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籠の中のカラニ

作者: 鷹野目かぬか

『ピーヨロロ♪ピーヨロロ♪』

 鈴を転がすような綺麗な歌声。

 声の主は小鳥のカラニ。

 カラニは太陽の国の女王さまのお気に入り。それはそれは立派な銀細工の鳥籠の中で毎日自慢の歌声を披露していました。

『ピーヨロロ♪ピーヨロロ♪』

 そこえ通りすがりのカラスがやってきてカラニにこう言いました。

『おいカラニ!籠の中は退屈だろう?どれ、おれのこの大きなくちばしで籠の扉を壊してやろう!そしたらお前は自由に空を飛ぶことができるぞ!』

 カラスはカラニの籠のすぐそばまでやってきてその大きなくちばしで籠の扉に噛みつきます。

 するとカラニはこう言いました。

『カラスさん私は籠の中が好きなのです。だからそのくちばしを引っ込めて空にいるお仲間のところに帰って下さい』

 その言葉に驚いたカラスはこう言いました。

『なんだと!?籠の中が好きだって!?呆れた奴だ。せっかく俺が親切で出してやろうとしたのに。もういい。お前なんか知るものか!!』

 そう言って不機嫌になったカラスは仲間たちと空へ飛び去って行きました。

『ふん。毎日毎日空を飛び回るなんてまっぴらだ!籠の中が一番なのさ!ピーヨロロ♪ピーヨロロ♪』

 そうしてカラニはまた楽しげに歌い出すのでした。



 そんなある日の事。

 突然、カラニが歌えなくなってしまったのです。

 何度歌ってみようとしても喉がカラカラと鳴るだけです。

 その様子をみていた太陽の国の女王さまは、大声でカラニを怒鳴りつけました。

「カラニ!!私はお前の綺麗な歌声が好きだったのにその枯れ木の折れるような耳障りな声はなんです!!もういい!!お前なんかどこかへ行っておしまい!!」

 女王様はそう言うと家来を呼び、なんとカラニを籠ごと誰も近づかないという日影の森へ捨てさせたのです。

『なんて女王さまだ!あんなに私の歌が好きだと言っていたのに歌えなくなったらお払い箱だなんて!まあでも籠が一緒なのはありがたい。これさえあれば寝床には困らない』

 けれど、ここは日影の森。魔女や化け物がいると噂する者も居ます。じっとしているわけにはいきません。

『さて、どうしたものかそうだ。1,2,の3!!』

 カラニは思いっきり羽ばたいて大地にむかって籠を倒しました。するとガシャンと音を立て籠は丸太のように横に成りました。

『よし!よし!これで足を使って、よ!そら!』

 カラニはまるでネズミが滑車を回すよう籠を転がしてそのまま森の中を進みだしたのです。

『これなら獣や魔女が現れても直ぐにやられてしまうことはないだろう』

 カラニは得意になって籠を転がしながらどんどん進んでいきました。



 しばらく行くと、川の流れる音が聞こえてきました。

 森に捨てられてから水を一滴も飲んでいなかったカラニは喉がからからでした。

 カラニは小さな足を一生懸命動かして籠を転がします。

 しかし、川のすぐそばまで辿り着いた時カラニはあることに気が付きます。

『しまった。これでは水を飲むことができない』

 そうです。女王さまの所に居たときは毎日朝晩、家来が美しい薔薇が描かれた小皿に水を汲んで籠に入れてくれていたのでカラニは当たり前のように水を飲むことができていたのです。

 けれどここには世話を焼いてくれる家来もあの素晴らしい小皿もありません。

 せっかく水を飲めると思ったのにとカラニはがっかりしました。

 するとそこへアライグマの母子(おやこ)がやってきました。

 アライグマの母さんはカラニに気づいて話しかけてきました。

『あら。あんたもしかして太陽の女王さまに飼われていたカラニじゃないかい?』

『そうです』

『やっぱり。そのカラニがなんで森に居るんだい?』

『歌えなくなってしまったせいで女王さまに捨てられてしまったのです』

『まあ、それはかわいそうに』

 哀れみを受けたことのないカラニはとても居心地が悪くなりました。早くここから立ち去りたい。でも喉がカラカラでもう動けません。

『母さん。早く木ノ実を洗ってお家に帰ろうよ』

 母親の後ろで二人の様子を見て居た子供達が集めた木ノ実を腕いっぱいに抱えて駄々をゴネ始めました。

『はいはい!じゃあ母さんが大きいのを洗うから、お前たちは小さな木ノ実を洗ってちょうだい』

 すると子供達は母の言葉に上機嫌で返事をして川原にならんで木ノ実を洗い始めました。

 それを見ていたカラニはあわててアライグマの母さんにこう言いました。

『アライグマさん!手先の器用な貴女を見込んで頼みがあるのです!』

『あら?なにかしら?』

『その手で川の水をすくって私に飲ませてもらえませんか』

『それはかまわないけれど···あ!それならいっそのこと私がその籠の扉を開けてあげましょう!そうしたらあなたは外に出て自由に水が飲めるわ!』

 親切なアライグマの母さんはそう言って籠を半回転さ扉についた留具を掴みました。

 するとカラニは翼をバタつかせながらこう言いました。

『アライグマさんやめてください!私は水さえ飲めれば良いのです!私はこの籠の中が好きなのです!!』

 その言葉に驚いたアライグマの母さんは留具を掴んだ手を離してこう言いました。

『ま!!籠の中が好きだなんて初めて聞いたわ!!あなたって変わっているのね?まあ良いわ。そうまで言うなら、さ、お飲みなさい』

 そうしてアライグマの母さんはカラニの望み通り川の水を両手ですくって飲ませてあげました。

『ありがとう。おかげで喉の乾きが癒えました』

『どういたしまして。だけどあなたこれからどうするの?また喉が乾いたら大変よ?やっぱり外に出たほうがいいと思わない?』

 アライグマの母さんは心配そうにカラニに言いましたがカラニは聞こうとしません。

『いいのです。ちょっと張り切って歩き過ぎたのです。ゆっくり進めば喉が渇く前に森を抜けられます』

 カラニの様子に呆れたアライグマは言いました。

『そう。ならもう何も言わないわ。気をつけてね。さようなら』

 そうしてアライグマの母子おやこは洗った木ノ実を抱えて川上の方へ去っていきました。母子(おやこ)の姿が見えなくなるとカラニは反対に川下へ向かってまた籠を転がし始めました。

『ふん。何さ!外にでて川から水を飲むなんてまっぴらだよ!もしうっかり川に落ちてでもしたら溺れて死んでしまうじゃないか。やっぱり籠の中が一番さ!』

 よし、景気づけに1曲歌おう。

 水もたっぷり飲めたから大丈夫だとカラニは歌おうとしましたがやはり喉がカラカラ鳴るだけでした。



 どれだけ籠を転がしたのでしょう。すっかり暗くなって不気味な風音だけが森の中に響きます。

『参ったな。こんなに広いなんて思わなかったよ』

 そう。カラニは日影の森がどれだけ広いか全く解っていなかったのです。

 カラニが暮らしていた女王さまの部屋はお城の中でもとても高い場所にあったので、そこからだとこの森はちっぽけな小庭程度にしか見えませんでしたからね。

 川原でカラニが言った言葉にアライグマの母さんが呆れたのもそのせいだったのです。

『何さ!それならそうと、この森がどれだけ広いか教えてくれれば良いのに!何さ!何さ!!』

 カラニは籠の中で地団駄を踏みながらぷんすか、ぷんすか。翼をばたつかて腹を立てました。

 その時、急にどこからかぐーぐーという音が。

『あぁ。お腹が空いた』

 さっきまでの威勢はどこへやら。カラニは籠の中でだらしなく伸びてしまいました。

 カラニはあの川原で飲ませてもらった水いがい何も食べていなかった事に気がついてしまったのです。そうなれば腹の虫はもう止まってくれません。ぐーぐー鳴いて何か食べてとカラニを急き立てます。

『はぁ。お腹が空いたよう。何か、食べるもの。食べるものは···やや!?あれは!!』

 何か無いかと周りをきょろきょろ見渡すと、密かに輝く小さなキノコが目に入りました。

『ありがたい!今晩はあれを食べてしのごう!よいっ、せ!』

 カラニはくたびれた身体に力を込めて立ち上がるとキノコの方へと籠を転がします。そうしてキノコが籠に触れるくらいまで行くと中から翼をめいいっぱいのばして1番手前にあったキノコをグイッと引き抜きました。

『うわあ。なんて綺麗なキノコだ。きっと味も最高に違いまい。いただきまあす!!』

『これっ!!おやめっ!!』

 やっと食餌にありつけるとしたところでキノコはカラニの翼から消えてしまいました。何が起こったのか驚きながら消えたキノコを探していると籠の中に自分のものではない古くて茶色いような、灰色のような翼が1枚落ちているのを見つけました。

『···これは?』

『わたしのだよ』

 カラニは声のした方へ振り向くとさっき抜いたキノコの直ぐ側にあった少し大きい石の上に年老いたフクロウが1羽とまっていました。そしてよく見るとフクロウはその翼にさっきカラニが食べようとしていた光るキノコを持っていたのです。

『フクロウさん!そのキノコを返して下さい!!それは私がやっと見つけた食べものなのです!』

 そう言って必死に籠から翼をのばすカラニを見てフクロウはこう言いました。

『お前さんは太陽の女王さまの城にいたカラニだろう?』

『そうです!そのカラニです!そんなことよりキノコを返して!!』

 やれやれといった様子でフクロウは言いました。

『カラニや。これはカゲボウシという毒キノコだ。森が暗くなるほど光り輝いてお前のように腹を空かせたものを引き寄せる』

 カラニはフクロウの言葉にぎょっとしました。

『そ、そんな···。あの。もし食べたらどう成るのですか?』

『段々と体がしびれて言う事を効かなくなる。そうして食べたものが息絶えるとその屍を糧にカゲボウシはまた生えて来るのだよ』

 話を聞いて、カラニはとても恐ろしくなりました。

 もしあの毒キノコを食べていたら。そう思うと震えが止まりません。

 その様子を見ていたフクロウはカラニにこう言いました。

『カラニ。カラニや。恐がらせてしまってすまない。だけどこれからは見たことのないものをやたらに食べようとしてはいけないよ?解ったね?』

 カラニはフクロウの言葉に震えながら何度もうなずきました。

『なぁ、カラニ。そもそもその籠から出ていれば日がさしている間に野苺や小さな木ノ実を見つけて食べることもできただろう。意地を張らずに籠から出てきたらどうだ?ほら。わたしの硬いくちばしと力強い足を使えば留金を外して籠の扉を開けてやることができるぞ』

