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インベイド!デストロイ!リピート!

これはメッセージであり、警告である。

ここから逃げる事も、避ける事も出来ない。

我々はこの星を焼き尽くす侵略者(インベイダ)となるのだ。


侵略_破壊!繰り返せ!侵略_破壊!繰り返せ!侵略_破壊!繰り返せ!侵略_破壊!繰り返せ!

侵略_破壊!繰り返せ!侵略_破壊!繰り返せ!侵略_破壊!繰り返せ!侵略_破壊!……インベイド!デストロイ!リピート…………Invade!Destroy!Repeat!Invade!Destroy!RepeatInnnnInvvv


##########################

エラー5000:

 羊は死にましたか? (yes/....

##########################


 腐敗の匂いが混じっていた。

 認識できるのは絶望より、恐怖の感。何もかもが、すべて崩れ、壊れ、腐っていた。

 薄く硝煙。影からは息を呑む、音。

 暗闇の中に響く血生臭い調べ。

「早く逃げなさい!」

 張り詰めた女性の叫びが、空港駅の構内に木霊す。

 湿り、無機質な滴り。背後の金属の壁には赤黒い色彩が浮かび上がり。

 一瞬の出来事だった。

 少女の前で、女性は「食われた」。

「……げ、なさ、い」

「っ」

 そして少女はすぐ近くに何が居たのか理解した。

 たった数メートル、そう、目の前に居たのだ。"そいつ"が。ただ佇んでこちらを伺っていた。

 彼女の身体に生々しい跡を残した犯人が――その、悪魔(ゾンビ)が。

 涎を垂らして。すぐそこに。

「…………っ」

 目を見開き身動き取れない少女。小太りの男性の原型を残したそのゾンビは血走った眼球を向けていた。電灯が切れ暗くてよく見えない筈なのに、はっきりと、このゾンビがこちらを見ているのが分かった。

これは、完全に狙われているのだろう。自分を逃してくれたあの女性と同じようにされる。そう思った。

「が。がぎぎき」

 ゾンビの歪んだ口元が奇妙な音を鳴らす。酷く、低くて不愉快な音色だった。少女の額から汗が噴き出す。

「げぎげぎぎぎぎぎぎごが」

 目をつぶった。もうダメだ。悲鳴も反撃も思い付かず、少女はただ震えていた。

 死ぬ。頭を腹を身体に風穴を開けられて、食われて――他の人たちみたいに噛み殺され、自分は死ぬ。

 そしてきっと、自分もこのゾンビと同じように人を喰らうのだ――感染して、ゾンビとして生まれ変わって。

 そんなの絶対に

「…………え?」

 死を覚悟し震える少女。しかし、ずっと待っていても、ゾンビは静止したまま彼女を見ていた。ただ観察するように、ただ少女の姿を確かめるように。

 おかしい。ゾンビだったら人を見つけたらすぐに手を出す筈だ。

 なのに、なぜ、自分だけ――


 強烈な銃撃音が聞こえた。


「っ、ありすちゃん大丈夫か! こっちへ!」


 酷い耳鳴りと衝撃に驚く少女のもとに、暗闇の中から酷く汚れた格好をした青年警官が走ってきた。

 彼はこのゾンビ騒ぎから少女を助けに来た警察官であった。ちょうど彼が外の様子を見に行ってから先のゾンビに出くわした状況で、女性の悲鳴を聞いて急いで戻ってきたのだ。

 膝に手をついて息を整えると、少女の手を掴んで走り出す。外は雨が降っていたのだろう、全身が濡れており、未だ雫が滴る。

ゾンビの方は生暖かい液体をぶち撒けて崩れ落ちており、小さく痙攣をしていた。

死んだの、か。今ので。

少女の手を引く青年警官のもう片方の手には、細長い軍事用のライフル銃が握られている。警察というより自衛隊か軍隊のような装いはその実、もう見慣れている。

 焦げ臭さが気持ち悪い。少女はただただ、青年警官に手を引かれるだけだった。

「大丈夫だったか、ありすちゃん。悪い、見張りのやつが手間取っちまって。間一髪になった」

 青年警官が軽く視線をこちらに向ける。僅かに照らす切れかけの電灯が、彼の濡れた服に返り血らしきものを浴びているのを判らせた。ポケットからはみ出たタバコの箱はボロボロだ。

