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満月

 日の出前、日没後、空が薄明るい時を――『薄明』と呼ぶ。


 日没後、薄明が終わる時、妖はその姿を現す。



「少し長居してしまったな、急ごう」

「あっ、今日は満月だね!」

 時之介(ときのすけ)が空を指差した。


「ああ、本当だな。満月の夜は妖の力も増す。気をつけよう」


 早足で進むカイリの後ろを、小花(こはる)と時之介は小走りで追いかけた。



 門の前では屋敷の夫人がうろうろと歩き回っている。キョロキョロと辺りを見回して、カイリたちの到着を今か今かと待ち侘びているようだ。


「お待たせしてすみません! こちらの少年は、結界師です。私と共に妖退治を行うことになりました」


 丁寧にお辞儀をする時之介の幼さに、夫人は一瞬驚きを見せた。しかし、背に腹は代えられないようで、「主人をよろしくお願いします。さっ、皆さん中へ」と頭を下げてカイリたちを急ぎ立てた。


(……?)


 どうしたのだろう。小花の様子がおかしい。

 落ち着かないのか目が泳いでいる。


「お前も早く」


 カイリは小花に一緒に屋敷に入るよう促すが、当惑の色を見せ首を横に振るばかりで動こうとしない。


「私、ここで待ってる」

「怖いのか?」

 小花は小さく頷いた。


 どうやら先ほどの茶屋で怖がらせてしまったらしい。もともとの体質もあるし妖のそばには近寄りたくない、当たり前の反応だろう。


「……わかった、終わったら呼びに来る」

「うん、行ってらっしゃい」


 小花は少し無理をするように笑い、手を振って彼らを見送った。



 門をくぐり屋敷に足を踏み入れたカイリは、奥の部屋へと続く縁側の手前で夫人を止めた。


「妖退治は危険です。奥様はこれより先へは進まないでください。行くぞ、時之介」


 心配そうに見守る夫人を背に、二人は最奥へ進み主人の部屋の障子に手をかけた。



 カタカタ……カタカタ……ガタガタ!!


 細かく揺れる障子、揺れは次第に大きくなっていく。


(この揺れは……)


 ガタガタガタガタガタガタ!!!!


 障子が外れそうなほど揺れた時、部屋の中から何が弾け風圧が障子を吹き飛ばした。



「――っ!?」

「うわぁっ!!」


 溢れ出る妖気とともに飛び出したいくつもの赤火(せきび)が、凄まじい速さで戸口に向かって一直線に飛び去っていく。


祓除(ふつじょ)前に逃げた!? あり得ない……いったいどこに向かって」



 ――脳裏によぎる小花の顔。



「いや、違う!! これは――」


「きゃぁぁぁーー!!」

 屋敷の外で悲鳴が響いた。


(逃げたんじゃない! 引き寄せられたんだ!!)


「時之介、大丈夫か!? 早く追うぞ!!」

「うん!!」


 吹き飛んだ時之介を引き起こして、二人は全速力で門へ向かう。門を飛び出たカイリは、急いで小花の姿を探した。


「いない!」


「もしかして、あの赤火たち小花のとこに行ったの?」

「多分。どこに行った……」


 屋敷から横の林の中へふわりと繋がる妖気の痕跡。

(あっちか!?)


「時之介! 林の中だ! 妖の方が動きが早い、きっともう取り囲まれてる。俺が妖を引き離した瞬間に、結界を張ってあいつを守ってくれ。こっちの援護はしなくていい、わかったな!」


「うん、わかった!!」



黒狐(こっこ)!」


 カイリが杖を振ると、上部に付いた霊玉から使い魔が飛び出す。

「妖が人を襲ってる、行くぞ!!」


「うわぁぁあ!! 使い魔っ!! めちゃくちゃかっこいいー!!」

 こんな時にもかかわらず、時之介の目は輝いた。




 ◇◇◇


 林の中で激しく飛び回る赤火たち――。


 「来ないで! あっち行って!」


 小花は護身用の霊刀を振り回して抵抗していたが、十数体の赤火に取り囲まれてとうとう頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


(見つけた!)


「黒狐!」


 使い魔である黒狐は赤火に飛び込むと鋭い爪を振り回し、噛みつき、小花から赤火を引き離す。


「時之介、今!!」

「うん、任せて!!」


 時之介は背負っていた大きな筆を両手で握りしめ、自分自身と小花を包むように強力な結界を張った。


(力は本物だったか…………っ!?)


 振り向いたカイリの目に映ったもの……。


 ――ドクン……ドクン……


(なんで……)



「抑えろ!」


 攻撃を続ける黒狐は赤火の上に乗り爪を立てる。カイリは心と体がバラバラになりながら、祓除の杖を使い攻撃をしかけた。その間もカイリの中で大きく鼓動が鳴り響く。


 ――ドクン、ドクン、ドクン……


 カイリは封印の札を取り出し、赤火の下に陣を張って一体残らず封印し終えた。


「よくやった」


 犬のように懐く黒狐を優しくなでてから、封印を終えて地面に落ちた札を手に取った。そしてもう一度、横目で確認する。カイリの視線は一点に釘づけになっていた。


 ――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


 月明かりを浴びて光り輝く小花の瞳。


 その色は、吸い込まれるような深い『赤』だった。

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