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結界師

 日暮れ前。


 屋敷の夫人と話を終え、地面に伸びる影を目で追いながらぼんやりと歩くカイリの視界に、ふと小花(こはる)の姿が映った。


 その姿はうなだれ、再び陰の気を纏っている。あの様子だと、働きたいという申し出をことごとく断られたのだろう。


 カイリが憂色をわずかに浮かべた時、袴姿の少年が小花に近づいた。



 歳は十二、三歳ほどだろうか、カイリたちより少し幼く見える。背丈は小花とほぼ同じだが、背中にはその体格に似合わない大きな筆を背負い、その先端は一度も墨をつけたことがないのか真っ白のままだ。


 はつらつとしたその少年は、小花の頭上の陰の気を指差して大きく手振り身振りで説明すると、袂から一枚の札を取り出して満面の笑みを浮かべた。



『この札があれば大丈夫!』



 会話の内容はそんなところだろう。

 片手を腰に当てる仕草からは、自信のほどがうかがい知れる。


 カイリがやきもきしながら様子をうかがっていると、事もあろうに小花は小銭入れの小さな巾着を取り出して中身を確認しだしたのだ。しかしお金が足りなかったのか、首を横に振って再びしおれた花のように首を垂らしてしまった。


(……はぁ……ん!?)


 カイリがホッとしたのも束の間。


 少年が首を縦にこくこくと動かして『大丈夫! まけてあげる!』という素振りを見せれば、小花は再び笑顔を取り戻して小銭入れの紐を緩めた。


(おいおいおい……あいつは子どもから札を買うつもりか?)


 相手は一人? もしくは親に売り子をさせられているのだろうか。札は書く者の力によって効力が大きく変わる。下手をしたら紙くずを売りつけられてしまう。


(ったく、本当に世話が焼ける……)


 カイリは小花のもとへ急いだ。



「おいっ」


 早足で二人に近づき小花の頭上をサッと杖でかすめて陰の気を散らす。「お前な――」そう言いかけたカイリの言葉に、少年の歓声が被さった。


「ちょっと今の!! お兄ちゃんすごいっ!! そんな簡単に陰の気を散らすなんて、ただの術師じゃないねっ!」


 この少年は祓除師(ふつじょし)に会うのが初めてなのだろうか。目をキラッキラに輝かせている。


(俺にもこんな時期があったっけ……)


 懐かしい気持ちと、この少年のあまりにも純粋な喜びように、祓除師なら誰でも簡単に陰の気を散らすことができるということを伏せておくことにした。



「……日が暮れたら奥の屋敷の妖を祓う。無事に退治できれば、しばらく泊めてくださるそうだ」


 カイリはそれだけ告げると、踵を返して歩きだした。

 小花は突然現れたカイリと投げかけられた言葉に頭がついていかないのか、いまだに小銭入れを手にしたまま動けないでいる。



「……行かないのか?」


 カイリが穏やかな声で誘うと、彼女の脳裏に昨日のやり取りが浮かんだのだろう。「あっ」と小さく声を漏らして、カイリの不器用な優しさを理解すると大きな瞳を潤ませた。

 小花は少年を置いてカイリに駆け寄ると、先ほどまでしなびた花のようだったのが嘘のように笑顔を取り戻す。足取りも幾分か軽くなったようだ。


「そんな簡単に働き口は見つからない。あまり気を落とすなよ」

「うん、今日行けなかった所は明日行ってみる。あのね……」



「――待って!! お兄ちゃん!!」


 大声が二人の足を止めた。もちろん声の主はあの少年だ。カイリと小花は同時に振り向いた。



「僕も一緒に行っていい?」


「妖退治は遊びじゃない。子どもは暗くなる前に帰った方がいい」

「僕は子どもだけど、結界師だよ! それもかなり腕のいい!」


 なんとも自信ありげに言ったものだ。得意げにこちらを見ている。



「術師はそれぞれの役割を分担した方が効率良く仕事ができるんでしょ? 僕がいれば、お兄ちゃん妖退治に専念できるじゃん! 子どもだからって甘く見ないでね。僕の力は本物だよ」


「この仕事に便乗する目的は?」


「もちろん、商売をしやすくするため。初めての村や町だと、なかなか札を買ってもらえないんだ。お屋敷の妖退治に一役買ったら、たくさん売れるでしょ?」


「……商売のため? その力を人助けに使おうとは?」


「僕は家族のために働いてるの。それだと人助けとは言えない? それに一番稼げる手段がこれしかなかっただけで、ほかでもっと稼げるならそっちを選ぶよ」



 少年はキッパリ言い切った。


 術師の家系に生まれ、術師としての教育を叩き込まれたカイリにとって、この力がお金儲けの手段にすぎないというのは驚きの考えだった。



「あっ、ちょっと弁明させて。僕、家族に無理矢理働かされてるわけじゃないよ。商売は自分がやりたくてやってることだから。お金を稼ぐのが大好きなんだ! ……だからお兄ちゃん、一緒に行ってもいい?」


 少年は自分の可愛さを最大限に押し出したおねだりをぶつけてくる。少年の全身全霊の上目遣いにカイリはたじろいだ。


(すごい自信だな……そこまで言うなら実力を見せてもらおうか)


「わかった。使えないと思ったらすぐに出ていってもらう、それでいいな?」

「うん! 絶対ガッカリさせないから! 僕に任せて!!」


 二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた小花は「ふぅ」と肩の力を抜くと、少年に近寄り「良かったね!」と声をかけた。



(何が良かったんだか……)


 カイリは厄介事が二つに増えたような気がして目を細める。しかし、賑やかな方がいろいろ考えずに済む、そう考え直すと、小さくため息をついてはしゃぐ二人に声をかけた。


「妖が動きだすまで、まだ時間がある。少し休憩しよう」

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