柊
「……柊兄、私を探しに来たの?」
どうやらこの男性は小花の兄のようだが、顔はあまり似ていない。それに、柊は二十代半ば、清流と同じ年頃だろうか。小花と兄妹と呼ぶには、歳が離れすぎているように思われる。
「ああ、みんな心配してる。紙切れ一枚残して急に消えやがって……村中大騒ぎになってるんだぞ! 俺のほかにも何人かお前のことを探しに出てる」
「そんな大ごとになってたなんて……心配かけてごめんなさい。柊兄はどうしてここがわかったの?」
「それは、近くの村や町には俺たちの村から移り住んだ人や、結婚を通して親戚になった人たちもいるだろ? その中の顔見知りにお前のことや、最近妖の騒ぎがあったかを聞いて回ったんだよ」
柊は少し間を置いてカイリたちを一瞥する。
「赤眼を探してるやつがいるって話を聞いて、それを頼りに追ってきたら、たまたま運良くお前を見つけられただけだ」
と小花に答えた。
カイリが赤眼を探していることを、柊に教えた人物がいる……。
ということは、カイリは小花以外の赤眼の一族や、赤眼について知る者に、実は会っていたということになる。しかし、たとえ知っていたとしても彼らは頑なに『赤眼』について口を閉ざし、存在を隠していた。
優れた浄化能力は多くの人の役に立つはず。なぜそこまで隠す必要があるのだろう。赤眼の村を隠す術師といい、どうにも引っかかりを覚える。
「とりあえず、お前が見つかったことと、一緒に帰ることを村に伝えるからな」
「えっ!? 柊兄待って! 私、まだ帰るつもりない……」
「はあ!? お前な……みんなが心配してんだ、とりあえず一回戻るぞ」
どうやら話は簡単に終わりそうにない。見かねた清流が「ちょっといいですか?」と間に入った途端――
「お前が赤眼を探してた術師か!? 何が目的だ!」
突然食ってかかる柊に周りが反応する。祭りの余韻を楽しむ人たちは、怒鳴り声を聞いて喧嘩が始まったのかとチラチラこちらの様子をうかがっているようだ。
これだけ注目を集めてしまっては、これ以上この場で話を続けるわけにもいかない。カイリたちは、今夜泊まる宿へ柊を連れて行くことにした。
◇◇◇
「どうぞ、椅子に腰かけてください」
清流よりもわずかに背が高く、鍛えられてガッチリとした体格の柊は、清流の部屋に据えられた小さな椅子にガタンと豪快に座った。
「み、みんな、ちょっといい?」
小花の説明によると、男性の名前は『柊』
柊兄と呼んではいるが、彼らは本当の兄妹ではないそうだ。正しくは小花の母と柊が従姉弟で、赤ん坊の時から面倒を見てくれた本当の兄のような存在だと言う。
小花は、柊が皆に手を出したり失礼なことを言うのではないかと、ヒヤヒヤしているようだ。
「――赤眼を探していたのは俺です」
「赤眼を探して小花を連れ回す目的は?」
柊は名乗り出たカイリをキッと睨みつけ、腕を組んで高圧的に聞き返す。
「それは――」
カイリは自分が泰土の祓除師であること、大蛇の妖に取り憑かれた母のことを柊に説明した。
「柊兄、カイリは命の恩人なの。私、彼のお母さんを助けたい、力になりたい! それに、カイリは強くてすごく優しいの。悪い人じゃない、信頼できるよ」
一生懸命カイリについてを話す小花と、同調して大きく頷く時之介の姿に、カイリは少し気恥ずかしくなり下を向いた。こんなふうに思われていたのかと嬉しく感じる。
「もういい、わかった。けど、こいつが――」
「こいつじゃないよ、カイリ!」
「……んんっ、俺が言いたいのは、カイリが強くていいやつかどうかは問題じゃない。問題なのは、小花、お前の方だから」
小花は体を引いて、一瞬口を閉じた。
「なんで……私……? 妖を引き寄せるから? それなら時之介の結界もあるし、カイリも清流様も強いから――」
「だから、強いかどうかじゃないって言ってるだろ」
なぜダメなのだろう……。カイリの母を助けるためには小花の力が必要だというのに、そこまで引き止める理由はいったいなんなのだ。
カイリはこの三ヵ月、赤眼探しにすべてをかけてきた。ダメだと言われて「はい、わかりました」と大人しく引き下がるわけにはいかない。止めるなら必死に食い下がるだけだ。
「お願いです! 小花じゃなきゃダメなんです、一緒に行かせてください」
「私が決めることなのに、どうして柊兄の許可が必要なの? 柊兄は村に帰って、私が元気だって伝えてくれたらいいよ」
「俺だけ帰ってって……そういうわけにはいかない。それにカイリ、気の毒だが何度頼まれても答えは変わらない」
小花は悪いことをしようとしているわけではない。ましてや人助けをしようとしているのに、柊はどうあっても首を縦に振るつもりはないようだ。
「カイリ、小花――」
これでは埒が明かないと踏んだ清流は、右手をそっと前に出して二人を止めた。鋭い眼光で柊を射抜く。
「柊殿、小花が泰土に行けない明確な理由を教えていただきたい」
両者はしばらく視線を交わしていたが、先にそらしたのは柊だった。「ふぅ」とゆっくり息を吐いた彼は、観念したように瞼を閉じた。
「わかった。本当なら、十五歳になったあの日、小花が聞くはずだったこと、するはずだったことを今から話す」
「柊兄……何それ」
「話を聞いたら、きっとみんな諦めることになるだろ。俺たち村の者の体には…………」
なぜだかわからないが、カイリは胸がざわついた。この先の言葉を聞いてはいけない、そんな気がしてならない。
小花を見つめる柊のキツめの顔にも、心配の色が滲む。彼自身、口にすることをためらっているということだ。
皆が固唾を呑んで待ち構えるなか、ついに覚悟を決めた柊が小花を見据えた。
「俺たちには…………妖の血が流れてる」




