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#011

夏蝉に案内されたそこは、金網で囲まれたショッピングモールみたいなところだった。

 ゾンビと言えばショッピングモール、みたいな定番なあれなのかはさて置き、拠点としては充分過ぎる大きさだろう。

 しかし「居住区」からは少し離れ過ぎている。車でも30分そこら掛かる感じだ。

「居住区への近道はあそこを使え」

 そんな心配をしてるのを察したのか、夏蝉が近くにあった瓦礫の山を指差した。近づいてみると、そこは地下鉄へ続く駅の入り口だと言うのが分かった。

「駅……? 電車なんぞ動いてるの?」

「例のバイオ戦争の被害を受けなかったのもあって、地下鉄は元々動くとこが多い。うちらが整備したのもあって、区付近は大方スムーズに使えるんだよ」

「なるほど。これで居住区まで早く着くって事ね」

 しかし使うのは緊急時のみと念押しされる。聞けば、区内の駅に直通のため、頻繁に来るための足にはならないとの事。そりゃそうか。

「運転は専用のアンディーがやってくれる。てめェはそのアホ面提げて土産のマーガリン片手に乗ってるだけでいい」

「アホ面言うなちび女」

 割と美少女値は高めなんだが。

「ちなみにこのモール、私たち以外に他の人はいるの? 他勢力のゾンビが居るとなるとちょっと厄介よ」

「オーナーは今んとこお前だけだ。ここは元々無所属ネクロシスの施設だからな。フロント管轄で交渉は不可だが、今回に限っちゃ手伝わせるくらいは許可してやる」

 行きゃ判ると説明省かれショッピングモール≪XEON≫とかいうパチモンくさい店舗の入り口を示される。

 他のオーナーが居る場合、ゾンビの特性的にバチバチする可能性があるのだが、はぐれネクロシス、言わば無所属については眷属外ではあるものの、脅威とは見なさない習性がある。なので大丈夫だろうという算段らしい。そんな上手く行く?

「凶暴なやつは凶暴でしょうに……まあ、フロント管轄なら平気か。マイちゃん行こう」

 いざとなったら夏蝉に仲裁してもりゃいいかと考え、私はマイちゃんと共に夏蝉の傘から出て、雨のショッピングモールへと小走りで駆けて行った。


 ###


「中は意外に綺麗……じゃないわね」

 ホラーでありがちなセリフを言ってみようとしたけど、モール内はてんやわんや、ゴミ屋敷みたいな様相を呈してた。そりゃそうか。ここに居るのはネクロシスであってもゾンビ。綺麗にしようとする訳ない。

にしても汚い。

電気がついてないのでよく見えないけど、床に赤黒いシミとか干からびた臓物的なのが落ちてるのは分かった。干からびた臓物ってそこはかとなく語感が良いのがあれだけど、ともかく、とても拠点とは言い難い。

「ひ、……う……うう、!」

 マイちゃんが声にならない声を出す。見た目直してあげただけあって、ぱっと見は可愛い子が怖がってるみたいで絵面的には良い感じなのはともかく、何か感じる物があったようだ……って、


「……その金髪碧眼、まさか<江ノ島>のお姉様かしら?」


 びゅん、と挨拶代わりに鋭利な刃物が後方から飛んできた。それをマイちゃんが反射的に弾く。いやいや敵意ありまくりの凶暴ゾンビじゃん! めっちゃ殺そうとしてきたんだけど!

「って、その声、まさかノヴァ?」

 振り返って、私はその影に問い掛ける。

 聞き覚えがあったのだ。

「ふふふ、ご無沙汰してたわね、"お姉様"」

 にっこりと無邪気に微笑んで現れたのは「ノヴァ」と呼んでいるネクロシスのゾンビだった。彼女はその昔私たちの勢力と一悶着あったのだが、それ以来は特に干渉なくやっていた仲……であったが。

 勢力解体があって音信不通かと思えば、まさかここに落ちてたとは。

「あんた、それにしても随分な挨拶ね……変わらない、と言えば聞こえは良いけどさ」

「既にそちらのお使いがいらしたんですもの。お戯れとしては良い塩梅ですわよね?」

 と言って、ノヴァはその愛らしい見た目とは裏腹の血塗れのメイド服(趣味らしい)で上品な所作の挨拶をする。

背中には肋骨みたいな形の歪な羽根を生やしており、これで空を舞ったり出来きる……なんとも珍妙なゾンビである。

 彼女的にはマイちゃんがある程度戦えるネクロシスと踏んで、先の行為なんだろうが、いつになってもやたら物騒な振る舞いをしたがるため、周りからの評判は悪く、勢力所属なんかも転々とする感じの、いわば問題児的な存在。

彼女らしいと言えばらしいけど。

「マイちゃん紹介するわ。彼女は"梅屋敷ノヴァ"……昔の知り合い。頭おかしいやつだけど、一応は悪者じゃないから、そんなに警戒しなくてもいいわよ」

 梅屋敷、と言うのは彼女が元々所属してた勢力名が<首都 梅屋敷>だったからだ。いつの間にか解体させられていたので私は詳しくは知らなかったけど、えすかの言ってた通り、例のスイーパー、ルビーによって潰されたらしい。ノヴァもネクロシスの方では腕が立つ方だが、その彼女を黙らせる力のあるルビーは割と凄いのかもしれない。

