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受け入れるんじゃなかった、とリョウはすぐに後悔した。

空いていた部屋を貸し与えた時点では、まだリョウはマキに期待していた。きっと居候らしく振る舞ってくれるのだろう、という期待だ。が、そんな期待を、マキは見事に裏切ってくれた。

「………え?」

その部屋は元々、母親が使っていた部屋だ。ベッドやタンスなどが揃い、そのままでも十分暮らせるような、白を基調とした静かな部屋、だったはずだ。

なのに。

ここは、一体どこだ?

「いや……確かに、自由に使えとは言ったけど……」

簡素な部屋は、たったの3日で、ビフォーアフターもびっくりの劇的な変身を遂げていた。

綺麗だった床は、雑誌やら教科書やらティッシュのくずやらでもはや見えなくなってしまっている。かつて落ち着いた雰囲気を漂わせていたタンスの上は、いかにもUFOキャッチャーで注目を集めてきましたというように、大小様々なゆるキャラのぬいぐるみで賑やかだ。

唯一手をつけられていないベッドだけが、部屋の一角を別の次元として切り取っているかのように色を抜き、地味な作りが逆に存在感を主張していた。床を覆うものの一つにタオルケットがあるのを見るに、おそらくマキはベッドを使わず、床で寝ているのだろう。

「もぉ、ノックぐらいしてよリョウさぁん」

「うるせっ、もう我が家気分かよ!」

のろのろと床から立ち上がったマキに、呆然としていたリョウは無遠慮にデコピンを入れた。

マキは小さく悲鳴を上げて、赤くなっていく額をさする。

「な……なんだよぉ」

「なんだよぉじゃねぇよ……お前、ちゃんと出てく気あんのか?」

「んな心配しなくたってだぁいじょぶだよっ!」

マキは、ばしっ、とリョウの肩を叩いた。まかせろと言わんばかりのその態度は、余計にリョウの心配を増幅させる。

「こんないっぱい、どうやって持ち込んだんだよ……」

タンスの上のぬいぐるみをひとつつまんで、リョウはため息をついた。

これは……何だろう。アヒル?

「かものはしかもー」

「かもって……」

「そういう名前なの!」

マキはリョウから黄色いぬいぐるみを奪い、ぎゅうと抱きしめた。2週間後、この部屋が元通りの質素な部屋に戻っている光景を、リョウはどうしても想像できない。

「ちゃんと全部持って帰れよ?」

「えー」

「えーって……全部置いてくとか言うんじゃねぇよな?」

「……にゃは、笑顔が怖いよリョウさぁん」

一応脅したつもりだったが、マキは両手を小さく上げて、苦笑しただけだった。こいつ、本気で出てく気ないんじゃなかろうな……?