「……あの、」

「チッ。まさか構内とは言えあんなところに入り込まれてるなんて。どうなってるやがる。線路も封じてるのに――」

 再び電灯が消えた通路へと出る。すると、正面に出口階段があった。助かった。あの階段を登り真っ直ぐ行けば、この構内から出られる道がある。

 階段を登り切り、通路を直進しようと足を急がす。が、青年警官の足は止まっていた。

 理由は単純だった。

 通路にあるひび割れた大きな窓ガラス、外の街の光が降っていた雨に反射し、その歪な影を見せる。

 彼と同じように、右手にライフル銃を持った、そいつを。

「え、」

 青年警官の口から吐息が漏れる。それは、驚きと絶望を表す。

 冷や汗。目眩。息切れ。

 頭が真っ白になった。

「お前……伊知寺、か」

「ぎひ」

「どういう事だ…………さっきお前はオレを庇ってゾンビに食われ……」

「ぎひひひひひひひひ」

 青年警官の腕に力が篭る。痛いという程に少女の手を無意識に掴み、息が荒くなっていた。

 ゾンビと化した青年警官と同僚だったものは、濃紺の警察服を雨と血で汚したまま、右手に握られたライフルを構えていた。

 やる気だ。

「こっちだ!」

 青年警官が構内にある近くの飲食店へと転がり込むようにして逃げる。少女も引っ張られて暗い店の中へと身を隠す。

 すぐに鈍い銃撃音が鼓膜を劈いた。

 やつが撃ったのか。

「同僚を襲ってくるなんて笑えないな」

 青年警官が飲食店内のカウンターの下に少女を連れ、様子を伺う。不愉快な生暖かい空気が、彼の濡れたシャツに一層汗を含ませる。ライフルの弾倉を確認するため、少女から手を離した。

「あの」

 少女が絶え絶えの息をなんとか整えて青年警官に小さく言う。

「ん、どうした」

「ゾンビって、普通だったらすぐに人を襲いますよね。今みたいに、すぐに」

 少女の方を見やる青年警官。

「ああ、やつらに自我は無いから、ただ人類を捕食対象としか見てない。だから見つけたらすぐに襲いかかるんだ。大抵、ありすちゃんも今まで散々見てきた通り、ああやって呆気なく――って、おい!」

 青年警官の焦った声が飛ぶ。それもその筈だ。少女が隠れていたカウンターから出て、店に入ってきたゾンビの前に立ち塞がったのだ。急いでライフルを持ち直し、構えようとする青年。しかし、手汗で上手く握れない。

「何バカな事を! すぐにこっちへ!」

「………」

 ゾンビと対峙する少女。その小さな身体を視界に捕らえたゾンビはライフルを向ける。ああ終わりだ。さっきちゃんと手を掴んでいれば――そう思って身を乗り出そうとした時。

 銃声が鳴った――少女のすぐ近くで。

「は?」

 悲鳴を上げる間もなく、ゾンビのライフルの餌食となった。しかも至近距離。食らったら死んでいる。

 ――少女は無傷だった。

 変わりに撃ち抜かれたのは、カウンターの真下だった。

 顔を出した青年警官の頭蓋が散っていた。

「…………」

 少女はその凄惨な光景を少し距離を置きながらも見ていた。ゾンビが店内に入ってきて、自分ではなく、隠れていたカウンターの下に向かって歩いた、その様子。

 ゾンビはライフルの引き金に手を置いたまま、その場で止まっている。青年の死体を食らうでもなく、まだ他に店内に獲物が居ないか見ているようだった。

「…………ふう」

 息を吐いて、少女がゾンビの元へと近づく。立ち向かうのではなく、対峙するために。ゾンビはそんな少女の姿を目視しても尚、彼女に銃口を見せない。

 何故か。

「……あの、伊知寺さん」

 掠れる声を咳払いして、少女はゾンビを見上げた。ゾンビは彼女の言葉を理解しているようには思えなかったが、ゆっくりとこちらを見た。

「もう、ここには誰も居ません。あっちへ行ってください」

 無駄だとは分かっていても、少女はゾンビへと言葉を投げ掛ける。手を非常口の方から逆方向へ向けて、ここから離れるように、と。

 すると

「…………」

 動いた。

 まるで壊れかけの玩具みたいに、ゾンビは踵を返して徐に店を出た。まさかだった。まさか本当に自分の言葉通りになるとは思わなかった。

 再びゾンビへと近づく少女。手で銃の形を作り、自分のこめかみに突きつける。


 確信した。


 何故あの女性が襲われた時に、自分だけ襲われなかったのか。カウンターの下に隠れていた青年警官だけが狙われたのか。


 そして、


「伊知寺さん」


 なぜ、


「その銃で」


 ゾンビは


「死んでください」


 自分の命令に従うのか。


 鈍い轟音の中、不愉快な血飛沫が舞う。

 少女は自身の金色の髪に浴びた血を、その小さな手で払う。

 通路の窓から外を見れば、雨の中逃げていたであろう人間らを、ゾンビの群れが食っていた。そして一匹のゾンビが少女の姿に気付くと、全てのゾンビが手を止め、こちらを見てるのが分かった。

 結局外に出ようが、やつらの手からは逃れないようだった。少女は窓越しに、試しに手で奥の方を指してみた。

 自分の向けた方角に間もなくして、ゾンビどもはのろのろと散開して行った。

 ああ、何て事だろうか。なんでこんな事になっていたのであろうか。

 彼らはずっと「助けようと」していたのだ。

 大人たちに引っ張られる少女を……人間たちに拐われた己らの主人を。

 本能に従って。


 いつの間にか――私はゾンビの支配人(オーナー)となっていた。


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