 フクロウはカラニを心配して優しく語りかけます。けれどカラニは聞こうとしません。

『フクロウさん。毒キノコの事は感謝しています。でもわたしはこの籠の中が一番好きなのです。絶対!絶対!外には出ません!!』

 未だ震えながらカラニはフクロウにそう言いました。

『はぁ。そうかい。解った···カラニ。この近くに私の住んでいる古いもみの木がある。お腹が空いていて辛いと思うがそこまで籠を転がせそうかい?』

『···え?』

『歩いても十数分といったところだ。この森は夜が深まるほど冷え込むし、風も少し強くなる。ここに居たら体が冷えて動けなくなってしまうからね』

『解りました。なんとかやってみます』

『よし。では私に着いてきなさい』

 そう言うとフクロウはカラニが着いてこられるように低く飛び、時々大地に降りてを繰り返しながら道案内してくれました。

 カラニはというと、籠を転がしながら考えごとをしていました。

 なぜ、フクロウは自分を家に招いてくれたのだろう。籠の中が好きだと言えば、あのフクロウだってカラスやアライグマのように腹を立てたり、呆れて去って行ってしまうに違いないと思っていたのに。



『さあ。着いたよカラニ』

 辿り着いたフクロウの家は古いモミの木の中をくりぬいた2階建て。隙間風が入って来ないように玄関ドアの中に落ち葉で作ったカーテンがかかっています。

『すまないが、このまま少し待っていておくれ』

 そう言ってフクロウが家の中に入るとガタゴトせわしない音が聞こえてきました。そうしてしばらくすると音は止み、再びフクロウが玄関前で待っていたカラニのところにやって来ました。

『ふぅ。待たせたね。さ、お入りカラニ。大丈夫、家の玄関は広いからそのまま入れるよ』

 カラニは少し緊張しながらそうっと、そうっと籠を転がしてフクロウの家の中に入って行きました。カラニの籠が家に入りきるとフクロウは玄関ドアを閉め、風よけのカーテンをササッとひいてくれました。

『疲れただろう。今食べる物を用意するからゆっくりしていなさい』

 フクロウはそう言うと部屋の奥にある小さなキッチンに入って行きました。

 フクロウが食事を用意してくれている間、カラニは籠の中で大の字になって部屋の中を見回しました。

 すると、2階にあがる階段のそばに木目のキッチンテーブルとそれに合わせるようにこしらえたであろうイスが2つ、テーブルの上に積み上げてあるのをカラニは見つけました。

 カラニは体を起こしてフクロウにこう言いました。

『あの。フクロウさん。さっきあなたを待って居た時、この家の中からガタゴトと音がしたのはもしかして、あのテーブルセットを片付けていたからですか?』

 カラニの言葉にフクロウはキッチンからひょいと顔を出すとテーブルセットの方を見てホッホホと笑い声を上げ『なあに。大した事ないさ』とだけ言って、またキッチンへ顔を引っ込めてしまいました。

 そうです。フクロウはカラニが籠を出ずに入れるよう大急ぎでテーブルセットを片付けてくれたのです。その事に気がついたカラニはなぜだか胸のあたりがじんわり温かくなるような気がしたのです。



『さあ、出来たぞ!クルミのパン。こっちはキノコのポタージュだ。もちろんカゲボウシは入って無いから安心しなさい』

 冗談まじりにそう言いながらフクロウはカラニが籠の中で食事ができるようにテーブルセットのイスを1つ、籠にぴたりとくっつけるように置くと、そこへ押花で作ったランチョンマットをひいて1品ずつカラニが取りやすいように並べてくれました。ポタージュは籠の隙間から入りそうなくらい小さなカップに()いで。

『うわあ~!美味しそう!いただきます!!』

 カラニはそう言うとものすごい勢いでクルミのパンをほうばり、それをキノコのポタージュで一気に流し込みました。

『ホッホホ。まだパンもスープもあるから、ゆっくり食べなさい』

『ありがとう!ところでこのカップはずいぶん小さいけどフクロウさんのものですか?』

『ん?ああ。それはわたしの孫のものだよ』

『お孫さんの?』

『ああ。私には娘が居てね。ここを巣立ってだいぶたつが今は夫と子供と一緒に星明りの森で暮らしていてその子がたまにここへ遊びに来るから作ったのさ。···おや。もう空っぽじゃないか。どれ、ポタージュを注いできてあげよう。パンもいるかい?』

『あっ。はい。頂きます』

 返事をしたカラニに優しくほほ笑むと、フクロウはまたキッチンへ入って行きました。



『はあ。ごちそうさま。パンもポタージュもとても美味しかったです!』

 結局カラニはパンを2回、ポタージュは3杯もおかわりしました。ぐーぐー鳴っていたお腹は嘘のようにぱんぱんです。

『それは良かった。さ、もうおやすみカラニ。』

 そう言ってフクロウはカラニに綿で作ったまくらと、大きな紅葉のブランケットを渡しました。

 それを受け取ったカラニはずっと気になっていた事を聞いてみました。

『フクロウさん。どうしてわたしを家に招いてくれたのですか?』

『どうした急に?』

『だって、わたしが籠の中が好きで外に出たがらないとみんな腹を立てたり、呆れたような顔をしていなくなってしまったから』

 その言葉にフクロウはこう答えました。

『ホッホホ。好きな場所はみんなそれぞれに違う。わたしも娘家族に一緒に住まないかと言われたが、わたしは日影の森とこの家が好きで今もこうして暮らしている。それと同じだよ』

 フクロウの言葉がいまいちよく解らないカラニはフクロウの方をみながら首を傾げています。その様子にフクロウは続けてこう言いました。

『カラニ?今のお前さんはこの籠の中が1番好きだと言った。けれど、いつの日かお前さんはもっと、もっと好きだと思える場所に出会えるような、そんな気がするのだよ。わたしはね』

 そんな場所があるのだろうか。フクロウから受け取ったまくらとブランケットを見つめながらカラニはまた首を傾げました。

『さ、おやすみカラニ。また明日』

 そう言うとフクロウは灯りを消して2階に上がっていきました。

『もっと好きだと思える場所か···』

 カラニはフクロウの言葉が気になっていました。

 だけど、この森に入ってからずっと籠を転がし続けていたカラニはまくらの柔らかさと、ブランケットの温かさに包まれるとあっと言う間に眠ってしまったのでした。



 次の日、フクロウは昨日出会った辺りまでカラニを見送ってくれました。

『カラニ。少しだが、この包の中に小さく砕いた木ノ実を入れておいた。またお腹が空いたら食べなさい』

『ありがとうございます』

『ところでお前さんこれから何処へ行くのだい?』

 カラニはフクロウの言葉に少し考え込んでしまいました。小庭程度だと思っていた森はとても広くて当てずっぽうに籠を転がしていてはいつまでも森を出ることは出来ません。

『あの、フクロウさん』

『なんだい?』

『フクロウさんの娘さん家族が暮らしている"星明りの森"へはどう行けばいいですか?』

『ああ。それならこのまま川下を目指して真っ直ぐ進めば、そうだな。籠を転がしながらなら夜までにはつけるだろう』

『実を言うと、わたし、歌が歌えなくなってしまって。それで太陽の女王さまの命令でこの日影の森に捨てられてしまったのです。だからもう太陽の国には戻れなくて···』

 恥ずかしそうに話すカラニを見てフクロウはこう言いました。

『ホッホホ!知っていたよ?』

『え?!』

『昨日家に帰る途中、アライグマさんに会ってな。お前さんが森のことをよく解っていないようだから、見かけたら声をかけてやってくれと随分心配していたよ』

 カラニは驚きました。まさかあのアライグマの母さんが自分の事をきにかけてくれていたなんて。

『それにしても、あの女王さまには困ったものだ』

『フクロウさん。女王さまの事を知っているのですか?』

『ああ。あの方がまだ子供だった頃から知っているよ。あの方は前王さまが甘やかして御育てになったからなのか、あれが欲しい、これが欲しいとワガママになってしまってね。実を言うとこの森に捨てられたのはお前さんだけではないのだよ』

『なんですって!?』

『あれは10年ほど前だったか、太陽の国にサカースの一座がやってきてな。女王さまはそこで芸をしていた子グマを大層気にいられたようで────』



 10年前、女王さまは前王さまに頼んでサーカスの団長を城へ呼び出すと、子グマを譲ってほしいとせがみました。

 しかし、サーカスの団長は、あの子グマは我が子も同然。そんな事出来ないと女王さまに告げ、直ぐに荷をまとめて太陽の国を去ることにしたのです。

 すると、それに腹を立てた女王さまは、あろうことか子グマ欲しさに前王さまの兵隊を使ってサーカスの荷馬車を襲わせました。

 子グマ目当てだと直ぐに気がついた団長と団員たちは、子グマを返せと兵隊に飛びつきましたが硬い(よろい)でおおわれた彼等はびくともしません。

 するとそこへやってきた兵隊長がサーカスの一座にこう告げたのです。

『よくきけ!我が国の姫はこの子グマを所望(しょもう)された!命が惜しければ子グマを渡し、そして二度と我が国の土を踏むな!これは王命である!!!』

 そうして、子グマを手放すことを余儀なくされたサーカスの一座は、太陽の国から追い出されるようにして去っていったのです。



『────あの方は欲しかった子グマを手に入れて大層、喜んでいたそうだ。でもね、子グマは1年たっても、2年たっても、芸もせず、懐きもせず。それにまた腹を立てたあの方は、家来に命じて、この森に子グマを捨てさせたのだよ。お前さんにしたように···』

