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#009

『居住区外 江ノ島にて』


 えすかから「居住区」でアンドロイドの遺体の一部が発見されたという情報を知ったのは、午前5時の頃、寝起きの体がパキポキ言ってるのを感じながら彼女の元へと向かうと、既にシヤラとビデオ通話をしているところだった。

『発見された遺体の一部は、ルビー・ヘイルストームというハイブリッド型のアンディーです。ドラグラ社のプロダクトの中でもかなりの上位種のタイプで、普通はお偉いさんのボディーガード等に使われるのですが、彼女の場合はボディーガードとしてではなく"殺し屋"として雇われていました。本日未明、彼女の右腕と思われる体の一部が居住区内の、旧品川にて発見されました』

 シヤラの緊縛した口調に背筋が伸びる。私が来たのに目で挨拶して、シヤラは新たに被害者を生んでしまった事件の詳細を説明していく。

『……といった状況になります。現在居住区全体に緊急事態の勧告を出し、区民の外出を制限して対策をしてます』

 その説明を聞き終わると同時に、えすかが冷めたコーヒーを飲み干して、被害に遭ったルビーというアンドロイドについて尋ねた。

「彼女が殺し屋って点が穏やかじゃないな。日常的に危ない事をしてたんだろ? 今回もそれに関係したんじゃないのかい」

 私もその点については同意見だった。何故シヤラがこちらに連絡を寄越したのかも含めて、もう少し詳しく話を聞きたい。

『まず、江ノ島のお2人はルビーさんについてはある程度ご存知かと思います。彼女は殺し屋を生業としていましたが、その対象は人やアンディーはなく、あなたたちが従えるゾンビですから』

 その言葉を聞いて、えすかが「ああ、そういえば」と呟いた。ついて行けてない私は何のこっちゃ分からないけども、何かしらの情報をえすかは知ってるようだ。

「どこかで聞いた事のある名前だと思ってたけど、そう言われて思い出したよ。ルビー氏っていわゆる掃除屋――≪スイーパー≫か」

『そういう事になります』

 これにようやく私も納得した。スイーパーってのはまさにお掃除をする人で、無限湧きしやすい野良ゾンビたちを定期的に狩ってくれる職業だ。人によっては≪均衡屋≫とか、≪検閲班≫とも呼ぶ。つまりは、ゾンビ勢力に属さない野良ゾンビが「居住区」に侵入しないようにするお仕事。ウチらとしては仲間にするゾンビが減っちゃうから否定的な意見もあるけど、「居住区」側と共存する意味でもありがたい存在である。

 んで、ルビーはそれを担当していたアンドロイドだった、と。

「スイーパーさんだったのね。私は会った事ないけど、えすかは顔見知り?」

「ぼくも情報としてしか知らないよ。ただスイーパーってのを表向きに、裏で結構黒い事をしてるらしい。ほら昔さ、旧東京に<首都 梅屋敷>って勢力あったろ、頭おかしいネクロシスがいたとこ。あそこを裏で潰した」

「ぐえ」

 乙女らしからぬ声が出た。マジもんの殺し屋はさすがにノーセンキューである。

「彼女、性格も割とイカしてるみたいだけど、雇い主がゾンビ嫌いで、勢力潰しも容赦無くするらしい。少し前の話だけどね。なんでもその雇い主――過去にお兄さんをゾンビに殺されたとか」

 しん、と一瞬寒気が走った。えすかの目がどこか意味深にこちらを向き、空気を重くした。

 ……私はそれにいすくめられるように、口を閉ざした。

「なんて、あくまで噂だから知らんけどさ。とにかく、そのスイーパーの話が殺された件に戻ろうとじゃないか」

 何か言いたげなシヤラの表情に違和感を抱きながら、事件の詳細について話題が戻る。

『お2人に連絡したのは、この遺体の一部に、ある痕跡が残ってたためです』

「痕跡?」

 首を傾げるえすかの背中越し、私はシヤラの言わんとしている旨を察した。

 こちらに連絡を寄越したという事は、そういう事なんだろう。

「ゾンビに関する痕跡、即ち、噛みつき跡ってとこかしら」

 私の回答にシヤラは頷き、えすかは眉間にシワを寄せた。

「勢力所属のゾンビは一体一体<死羊使い>が管理してる筈だ。だから本物のゾンビが居住区民に手を出したら、歯形なり監視カメラですぐに割り出せる。でも、今回の犯人も見つかってないんだろ? そうなると」

『ええ。ご推察の通り、<江ノ島>も被害に遭った、例のゾンビ型アンディーです』

 合点がいった様子で、えすかが別のパソコンで調べ物を始める。私にはよく分からないけど、何かのログを見てるようだった。

「ふむ。確かに居住区の侵入感知システムには異常を知らせるログが無いね。要は居住区内での犯行か」

「……ねえ、えすか。そのログっての、うちらが見ていいものなの?」

 目を逸らされた。

 暗黙のあれとそれ。はい。

「シヤラ婦警。警察の方でもゾンビ側の潔白は証明できてるのかい」

「は、はい。見つかった右腕の噛みつき跡をDBに照合させましたが、どの勢力のゾンビとも形状が違えると。また、勢力所属してないゾンビは居住区内で検知される筈ですが、アラートなども挙がっていない状況です」

