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#010

『居住区外 旧江ノ島駅付近』


「どういう事よこれは!」

 必死だった。とにかく、必死だった。

「なんで野良ゾンビがこんなに襲ってくる訳ー!?」

 近頃ゾンビたちの動きが活発だとは思っていたが、野良がここまでうちに敵意向き出しとは恐ろしさしかなかった。

 まるでコントロールされてるみたいだった。

「ミリィ! こっち!」

「のいぃぃい! 敵多すぎぃぃいいいいいいい!」

 奇声(高音のフライスクリーム)を上げながら小ちゃい女の子ゾンビは野良ゾンビの群れから逃れる。「本島」から少し離れた道路ではあるが、凶暴な野良が湧き過ぎて脅威になっているため、ここでなんとか止めたかったのだが、いかんせん量が想像してたよりも多い。放置は致命的な影響を受けかねないし、何としてでも止めねばと思ったのだが。

 このままじゃ、うちらがジエンド。

「うじゃうじゃうじゃうじゃうざいいぃいぃいい!」

「落ち着いて。マイちゃんがやつらの背後からなんとか――」

 してくれる、って言おうとしたら、うちのもう1人のネクロシスは乙女らしからぬガテラル(デスなシャウト)とグロウル(デスなシャウト)をかましながら、ピッグスクイール(デスなシャウト)を文字通り悲鳴の如く上げてこちらに戻ってきた。相変わらずデスコアゾンビ。ひとまず敵の数に退散してきたのは分かったからいいが。

 しかし、これだと逆に囲まれた感があって手遅れになる。野良ながら向こうは数の暴力で潰しに来てる。

何か策を。

「おやかたぁあああぁぁあ! リルがああああぁぁぁああぁぁあああ!!!」

 するとミリィが叫び散らしながらあわあわし出す。見れば、彼女の相棒であるリルが野良の元へとフラフラ歩いて行ってる。いや、リルだけじゃない、うちの他のアポトシスもリルのように野良の集団に集まっていた。

「ウィルまで……! なんなの……これ……」

 知性体寄りの筈のウィルまでついて行ってるのを見て、急いで「本島」のえすかに連絡を取る。しかし風雨のせいか上手く音声が入って来ない。まさかえすかの方でも何かあったのか。悪寒が全身に走る。

 雨は相変わらず止まない。それどころか、日に日に強くなっている。

あの日と同じように。

「まさかと思うけど、うちらのゾンビもエンパシステムを……ああもう! そんなの反則だっての!」

 苛つきながら2人の手を掴んで私は倒壊したビジネスホテルの影に身を潜めた。ミリィがリルー!って叫んでるけど、下手に突っ込んだりしたら逆襲されかねない。逃げるしかないんだ。ここは、何とか、逃げるしか、

「……って、ひい! 誰!?」

 完全に及び腰の私に、建物の影に居た先客が声を掛ける。

「静かにしなって。君、ボスのくせに一々ビビリすぎ」

 誰かと思えばえすかだった。

「え、えすかぁ、ここに居たならさっさと応答しなさいよ……ばか!」

 涙目ながら抱き付くと足りない身長で私の背中に手を回す。避難してたんだ。安堵と共に襲うよりヤバイ状況である実感。

「アポトシスが尽く野良の集団に吸い寄せられてる。明らかに異常事態だよ。ぼくもさすがにボディガード無しじゃ命が危ないし、合流させてもらった」

「それは良いけど、どうなってるの、これ。皆野良になっちゃうの……?」

 濡れた前髪で目を伏せるえすか。

「わからない。でも言えるのは、何か"スイッチ"がある筈だ。一度確立されたエンパシステムを崩すだなんて、そう簡単じゃないんだ。人間の記憶と同じで」

 訴え掛ける言葉に、私の脳内に様々な考えが浮かぶ。そうだ。必ずなにがしかの原因があるんだ。人がゾンビになる際も原理があったように、彼らを野良集団に入れてしまう原因がある。吸い寄せられる何かが。

 再び、野良の輪を身を潜めて観察する。一見規則性のないような並びをしているけど、円状になって中央を囲んでいるのが分かった。そうか。あれに吸い寄せられてるんだ。あの中央に居る何かが――