 そんな事があったなんて。

 カラニの胸はチクリと痛みます。

 カラニだって捨てられた時は驚いたし、本当はとても悲しかったのです。それなのにフクロウの話の子グマは家族のように慕っていた人たちと引き離されたあげく捨てられたなんて。

 カラニは胸の痛むところに翼を重ねフクロウに言います。

『あの、その子グマはどうなったのですか?』

 不安そうに聞くカラニにフクロウは言いました。

『ホッホ。安心おし。今はこの森の一員として生きているよ』

 良かったとカラニほっと一安心。

 でも、フクロウはこうも言いました。

『でもカラニ、その子グマ──ザンタを見かけたら隠れるか、そっと逃げなさい』

『どうしてですか?』

『ザンタは今も太陽の国のものをひどく嫌っている。お前が女王さまに飼われていたと知ったら何か意地悪をしてくるかもしれない。それに、ザンタは子グマと言ってもわたし達の何倍も大きい。お前さんを籠ごと放り投げてしまえるくらい力もある。だから良いね?もし、ザンタを見かけたらさっき私が言った通りにするのだよ?』

『で、でもフクロウさん!私はそのザンタに会ったことがありません。どうすれば···』

『ザンタは右耳に金の耳飾りを着けていて、この日陰の森と、星明りの森をつなぐ夕暮れの林、そこに1本だけはえている花梨(かりん)の木の側でよく昼寝をしている。お前さんが星明りの森を目指すなら夕暮れの林は避けて通ることは出来ないが、花梨の木にさえ近寄らなければ大丈夫だ』

『解りました。絶対に花梨の木には近づきません。約束します!』

 カラニの言葉に答えるようにフクロウは頷きました。

『すまんな。つい長話しをしてしまった。それじゃ、気をつけて行くのだよ』

『はい。フクロウさんも、どうかお元気で!』



 フクロウと別れ、星明りの森を目指し、カラニは籠を転がしつづけました。小さな足でそれは懸命に。

 森に日差しが1番差し込む昼時。カラニは日陰の森と星明りの森を繋ぐ夕暮れの林の中に居ました。

 この林を抜ければ、星明りの森。そう思うカラニの胸が高鳴ります。すると、腹の虫も鳴り出しました。

『フクロウさんと別れてからずっと籠を転がしていたからな。うーん···あ!あそこが良い!』

 カラニが辺りを見回すと、すぐそばに沢山のチゴユリが咲いているのが見えました。カラニはそこで少し休みを取ろうと籠を転がします。

 チゴユリの近くまで行くとカラニは足を止め、ゆっくり座るとフクロウに渡された包から砕いてある木ノ実を取り

出しました。

『クルミに松の実、あ!干し葡萄まで。フクロウさんありがとう。いただきます』

 そう言ってフクロウに感謝しながら、カラニは翼に取った木ノ実を口へ運びました。

 ────ティロロン♪ティロロン♪

『今、なにか···』

 ────ティロロン♪ティロロン♪

 はじめて聞く音。とても心地の良いキレイな音。一体どこから聞こえて来るのか。カラニは立ち上がり耳をすませます。

 ────ティロロン♪ティロロン♪

『だんだん音が大きくなって来たぞ!』

 ────ティロロン♪ティロロン♪ティ···

『あれ?止まってしまった?』

 どうしたのでしょう。音は突然聞こえなくなってしまいました。もっと聞いていたかったのに。カラニは残念そうに頭を落としてため息をつきました。

 そのままふと足元を見ると、あるはずが無い場所に影が出ています。その影は段々大きくなり、カラニの周りをあっという間に(おお)ってしまいました。

《これは···まさか!!フクロウさんの話していた子ぐまのザンタ!?でもここに花梨の木は無い。いや、でも、私が気づいていなかっただけなのでは!?どうしよう!どうしよう!》

 不安と恐ろしさにカラニの胸は大騒ぎ。カラダの震えも止まりません。そのせいで、逃げたくても立っているのが精一杯で籠を転がす事もできません。

 そうしてどうしようもなく立ちすくんで居るうちに影はぐっと色濃くなり、カラニはそれを見ると堪えられず、目をぎゅっとつぶります。

 もうダメだ。そう思った時···

「こんにちは」

 とても優しい声で誰かがカラニに話しかけます。

「君、震えているの?」

 カラニの様子を心配するような優しい声。

 カラニはぎゅっとつぶっていた目をゆっくり開けると、少しずつ頭を上げて声のする方を恐る恐る見てみました。

 カラニは驚きました。

 しゃがんでこちらをのぞき込むように見つめる声の主は、太陽の女王さまの冠を飾っていた宝石に負けないくらいきらきらと輝く、わかば色の瞳。日の光を通してしまいそうなほど、柔らかく繊細(せんさい)な亜麻色の髪は風にふわりとなびきます。

 驚いたままのカラニに声の主は話しかけます。

「急に近寄ったから怖がらせちゃったかな?ごめんよ。君、名前は?」

 カラニは、はっと我にかえると声の主に答えました。

『カラニ。わたしはカラニと言います!』

 やっと答えてもらえた事に安心した声の主は、ほほ笑みながらこう言いました。

「カラニ。良い名前だね。僕はシュテルン。よろしくね。ねえ。カラニはどうしてここに居るの?しかも、こんなステキな籠と一緒に」

 カラニはシュテルンの言葉にお腹のあたりがくすぐったくなります。

 だって、この籠をステキだと言われた事なんて、今の今まで、一度も無かったんですもの。

 カラニはなぜ夕暮れの林に居るのか、今まであった色んな事、全部をシュテルンに話しました。



「───そっかあ。カラニは凄いなあ」

『え?』

「だって、たった1人でここまで来たんだよ?」

『いえ、アライグマさんやフクロウさんのお陰です。でなければわたしはこの森のどこかで行き倒れていたでしょう』

 そうして照れくさそうにしているカラニにシュテルンは続けます。

「うん。でもやっぱり凄いよ。たしかに皆が水を飲ませてくれたり、温かい食事や寝床を与えてくれたのは感謝すべき事だけど、君は日陰の森に来てから前に進み続けたんだ。それって凄く勇気がいる事だよ。そして今も前に進み続けている。だからカラニは凄いよ」

 シュテルンの言葉に、カラニのお腹がくすぐったくてたまらなくなりました。

「あ!そうだ!」

 シュテルンが突然何か思いついたのか、大きな声をあげます。

『シュテルン?』

「ねえ、カラニが良ければ僕の家で一緒に暮らさない?」

『一緒に?』

「うん!僕の家は君が目指している星明りの森のすぐそばにあるんだ。勿論無理にとは言わないけど、そうしてくれたら僕、とても嬉しいなあ」

 シュテルンの言葉にカラニのからだが震えます。恐いからではありません。今にも飛び上がりたいくらい嬉しくてたまらないのです。

 だけど、ふっとカラニはあることを思い出し、シュテルンにこう言いました。

『でもわたしは、さっき話した通り歌うことができません』

 そう、カラニは歌えなくなったから捨てられたのです。そんな自分がシュテルンのそばに居たところで何が出来るというのでしょう。

 カラニの言葉にシュテルンは首を傾げてこう言いました。

「歌えないと一緒に居ちゃいけないの?」

 シュテルンの言葉にカラニの目は大きく開きます。

『···シュテルン。君···君は、わたしが歌えなくても一緒に居てくれるの?』

 カラニの言葉に今度はシュテルンが目を大きく開き、こう言いました。

「当たり前じゃないか!僕はカラニ、君と一緒に居たいんだ!歌えなくたってかまわないさ!だって歌えなくてもカラニはカラニじゃないか!」

 フクロウに助けてもらった時にも胸のあたりが温かくなりました。だけど今は、その時よりもっと、もっと、いっぱい温かくて、嬉しくて、お腹もくすぐったくて、どうしたらいいのか解らないほどカラニはたまらなくなりました。

「···カラニ?」

『わたし、わたしも!シュテルン!!君と一緒に居たい!!シュテルンとずっと、ずっと、ずーっと居たいんだ!!』

 かごの中で跳ね上がり、カラニは翼をはためかせシュテルンにそう言いました。

 カラニの答えにシュテルンも飛び跳ねます。

「わーい!わーい!やったあ!!僕とカラニはずっと一緒!!」

『私とシュテルンはずっと一緒!!』

「そうだ!!」

 シュテルンはそう言うと背中から何かを取り出しました。

────ティロロン♪ティロロン♪

『あ!その音!』

 そう、シュテルンと出会う前に聞こえたあの音です。

「あ、これ?これはライアー···」

『···ライアー。わたしはその音に夢中になっていてシュテルンに気づかなかったのです』

「そうだったんだ。これはね、僕が生まれた時にお父さんが職人さんに頼んで作って貰ったものなんだ。僕にとってとても大切なものさ」

 三日月を思わせる形に削られ、磨かれた木にいくつもの弦が張られたライアー。その弦をシュテルンが指先で(はじ)くたびにあの美しい音が辺りに響き渡ります。

 この音色に合わせて歌えたらどんなに素敵だろう。カラニはそう思うと楽しさと寂しさが混ざったような心地になりました。

『はあ。本当に素晴らしい。君のライアーに合わせて歌えたらどんなに素敵だろう···』

 カラニは思わずそう言いました。

「ああ、良いなあ。そうなったらきっともっと素敵だね···あ!!カラニ、ここで待っていて!!」

 何を思い立ったか、そう言うとシュテルンはライアーを再び背負い、急に駆け出したのです。

『シュテルン!!シュテルン!!どこに行くのですか!!』

 カラニの声にシュテルンは足を止め、クルッと振り返りこう言いました。

「ここにくる少し前、花梨の実が成っているのを見つけたんだ!!花梨の実って凄く喉に良いから取ってきて、僕のお母さんにシロップを作って貰うんだよ!!それを飲めば君もまた歌えるようになるよ!!」

