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ハース・メモリア  作者: カイショーナシ
炎と氷 始まりの終わり
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異世界の科学力

 室内に沈黙が広がっていた。


 ウェスは申し訳なさそうな顔をしながら椅子に腰掛け、俺の反応を窺っている。


「2年って、あの。異世界での一年は何日かな?」


 変な汗が出てきた。

 この部屋が熱いからだろうか?

 それとも、体が理解を拒んでいるんだろうか。


「この世界も、一年は365日です。一度、落ち着いて聞いてくださいますか?」


 頷く。

 そもそも助けてもらった命だ。

 ウェスと話して、美味しい紅茶を淹れてもらったりした時間も、無かった筈の時間だ。


 それを踏まえた上で、聞いておきたい。

 俺に何があってたのか。



 そう告げると、彼女は語りはじめた。




 どうやら。

 この世界とあっちの世界はすぐ近くの背中合わせになっていて、とある魔法を使えば簡単に向こうを覗くことが出来るということ。


 ウェスはあの日、偶々ある目的のために向こうの世界を覗いていた事。


 そこで強い憎しみや悲しみ、怒りや嘆きの感情が見えて、そっちに気を向けたら俺を見つけたということ。


 見つけた時、助けるかは迷ったらしいらしいけども。


 でも、そりゃそうだよな。

 物語ではそういうことをしたら何かトラブルが起きると相場が決まっている。

 ほら、異世界人が干渉すると偉い人に怒られてーとか。


 そう考えを伝えると


「そういうことはないのですが…」と訂正された。


 違うらしい。

 ウェスが俺を助けたせいで面倒に巻き込まれるわけでないと知って安心したが、やはり腑に落ちない。

 なぜ助けてくれたのか?


「他にも同じようなケースで助けた人とかいるの?」

 と聞くと、それはないらしい。


 今回は本当の特例かつ、前例のないことだったようだ。

 それと同時に助けてしまって申し訳ないと言われてしまった。


 助けてくれたのにどうしてそんなおかしなことを言うのか?


 問うと、今の俺は思い出せなくなっているがウェスとある約束をしたようで。


 多分あの白い部屋で聞き取れなかった内容のところだと思う。


 彼女は俺とその約束をした上で、こっちの世界で助けてくれたそうだ。


 以上の事を、彼女は簡潔にまとめて説明してくれた。



 ウェスとした約束というのも、俺自信の魂が痛みを拒絶してバラバラになる寸前だったらしく、覚えていなくても仕方ないと言っていた。


 なぜ助けてくれたのかというのも、約束に付随する内容らしく今は話せないらしい。


 なぜ教えてくれないのか聞くと、自分で思い出さないと約束の意味なくなるとのこと。

 その顔はやはり申し訳なさそうで、どんな約束をしたのか気になるところだ。




 ただまあ。

 とにもかくにも、あのお茶を飲んでいれば確実に思い出すらしいので安心だ。


 あのお茶の効力。

 それは封印で守られていた俺の魂が肉体に戻る時に、肉体が過ごした年月との齟齬から守り、癒してくれる効果だそうだ。


 あの時、肉体の封印までしてしまっていたら、それ以上状態が進まない代わりに治癒もできなくなるという。


 時間を止めるとかさらっとすごい事言ってたけど。

 でも魔法とはもっとお手軽でいろんなことができるものだと思ってたから認識を改めないといけないことは分かった。


 今回みたいにほぼ死者蘇生みたいなことができる以上、現代医療に比べれば奇跡だけどね。


 あとは肉齟齬を埋めながら、魂と肉体をこの世界に合わせないといけないとも言っていた。

 魔法を使える世界のため、現代日本とは人々と作りから違うそうで。



「ありがとう、大体の事情は分かったよ。とりあえず、今の俺にできることはお茶を飲んで体を休めることってことか」


 手の感覚を確かめる。

 朝よりもしっかりしているのはウェスのいうように、肉体と魂の齟齬が埋まったからだろう。


「はい。その通りです。まずはお休みください」


 ウェスが微笑む。


 状況が知れて安心した俺はなにかウェスの力になれることはないかと提案したいところだったけれど。

 今度は安堵からの眠気が襲ってきた。

 うん、提案は明日にして今日はもうおとなしく眠ろうとおもう。


 ・・・あ、お茶は飲まなくていいんだろうか。


「ウェス、今日はもうお茶は飲まなくていいのかな?」


 眠る前だし、ついでに飲んでおいたほうが早く思い出せるのではないだろうか。


 少し思案したあと、ウェスは首を横に振った。


「いえ、思った以上に貴方のこの世界への適合が早いため、あまり急いでもよくありません。今日はこのままお休みください」


 そうなのか。早いほうがいいと思ったけど。

 そう伝えると、あんまり早いと世界に体が適合しきれなくなってよくわかんないけど爆発するらしい。


 何それ怖い




 次の日


 すっきりとした目覚めだった。


 特に悪夢を見るわけでも、日本の光景が見えたとかでもなく泥のように眠ったらしい。


 目を開けると、昨日と同じように窓からは朝日が差し込み波音が聞こえてくる。


 上半身を起こしてみると、足元に服が置いてあることに気が付いた。

 昨日眠るときはなかったので、ウェスが用意してくれたんだろうか?


