音ゲー学概論 音ゲーにおける「癖」とは(簡易版)
以前、音ゲーにおける「癖」という概念に関連する事項を、かなり網羅的かつ詳細に認めた大作雑談を公開した。
もし全文シッカリ読んでもらえれば、癖と「癖」の定義から音ゲーの成長論の一端まで理解出来るし、特に大衆と誤解の部分は音ゲーのみならず全てに活かせる。
しかし大ボリュームにすればする程、読者は減ってしまう。そして本筋部分の理解を誤る方は増えてしまう。
勿論そんなことは重々承知の上で、可能な限り詰め込んだ雑談を広大なインターネット上に投げている。
しかし、先日自分が思っているよりも伝わっていないことが判明してしまった。
正直結構悲しかった。まだ読者を信頼し過ぎているのやもしれぬ。それとは別に、自分の文章力不足と詰め込み癖も想定より酷いのかもしれない。
ということで簡易版を出す。
音ゲーにおける「癖」について一番伝えたい部分だけもう一度雑談しておく。
本雑談の一番のポイントは『音ゲーの上達の過程を解析した結果から、現在「癖」と呼称されている概念が自然と登場する点』である。
他の書き手は、音ゲーにおける「癖」の説明をしたりどういう悪影響があるのかを書いたり具体例を示したりはしているが、全て「癖」という概念有りきで話が進んでしまっている。
本雑談では存在証明を行った上で「癖」を定義し、説明と応用をしている。
以下は過去雑談の抜粋である。
何か納得が出来ない部分があった場合は原文を読んで欲しい。
音ゲーを上達する上で、自分が当たり前に捌ける配置を増やすことは重要である。
様々な楽曲で数多の経験を積む事で、最初は歯が立たなかった配置も、偶に上手く対応出来るようになり、自分なりのコツやポイントを見つけて徐々に成功率が上がり、最後には突然流れてきても当然のように処理出来るようになってゆく。
上記の過程を別の言い方にすると、行動を習慣化し反射的に出来るようにするということである。
行動の習慣化は、頻繁に取る行動の効率を上げる為に有用である。しかし一度形成された物を修正することは困難である。脳科学のお話。
音ゲーを遊んでいると行動の習慣化は数多の項目で遂行されてゆく。
意識的にも無意識的にも形成されるそれらを全て制御して上達出来るプレイヤーがいたら、人間の域にいないか「才能」を持っていると言えよう。
つまり、自分にとって好ましくない形で習慣化されてしまうこともある、ということである。
これが「癖」の正体である。
以上の思考に基づいた正確な定義を雑談しておく。
音ゲーにおける「癖」とは
『上達の過程で生じた自己にとって不利益な結果をもたらす無意識領域の習慣化した行動』
である。
安定的に出来ていたことが急に出来なくなる等の違和感を持つ結果によって可視化した物を「癖」と呼び、解決に奔走したり一旦諦めたりする。
また自分にとって有益に働く無意識領域の行動も存在するが、それは「癖」とは表現しないプレイヤーが多い。