 そう言うとシュテルンはカラニに手を振り、再び駆け出したのです。

 その言葉を聞いたカラニも籠を転がし出します。

『···待って!!待ってシュテルン!!花梨の木に近づいたらダメだ!!お願い待って!!』

 シュテルンは花梨の実を取ってくると言いました。それは、フクロウが言っていたあの花梨の木に違いない。そこにはクマのザンタが居る。もし、シュテルンがザンタとはち合わせにでもなったら。カラニの胸が騒ぎ出します。

『シュテルン···お願いだから、待って』

 シュテルンの足は速く、どんどん離れて行ってしまいます。

 だけどカラニだって必死です。

 シュテルンに何かあったら。

 急ぐあまり、足がもつれます。籠の隙間に足を取られて転びます。それでもカラニは諦めません。カラニは一生懸命に籠を転がし続けたのです。



 夕暮れの林の木々に影が伸びだした頃、カラニはようやくシュテルンに追いつくことが出来ました。もう息を吐くことしか出来ません。気を抜いたら今にも倒れ込みそうです。

 ですが、カラニに休むひまはありません。

 カラニは辺りを見回して、ザンタの姿を探します。

《右を見て!左を見て!···よし。次は────》

 カラニは目の前には立派な花梨の木にが1本生えています。

 そして、そのそばにはシュテルン。それ以外の生き物の気配はしません。

《─────良かった。ザンタは居ないようだ》

 カラニはやった一安心。籠の中でしゃがみ込みました。

「あれ?カラニも来ていたの?」

『···シュテルン。早く、ここを出て、君、の、家に帰ろう』

 息を切らしながらカラニがシュテルンに言いました。

「待って。花梨を取ったら一緒に帰ろう」

 カラニの言葉届かず、シュテルンは花梨の木に登りだしました。

『シュテルン。ダメだよ。早く、今のうちにはなれ、ないと···』

 シュテルンはカラニの声が聞こえていないのかどんどん登って言ってしまいます。

「お母さんは、これをハチミツにつけて、シロップにするんだ。僕が風邪をひいて喉が痛くなった時も、そのシロップを飲んだらすぐ治ったんだ。カラニも絶対また歌えるようになるよ!」

 シュテルンの優しさがカラニの胸を温めます。

 でも、日も傾きだしています。それにいつ、ザンタが現れるかもしれません。

 カラニが心配する中、シュテルンはテキパキと熟した花梨の実をつみ取ります。

「よし、これだけあれば十分だ!待って居てねカラニ!今降りるからね!!」

 ああ、これでもう大丈夫。今から進めば夕暮れ時には星明りの森につける。シュテルンの家がどこかは解りませんが、一緒なら何だって出来る。カラニはそう思いました。


「──────!!!カラニ!!!カラニ!!!」


 どうしたのか、シュテルンが木の上から叫んでいる。

 花梨の実がその腕から落ちて、大地の上を跳ね転びます。

 なぜでしょう。実は大して重くないはずなのに、実が落ちるたび籠も、カラニも、大きく揺れるのです。


『────────おい』


 後ろから、初めて聞く声がしました。

 でも、カラニには声の主が誰か解っていました。カラニの前の方まで伸びた影。その影の右の耳に丸い、耳飾りのような影が重なっていたのです。


『あなたは···ザンタです、ね?』

 振り返らないまま、カラニはたずねました。

『なぜ俺の名前を知っているんだ?』

『···フクロウさんに、聞きました』

 ふうん。と、鼻を鳴らしながら、ザンタはカラニの前に周りこみます。

 その姿に、カラニは自分が、どれだけものを知らずに生きてきたか思い知らされました。

 子ぐまのザンタはどこにも居ません。今、目の前に居るのは(たくま)しく成長した若い男熊(おぐま)

 その身体はカラニの何十倍もあります。

 右耳の金の耳飾りが日に光るたび、ザンタの鋭い目も光っているように見えました。

『お前。太陽の国のものだな』

 ザンタの言葉にカラニの身体はが震えだします。

『····なぜ、そう思うのですか』

 カラニの言葉にザンタは鼻をふん。と鳴らしこう答えました。

『その銀細工の籠さ』

『───籠?』

『そう。俺は子どもの頃、その籠の中で飼われていたのさ。あの身勝手な女王にな!!!!』

 そう言った瞬間、ザンタはカラニの籠を、その大きな手で叩き飛ばしました。

『っわあ!!!!』

 籠は近くの草原に飛ばされ、カラニは籠ごと大地に叩きつけれます。

 ザンタはカラニの方へ近寄ってきます。

『フクロウのじいさんから聞いたんだろ?だったら俺がどれだけ太陽の国を嫌っているか、解るよな?』

 よろけながら身体を起こしたカラニはザンタの方を見て言いました。

『解っています。あなたが、どれだけ、悲しくて、辛い思いをしたのか。大切な家族と、離れ離れになって──』

 その言葉を聞いたザンタは牙を剥き出して、思い切り腕を振り上げます。

『だったら!なぜここに来た!太陽の国のものが!!』

 もうダメだ。カラニはそう思い、目を閉じました。

 でも、ザンタの腕は降りてきません。

「止めて!!カラニをいじめないで!!」

 目を開けた瞬間、映った光景にカラニの胸が恐ろしい速さで騒ぎ出します。


『─────シュテルン!!』


 木から急いで降りてきたシュテルンが、振り上げられたザンタの腕にしがみついていたのです。

『何だお前は!?』

「お願いくまさん!カラニをいじめないで!!」

『さては、お前も太陽の国のものだな!!』

『違う!!その子は太陽の国のものではありません!!』

 カラニは必死になってザンタにそう言いました。

 けれど、ザンタは聞く耳を持ちません。

 一方、シュテルンは必死にザンタの腕にしがみついてカラニをかばいます。

「カラニ!!逃げて!!」

『えい!!忌々しい!!太陽の国のものが!!』

 そう言って、ザンタは腕を思いっきり振り上げて、シュテルンを振り飛ばしました。

 ふり飛ばされたシュテルンは、花梨の木に打ち付けられます。

「─────カラ、ニ。逃げ、て···」

 シュテルンはそういったきり、大地に力無く倒れ込みました。

『シュテルン!!シュテルン!!しっかりして!!シュテルン!!』

 カラニが何度呼んでもシュテルンは答えません。

《わたしのせいだ。わたしがぐずぐずしていたばかりに。ちゃんとザンタの事を話していれば···》

 カラニは籠の中で生まれてはじめて涙を流しました。

『ふん。邪魔をするからだ。さ、次はお前だ』

 ザンタはそう言うと、再び腕を大きく振り上げカラニをめがけてその腕を振り降ろしました。その時です!


『────止めなさい!!ザンタ!!』


 何かがカラニとザンタの間を、ひゅんっと風を鳴らして突き抜けました。


『───カラニ!!カラニ!!しっかりおしよ!!カラニったら!!』

 誰かが籠の間から手を伸ばし、泣き崩れるカラニの肩を揺すります。

『····アライグマさん?』

『そうだよ。ああ、カラニ。怪我はないかい?』

『どうして?』

『川で洗い物していたら、フクロウさんに会ってね。二人であんたの話をしているうちに心配になって、星明りの森に住んでいる娘さんにあんたの事を頼みに行こうってなって、歩いて居たらあんた達の声がして、大急ぎで来たんだよ!』

『そうだったのですね···そうだ。アライグマさん!シュテルン!シュテルンは!!』

『シュテルン···あ!あの男の子かい?それなら今、フクロウさんが見てくれているよ──カラニ!?』

 アライグマのお母さんの言葉を聞いたカラニは、勢いよく立ち上がると、フクロウの居る方へ籠を転がし出しました。

 フクロウは花梨の木の下で倒れているシュテルンのそばに居ました。そのすぐそばにはザンタの姿も在りました。

 さっきまでの荒々しい姿はどこえやら、まるで叱られた子供のように肩をすくめて、両の耳は力無くしなだれています。

『フクロウさん!!!』

『おお、カラニ!無事だったか!』

 カラニは倒れたままのシュテルンを見て、フクロウに聞きました。

『フクロウさん、シュテルンは?』

『ああ、大丈夫。息をしているよ。しかし···』

『しかし?』

『木に強く打ち付けられたせいだろう。話しかけても返事がないのだよ。直に夜になる。このままにしておいたら、寒さで凍えてしまうかもしれない』

『そんな····なんとかなりませんか?フクロウさん!』

 カラニの言葉に、フクロウは参った様子でした。なんとかしてあげたくても、鳥のフクロウには人の子を助ける術はないのです。

 その時、アライグマのお母さんが何か思い出したように、こう言ったのです。

『フクロウさん!魔女よ!魔女のクロウジアならこの子を助けられるんじゃない?』

『おお!そうだ!クロウジア!クロウジアなら!』

『アライグマさん、フクロウさん!その、クロウジアというのは?』

 カラニの言葉にフクロウが答えます。

『魔女クロウジアはここから川上に向って半時、吊り橋のかかった谷間を越えた"常闇の泉"のそばに暮らしている。クロウジアの魔法ならきっとこの方を救えるに違いない』

 その言葉を聞いたカラニは決意します。

『フクロウさん!わたしがそのクロウジアの元へ行きます!!』

『しかし、そのぼろぼろになった籠では···』

 そう、カラニの籠はザンタに飛ばされたせいで傷がつき、あちこちへこんでいます。とてもクロウジアの元へ行けるような状態では無かったのです。行けたとしても辿り着く頃には夜に成ってしまいます。それではシュテルンを救うことは出来ません。