「ノヴァ、この子はマイちゃん。うちの新人よ。間違っても手出したら承知しないわ」

「あら、ありすお姉様ったら。そんな怖い顔しないでほしいですわ。先程のはただの挨拶なんですのよ」

「……それにしては随分物騒だったわね」

 危うく怪我するとこだった。洒落にならん。

「ひとまず謝罪くらいしたら?」

「あらあら、お2人共びっくりさせてごめんなさい。ちょっとご無礼でしたわね。お詫びと言っては何だけど、ゾンビの背骨スナックあげるわ。絶妙にカリカリして美味しいのよ! コレステロールゼロ! でもオメガ6はたっぷり!」

 謎の細長い物体を懐から取り出したノヴァは愛想の良い顔でそれで渡してきたけど、私はカニバるタイプの人間ではないのでお断りした。マイちゃんもそんなのを食す元気は無さそうだ。

 ノヴァは残念そうにしつつも「さて」と気を取り直し、怪しさを滾らせながらこちらを見た。

「ねえ、お姉様。ノヴァ、あの童女にずーっと閉じ込められててー、とーても、溜まっておりますの。ふふ、だからぁ、お戯れ出来る相手、探してるの。誰か良い子、いない?」

 ネクロシスらしく瞳に血の色が帯びるノヴァ。ミリィやマイちゃんと違って、ノヴァはトランスせずに戦うタイプだ。それゆえ自我ありきで殺戮を行うから、性格的にかーなりイカれてる感じ。だから近付きたくない。

 私がまだ彼女の顔見知りだから良いものの、見境なく人だろうがゾンビだろうが食い散らかす……そりゃ勢力も長続きしない。うちにも絶対入れない。

「閉じ込められてた? ふうん、てっきり待機場みたいな感じかと思ってたけど、そうじゃないって訳?」

 ノヴァは八重歯を見せてニヤリと笑う。

「規定違反者、なんですって。勝手に他勢力とのお戯れをするなと、とーってもお叱り受けましたわ。ノヴァとしては、あの電気女、殺したかっただけなのに」

 察するに、電気女はルビーの事だろうか。まだルビーがやられた事は知らない様子だ。

「要は、勢力解体後行く宛なくて、あちこちで暴れ回ってたって事ね。そりゃ捕まるわ」

「むう。お姉様もそう仰るのね。なら改めて反省するわ。ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げてるノヴァを見ると、いかんせんここで隔離してたのは効果があったのかもと思う。どうやってこの戦闘狂の暴走を止めたのは気になるが、今はいいや。

「ノヴァ以外にはネクロシスは居ないの」

 私はノヴァに向き直る。

「上階に。けど、なんかノヴァが声掛けしても怖がって出てこないの。初回のお戯れがお気に召さなかったのかしら。あの感じ、ありすお姉様でも厳しいですわね」

「あんたのせいやろがい」

 そりゃいきなり刃物投げてくるゾンビだもんなぁ、とか思いながら、しょうがないので私は本題に話を移していく。

<大宮>が解体された事、「居住区」にゾンビ型のアンディーが出た事、勢力のゾンビが野良の集団に吸い寄せられてる事。

 それらを説明し終える頃には、すっかり遅い時間となっており、ノヴァも事態の深刻さを受け止めているようだった。

「って感じよ。1番厄介なのは野良化しちゃうとこね。あんたもそこら辺は気をつけてほしい」

「お姉様」ノヴァは少し考えてから「それについて意見よろしいかしら?」と首を傾げる。

「野良化と仰ってるのは、恐らくエンパシステムの"マスカレード"ではないかと思いますの」

 えらく真剣な顔だった。"マスカレード"……なんだかきな臭いワードだ。

「一時的に我々ゾンビの眷属対象を別の物に変える……そうね、"鎖の繋がり先をすり替える"と表現したらいいかしら。つまりは、所属先を不正に書き換えるんですの。ですが、そもそもエンパシステムが稼働してない無所属――ノヴァのような"本当の野良"は、鎖自体ありませんわ。そう考えると、<大宮>の件を含めて辻褄があってこないかしら」

 ノヴァの話はあくまで憶測の域を出なかったが、私には理解出来る内容だった。要は、<大宮>で第一の野良化――勢力のマスカレードが始まり、それに伴いオーナーを殺害。そのまま勢力所属のゾンビたちの所属先を書き換え、まるで私たちが見るに、野良化したというのだ。

「そうか。ミリィとマイちゃんが同時に"マスカレード"されなかったのは、所属歴の長さが起因した、って言えなくないわね」

「ええ。ミリィには鎖の繋ぎ先をつなぎ変える充分な"長さ"があったんですわ。けどマイには"長さ"が足りなかった。だから無理やり引っ張った鎖は壊れそうになりながらも現状を保った」

「その結果、上手く喋れなくなった……珍しくこじ付けがちゃんとしてるわ、ノヴァ」

 皮肉で言ったつもりだったが、無邪気な笑みで返される。脳筋のイメージがあったが、そこそこ謹慎中に頭脳を身に付けられるのはネクロシスの特権か。

 しかしこれでアンディーたちの件とも繋がりが見えた気がする。ジャミングとマスカレード、ちゃんと共通項があったんだ。

 そうと決まれば――作戦を練りたいところだ。

 どうせ「やつら」は、「居住区」に向かって来るんだから。

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