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その日のマキは、妙にむすっとしていた。
それは周囲にいた誰もが感じられるほどにあからさまな態度で、マキの派手な出で立ちも合わさると、そこいらの不良とそう変わらなかった。大学という広い世界で、本物のヤンキーに絡まれなかったのは奇跡といえよう。
「麻生くん?」
そんなマキに声をかけるとはなかなか度胸のある人物である。マキが振り返るとそこには、昨日大親友になったばかりの彼がいた。
「おはよう。どうしたの?えらくご機嫌ナナメだね」
昨日はあんなにウキウキしてたのに、と妹尾は笑顔で言った。
「……別に。」
実に素っ気なく答えたマキに、妹尾は首を傾げた。何か怒らせるようなことを言っただろうか、という顔である。
「……だめだった、ごちそう作戦」
頬でもふくらますのではないかと思われるような、拗ねた声でマキは呟いた。見た目にそぐわぬ子供っぽさに、妹尾はくすっと笑ったが、マキは笑いやがった妹尾をきっと睨みつけた。
「な……なんだよぉ!お前が言ったんだろ、晩ご飯でもごちそうすれば認めてもらえるって!」
認める、とはもちろん、滞在期間の延長のことである。
確かにマキの言葉に嘘はないのだが、しかしかなり理不尽なクレームであることは明らかだ。
リョウをあんなに怒らせてしまった責任は全てマキにある。食材さえマキの財布から準備していれば、おそらく昨日妹尾が話した通りのハッピーエンドにたどり着くことができただろう。
だがマキは、自分から頼っていったくせに、さも妹尾が悪いとでも言うように、妹尾にぐちぐちと文句を言うのだった。妹尾も反論すればいいものを、素直に謝りだすから、マキの文句は止まらない。
「ったくさぁ、せのーくんのせいで2歩進んで3歩下がっちゃったよ。オレが路頭に迷うことになったりなんかしちゃったらどうしてくれんの?」
「そっ、それなら僕の家に……」
「うーん……どうしようかなぁ」
妹尾が勇気を振り絞って言った言葉をマキは華麗に無視して、再びリョウを説得する(というより丸め込む)方法を考えはじめた。
「ねぇ妹尾くん、もっといい案無い?」
原稿用紙に書いては丸めて放り投げる小説家のように、マキはぐしゃぐしゃと自分の髪をかきむしった。すると今朝洗ったばかりの髪から、ほんのりとシャンプーの匂いが散る。リョウが使っているものではなく、マキが家から持って出たシャンプーだ。
お前は女か、とリョウはマイシャンプー&リンスを持って風呂に向かうマキを揶揄したが、いっそ女なら色仕掛けなりで居候し続けられそうなのになぁ、とマキは思った。あのよくわからんソフトSに色仕掛けなど、考えるだにぞっとしない話だが。
いや、あの人も女相手ならちょっとは優しいのかもしれない。……どちらにせよ、男に生まれると損ばかりだ。
「そう言われても……僕、リョウさんのことよく知らないし」
「いや、まぁ、そうかもしんないけど……さぁ」
一瞬、
何か違和感を覚えたのを無視して、マキは妹尾を見上げた。妹尾は首を傾げたが、真面目そうに見える彼にそんな可愛らしい仕草は似合わない、とマキは自分を棚に上げて思った。
「……料理がダメなんじゃなくて、料理だけじゃダメなのかもしれないよ、麻生くん?」
「料理だけ?」
マキは一番重要そうな部分を復唱した。妹尾はこくんと頷いた。
「もっと、なんていうか、献身的になれば、リョウさんもキミのこと、必要だと思ってくれるかもしれないでしょ?」
「……献身的ィ?」
妹尾の言葉の印象と自分のキャラクターとがあまりに違いすぎて、マキはぷっ、と吹き出してしまった。献身的になるなんて、………無理。
「リョウさんに尽くすの?オレが?」
「誰だって、自分のために何かと手を焼いてくれる人を、悪くは思わないかと」
「そりゃリョウさんはそうかもしんないけどさぁ、やだよ、オレ、尽くすなんてキャラじゃないしさぁ、しかもあのリョウさんに!」
それに、リョウの性格を考えると、どんなに尽くしたって、鬱陶しいとか言いそうだ。そんな骨折り損はしたくない。
「……だめ、かな」
しゅんと俯いた妹尾の肩を、マキはぽんと叩いた。自分でも無駄に偉そうだと思ったが、妹尾が何も言わないので、気にしないことにする。
「ま、どうにかなるよ。ならなかったら、そだね、そんときは妹尾くんの家にお世話になろっかな」
ぱっと顔を上げた妹尾に、マキはにっと笑いかけた。
本当は、リョウの家を出るつもりなど、自分でも驚くくらいにさらさら無かったのだが。