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 追いついた少女は、カイリをずっと見上げて何か言いたげにそわそわとしている。もちろんカイリはそれに気づいていたが、わざと知らないふりをし続けているのだった。



「あの……私、小花(こはる)って言います。あなたの名前は?」


(名前か……世間の人が呼ぶように『適当に術師と呼んでくれたらいい』そう答えておくか……)


 答えないまま数十歩。カイリは視線を動かして小花をちらりと見た。


(――!?)


 目は口ほどに物を言うとは、まさにこのことだ。小花はあれほどビクビクと怯えていた瞳をキラキラと輝かせて、カイリの答えを今か今かと待ち続けている。


『教えてくれるまで待ちます!』


 そう訴えかけてくるその姿勢はずいぶんと気合いが入り、なんなら『忍耐』の二文字が浮かんで見えるようだ。凄まじい圧……カイリはぶるぶるっと寒気が走った。


(前言撤回……適当に呼んでくれたらいいなんて、とてもじゃないけど言えそうにないな)

 思い直すと、先ほどのように瞳だけでなく、今度は小花にきちんと顔を向けて「カイリ」と答えた。と同時に、はしゃぐ子どもたちが二人の間を駆け抜けていく。




「…………」


 どうしたのだろう、お待ちかねの返事が聞けたはずなのに、小花は「あっ」と口を開いたままだ。


 ほんの数秒前を思い出してみる……確か、はしゃぐ子どもたちが……。

 ま、まさか……聞き逃した? あれだけ気合十分だったのに?


 カイリはおかしくなって、片手で口元を隠すと素早く小花に背を向けた。もちろん笑い声は出していないが肩は揺れていたかもしれない。一旦呼吸を整えてから再び向き合った。


 小花は目を細め、じーっとカイリを見ている。目の輝き? そんなものはどこかに置いてきたようだ。


(まずい、笑ったのがバレたか……)

 カイリは「んんっ」と咳払いをすると、真顔になってもう一度答えた。



「俺の名前、カイリだから。さっき、名前聞いたよな?」

 こくりと頷いた小花の瞳に輝きが戻る。


「カイリさん、今日はいろいろとありがとうございます!」

「呼び捨てでいいから。『さん』も敬語もいらない」

「うん! わかった」

 小花は嬉しそうに頷くと、ようやく前を向いて歩き始めた。




 ◇◇◇


 その晩、カイリたちを泊めてくれたのは、約束と違い一人増えた少女も快く受け入れてくれる優しい老夫婦だった。

 もちろん畑の手伝いや薪割りなど、カイリは昼間のうちにできることはお手伝い済みだ。


 二人がお邪魔する頃にはすでに食事が出来上がっており、口数の少ないカイリとは反対に小花はよく笑い老夫婦と会話を弾ませていた。



(ああ……眠い……)


 お腹が満たされると人は眠くなる。粥を頂いたカイリは強い眠気に襲われた。


 この民家はとても狭く、部屋はこの一間だけ。老夫婦と小花の三人が横になると、カイリが横になる場所はなさそうだ。

 会話の邪魔をしないように老夫婦にお礼を告げて囲炉裏を囲む皆の輪から抜け出ると、カイリは部屋の隅の壁にもたれてわずか数秒で眠りについてしまった。




 どれくらい寝ていただろう。


 ――クイッ、クイッ。

 誰かがカイリの袖を引っ張った。


「あっ、起こしてごめんね」


 囁き声が耳に入る。

 薄目を開けると、暗闇の中でしゃがみ込みこちらを覗き込む小花と、その後ろに敷かれたござがぼんやりと視界に入った。顔を少し傾けるとすでに就寝した老夫婦が見える。


「カイリ、横になって」


(交代するために起こしたのか)

