邪神
店内賑わう茶屋。
小花は、ちらちらと周りを気にしているようだ。
「自己紹介がまだだったね。僕、時之介。お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」
「カイリ」
「私は小花」
「じゃあ、カイリと小花はどういう関係? 恋人同士?」
――ゴホッゴホッ!
カイリと小花は同時にむせ返り、小花は頭をぶんぶん横に振ったが、カイリはボソッと呟いた。
「つきまとわれてる」
それを聞いて、時之介は若干引き気味に小花を見る。
「えっ! 違う違う……違うような……うーん、違わないような……」
「っていうことは……!? なんか、複雑なんだね」
時之介はなんとも言えない……あえて言うなら、『大人になりたくないな』といった表情で小花を見つめた。
「わ、私はそういう変質者的なのじゃなくて……。家出して困ってたところを助けてもらったの。カイリは人探しをしてるから、どこかの町に行けると思ってついてきたの」
「そうなんだ……大変だったね」
今度は眉尻を下げて心底心配といった様子だ。この少年はずいぶん素直に感情を表現するらしい。小花は「うんうん」と頷くと「だから恋愛的にまとわりついてるんじゃないからね」と時之介に念を押した。
「時之介、あや――」
「お待たせしましたぁ!! 結間特産、桑の実と桑の葉団子です!!」
カイリの話を遮るように、元気のいい声が店内に響く。目の前に並べられた三人分の赤黒く熟した桑の実と、濃い緑色をした桑の葉団子を目にした時之介と小花は、不思議そうに顔を見合わせた。
「僕たち頼んでないよね?」
「……俺が頼んだ。お腹が空いてたら体の動きが鈍る。桑の実は栄養豊富らしい……お前の村にはあるか?」
――『私の村にない物を見たり、おいしい料理が食べたい』
小花は背筋をピンと伸ばし、目を丸くして首を横に振った。
「そうか……みんなで食べよう」
「いいの!? カイリぃぃ……!!」
小花と時之介の声が重なる。この時、二人がどんな顔でカイリを見つめていたかなど言うまでもなかろう。
せっかく訪れた見知らぬ町。
働き口が見つからず気を落としていた小花と、このあと一仕事をする時之介のやる気に繋がればと思って勝手に注文したのだが、予想以上に喜ぶ二人の姿を見てカイリは少しくすぐったさを感じた。
(これで頑張れそうだな)
「いただきます!!」
声を合わせた腹ぺこ三人は、桑の実と桑の葉団子をぺろりとたいらげてしまったのだった。
◇◇◇
「おいしかったー! ありがとうカイリ!」
「うん」
結間の食べ物は、お腹だけでなく三人の心まで満たしてくれたようだ。小花の顔色は見違えるほど良くなった。
「そういえば、さっき僕に何か言いかけたよね?」
「ああ、妖退治について話そうと思って」
話題が妖退治に変わると、時之介の瞳は『待っていました!』と言わんばかりに輝いた。
「まず部屋に結界の札を貼ったら、時之介は俺と主人を取り囲むように、さらに結界を張ってほしい」
「二重に結界を張るの?」
「うん、逃げ出すのを防ぐ。取り憑いている妖の階級は、主人から祓除してみないとわからないから用心するように」
「わかった!」
「ねえ、妖にも種類があるの?」
「もちろん。妖と一口に言っても種類がある」
小花は妖についてあまり詳しくないようで、続きを聞きたいのか『それでそれで!?』とカイリが話すのを待っている。
『妖』とは――
霊魂が生前の姿のまま存在する『姿をもつモノ』と『姿をもたないモノ』
おおまかに言ってしまえば、この二つのどちらかになる。
姿をもたないモノは『火の玉』と呼ばれ、『青火』と『赤火』、さらに二つに分けられる。
「『青火』は後悔や未練を残した魂が姿を変えた、最も弱い妖だ。唯一、人を攻撃しない妖と言われている。でも、すべての青火がそうとは限らないから侮ってはいけない」
愛する者を残していく心残り、会いたいという未練、そばに残りたいという思いから生まれる青火。
決して人を殺したい、呪いたいという心残りではない。
「じゃあ青火以外は、人を傷つけるってこと?」
「うん、残念だけどそういうことだよ。妖は姿をもつモノの方が強くて、その中でも『言葉を話すモノ』を上級、『話さないモノ』を中級って呼んでるんだ。これで四つに分けれたね」
時之介はカイリの代わりに小花の質問に答えると、右手の指で『四』を作った。結界師と名乗るだけあって、妖に対する知識は多少持ち合わせているようだ。
「…………」
小花は不安な表情を浮かべ、キツく湯呑みを握りしめた。
「安心しろ、上級は滅多に存在しない。俺も今までに一度しか会ったことがないから……」
「えっ! 会ったことあるの!? とんでもなく強いって本当?」
興奮した時之介が立ち上がった。
「ああ……強かった」
――辺り一面に倒れる術師たち。苦痛に歪む父の顔……傷を負って倒れ込み自由に動かない体……。
カイリの意識が一瞬遠退いた。
「――れから、妖の頂点に立つのが『邪神』だよね……カイリ?」
時之介は心配そうにカイリを覗き込んだ。
「う、うん。竜神、雷神、風神、大地神、自然の神は恵みをもたらす反面、災害を起こして人々を苦しめるから邪神とされてる。そして、邪神の中でも別格とされる神がいる。それは……」
『死神』と『疫神』
『死神』――命を奪う神として、人々から最も恐れられている最強の邪神。
そしてもう一柱。千年も昔に病気を撒き散らし、多くの人々の命を奪って苦しめたと言われる最も残酷な邪神が『疫神』だ。
しかし、この疫神が他の邪神と異なるのは、その姿を見た者が誰もいないとされている点である。言ってしまえば、実際に存在したのかも定かではないということだ。
「誰も見たことがなくて、存在も不確かなのに邪神の中に入ってるなんて不思議……」
「うん。人は不可解な出来事を恐れ、祟りを疑う。大昔の人は『疫神』という神を作り上げて、各地で頻発する流行病を疫神の祟りとしたんだろう。ところで時之介、お前の結界はどの妖まで通用する?」
「うーん、お客さんに売る札は赤火に対応できるようにしてあるけど、これを使えばもっと強い妖も止められるよ」
にっこり笑った時之介は、背負っている大きな筆を指差した。