「あんたこそ、アレだぞぉ、ヒゲ剃れ!」

「……………。」

なんにも関係なさそうなことを言って、マキは黄色いアヒルをもとの場所に戻した。この並びには無駄にこだわりがあるらしい。部屋は散らかり放題のくせに。

「無精ひげはモテないぞぉ?」

「無精ひげじゃねぇよ!」

「え、まさか、のばしてんの?あんた絶対ヒゲ似合わないからぁ!」

女子高生みたいにリョウを指差しげらげら笑うマキ。リョウの中に芽生えはじめた殺意に気付いていないようだ。

もちろん、このヒゲはのばしているのではなく、マキの言った通り無精ひげなのだが……いちいちカンに障る男だ。

確かに、ゴミ出しやら洗濯やらなら、頼めば渋々やってくれるのだから、本当になんにもしてくれない、というわけではない。

転がり込んできた日の晩に、お礼だと言って作ってくれたカルボナーラは、意外にも美味かった。両親を亡くしてから、それなりの家事をこなして生きてきたのだろう。

だが、頼まなければ何もしない。むしろ、頼まれてからやるというクセがついているようだ。

ということは、両親以外にも肉親はいる、ということである。

そのあたりに触れると、彼が家を出た理由にまで話が発展しそうなので、リョウはあえて聞かないことにしている。他人のプライベートなことには首を突っ込まない主義だ。

知ってしまえば、余計に面倒なことになりそうな気もするし。

「あ、そんで、なんか用なの?」

「ん?」

「別に、ぬいぐるみにケチつけにきたわけじゃないだろ?」

つま先で本の間を縫いながら、マキはようやくベッドにたどり着き、腰を下ろした。マキの言葉に、リョウはこの部屋に来た本来の目的を思い出す。

「あぁ、そうだった。朝メシ買ってきたんだ。色々あるけど、どれがいいかと思って」

「おー、さっすがリョウさん」

昨日の朝食に何も用意していなかったリョウに、ぶつぶつと文句を言っていたのはどこのどいつだったろう。そんなことも忘れたらしく、マキはご機嫌でリョウに笑いかけた。

「パンでいいか?」

「うん、なんでもいいよん。ジュースある?」

「……ミルクティーとコーラとどっちがいい?」

「うわっ、あえて?」

「は?」

聞いた途端顔を渋らせたマキにつられて、リョウも眉をひそめた。

「オレさぁ、紅茶系も炭酸もダメなんだわ」

「あぁん?」

残念賞でも渡すみたいな口調に、リョウは本気でマキを睨んだ。それでもマキは、恐いものなどないのか、はたまたヤンキーに睨まれたりするのに慣れているのか(このふてぶてしいマキのことだからあるいはそうなのかもしれない)、口をとがらせてリョウを見上げている。

「紅茶も炭酸もダメなら大抵ダメじゃねぇか!何なら満足なんだ?」

「えっとぉ、アレ、あのー……いちご牛乳!」

マキは元気よくその名を挙げたが、それを聞いたリョウは思わず顔をしかめた。あの想像するだけで甘ったるいピンクを、こいつはまるでおいしい牛乳のように呼ぶのである。……うん、こいつなら、あの牛乳と名のつくくせに体に悪そうな液体を、おいしいと言って飲みやがりそうだ。

「オレいちご牛乳がいいんよ」

「自分で買ってこい」

「はあぁんっ」

相手にするのを諦めたリョウに、マキは奇声を上げた。外に聞こえていたら変な誤解を与えそうな声である。リョウは反射的に窓を見ると、図ったかのようにそれは全開だった。

「お前……何その声?」

「オレ外に出たくない……」

「ただのひきこもりじゃねぇか!居候しといてひきこもるっててめぇ……」

「だってぇ」

マキは口を尖らせた。彼が女だったなら、まだ殴るのは我慢できたのに、とリョウは拳を握りしめたが、そのゲンコツがマキの頭に入ることは無かった。

「アキとかと会ったら気まずいじゃん」

「………アキ?」

リョウは知らない名前に首を傾げた。響きが似ているから、もしかしたら統一性を重んじる親の下に生まれたマキの兄弟かもしれない、と一瞬で予想したが、そんなありふれた予想が当たるわけないな、とリョウは思い直した。

「弟。ちょっとケンカしちゃって……だから家出したの」

そんなありふれた予想はなんと当たっていた。

「………ふうん」

聞くまいと思っていたことを相手から言われてしまうというのは、それなりに気まずいものである。リョウはマキから視線を外した。さっきのぬいぐるみと目があった。

「……ひとつ聞いていいか?」

「ん?」

リョウはふと、思いついた疑問を口にした。

「あのぬいぐるみの山はいつどこから持ってきたんだ?」

「うん?昨日ゲーセンでゲットしてきたー」

「外出てんじゃん」

「あ」

「……………」

「……………」

どうやら、マキにとって痛いところを突いてしまったらしい。

今度こそリョウの拳がマキの頭に飛んでいったのは、言うまでもない。

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