『シュテルンはわたしのために、わたしを守ろうとしてくれた。わたしもシュテルンのために、出来ることをしたいのです!』

 そう言って、カラニは真っ直ぐフクロウを見つめます。

『─────ザンタ!!花梨の木に絡まっているツルを取って!!できるだけ長く。もし切れたら私が結ぶわ』

 カラニ達のやり取りを見ていたアライグマが、ザンタにそういいます。

『────え?ツル?』

『あんたね!!いつまでもしょげているんじゃないよ!!さ、早く!!』

 アライグマのお母さんの言葉に、ザンタは急いで花梨の木からツルを剥ぎ取ります。

『カラニ、あの子を助けたいんだね?』

『はい!』

『フクロウさん。私がカラニを籠ごとおぶって行くわ。そうすればきっと夜までにクロウジアを呼んでこれる!』

 カラニの顔と、アライグマのお母さんの顔を見たフクロウは二人の決意に解ったと頷きました。

『おばさん!これ!』

 ザンタは剥ぎ取ったツルをアライグマに渡します。

 アライグマは自慢の手と受け取ったツルを使って、カラニを籠ごと自分の身体にくくりつけました。

『かなり揺れるだろうけど、頑張るんだよカラニ』

『はい!フクロウさん。シュテルンをお願いします!』

『ああ。安心おし。この方の事は、私に任せて。アライグマさん頼んだよ!』

『ええ!さあ、カラニ。籠の隙間から私の毛を掴んで!』

『でも、それでは···』

『ふふ。大丈夫!毛を掴まれるのは家の子達で慣れっこさ!さ、早く!』

 それではと、カラニはアライグマのお母さんの毛をギュッと翼で掴みました。

 アライグマのお母さんは、それを確かめると、よし!と一言。カラニを背負って走り出しました。

 魔女クロウジアが居る"常闇の泉"を目指して。



 アライグマのお母さんは風を切り、草木をかき分け、力いっぱい大地を蹴り走り続けます。

『カラニ!もうすぐ吊り橋が見えてくるよ!』

 カラニはアライグマのお母さんに言われた通り、毛を掴み、籠の中で転がらないように踏ん張っていました。

『アライグマさん。どうしてこんなわたしに親切にしてくださるのですか?』

『どうしたんだい?急に?』

『フクロウさんの家に行った時に聞いたのです。あなたが私のことを心配していたと。わたしはそれが不思議だったのです』

 カラニの言葉を聞いたアライグマのお母さんは、思わず吹き出しました。

『───っふ。ははは。親切するのにわけなんかないさ!』

 カラニはアライグマのお母さんの言葉に、とても驚いていました。

『わけはない?!でも、わたしは、あなたが親切で籠から出してくれようとしたのを止め、話をちゃんと聞こうともしなかったのですよ?それなのに····』

 申し訳無さそうなカラニの声に、アライグマのお母さんはこう言いました。

『確かにね。なんて生意気な子だと。ちょっとは思ったさ。でもね、カラニ。あんたは捨てられたのに、たった1人で、あの川まで籠を転がしながら来たんだ。それって凄い事じゃないか。そう思ったらなんだか放っておけなくてね』

『でも、わたしはただ、籠を転がして森を進んだだけです。歌えなくなって、捨てられた私に戻れる場所はありませんし···』

『それが凄いのさ。普通は右も、左も解らない場所に置いて行かれたら、どうして良いか分からず動けなくなる。それをさカラニ。あんたは前に進んだのよ』

 アライグマのお母さんの言葉に、カラニはふと、シュテルンの事を思い出しました。シュテルンも同じような事を言っていたと。

『···ザンタはね、うずくまって泣いて居たのよ。わたしとフクロウさんが見つけるまで』

『え?あのザンタが?』

 アライグマのお母さんの言葉に、カラニはまた驚かされました。

 ザンタは、カラニとアライグマのお母さんが出会ったあの川の直ぐ側でしくしく、しくしくと1人で泣いていた所を2人が見つけたというのです。

 話を聞くと、太陽の国の兵士にここまで連れてこられて置き去りにされたと話し、サーカスに帰りたい。皆に会いたいとまた泣き出したのです。当然2人には、ザンタの望みを叶えてあげる事は出来ません。

 その代わり、2人はザンタを森の一員として受け入れ、出来るだけの事をして見守ってきたのです。

 アライグマのお母さんの話を一通り聞いて、ザンタが2人の前ではまるで子ども同然だったのは、なるほど、それで。カラニは納得しました。

『────あの子とあんたには酷い事をした。だけど、カラニ今度だけ。1回だけ、ザンタを許してやって欲しいの』

 カラニはアライグマのお母さんの背を眺めながら、少し考えました。

 シュテルンがあんな事に成ったのは、ザンタのせいだ。

 けれど、自分がシュテルンに話しておけば、ザンタと会った時にすぐ事情を話せていたら。

 色んな思いが頭の中を駆け巡ります。

『アライグマさん。わたしはザンタを責める事はしません。でも、ザンタを許すかどうかを今決めることは出来ません。ごめんなさい』

 カラニは今の気持ちをアライグマのお母さんに正直に話しました。

 アライグマのお母さんも解ったと言って、それきり、ザンタの事は話しませんでした。



 そうこうして、カラニ達は常闇の泉へ渡された吊り橋まで辿り着きました。

 しかし、カラニ達はあ然としたまま一向に進もうとしません。

『·····なんてこと』

 アライグマのお母さんが思わずそう言ってしまったのは、あるはずのものがそこに無いからです。

 そう。カラニ達が渡るはずだった吊り橋がボロボロに崩れ落ち、無くなってしまっていたのです。

『アライグマさん!他に常闇の泉へ行く方法はないのですか?!』

 カラニの言葉にアライグマのお母さんは力なく首を振りながらこう言います。

『駄目よ。この谷は深くて、降りて渡ることは出来ないし、吊り橋だけが唯一、常闇の泉へ行く方法だったの。はあ···せっかくここまで来たのに』

 アライグマのお母さんの姿にカラニは悔しくて、悲しくて、どうしたら良いのか分からなくなります。

 《───このままではシュテルンが》

『······い!おーい!!カラニじゃないか!!』

 どこからでしょう。カラニのことを呼ぶ声が聞こえます。

 カラニは声の主を探し、辺りを見回します。

『けけけ!こっちだ!こっち!!お前の頭の上だよ!』

 カラニは言われた通りに頭の上を見上げました。

『····カラスさん。カラスさんじゃないですか!!』

 あれは、カラニがお城で飼われていた頃、カラニをよく籠から出そうとしていたカラスです。

『お前、まだ籠の中に居るのか?あきれたやつだな!』

 カラニをバカにした態度に腹を立てたアライグマのお母さんが、カラスのリートにこう言いました。

『これ!リート!突然現れてなんだいその言い方は!』

『げえ。アライグマんちのおばさんまで一緒かよ』

『本当にあんたは一言多い子ね!───あああ!!』

 突然アライグマのお母さんが大声を上げました。リートはそれに驚いて翼をバタつかせます。

『なんだよおばさん突然!』

『リート!あんたに頼みがあるのよ!!カラニを魔女クロウジアの所に連れて行ってあげて!!』

 アライグマのお母さんの言葉に、リートはまたまた驚いて翼をバタつかせます。

『はあ?どうしてそんな事しなきゃならないんだよ!』

 アライグマのお母さんに続くように、カラニも必死でリートに言います。

『お願いします!カラスさん!!私はどうしても魔女クロウジアのもとへ行かなくてはならないのです!!どうか力を貸してください!!』

 あの生意気なカラニが、必死に自分に助けを求めている。リートはちょっといい気分になります。

『ふうん。まあ、そこまで言うなら、聞いてやらないこともないけど?』

 そのリートの様子にアライグマのお母さんがこう言いました。

『リート!どうして素直に『良いよ!』が言えないの!!だいたい、あんたが私に、『カラニを見つけたら助けてやってくれ』って言ったんじゃないの!!』

『え?』

 アライグマのお母さんの言葉にリートの顔は真っ赤になります。

『おばさん!!その話はしない約束だろ!!』

『ふん!あんたがあんまりこの子に意地悪だからだよ!!で、リート?当然、カラニを助けてくれるのよね?』

 アライグマのお母さんは、少し意地悪くリートに聞きます。

 それに堪えられなくなったリートは、恥ずかしさを吹き飛ばすようにこう言い返しました。

『わかったよ!!クロウジアの所に連れて行ってやるよ!!』

『ありがとうカラスさん!!』

『ったく。最初からそう言えば良いのに』

『うるさいなあ!!ほら、そのツルで俺の足と籠を結んで。そうしたら万が一、足の力がゆるんでも籠は落ちないだろ?』

 アライグマはすぐさま自分の身体からツルを外すと、今度はそれをリートの足とが掴んだ籠から離れないよう、ぎゅっと結びつけます。

『さ、これで大丈夫!リート、カラニを頼んだよ!』

『おお!さ、カラニ行くぞ!───そうっれ!!』

 リートは掛け声に合わせて、翼を大きくはためかせ、空に舞い上がりました。

『アライグマさん!ありがとう!行ってきます!』

『気をつけて!!私は戻って、フクロウさん達と一緒に待っているからね!!』



 アライグマのお母さんと別れ、カラニとカラスのリートは谷を越え、常闇の泉を目指して飛び続けます。

『カラニ、もう少しで常闇の泉だぞ』

 リートは、籠の中のカラニに呼びかけます。

 カラニはふと、気になっていた事をリートに聞きました。

『カラスさん。どうして私を助けてくれるのですか?』

『え?なんだよ今さら』

『だって、私は太陽の国に居た頃、あなたが良かれと思って、私を籠の外へ出そうとしてくれたのに、それを止めたのですよ?』

 カラニの言葉に、リートは少し考えてこう言いました。

『まあ、そりゃあの時は腹が立ったさ。だけどあの後、空を飛びながらふと思ったんだ。お前は、あんな女王さまのために籠の中で毎日、毎日、歌を歌ってやっている。一言の文句も言わずに。おれはそんな事、絶対出来ないなって』