 本当、何から何までお世話になりすぎだ。

 あとでお礼を言わなくちゃな、と思ったところでふと気が付く。


 寝る前になかったってことは寝てるときにウェスが入ってきたってことだよな。

 いや、家主はウェスなんだから俺はとやかく言えないけど。

 俺、イビキとか寝相とか色々変じゃなかったよな?なんて少し気恥ずかしくなったのだった。



 悶々と少し考えたもののどうにか起きた俺は、ウェスが用意してくれた服を着てみる。


 黒いスラックスにワインレッドのシャツ。

 着てみると金の刺繍があしらわれている事に気づく。


 とても高そうだが普通に日本でも売っていそうなシンプルなものだ。

 上着も置いてあり、これまた黒のテーラードジャケットだった。

 ジャケットは素材が厚く、またかたい生地でできていて簡単な刃物くらいは防げそうだった。

 裏地は炎のような温かみのある赤。


 着てみると体にしっかり合っていた。


 布団から見たときは気が付かなかったものの、足元には靴が置いてあったようだ。

 はいてみるとこれまたぴったりで、いくら歩いても疲れなそうだ。


 ぴったり過ぎるが測られた覚えのない俺はウェスの観察眼に驚く。


 しかし、どうにも、うむ。


 あれだ。

 ・・・ホストかな?


 いや、大学生とかオシャレさんはこういうのを普通に着こなすんだろうけどさ。

 俺は元居た所だと、ジーパンに運動靴はいていつでも動けるようにって恰好だったし。

 上は半そでにミリタリージャケット的なものを羽織るって感じだったから、こういう大人っぽい恰好は未知の経験だ。

 いや、2年たってるから肉体年齢は20なんだろうけども。


 ありがたいしかっこいいけど、そもそも、こういうのはスラっとした長身の細マッチョが着るもんだよな・・・

 俺はこっち来てから身長が伸びていたようだが、ぱっと見180は絶対ないし、筋肉だって寝たきりなら・・

 ん?あれ?


「俺、マッチョだ」


 向こうで鍛えていた時以上のマッチョさになっていることに気が付いたのだった。




「はい。寝てらっしゃる間、トウヤの魂には色んなことをお教えしましたから」


 ウェスに聞いてみた所、まあやっぱり異世界、魔法パワーだった。


 俺が寝ている間に魂をこっちで無事生きられるように鍛えてくれたらしい。


 魂の空間的な場所は時間が普通よりはるかにゆっくり進むため、2年という月日を用いて魂に色々経験させる。

 そうしてしみこんだ経験値が、例のお茶によって齟齬を埋めた際に還元された結果。

 寝ている間に体が作り替えられるそうだ。


「異世界はやっぱり危険なんだな。こんなになるまで鍛えないと生き残れないのか・・・」


 甘かった。

 全力で取り組んでた時だってこんな体にはしたことがなかった。

 学生なりに全力でやってたし、ぶっちゃけ警察で逮捕術教えてる人にも感嘆されるくらいには鍛えてたのに。


 この体は本当に戦うための鍛え方というか。

 なんだろう?俺は今戦える、という自信がみなぎってしまうというか。


 ・・・いやダメだ。


 この世界に来た揺り戻しが数日の俺でこうなるんだぞ。

 この世界でずっと生きてきた人たちは、この数倍同じようなことをやってきたはずだ。

 調子に乗ってはいけない。


 きっと鬼のような人たちがいっぱい居るんだ。

 異世界、気を付けなければ。


 と、一人勝手に心の兜の緒を締めたところで


「いえ、“私達には“これくらい必要ではありますが、この世界に生きる普通の方はこんな鍛え方出来ませんし、今のあなたほど戦えないはずです」


 ?

