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ミミックの日常  作者: 本の繭
パンドラ編【短編】
6/50

賢者




 89階層【無限迷宮】



 ある日突然、どこにでもいる一体のミミックに自我が芽生えた。


「…」


 自我が芽生えたミミックは、まず自分の存在理由を考える。


 どうして箱に入っている?

 どうしてお腹は空く?

 どうして髪は長い?

 なんのために自分は存在する?


 自分が何者なのか、生まれたてのミミックは思い悩んだ。


「ほう、ミミックに自我が芽生えおったか」


 そんなミミックの目の前で、人間の老人があぐらを組んでいた。


「最後は一人で迎えるつもりだったが…これも一興。生まれたてのミミックよ、この全知全能の大賢者に聞きたいことはないか?」


 賢者と名乗る老人は気さくにモンスターへ語りかけた。


「アンタは、なんで存在する?」


 自分の存在理由を考えていたミミックは、この老人の存在理由が気になった。


「…ほっほ」


 思わぬ質問を受け賢者は笑みを溢す。


「開口一番に僕の存在理由を問うか」


「僕…?」


「ああ…似合わんじゃろ、老いた賢者が“僕”なんて。今まで周囲の体裁から控えていたんだが、もういいじゃろう」


「もういいのか」


「ああ、もう世界は救った。直にこのダンジョンは多くの冒険者で盛り上がるだろう。僕は存在する理由を失ったのじゃ」


「世界を救うことが、お前の存在理由か?」


「げほげほ…」


 賢者は咳き込む。

 その老人の生命力は、もう僅かしか残っていなかった。


「死ぬのか?」


「ああ…病気と寿命には敵わんものだ」


「死ぬ前に…賢者なら、自分に存在理由をくれ」


 もうじき朽ち果てる賢者を前に、ミミックは自分の存在理由を求めた。


「………ふふ」


 賢者は笑いながら、ミミックに一冊の魔導書を渡した。


「僕は世界を救うという正義のために、多くの弱き者を犠牲にしてきた。ミミックよ…どうかこの知識を使い、世界の片隅で涙を流す者を救ってやってはくれないか」


 世界を救った偉大なる賢者。

 だがその口ぶりには、後悔が残っていた。


「後悔しているのか?世界を救ったことを」


「ああ…世界は重すぎる。僕は世界を救うために切り捨てた者たちを守りたかった…」


 賢者の言いたいことをミミックは理解した。


「だが…自分は人の敵、モンスターだぞ」


「味方になど…ならなくてよい…気まぐれくらいで…よいのだ…」


「…」


 ミミックは本を受け取り、開いた。


「おい、字が読めないぞ」


「…仕方がないのう」


 賢者はミミックの横に座り、子守歌のように本を読み聞かせた。

 自我が芽生えたての好奇心旺盛なミミックはスポンジのように知識を吸収する。内容の意味を理解する日は当分先になるだろうが、ミミックは賢者の一言一句を記憶に刻み込んだ。


 ………


 ……


 …


 賢者が全てを読み終え、本を閉じる。


「……この本のタイトルは、()()()()じゃ」


「どういう、意味だ?」


「この世界にある…災厄の名じゃ」


「…ふん、世界を救った賢者が、最後に災厄を産み落とすとはな」


「災厄は必ずしも人を不幸にしない……正義に徹した僕の辿り着いた結論じゃ」


 本をミミックに託し、賢者は横たわる。

 もう生命力は限界のようだ。


「これで…思い残すことはない……もうクタクタじゃ」


「…もう、休んでいいと思う」


「ああ…ありがとう……ミミックよ。敷かれたレールの上を歩くだけの存在だったが………最後に本当の自分を………誰かに…託せ……た…」


「…」


「…」


 賢者の生命活動が停止した。





 さーて、今日のダンジョンはどこだろな~


 ………


 ここか、懐かしい。


 冒険者すら寄せ付けない秘境、ランダムスポーンだからこそ辿り着けるダンジョンの片隅。そこには一つの墓が立っていた。


「名前くらい聞けばよかったな…」


 墓には“けんじゃ”と汚い字で書かれてある。

 せっかくだし宝物コレクションにある伝説の花を供えてやろう。僕に存在価値を与えてくれたせめてもの恩だ。

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