『そんな。私は歌う事しか出来なかったから。ただそれだけで···』

『何いってんだよ!誰かのために、毎日同じ事をするってさ、凄い事じゃないか!!』

 リートの言葉に、カラニはお腹のあたりがむずむずして、ここが(ちゅう)でなかったから翼をバタつかせたいくらいむずがゆくてしかたありません。

『それなのに、あの女王さまときたら!お前が歌えなくなっただけで捨てるなんて!本当、酷いやつだ!!』

 でもそれは仕方ない事。

 女王さまは、カラニの歌声しかいらなかったのです。

 ザンタも、芸が出来るから欲しかっただけ。一緒に居たい。ずっと、ずっと、一緒に。シュテルのように心からそう願ってくれたわけではなかったのです。

 カラニは、太陽の国の女王さまが急にかわいそうに思えてきました。

 だって、女王さまは誰も好きになることのできない人。そうして誰からも好きになってもらえない人なのだから。



『おい!カラニ!あれだ!あれが常闇の泉だ!』

『ありがとうリート。それにしても、まるで大地に風穴が開いたようだ。底が全く解らない』

『だから常闇の泉って言うんだ。真っ暗闇で、のぞきこんでも何も見えやしない』

 太陽が半分以上沈んだ頃、リートとカラニはなんとか常闇の泉に着くことができました。

 でも、まだ安心出来ません。これから泉のそばに住む魔女、クロウジアに会い、シュテルンを救わなくては成らないのです。

『リート。それで魔女クロウジアはどこに居るのですか?』

『もうすぐ見えて────ほら!あそこ!レンガの家が見えるだろ?あれがクロウジアの家だ!それにお前ついているよ!窓から明かりが見える!』

 本当にお城の外は驚く事ばかりだと、カラニは改めて思いました。

 太陽の国の女王さまが読んでいた絵物語の魔女の家は、屋根は藁、古くて蜘蛛の巣だらけ。家のそばには、痩せこけた柳の木が1本、不気味に風になびいている。そんな様子だったので、当然カラニはそうだとばかり思っていました。

 それが、リートに言われたクロウジアの家は、愛らしい白い野ばらに囲まれ、外壁のレンガは手入れが行き届き、ドアのところには見たことのない、不思議な形のランタンが下げられ、入り口を温かい灯りが照らしています。

 魔女というより、妖精が住んでいる家のようだったのです。

 リートはひゅるんと緩やかに翼をはためかせ、カラニの籠をクロウジアの家の前に降ろすと、くちばしで自分の足からツルをほどいて外しました。

『ふう。よっと─────さて』

 一息ついたところで、リートは軽く翔ぶようにして、足でドアノッカーを掴み3度ほど叩くとドアに向かってこう言いました。

『クロウジア。クロウジア!お願いがあるんだ!居たらドアを開けてくれ!』

 そう言うと、リートはカラニの隣に並び、家の主がドアを開けてくれるのを待ちます。

 すると、ドアがゆっくりと開かれ、ついにこの家の主、魔女のクロウジアが現れたのです。

 カラニは息を飲みました。

 魔女と言えば、腰が曲がっていて、鋭く尖った鷲鼻(わしばな)、そして頭にストローハットを被った老女が現れるとばかり思っていたのですから。

 ところが、開かれた扉の先に立っていたのは、ここに咲く白い野ばら達に引け劣らぬ美しい乙女だったのです。

「まあ、リート───?隣の小鳥さんは?」

 クロウジアはカラニをちらと見ると、リートにたずねました。

『こいつはカラニ!実は、あんたに頼みたいことがあるらしいんだよクロウジア』

 リートの言葉を聞いたクロウジアは、カラニの前にしゃがみ込むとこう言いました。

「太陽の国の女王、ゾーネの籠の小鳥。あなたがあのカラニですね?」

 カラニはクロウジアの言葉に驚きながらも答えます。

『はい。魔女クロウジア。私がそのカラニです。あなたに救って欲しい人が居るのです!どうか、どうか力をお貸しください!』

 籠の中でひざまづいて頼むカラニに、クロウジアは言いました。

「良いでしょう。ただし条件があります」

『条件?それは一体────』

「───とにかく、今はその人の元へ」

 そう言ってクロウジアは、服のポケットから銀色に輝く杖を出し、それを一振りすると、カラニとリートは光の玉に包まれ、クロウジア自身も光に包まれました。

「さあ、私に着いてきてなさい」

 カラニ達は光となったクロウジアに連れられ、フクロウ達の待つ夕暮れの林に向かったのです。




『····こいつ、まだ目を覚まさないな』

 夕暮れの林に1本だけ生えている花梨の木。

 そのすぐそばで倒れたまま目を覚まさないシュテルを囲むようにフクロウ、ザンタ、そして谷から戻って来たアライグマのお母さんは、カラニ達の帰りを待っていました。

『はあ···全く。本当にとんでも無い事をしたなザンタ』

 困り果てたフクロウは、ザンタを責めるようにそう言いました。

『ご、ごめんよ。本当に。まさか全部おれの勘違いだったなんて』

 フクロウの言葉にザンタの耳はしゅんと下がります。

『謝るべき相手はわたしではない───カラニ達はクロウジアに会えただろうか。もう太陽が沈むぞ』

『大丈夫よフクロウさん。きっともうじき──フクロウさん!!あれ!!』

 大声を上げたアライグマのお母さんは、空を指差しましした。

 フクロウとザンタがアライグマのお母さんの指差す方に目をやると、光の塊がこちらに向かって飛んで来るのが見えます。

 光の塊は、フクロウ達の目の前にふわりと風を立て舞い降りると、中からクロウジアが現れ、カリラにとリートも光の玉の中から出てきました。

「こんばんは。森長(もりおさ)のフクロウさん」

『おお!クロウジア!来てくれたのだね!カラニに、リートも。よく戻った!』

 フクロウはカラニ達の姿に、ほっと安心しました。

『────っフクロウさん!っほら!』

 アライグマのお母さんが、なかなか本題を話さないフクロウさんを指でつつきます。

『お!そうだ!クロウジア。どうかお前さんの魔法の力で、この方を助けて貰えないだろうか?鳥のわたしでは、何も出来ないのだよ』

 フクロウの言葉にうながされ、クロウジアはシュテルンの側にひざまずき、その様子を一目しました。

 その時、シュテルンの持っていたライアーを見てクロウジアはこう言いました。

「このライアー···フクロウさん。この方は"光の帝国"の王子、シュテルさまですね?」

 フクロウがクロウジアの言葉にうなずくと、その場に居た全員が目を大きく開いて、驚きと戸惑いの声を上げました。

『王子さま!??!本当なのかい?フクロウさん?!』

『王子さま!!かあーっ。ザンタ!お前、とんでもない奴に手を出したな!』

『····光の帝国···王子。そそそんなっ!!どうしよう。おれ、とんでもない事しちまったよ』

 それぞれが思い、思いに声を上げる中、カラニはクロウジアに言いました。

『魔女クロウジア!!私がすくって欲しいのはこの少年です!どうか、シュテルンをお救い下さい!!クロウジア!』

 その言葉にクロウジアは、カラニの目をじっと見つめました。クロウジアの黒水晶のような瞳は、まるで常闇の泉のように深く、カラニは少しだけ怖くなりました。

 けれど、シュテルンを救えるのはクロウジアだけなのです。そう思い、カラニも負けじとクロウジアを真っ直ぐ見つめました。

 カラニのその様子に、クロウジアは優しく微笑むと、今度は震えるザンタの方を見てこう言いました。

「ザンタ、ザンタ」

『ごめんなさい──ごめん──ごめんなさい』

 ザンタはシュテルが王子と知って、これから自分がどんな罰を受けるか考えると怖くて震えが止まりませんでした。

 クロウジアは、ザンタに静かに問いかけます。

「────ザンタ。怖いでしょう。カラニと王子さまも、あなたが現れた時、どんなに怖かったか。でも、ザンタ。2人は怖さを懸命に打ち消して、あなたに立ち向かい、訴えたのです。カラニは王子さまのために。王子さまはカラニのために────ザンタ、今度はあなたが、勇気ある二人のため、力を尽くす番だとは思いませんか?」

 クロウジアの言葉に、ザンタはやっと顔を上げました。

『───おれの番?クロウジア、おれ、どうしたら』

 クロウジアはザンタの顔を見ると、こう続けました。

「良いですか、これから私の言う通りになさい。まずはチゴユリを球根ごと1つ。それからあなたが大切に集めたマヌカの蜜に───フクロウさん。この辺りにペパーミントはあるかしら?できたら花付きが欲しいのだけど」

『おお!それならこの近くによく茂った場所がある!どれ、私が一飛して摘んで来よう!───これ!ザンタ!お前も早く行きなさい!もう月が顔を出し始めた。早くしないと、王子さまが!』