「俺は大丈夫。慣れないことばかりで疲れただろ? お前が横になるといい」


「私はもう休ませてもらったよ。泊めてもらう約束をしたのはカイリなのに、先にごめんね……」

「そんなこと気にしなくていいから、早く横に」


 小花はあまり遠慮しすぎても良くないと思ったのだろう。それ以上断ることはやめて「ごめんね、ありがとう」と小さく呟くと素直に横になった。しかし、横になったもののなんとなく眠れないようで、時々体をもぞもぞと動かしている。カイリも先ほどぐっすりと寝たせいか、続けて眠れなくなってしまった。



(静かだな……)

 少し疲れが取れると心にも余裕が生まれる。カイリは小花の身の上を深く聞くつもりはなかったが、気になることもあって少し尋ねることにした。



「……お前の村は、どんな村なんだ?」


 やはり起きていた小花は、カイリに向かって勢いよく寝返りを打つ。


「お前一人のために、村全体に結界を?」


 答えはすぐに返ってこなかったが、探るようにカイリの目をじっと見つめたあと、ようやく口を開いた。


「ううん、私一人のためじゃないよ。村の子どもは、みんな私と同じように陰の気を引き寄せる体質なの。私はそれが特に強いみたいだけど」


 小花は苦笑いを浮かべながら話を続ける。


「でもね、十五歳になるとみんな体質が変わって、村の外に出ていけるようになるんだよ!」

「体質が変わる?」

「うん、不思議でしょ? でも本当なの」


 聞けば聞くほど変わった村である。


「中には旅に出たり、別の場所に移り住む人もいて、誕生日を外で迎えるのが私の子どもの頃からの夢だったんだ。それでね、前日の夜にこっそり村を抜け出したの」


(前日の夜…………)


「――じゃあ!?」

「うん、今日が私の誕生日」


 小花は「あっ、もしかしたらもう昨日かな」とつけ足した。


「夜中に出かけるって、ずいぶん思い切ったな。ご両親はきっと心配してる」

「うん……そう思う」

「それで、村の外に出た感想は?」



「うーん……ちょっと複雑。十五歳になったのに、なんで私は何も変わってないんだろうって。外に出たことよりもそっちが気になっちゃって……。今、村に戻ったところで先は見えてるし。楽しみにしてたんだけどな……」

 小花は少し声を震わすと、ゴシゴシと瞼をこすった。



 ――『自由になりたくて飛び出したんです』

 自由になりたい……カイリの心の中で抑圧され続けた思いが、小花の気持ちと重なった。



「じゃあ、村を出て何がしたかった?」


 小花はこする手を止めると表情を変えた。わずかに明るさを取り戻したようだ。


「海が見たい! それから大きな町に行って、私の村にない物を見たり、おいしい料理を食べたり! ……なんか、思い切って村を出たわりにはこれといった内容じゃないね」



「そんなことない」


「バカにしないの?」

「どうしてバカにするんだ? ……お前の夢が、叶うといいな」


 カイリの言葉は相変わらず短いが、声色は穏やかで優しさが滲む。小花は口を閉じたまま、カイリからその目を離さなかった。



 その後、会話は一時途切れたが、ここで終わらせたくなかったのだろうか。小花からカイリへの質問が始まった。


「ねえ、カイリの歳はいくつ?」

「十七」


「十七歳!? 私と二つしか違わないのに、一人で旅に出て修行をしてるの? すごいね! ちなみに海を見たことはある?」

「残念だけど俺もまだ」


 首を横に振ったカイリは、『そもそも好きで術師をやってるわけじゃない』……出かかった言葉を飲み込んだ。


「――それに、この旅は修行じゃなくて人を探してるんだ」

「どんな人?」



 そういえば、まだ小花には赤眼について聞いていなかった。変わった村人に超越した術師、『もしかしたら!』という期待がカイリの中で膨らむ。


「赤眼をもった者について聞いたことはないか?」


 小花はわずかに目を伏せると、「……ごめんなさい、わからない」と呟いた。そして、なぜその人を探しているのか問い返す。

 しかし、気持ちを沈ませたカイリからは、「悪い……詳しくは話せない」とだけしか答えは返ってこなかった。


 それ以降、会話は完全に止まってしまい、目を閉じた二人は再び眠りについた――。

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