 どういうことだろう。


「難しい事ではありません。あのお茶は、所謂その、特殊なもので。そもそも寝ている間の訓練も意識不明のああした状況下でない限り、痛みですぐに目が覚めてしまいます」


 寝てるのに痛いのか?と思ったが、そうか。

 魂に多分文字通り“刻み”込むのだろうな。

 だから多分、俺みたいな昏睡状態じゃないとそもそも出来ない手だと。

 お茶が“特殊“で濁されたのは気になるが、まあおいておこう。

 聞かないでとばかりに目を合わせてくれないもん。


 しかし俺は、その後に続いて出てきた言葉に言葉を失った。


「トウヤは動きも基本も魂に刻まれた動きがあったもので。それをこちら風にアレンジしてあげようとか、いろいろやっていましたらその」


 “少々“熱が入ってしまいましてと。


 と。


「へ、へえ。“少々”でこんなになれるならやりたい人も多そうだけどなあ」


 ほら、ダイエットとかさ?俺はいやな予感から目をそらす。


「普通の方なら多分・・・いえ。何でもありません。それより、似合っていますね。トウヤ」


 にこりと微笑んだウェスの顔が少し赤らんでいた。


 出会って数日だが、意外に感じた。

 こんなごまかしかたするんだなあ。

 赤らんでると色っぽいなあ。


 とか、ちょっと気持ち悪い事を考えて考えをずらす。


 おれの魂はどんな事をされたんだろうか。


 そんなことを考えているうちに、”私達には必要”の言葉に込められた意味を聞くのを忘れてしまったのだった。







 町に行きましょうとウェスが提案してくれたのはその日の午後の事。


 俺はゆっくりと例のお茶を飲み、自室として使っていいらしいあの海がよく見える部屋の椅子に座って和んでいたところだ。


 あの時飲んだ時は急に意識を失ったのに、それがないのは体がこっちに適応しつつあるからだろうか?


 それはさておき、申し出は受けた。

 受けたものの、この格好のまま行くのはなんというか、オシャレに縁遠かった俺としては気恥ずかしいものがある。


 しかしまあ、元々着ていた服は血だらけのズタボロだしな。

 それに、この世界の人であるウェスが選び、褒めてくれたんだから自信を持とう。




 ちなみに外出目的を聞いてみると、俺のリハビリと生活雑貨の購入ということだった。

 ・・・本当、何から何まで。

 絶対恩返ししないといけないな。



 30分ほどして。

 俺のほうは準備を済ませ(といっても荷物なんてないけど)屋敷の玄関で待つ。

 すると少し遅れて階段からウェスが下りてきた。


 昨日の夜見たような鍛冶屋さんのような格好だが、キャップを被っており、簡素な茶色いメッセンジャーバックを斜めから下げている。

 アクティブなその恰好は普段より幼く、活発そうに見えた。


「お待たせいたしました。参りましょう」


 どうやら口調は変わらないようだ。


 あたりまえか。




 屋敷から一歩外に出る。

 この世界に来てから3日。いや2年たってるのか?

 なんにせよ、それぶりの外だ。

 深呼吸しながら空を見上げると、どこまでも晴天で晴れやか。

 まさにお出かけ日和だ。


 ふと振り向くが


「うわ・・・」


 屋敷を見てみると、やはり結構な大きさだったらしい。

 所謂洋館という言葉がぴったりで、真っ白といえる壁と赤茶けた屋根。

 品のある趣だった。

 思わず口から感嘆の声が漏れる。


 周りを見渡すと、あれは倉庫だろうか?

 シャッターが閉じた少し大きめの建物があり、周りには緑豊かな木々。

 なんとなく足元の石造りのタイルを目で追っていくと、遠くに門が見えた。

 あそこが出口だろう。



 こうしてみると本当にお屋敷だ。


「改めてみると大きいね、この家。管理とか大変じゃないの?」


 まだ3日目だが、ウェス以外の人を見たことがない。

 これだけ大きいお屋敷だと、使用人の方とか居そうなものだけれど。


 俺の言葉を聞いておもむろに親指と中指を合わせたウェスは


「そうでもありませんよ?」


 と、パチンと指を鳴らした。

 すると扉が閉まり、施錠の音が聞こえる。


 え、異世界オートロック?


「この屋敷は魔力でいろいろ動かせるようにできています。勿論魔力は私だけのものではなく、あなたの世界でいうところの電気屋さんと契約して賄っていますが」


 説明によると、あの白亜の壁には元の世界でいう電線が埋め込まれているらしく、そこに魔力が地脈を通して送られているらしい。

 それを使って生活に使うのだそうだ。


 オール家電みたいなものだろうか?


 異世界の便利さに関心しきりだが、ウェスがパチンとまた指を鳴らすと屋敷の隅にあった倉庫らしき場所のシャッターが開き始めた。

 おお、同じ指でも動かすところを変えられるのか。

 切り替える呪文とかいらないんだな。


 感心しているとウェスは倉庫らしき所に歩いていく。


 なんだろうと見守っていると、何か元居た世界でもよく聞いていた音がした後。

 乗り物とウェスが出てきた。


 ・・・それを見た俺は、この異世界はそこまでファンタジーの世界ではないことを知ったよ。


 なぜって?


 中からはどう見ても車らしき物が出てきたからさ。


「さあ、乗ってください」


 見るとウェスは特にハンドルを握っている様子もない。


 勝手に扉が開いて中からウェスが俺を迎えてくれた。


 おっかなびっくりしながら乗り込むと、また自動で扉が閉まり、門に向けて走り始めた。


 勿論オートで。


「異世界すげえ!」


 ついに叫んだ俺にウェスも車も動じることはなく。

 また自動で開く門をくぐり、車はいよいよ屋敷の外に出た。


 俺はこの時、この世界の町はどんなだろうと胸を膨らませていたんだ。


 元居た世界のことはできるだけ考えないようにしながら。


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