『──わ、解った!!すぐ取ってくるから待っててくれ!』

 そうしてフクロウは花付きのペパーミント、ザンタはチゴユリと蜜を穫りに森へ飛び、林を駆けて行きました。

「───リート、ちょっと良いかしら?」

『どうしたクロウジア?』

「この花梨の木の1番てっぺんにある実を1つ、穫って来てもらえないかしら?」

『なんだ!お安い御用だ!』

 クロウジアに頼まれたリートはぴゅんと一飛び、木のてっぺんに実っていた1番美味しそうな花梨の実を1つ穫ると、下で待っていたクロウジアに渡しました。

「ありがとう───アライグマさん。この花梨の実を──この麻布で磨いてもらえないかしら?」

 クロウジアはポケットから麻布を出すと、リートから受け取った花梨の実と一緒にアライグマのお母さんの前に差出しました。

『あら!どうせなら川まで行って、洗って来てあげようか?』

「ありがとう。でも、いいの。多分───そろそろフクロウさんとザンタが、頼んだものを持って戻ってくるから」

『そうかい?じゃあ、この麻布、ちょっと借りるわね』

 そう言うと、アライグマのお母さんはクロウジアから受け取った麻布で、花梨の実を丁寧に隅々まで磨き上げました。

 その様子を見ていたカラニは、自分にもシュテルのためにできることは無いかクロウジアに聞きました。

 クロウジアは、カラニにこう答えました。

「────カラニ。私は王子さまを救う手助けをするだけ。本当にあの方を救えるのは、あなただけなのです」

『わたしが?!でも、クロウジア。わたしはただの小鳥です』

 クロウジアは続けます。

「カラニ。確かにあなたは小鳥です。でも『ただの小鳥』ではありません。あなただから出来る事があり、あなたを信じ、大切に思う者が居ることをそろそろ知るべきです」

『───わたしを信じ、大切に思う者』

「あなたが歌えないと知って、女王ゾーネはなんと言いましたか?」

『───どこかに行ってしまえと。そうして家来のものを呼び、わたしは捨てられました』

「ええ。では、シュテルン王子は?あなたが歌えないと知って、なんと言いましたか?」

 クロウジアの言葉を聞いた瞬間、カラニの胸は温かくて、むずむずして、そして2つの目から大粒の涙がポタポタと溢れ出したのです。

 シュテルンはカラニを凄いと言ってくれました。歌えなくたって、カラニはカラニだと言ってくれました。

『わたしと··わたしと一緒にいたいと言ってくれました』

 そう、クロウジアはカラニに知ってほしかったのです。『ただの小鳥』だったカラニは人のために歌い、捨てられ1人になっても前へ進み、日陰の森の動物たちと関わりをもち、シュテルンと出会えた事。

 その全て、みんな、カラニが歌えなくたって、カラニがものを知らずに、生意気な言葉を言ったって、こうしてカラニのために力を貸してくれている事を。

「─────みんな、あなたが好きなのよカラニ」

 クロウジアは小さな声で言いましたが、カラニには聞こえたのでしょう。カラニの涙はフクロウ達が戻るまで、止まるこはありませんでした。



 空にうっすら星が灯りだした頃、フクロウとザンタはクロウジアに頼まれた物を持って戻って来ました。

「皆、どうもありがとう。さてと────!」

 クロウジアが杖を一振。

 すると、宙にガラスで出来た鍋が現れました。

 ゆっくり回るその鍋の中に、先ずはチゴユリの根っこを1玉、そこへ花梨の実を丸ごとと、花つきのペパーミントを少々。最後にマヌカの蜜をスープスプーン1杯。材料を入れ終わると、クロウジアは鍋の中をのぞき込み、頃合いを見て鍋の縁をトントントンと3回杖で叩きました。

「───ザンタ、取っておいたチゴユリの花の方を持ってきて」

 ザンタはクロウジアに言われた通りに花を取り、そっと手渡しました。

 クロウジアが、受け取ったチゴユリの花を杖ですっと撫でると、花はまたたく間に美しい陶器のミルクピッチャーに姿を変えました。

 チゴユリのミルクピッチャーにスープスプーンで3杯、ガラスの鍋で作ったものをすくい入れると、シュテルンの頭を少しだけ抱き起こし、それを口にそっと注ぎ入れました。

「これでいいわ。カラニ、おいで」

 クロウジアがそう言うと、カラニは籠ごと宙に浮き、シュテルンの直ぐ側まで引き寄せられました。

 それから、クロウジアはミルクピッチャーの持ち手をトンと1度叩きました。

 するとミルクピッチャーに残っていたものは小さな玉になり、宙へ浮くと、カラニの目の前まで寄ってきたのです。

「さ、カラニも」

 少しだけ不安でしたが、クロウジアを信じて、カラニはその玉をぱくりと口に入れ、ごくりと飲み込みました。

 驚いたことに、それはとても香りよく、ほんのり甘くて、ペパーミントのおかげか、喉にそよ風が吹くような心地よさを感じたのです。

 でも、カラニはもっと驚く事になるのです。

「準備は整いました。さあ、カラニ。歌って」

 なんと、クロウジアはカラニに歌うように言ったのです。

『え!?待ってくださいクロウジア!わたしは歌えません!』

 カラニは大慌てでクロウジアにそう言いました。

 でも、クロウジアは首を横に振り、こう続けます。

「いいえ。あなたは歌えます。それに───シュテルン王子を救う魔法を完成させるには、カラニ。あなたの歌が必要なのです!」

 クロウジアはカラニを真っ直ぐに見つめながら、そう言ったのです。

 カラニは、自分を見つめるクロウジアの目をじっと見ました。

 シュテルンを救ってほしいと願った時と同じ目。カラニはあの時の誓い、あの時の決意を思い出し、うん!と首を立てに振ると、クロウジアに答えました。

『クロウジア。歌います。わたしに力を貸してくれた日陰の森の皆のために。そして、大切なシュテルンを救うために!!』

 クロウジアはカラニの言葉を聞くと再び杖を振り、カラニと籠を光で包み込みました。

「さあ、カラニ。歌って。あなたの思いを乗せて」

 カラニはゆっくり、たっぷり、空気を吸い込み、それをたっぷり、ゆっくり吐き出しました。


────ピーヨロロ♪ピーヨロロ♪

 鈴を転がすような綺麗な声。

 声の主は小鳥のカラニ。

 日陰の森で出会った皆へ感謝を込めて。

 大切なシュテルンを救うため。

 願いを込めて歌います。

────ピーヨロロ♪ピーヨロロ♪ピーヨロロ♪


 カラニの歌声が夕暮れの林に響き渡ります。

 素晴らしい歌声に、そこにいる全てのものが夢見心地になっていました。

『おい!!あれ!!』

 最初に声を上げたのは、花梨の木の枝にとまって居たリートでした。

『おお!王子さまが!!』

 続いたフクロウの声に皆がシュテルンの方を見ると、シュテルンの身体が光に包まれ、まるで宝石のように光り輝いていたのです。

「光の帝国、王子シュテルンよ。カラニの歌が届いたなら、闇の中より戻って来なさい!」

 そう言ってクロウジアが杖を振るった瞬間、ひゅんと風が吹き込み、シュテルンを包む光はあっという間に消えて行きました。



『───シュテルン、シュテルン!』

 静まりかえった中、カラニはシュテルンの名を呼びました。

 すると、シュテルンのまぶたがひくっと、小さく動きました。

「─────────────カラニ?」

 シュテルンはカラニの名を呼び、ゆっくりと目を開いたのです。

『『『『───やったーーーーっ!!』』』』

 それを見た森の仲間たちは大喜び。フクロウとリートは、翼をはためかせ宙を舞い、アライグマのお母さんとザンタは、手を取り合い跳ね跳びます。

『シュテルン!良かった!良かった!!』

「───カラニ。君が助けてくれたの?」

『わたしだけではありません。フクロウさん、アライグマさん、リート、ザンタ。そして、森の魔女クロウジア。皆が力を貸してくれたのです!』

 カラニの言葉を聞いたシュテルンは、自分の周りを見回すと身体を起こして皆へお辞儀をしました。

「────皆さん。ぼくのために、ありがとう。本当にありがとう」

 皆、シュテルンにお礼を言われて、何だか照れくさそうにしています。

『────ほれ!ザンタ』

『う、うん···』

 そんな中、フクロウがザンタの背中を翼でぽんっと押しました。

 ザンタは気まずそうな顔をして、シュテルンの前まで行きます。

「君は──」

『あの。王子さま、ごめん···おれ、お前のこと、太陽の国のやつだと思ってついあんな事を──』

『───はああ。ザンタ!王子さまに向かって『お前』はないだろう!』

「良いんですフクロウさん!」

 呆れた様子でザンタを叱ろうとしたフクロウを止めたシュテルンを、ザンタは驚き顔で見ました。

 シュテルンはこう言いました。

「ねえ、ザンタ?ぼくは怒ってないよ?だけど、約束して。もう乱暴な事をしないって。ね?」

 そう言って、シュテルンはザンタの頬をそっと、優しく撫でました。

 シュテルンの言葉と、優しい手の温かさに、ザンタは涙を流しました。

『────うん。おれ、もうやたらに手を上げたりしないよ。約束するよ。』

 その様子を見ていた誰もが、良かったと心の底から思いました。

 そしてザンタは、シュテルンの隣の籠の中にいるカラニにもあやまりやした。

『カラニ。ごめんな。お前だっておれと同じ、太陽の国のやつに捨てられたのにあんな酷いことして』

『ザンタ、わたしはあなたを許せなかった。シュテルンに酷いことをしたから。でも、シュテルンがあなたを許したのでわたしも許します!力を貸してくれてありがとう!』

 カラニの言葉にザンタは両耳を真っ赤にして、恥ずかしがって背中を丸めます。

 そのやり取りに、アライグマのお母さんはほっと、胸を撫で下ろしました。

 それぞれが胸の中にあった重荷を降ろせたところで、魔女のクロウジアはカラニの前に歩み寄り、言いました。

「さあ、カラニ。今度はわたしの番です。王子を救う条件の事、覚えていますか?」

 カラニは籠の中、クロウジアの方へ近づき言いました。

『はい!もちろんですクロウジア!』

 皆はもちろん、クロウジアが居なかったらシュテルンを救う事は叶わなかったのです。カラニは、自分に出来る事なら何でもすると決めていました。

 カラニの目を見て、クロウジアはこう言いました。


「では、カラニ。あなたの、その素晴らしい銀細工の籠を貰う事にしましょう」


 クロウジアの出した『条件』を聞いた森の仲間たちは、あまりの事に驚きを隠せません。

『まってちょうだいクロウジア!カラニはこの籠の中が好きなのよ!無くなったら困るわ!』

 アライグマのお母さんが大慌てでそう言いました。

 その言葉に、カラスのリートも続きます。

『おばさんの言う通りだ!それにクロウジア?鳥も飼ってないのに鳥籠なんて貰ってどうすんだよ?』

 クロウジアは言いました。

「実は、お気に入りだった空飛ぶホウキの()がぽっきり折れて、壊れてしまったの。新しく作ろうと、森中の枯れ木を見て回ったけど代わりになりそうな物が無くて。その銀細工の籠を溶かして、折れた()の繋ぎにしたら、強く、そして美しいホウキに生まれ変われる。だから私はカラニの籠が欲しいの」