 噛みつき跡について、シヤラの説明によれば、通常のゾンビであれば人間の歯と同じ形状の跡が残るため、結果的には抉ったような形になるらしいが、今回の場合、丸々剥ぎ取られたような跡だったという。

『かなり鋭利かつ、噛み付く力が強かったようでして、どうもゾンビにしては綺麗に抉れてたんです……うぐ……だから、これは、アンディーの線でないか……と……うえぇ』

 言ってる間に思い出したのか、顔色が悪くなるシヤラ。なんかその顔好きになって来たんだけど。もしか性癖曲がってんのかな……確認したいのは、例のアンドロイドの仕業で確定かだ。

『す、すみません。えー、ゾンビ型アンディーのアイアンヘッド65型の設計情報と照合したところ、これが一致。監視カメラの映像からも間違いないという結論になりました』

「そうなると、居住区と区外の襲撃、どちらも派遣されてたって感じね。で、やっぱり犯人の目星は付いてないんでしょ?」

 少しバツが悪そうにシヤラが答える。

『はい。同一犯で確定なんですけど、どうも手掛かりが少なくて……それに、影から操ってるかのようなやり口がここまで用意周到なのは初めてでして、正直うちもお手上げです』

 諦めるのが早いと言えば早いけど、警察は基本的にちゃんとした証拠がないと動けないのは、いつの世も同じ。だからきっと、まだ情報がないかとこちらに連絡を寄越したのだろうし、やろうとしてる事は警察として普通だと思うが……こちらも当該のアンディーについてはそこまで詳しく知らない。

「ちなみにだがシヤラ婦警」えすかがネットの記事を画面共有しながら尋ねる。

「ネットでは不審なタクシーが居たってあったけど、それもスカだったのかい」

『ええ、残念ながら』

 聞けば、このルビー・ヘイルストームが事件に巻き込まれた際、不審な自動運転タクシーが居たとの事だった。なんでも彼女とその主はこのタクシーに乗車して目的地に行ったのだとか。

『確かにアンディー用のジャミング装置が設置されてたのは発見したのですが、内部情報含めデリートされてて、もぬけのからだったんです。一部の区内のセキュリティシステム側でもこのジャミングは検知してるのですが、不明なエラーコードを吐いただけで解析不可でした』

「なるほど。タクシー内でも仕掛けがありそうだね。区のセキュリティに受信されて困る信号をカットするような、そういう装置が」

 シヤラとえすかで互いに情報交換し合い、私もそれを聞いて話をまとめて行く。その中でふと、シヤラが私に視線を合わせて訊きたい事がある、と告げた。

『江ノ島のお2人、というより、ありすさんにお尋ねしたいのですが――』

「ぼくは外した方がいい?」と、えすか。

『……いえ、どっちみち向き合う事になるでしょうから、同席してください』

 すると、シヤラはとある映像を画面共有してきた。思わず前屈みで見る私。これは……

『先程、ジャミングの際に街のセキュリティシステムに不明なエラーが吐かれている旨はお伝えしました。そのエラーは識別値が振られておらず、システムが認識出来ない、なんらかの予期出来なかったエラーかと思ったのですが、一点、興味深い動きをしました』

 少し息をつくシヤラ。そして共有画面に特定の文字列に色を付けたログが表示される。

『お送りしたのは、システム内の稼働プロセス参照コマンドの実行結果です。OSで標準稼働の物を除くと、こちらの想定しているよりも、3つ多く実行されているプロセスがありました。それらの名称は――


 Invade,Destroy,Reqeat』


 その単語を聞いた瞬間、何か、とてつもなく、逆流するような感覚に襲われた。


知らない。私はそんな単語、本当に知らないのに、何故ここまで身体が反応する……頭が痛い。

「ありす……!」

「いい。大丈夫、よ」

 椅子から崩れそうになった私をえすかが支える。近くに置いた水を飲み、一呼吸して座り直す私。なんだ。今のは。

「シヤラ婦警。どういうつもりだ」

 珍しくイラついた声音のえすかに、シヤラも少し焦りながら説明した。

『ち、違います。こちらも想定外に反応されたのでっ』

「……なるほど。最初からこれ目的かい」

 何かを察し、落ち着きを取り戻すえすか。彼女は何を察したというのか、私にはよく分からない。分からないが、確実に言えるのは、これはきっと、シヤラが「私にしか」試せなかったである事。

 つまりは、ゾンビのオーナーにしか試せなかった事。

『……ではえすかさん。アンディーとゾンビの"共通項"について、ご存知ですか』

 意を決したようなシヤラの表情に、これが重要な意味を持つ事を悟った。

 えすかは慎重に言葉を考え、選ぶ。

「――エンパシステム、か」

「どういう事、えすか」

 身体が重いのに耐えがら彼女の白衣を掴む。エンパシステム。それはゾンビたちに備わった眷属の概念で、彼らたちのアイデンティティ。複数で行動するのを是とし、特殊個体のネクロシスは人間との共存に応じる。<大宮>の時も、これにより解散たる状態にさせられ、勢力が崩壊した――

