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ハース・メモリア  作者: カイショーナシ
炎と氷 始まりの終わり
11/45

覚悟と契約(後編)

俺の役目・・・



あの瞬間流れ込んできた記憶の中には、それに関するものがあった。


女神の継承者が異世界を渡るものとする約束


それは一言で言えるほど簡単なものだ。


“女神の継承者と契約し、その命を差し出すこと”


なにも生贄になれとかそういうものではない。


文字通り、命をとして守り抜けという契約だ。


一度死にかけた、あるいは死んだ命に再度吹き込むということ。

それはこの世界のルールで言えば命の権利が譲渡されるということで。


もうお前の命ではない、ということになる。

だから俺はウェスが死ねと望んだら死なないといけない。


そういう類の物のようだ。



なぜこんな契約をするのかといえば、ウェスの役割に起因する。


300年前の大戦よりはるかな昔。


初代女神ウェスタは多くの武器を作った。


女神はそれらを、世界に危機が迫る度に必要な者たちに与えた。

与えられたものは大抵、世界を救った者として神話のごとく語り継がれたという。 


俗にいう勇者だ。


今のところ、現存していると分かるのは6本の聖剣と魔剣。

それらはまさに“何者をも”退ける最高傑作たちであり、“ウェスタの子供たち”と言われている。


しかし平和な時代になった後、それら“子供たち”が悪しき者の手に落ちたり、手放したくない権力欲の強い者の手に残ったらどうなるか?

想像に難くないだろう。


では、女神ウェスタはどうしたか。


勿論、管理、回収に回ったのだ。


自らが打ち出し、鍛え上げた“子供“たち。

そんな使い方は許さない。


女神はその6本を管理、保管し続けていた。


ただ、一つだけイレギュラーが起きる。


300年前の悪しき者との戦いの折、女神ウェスタは人と恋に落ち、その神格を失った。


結果として、女神ウェスタは人となり、その役目を人間に引き継いだのだ。


そのウェスタの後継者は新たな聖剣、魔剣を打つことはできる。

しかし、“ウェスタの子供たち”を管理することはできなかった。


剣自身が母と認めないからなのか?

そもそも人の身に神格を宿すことで剣が異変を感じて触れなくするのか?

諸説あるようだが実際のところはわからない。



契約して流れ込んできた知識ですらわかっていない状況のようで、剣に聞けとお手上げ状態のようだ。


そこで、神々は悪しき者との戦いの後“子供たち”を管理しようと動いた。


しかし、母が人を選んだことをくみ取ったからだろうか?


剣が神につくことを拒否してしまったのだ。



そこで考えられた方法としてウェスタの継承者は一人、“人間”から契約者を選ぶことになった。


今回の俺のような存在だ。


俺の前の契約者は奴隷や死刑囚などが引き受けていたと知識が言うからには、まあいざというときに死んでも仕方ないという選別基準だったのだろう。


最優先はウェスタの継承者の生存、そして剣の管理なのだから。


そう、逆に言えば


「俺は、その役目を負えなかった。それに・・・」


俺はあの時。

アルペシャとの戦いをウェスに任せてしまったとき。

命を投げ出してかばいに行くべきだった。

それが契約した者の務めだから。


そんな思考とは裏腹に


“急に巻き込まれた”


話し合う時間もなかっただろう。

そう考えたとき、反対に


“契約者たるもの常に身構えよ“


と、思考を覆うもう一つの考えが現れる。



“対応できなくて仕方ない。説明不足過ぎる”


“知識は与えた。対応せよ”


“そもそも、思い出したからってなに?”


“思い出したからには従え”


“望んで契約をしたわけじゃないだろう?“


“約束は約束。契約だ”


一気に思いが去来する。


勝手にインストールされた知識と常識。


相反する俺自身の感情がないまぜになり、頭が割れそうになる。


それらを一呼吸おいて、まとめる。


俺は、俺だから。


俺は、まっすぐ目を見つめ、続きを促すリテルに、俺自身の思いとして宣言する。



「それに、正直ウェスタの役目なんてどうでもいい。生き返らせてやるからなんかあった時に代わりに死ねなんて、そんな契約俺は嫌だ。理不尽すぎる」


そうだ。

これが俺の紛れもない本心だ。

助けてもらっておいて屑かもしれない。

無かったはずの命だとかなんだといっておいて、この様だ。


誰かを守れる仕事にあこがれてたくせに。

なんて無様な。


ほら、リテルの顔にも失望の色が浮かんでる。

でも、もうそんなのどうでもいい。


俺がしたいのは

したかったのは・・・!


「でも、俺は“ウェス“を守りたかった。女神様なんて知らない。でも、俺は助けてくれた人が刺されてるのを黙って見てるしかなかった!」


情けなくて、また涙が出てくる。


使命?


契約?