 クロウジアの話を聞いたリートはこう言います。

『で、でもクロウジア。ホウキなんか無くたって、あの、ピカッ!として、びゅん!て魔法があれば空を飛べるだろ?』

 リートは、常闇の泉から戻ってくる時にクロウジアが使った、光の魔法の事を言いました。

 でも、クロウジアは首を横に振ります。

「リート、あれは特別な魔法の一つなの。ホウキで空を飛ぶよりも力を使うし、それに──あんな大きな光の玉があちこち飛んでいたら、森の生き物たちが不安になるでしょ?だから駄目なの」

 そう言われてしまったリートは、残念そうにため息をついて、何も言えなくなってしまいました。

「待ってください!魔女さま!その籠はカラニにとって、とっても大切な物なんです!えっと───あ!代わりに、ぼくのライアーを!どうか受け取って下さい!!」

 カラニの籠が取られてしまう。様子を見ていたシュテルンは、何とかしなければと、自分のライアーをクロウジアに差し出しました。

 けれど、クロウジアは受け取ってくれません。

 クロウジアは、改めてシュテルンに言いました。

「優しい王子さま。これは、私とカラニの約束。あなたを救って欲しいと誰よりも強く願い、私の力を借りたカラニで無くては、条件をみたすことは出来ないのです」

 話を聞いたシュテルンは、諦めきれずライアーを差し出し続けました。それでも、クロウジアは首を横に振り、シュテルンの願いを拒みました。

 クロウジアの答えに、シュテルンは、力なくライアーをおろしました。シュテルンの宝石のように綺麗なわかば色の瞳から、悔し涙がこぼれ落ちます。

 その姿を見たカラニは、ゆっくり目を閉じると翼を胸に当て、たっぷり空気を吸い込みました。

 今度はゆっくりそれを吐き出し、閉じていた目を開き、翼を大きく広げて力強くこう言ったのです。

『常闇の泉の魔女クロウジア!こんな傷だらけの籠で良ければ、どうか私からの感謝の証として!受け取って下さい!!』


 カラニの言葉を聞いて、クロウジアはようやく頭を縦に振り微笑みました。

「カラニ、よく決心しましたね。あなたの感謝の証、確かに受け取りましたよ。シュテルン王子、顔をお上げ下さい」

 クロウジアの言葉に、シュテルンは顔を上げました。

「シュテルン王子、手をだして下さい」

 シュテルンは言われた通り、すっと手を差し出します。

 すると、クロウジアは杖を小さく振り、宙に浮かせたカラニの籠を、シュテルンの目の前まで引き寄せると、籠の扉を開きこう言いました。

「さあ、カラニ。出ていらっしゃい」

 そう言われたカラニは、踏み出そうとしたものの、ちょっと戸惑いました。

 物心ついたときには、この銀細工の籠の中で女王さまのために歌を歌っていたカラニ。

 歌う事だけを考えて、空を飛び、風を感じる事もなく、誰かとたわいない話をするでもなく、ただ籠の中で歌って生きてきただけの小鳥のカラニ。

 そのカラニにとってこの一歩は、とても大きな一歩なのです。

 カラニはふと、目の前で手を差し出したまま、待ってくれているシュテルンの顔を見した。

 涙がこれ以上溢れないように、口をギュッとつぐんで、カラニが出て来てくれるその瞬間を待っているのです。

『──────っえい!』

 カラニは翼をパタパタとはためかせ跳ね上がり、シュテルンの手に跳び乗りました。

「─────ッカラニ!カラニ!カラニ!カラニー!」

 シュテルンは嬉しくて、嬉しくて、さっきまでが嘘のような笑顔で何度もカラニの名前を呼びました。

 森の仲間たちも喜びの声を上げます。

『カラニ!やったな!任せとけ、おれとフクロウのじいちゃんでバッチリ空の飛び方教えてやるかなら!』

『あんた立派だよカラニ、よく頑張ったね!おめでとう!』

『おめでとう!!良かった、本当に良かった···うぅ!』

『ホッホホ!泣いているのかザンタ?いやあ、これはめでたい!!素晴らしい日だ!!』

『シュテルン!良かった。本当に良かった!シュテルン』

「カラニ、嬉しいよ!!でも、ごめんよ。ぼくのために大切な籠が──」

 シュテルンの言葉を聞いたカラニは、シュテルンの肩まで一飛びすると、涙の跡が残る頬に顔を寄せて、こう言いました。

『良いんだ。良いんだよシュテルン。君より大切なものなんてありはしない。わたしの大切な友達』

「ぼくもだよ。カラニ。君はぼくの1番大切な友達だよ」

 夕暮れの林が今までに無い、温かくて、穏やかな空気に包まれていました。




 気づけば、星は輝き、月がほんのり空に浮かびあがっていました。

 シュテルンはライアーを背負い、肩には友達のカラニが

嬉しそうにとまっています。

 クロウジアは受け取った籠を手に持ち、シュテルンたちを優しく見つめていました。


「──────さま!王子さまー!」

「どこにいるのですか!王子さまー!」


 林の中に何人かの声が響き、少し遠くにちらほらと灯りが見えました。

「シュテルン王子、お迎えが来たようですね?」

 そう、クロウジアの言う通り、帰りの遅いシュテルンを探して光の帝国から使者が来たのです。

「クロウジアさま、このご恩は忘れません。あの、また会いきてもいいですか?勿論、カラニも一緒に」

「ええ、勿論」

「皆も、また会いに来ていいかな?」

『え?俺達にも?』

 リートが、不思議そうに言いました。

「うん!だって皆、カラニの仲間でしょ?ぼく、皆とも仲良くなりたいんだ!」

 シュテルンにそう言われたリートは、顔を赤くして言いました。

『まあ、そこまで言うなら、遊び相手になってやってもいいぜ!』

『リート!あんたはどうしてそう素直じゃないかね?』

 リートの態度に、アライグマのお母さんは耐えきれずそう言いました。

『だから、おばさんはさ!お喋り過ぎるんだよ!』

 そのやり取りに皆が笑い声を上げる中、申し訳なさそうに居るザンタに気がついたクロウジアは、近くに行ってこう言いました。

「ザンタ、あなたさえ良かったら、わたしと一緒に暮さない?」

『俺が、クロウジアと──』

「今度の事も、人と言う者知らないから起きた事。私は魔女だけれど、人でもある。あなたに教えてあげられる事があると思うの。それに最近、薬の注文が増えて1人でハーブや薬草を集めるのが大変になってきたの。そうした事も手伝って貰えると助かるのだけど?」

 クロウジアの言葉に、ザンタの目がキラリと輝きます。

『──おれ、あんたと一緒に暮らすよ!』

『こら、ザンタ!『一緒に暮らすよ!』ではなくて、一緒に暮らしたい!だろ?』

 フクロウの言葉に、ザンタの耳がぽっと赤くなります。

「じゃあ決まりね。さあ、フクロウさん、アライグマさん、リート!私が送ります。森に帰りましょう」

 そう言ってクロウジアが宙に丸を描くように杖を振ると、森の仲間たちは光に包まれ、次の瞬間、まるでシャボン玉が弾けるよに、ぱっと消えてしまいました。

「さ、ザンタ。私達も家に帰りましょう」

 クロウジアの言葉に、ザンタは嬉しそうに頷きました。

 そして、フクロウたちの時と同じようにクロウジアが杖をふると、2人はカラニ達の前にキラメキを残して、消えて行きました。


「────?!王子?王子さま!!」

「おーっい!!王子さまが居たぞー!!」

「王子さま!──はあ、良かった!!お父様も、お母様もたいそう心配されて、お怪我はありませんか?」

 クロウジア達が姿を消してすぐのこと、シュテルンを見つけた光の帝国の使者達が駆け寄ってきました。

「ごめんなさい。ぼくは大丈夫。だから安心して」

 シュテルンの姿を見た使者達は、良かったと一安心。

 すると、使者の1人がシュテルンにこう言いました。

「───王子さま、その小鳥は?」

 シュテルンの肩の上で、初めて会う人に緊張しているのか翼をキュッとしまい込んで小さくなっている一羽の小鳥。

 シュテルンはこう言いました。

「この子はカラニ。ぼくの大切な、1番の友達さ!」

 シュテルンの言葉に、カラニはまた胸が温かくて、お腹がなんだかムズムズしました。

 カラニは気づきました。

 自分を信じて、大切に思ってくれる人。

 その人が、自分を1番の友だと呼んでくれる。

 それが、とても"幸せ"な事なのだと。

 カラニは、シュテルンに話しかけた使者に、お辞儀をしてからこう言いました。

『光の帝国の方。わたしは、カラニ。この夕暮れの林でシュテルン王子と出会い、友と成りました。これからは、王子のそばにいたいと心から思っています。わたしの願い、お許しいただけるでしょうか?』

 カラニの言葉を聞いた使者は、嬉しそうに目を細めながら答えてくれました。

「そうでしたか───カラニ、私達は喜んであなたを我が光の帝国にお迎えします。王子さま、素晴らしい友を得ましたね。さあ、冷えてきました。城へ帰りましょう。皆、一緒に」

 その言葉に頷くと、シュテルンは肩の上のカラニに言いました。

「帰ろうカラニ。ぼくらの家に」

 カラニはこう言いました。

『帰りましょうシュテルン。わたし達の家に』

 カラニは、あれ程好きだった銀細工の籠の事をもうすっかり、忘れていました。

 けれど、それで良いのです。

 だって、カラニはあの籠の中よりも『好きだと思える場所』を見つけることが出来たのですから。

 

 月照らす帰り道。

 歩くシュテルンの肩の上で、カラニの胸は温かく、幸せに満ち溢れていました。

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