「っ! まずい……!」

 そう身を乗り出した途端、えすかが突然倒れ込む。同時に鼓膜をつん裂く銃声と火薬の匂い。え、うそ、今撃たれたの? 唖然とする私の上に、血塗れの白衣が見えた。

「えすか!」

 力が抜けたように私に身を任せたえすか。左肩辺りから大量の出血をしており、小さく短い呼吸を繰り返している。

「手当てしなきゃ……!」

「や、やめろ。そんな悠長な事してると、君まで、巻き添いを食う……」

「で、も」

「まだ、動ける。ひとまず、ここから離れよう……やつらから見つからないとこに………………ごめんね、江ノ島、乗っ取られちゃうね……」

「いい、そんなの、いい」

 えすかの方が大切だった。自分のテリトリーなんて彼女のためならくれてやっても良かった。

 私は仲間を守りたい。奪われてしまったのなら、必ず取り戻したい。例え何も感情を持たない生物だと言われても、私たちのエンパシーは奪わせない。

 だから、ここはえすかの言う通りにしたい。今私が死んだら元も子もない。私は急いでマイちゃんにえすかを背負わせ、ミリィの手を引いて建物から離れようとした。

 ……が、ミリィの様子がおかしかった。

「な、ミリィ……?」

 手を握っても反応を示さず、顔を伏せて動ここうとしない。雨でぐっしょり濡れた前髪が彼女の赤い瞳を隠す。

「……ぎぃいいいぃ」

 酷く痛々しい唸り声のようなものを上げた。今まで聞いた事のないそれに、私は危ない予感を感じ取った。

 再び銃声が鳴る。近くの瓦礫に当たった。

「い、い、ぃぃいいいい」

 敵意だった。

こちらを見上げたミリィの目は敵意に溢れていた。

 一歩、また一歩、少しずつこちらに襲い掛かろうとしてるのが分かった。アポトシスだけでなく、ネクロシスですら操られていたのだ。もはや逃げる以外の選択肢など無かった。声にならぬミリィへの感情が、溢れそうになった。

 …マイちゃんも、時間の問題なの、か。

 どうしよう。このままマイちゃんを連れ立ったら私たちも餌食に……かと言って私1人でえすかを背負って逃げるなんて到底――!

「ああもう……! 行くわよマイちゃん!」

 自分がえすかを背負う背負わないの前に、マイちゃんが敵になる事を前提に考える方が嫌だった。合理的じゃない? 知るかよ。決めるのはボスである私だ。ミリィは残念だけど、大丈夫、必ず戻してあげるから。そう誓って私はシヤラを出迎えた時のキャンピングカーが近くにあるのを見つけ、急いで駆け込んだ。

「えすか、マイちゃん、こっから離れるわよ。運転荒くても怒らないでね」

 江ノ島の波音だけは、静かなままだった。


 ###


『居住区 某所にて』


「ゾンビたちが吸い寄せられただァ?」

 えらく不機嫌な声をさらに不機嫌気味にして、夏蝉は従者の報告を聞いた。なんでも、区外のゾンビ勢力たちが<大宮スクエア>の解体からというもの、崩れ始めているとの事だった。

「はっ。なんでも、眷属化を解除させ、勢力のオーナーすら襲うような状態とか」

「冷蔵、そりゃロクでもねェジョークだな。<大宮>の時と同じ現象が起こってるって事だろ……こっちはただでさえ、アンディーモールの一件の調査に追われてるってのに、面倒だな」

 冷蔵、と呼ばれた夏蝉の側近を務める男は、その後も細かな情報を夏蝉に伝える。彼女の言う通り、現在フロントはゾンビ型アンドロイドの件で手一杯だった。それゆえ、あまり<死羊使い>の仕事が出来ていなかったが、ここでゾンビ共も一悶着とは、中々骨が折れる機運。

