振る舞いに、自分だけ取り残されかのような感覚を覚える。
「……どういう経緯で彼女がここにいるか、後で、説明してくれよシヤラ婦警」
が、今は呑気に経緯を聞いてる場合ではない。事態の収束のためにも、そのコントロールルームとやらに向いたいところだ。
「ハッカーなんて絶滅したと思ってたんだけど、まさか区外に居たとはねぇ」
雨具の中で呑気にタバコを蒸しつつ、ルビーはシヤラからえすかの手を取った。
「行きましょ、ハッカーさん。素敵な地獄へ」
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真昼としては非常に困る。
何故ならルビーがえすかに取られてしまった今、彼女はただの一般区民でしかなく、やれる事なんて、一緒に残されたシヤラと仲良く身を守り合うくらいだった。
でも、これでいいのかもしれない。マンションの一件で背中に怪我を負ったのは事実だし、無駄に動き回って警察やフロントに迷惑を掛ける方が問題だ。大人しく、シェルターの中で騒動が終わるのを待っていればいい。
「…………」
雨が強かった。
一層強く降り頻る雨。真っ暗なこの世界に降る雨。生暖かい気温の地に落ちる冷たい雨。
「……兄さん」
時々、自分の記憶を支配するあの映像。空港駅で起きた災厄と循環の始まりとなる出来事。思い出せと言われても理論も理屈も屁理屈も鬱屈も全て全て巻き込む渦の入り口。
そうだ。自分はただの一般区民、で済まされない。現にこうしてゾンビたちを憎みつつも生きてきた。保たれる均衡の中で、スイーパーという名目でアンドロイドを使わせ、区外で見てきた――あの少女の事を。
自分の兄を殺した、そしてかつて友人だと思っていた、あの子の事を。
やる。まだ自分にはやる事がある。
伊知寺真昼はその影を追う。いくつになっても離れない影――伊知寺深夜の姿を。
「シヤラさん、わたしたちは犯人を追い詰めましょう」
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隣で暫く思案顔をしたり、ぶつぶつ言ったりしていた真昼にいきなり肩をつかまれたものだったので、シヤラは驚きつつ彼女の言葉をひとまず聞いた。
そして数秒考えてからこう思った。
(そういえば、真昼さんも頭おかしい側の人間だった……)
まあ、それに付き合うつもりの彼女も、同じ側の人間なんだが。
とりあえず、警察に平気で銃口を突き付ける危ない人間ではない事だけが救いだった。
多分。