違うだろ。


「契約なんて関係ない!俺は・・・」


言葉が出てこない。


俺は・・・


「うむ、合格じゃな」


それは、慈しむような声だった。


涙でにじむ情けない顔で、俺はリテルを見る。


そこには、包み込むような慈愛の表情のリテルがいて。


「一度死んだ、あるいは死にかけた者が恐怖するのは当たり前じゃ。それは、生き物の生存欲求からくるものだからの」


恐怖しているかの自覚があるなしに、のう。

なんていいながら、俺の服を引っ張り、しゃがませてきたリテルは涙を拭ってくれる。


「だが、それでも。おぬしはウェスを守りたかったと言う。契約なんて関係なしにな」


情けないが、リテルの声をきいてまた涙が出てくる。


「こうして泣くこともそうじゃ。トウヤ、お主は自身に恥じて泣いておる」


幼い子供のように、涙が止まらない。


「それは自身の“今の“器を受け止めた誠実な者だからじゃ。だから、泣くことは恥じゃないぞ」


今の、を強調したリテルは続ける。


「それにのう。トウヤ。大体、お主はまだ本契約までは至っておらん。至っていれば、ウェスがこうなる前に、勝手に思考と体を操って盾にしようとしていたはずじゃからな」


「え?」


「ウェスがいっとらんかったか?トウヤが思い出さなければ意味がないというようなことを。確かに、“ウェスタ”からしたら契約は契約じゃ」



「しかし、ウェスは自分で選んで欲しかったんじゃろうな。最終契約はこれからじゃ」



リテルは横たわるウェスに向きなおった。


「トウヤ、お主はこれから本契約を結ぶ。強くなり、ウェスを守れるようになるじゃろう」


リテルの体から魔法陣が展開され、緑の淡い、とても優しい光が室内にあふれる。


「かわりに、うっとおしい“声”も大きくなろう。おぬしがお主でない感覚や、違う考えが浮かぶことが増えるはずじゃ。だが、歩みは止めない者になると信じるとするわ」


光は凝縮し、炉を包み始めた。

何かが室内にあふれ始め、空気がガラリと変わったのがわかる。



が、俺はあることに気づいて慌ててリテルに問いかける。


「まってくれ、リテル。ウェスが助かる方法って、その本契約をすることなのか!?」


だとしたら・・・!


「そうじゃが、どうした?」


「ウェスが言ってた。力持ってかれちゃったって。玉みたいのを、アルペシャに!」


じゃあウェスは、もう・・・?


一瞬絶望しかけるが、リテルは否定する。


「ああ、あの玉か?安心せいよ。ウェスタの力はあんなものに収まりきるものではないわ」


魔法陣が2つ、3つと増え、展開される。

幻想的な光が、いつしか奔流となって炉に集まる。


その光が炉の中からウェスでない何かを持ち上げはじめる。


「まずは見よ、トウヤ。これがウェスが鍛え上げた剣じゃ」


リテルがこちらを振り向く。


展開していた魔法陣が2つ減り、徐々に光が収まる。

しかし其処に在ったのは剣とは言えない物であり、光る球体の何かとしか思えない物だった。

あっけにとられた俺だが、更にリテルは続ける。


「この剣はウェスが願いと力を籠め、鍛え上げたウェスにとっての究極の一振り!そして」


リテルは、残り2つの魔法陣に力を籠める。


その魔法陣の中心は回転し、速度を増し、ついには輝きを増し始め、赤い光を放つ。

さながらそれは灼熱の炎、あるいは熱く打ち続けた鋼のような輝きだ。

それをリテルは


「ウェスそのものとなる!」


魔法陣を1つずつウェスと球体にぶつけた。

ただただ見るしかない俺の前で、次第に球体とウェスは混ざり合っていく。


人の形は崩れ、様々な剣の形状をとっては玉に戻り、ウェスの形をとってはまた剣の形となる。

それらを繰り返したソレは、次第に変化がしなくなっていく。

まるで熱されていた鉄が冷やされたかのように、徐々に。


「リテル!?これはどうゆうことだ?」


正気になった俺は慌ててリテルに問いかける。

リテルは額に脂汗をにじませながら、俺に目を向ける。


「ここから先はトウヤ、お主の仕事じゃ。おぬしがウェスを救え」


そういうとへたり込みながらも、球をこちらに浮かせて渡してくる。


これが、ウェス?

こんな、球が?

現実で言えば、助かる余地なんてない。


熱された何かと混ざり合い、球になってしまったソレを見て俺は思う。


ただ、こうも思う。

紛れもなくこれはウェスだ。

生きている、と。


自然と、手を伸ばす。

その球体は最早冷え切っているように見えたが、伸ばした右手が近づくにつれて仄かな熱を発しているのがわかる。


どこか人のぬくもりのような熱さを感じるその球に手が届いたとき、変化が起きた。


グネグネとまた形態を変化させ始めたのだ。


思わずリテルを見るが、リテルは俺を見て、黙ってうなずく。

信じろ。

そう言っていた。


俺はそのまま待つ。

グネグネとした何かは次第に細く、長く。

反りのある何かに形を変えていく。


濡れたように光る細長い何か。

それが日本で見慣れた物であり、その刀身だと気が付いた次の瞬間には装飾の施された鍔と柄が現れていた。

それらが組み合わさり、形を成す。


「これは・・・」


最後に見たのは。

そう。


祖父と一緒に押し入れの整理をしていた時だ。

奥から桐の箱に入ったコレが出てきて、それをじいちゃんが懐かしそうに、あるいは愛おしそうに眺めていたのを覚えている。

見せてくれたコレがあんまりにもきれいで。

じいちゃんは大事な友達からの餞別だなんて言っていたけれど。


たしか銘は・・・



「「桜月」」


ふと、誰かの声と重なった。

その瞬間、刀身の峰が黒く染まり、桜花のような紋様が刀身に現れる。



『まるで、月夜の花見のようだろう?』


あの瞬間、じいちゃんは笑っていた。

何かを思い出すような、懐かしむようなそんな顔で。


それと同じ笑みを、リテルは浮かべていた。


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