 忙殺に疲弊の色を隠せない夏蝉の元に、今度は別の従者が報告に来た。それを夏蝉は、舌打ちで答えた。

「んだと。オイ冷蔵、早急に10番ゲートに車を出せ。今自動運転車は規制されてるからてめェの運転でだ」

「はっ、直ちに」

 と答えたものの、「しかし10番ですかなどと若干の不安を見せられる。

 周りの喧騒と未だ降りしきる雨が「居住区」全体に黒々としたものを漂わせていた。


 ###


『居住区 旧京急エリア10番ゲートにて』


 非情であった。

「ちょっと、こっちは急病人が居るのよ! なんで区内に入れてくれない訳!」

 頭に血が上る。えすかの手当てが必要だったため1番近い「居住区」の入り口まで来たのだが、どうも予め立ち入り許可書が手配されてないと入れないらしい。

 しかも、だ。ここの門番的な人、ゾンビを連れてるって言った瞬間態度を変えやがった。

 私に対してならまだしも、さすがにそれは差別的だ。教育がなってない。

「だからさーお嬢さん。区民はゾンビに免疫なんぞ無いの。いきなり連れて来られても混乱を招くだけ。その辺分かってよー」

「じゃあ急病人だけでも手当てさせなさいよ。ここの管轄はフロントでしょ。行政らしく仕事しなさいよ仕事!」

 普段は常識わきまえてる感じで話してやってるが、今回ばかりはそれだと通らないのはすぐに理解した。区内でも事件が起きているため、区外民に構ってる場合じゃないんだ。だからと言って、はいそうですかと引き下がる訳にもいかない。精々手当てさせる道具があれば何とかなるんだが……他勢力に応戦要請してこの詰所燃やしてやろうかしら。

「ったく、相変わらずカスみてえな強引さだな<江ノ島組>」

 と、犯罪者的な事を考えてたところ、えらく不機嫌な声が奥から聞こえた。

 吊り上がった威圧的な目が、私と合う。

「あら、フロントのお偉いさんがこんな末端になんの御用かしら」

「出迎えてやったのにその態度ねェ。あーだから区外民は嫌われんだよ。いいから早くその白衣女をこちらに寄越しやがれ。救護室に連れてく」

 夏蝉だった。久方振りの再会なのに全くもって懐かしむ余裕なんて無く、私は彼女の従者に手っ取り早く状態を伝え、えすかを預けた。

「えらく物分かりがいいのね。珍しい事もある」

「信頼って言葉を知らんのかねェ、こいつは。ほら、状況を説明しろ。もちろんこの場でな」

 夏蝉が私の後ろにいるマイちゃんを睨む。なるほど。そこは立場的に譲れないという事か。

「勢力内のゾンビたちが野良に巻き込まれたわ。多分、<大宮>の時と同じ」

 私が言うと、夏蝉は門番を退席させて、暫く考える様子を見せた。

「てめェが後ろのゾンビを連れてるのは、急にそいつが野良化して殺されても構わないって腹づもりかもしらんが。それを区内に入れて区民が殺される方がよっぽど厄介だぜ。ひとまず、最低限の支援はしてやる。だから居住区からは離れろ」

「…………あなたが言うならそうする」

 冷静になってみれば確かにそうだ。えすかの事で頭が一杯になってたが、夏蝉が言うようにゾンビ側のためにも「居住区」に入るのは避けた方がいい。

 だが、あの野良の集団を見るに「居住区」も時間の問題だ。確実にターゲットにされる。

「なんだその理由は」私の考えに夏蝉は一呼吸空けて尋ねた。

「憶測になるけど」「構わねェ」「野良集団の中央に、"スイッチ"がいるわ」「"スイッチ"だあ?」「ええ。ゾンビたちの眷属化、エンパシステムを解散させ、自分たちの仲間に一時的にするような――」

 私の見てきた事とここに来るまでに考えた推理を伝えると、夏蝉は何か納得した様子で席を立った。どういう算段なのかは不明だが、意見は私と同じような気がした。彼女もまた「居住区」のオーナーだ。通ずる部分があるのかもしれない。

「オイ江ノ島。区内と区外、アンディーとゾンビ共、それぞれ同じような事象が発生してるのはお前も知ってる筈だ。つまり、てめェの言う"スイッチ"をぶっ壊さないと区内外挟み撃ちで大混乱……それをやれるのは、"ソイツ"だけって事か」

 夏蝉の視線が私の後ろに向く。トランス状態を解き、おずおずと隣に来た仲間(ゾンビ)、マイちゃん。

「……あ、あう……あ、あ」

 が、"スイッチ"の影響か、トランスを解いても言葉が詰まってしまうマイちゃん。やはり彼女も侵されてしまう危険性があったという事だ。

「いい。てめェんとこの、もう一体のネクロシスは」

「……ミリィは」

 私の言葉に察したのか夏蝉は頭を掻きむしりながら、首を横に振った。

「はぁ。まだ生きてんだろ。なら、取り戻せやいい」

 元々うちは小さな勢力だ。だから、解体なんて起きたらすぐに壊滅する。

 ネクロシスもたったの2人。それでも何とか生きてきた。

 今回も、しぶとく生きてやるしかない。

「ついて来い、区外にてめェら用の陣地を作ってある」

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