 そうか、「居住区」のアンドロイドも同じなのか。

『アンディーは元を辿ればプログラム、基い、機械的な生命体かもしれません。ですが彼らもまた、人間やゾンビたちと同じく"生きている"。完全な一致とは言えなくても、アンディーは人間と居る事を好むようになってきたんです』

「人間との結び付き。それが"共通項"って訳か」

『はい。その結び付きが強くなるに連れて、共感性も増幅していく。まして相手はゾンビとアンディーです』

 ここまで言われて私もさすがに理解できてきた。これまでの話をせんじつめれば、ゾンビたちと生活をする人間たちはゾンビ自体にも共感し始めた。そして、オーナーという特異な体質である私に至っては、彼らの感情や――「記憶」についても共感しようとしている。

「……全く、古臭い漫画みたいな展開だわ」

 そう。これは、ゾンビたちの「記憶」。

 正確には、ゾンビになってしまった人たちの記憶。

『その昔、バイオ戦争があったのは周知の通りでしょう。そこで人体実験があったんです。言わば、生命兵器のための実験です。それに参加させられた人たちは、ある"合言葉"と共に実験に臨んだんです』

 ――それが


『それが、侵略(インベイド)破壊(デストロイ)。繰り返せ(リピート)』


 まさしく電撃だった。びりびりと身体中に走る嫌な感覚。だが、耐えられない程ではない。さっきは驚いたせいで崩れそうになったけど、今なら平気だった。

 ああ、なんとも恐ろしい事か。

 こんな言葉で、ここまでになるとは。

「シヤラ婦警。これがジャミングの際にセキュリティ側のプロセスとして追加されてたってのは、システム側もある種"思い出した"って事か」

 えすかの目が鋭くなる。 

『当て付けっぽいですが、"人間が作り出したゾンビ"と、"人間が作り出したアンディー"でも、共感、共鳴し合ってる……という事ですかね。全ての初めとなった人体実験から、"忘れるな"と意味合いを込めて……実際、これらの単語は、アンディーが不明なキップル――ゴミを溜めてしまった際にもログとして出るみたいでして、わたしもセキュリティ装置のログを調べて驚きました」

「なんてこった。この一連の事件は繋がってたのか」

 静かに唇を噛んだえすか。アンドロイド――アンディーとゾンビ、ましてや「居住区」のシステムに至るまで、私たちは繋がれている。鎖のように。それを実感させられるのは中々に不気味で不愉快だ。だからこそ、この一連の事件、たった1人のアンディーが犠牲になった、というだけで済まされぬ問題だ。

「ねえシヤラ、この事件、犯人に目星は付いてないって言ってたけど、何かしらの手掛かりは無いの? 放置してるともっと恐ろしい事が起こる気がするわ……それこそ、全てのゾンビ、アンディーのエンパシステムが解散され、人間を襲い始めるかもしれない」

 私の問い掛けに、シヤラは『一点だけ気になる点が』と声を潜める。

『実は、居住区の複数の監視カメラに同一の人影らしきものが映ってました。最初はスラムのキップラーか何かと思ってたんですが、どうも違うようでして』

 そう言うと、小さなウインドウに監視カメラからキャプチャされた画像が共有される。全体的に暗く、解像度も粗いため、人影と言われてもアンディーなのかもよく分からないレベルだが、確かに複数の拠点に同じような体躯が映っていた。

 一見しただけでは手掛かりとも呼べない。が、私はその人影が持つ、"ある物"が目に入り、シヤラの言いたい事を理解した。

「……シヤラ、居住区のアンディーたちって、武器の所持は認められてないのよね」

 ぽたりぽたり、私の中で大きな氷が溶けていくような感覚があった。今までずっと凍らせていたモノが、少しずつ崩れ始めている。

『はい、ご認識の通りです』

「武器、例えば銃を保持してた場合、どうなるのかしら」

『アンディー側に搭載されているセーフティアラートと呼ばれる機能が銃の保持を認識し、付近のセキュリティシステム及び、警察、フロント側のアンディー管理端末に通知を飛ばします。武器の保持は許可されているアンディーだけですから』

「この人影は、その許可してるアンディーかしら」

 私の指差した「そいつ」は、どこか見覚えのある、「それ」を持っていた。

『いいえ。例え肥溜のキップラーだろうが、"アンディーであるなら"居住区のセキュリティシステムがすぐに反応します』

「けど、反応してない。って事はつまり――」

 溶けていく氷は、やがて私の頭の上に色を変えて落ちる。

 透明ではなく、真っ赤な血の色に変えて、雨のように降り始める。

 酷く、冷たい雨が。


「アンドロイドじゃない――人間って事よね」


「記憶」は捨て、循環する。


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