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ミミックの日常  作者: 本の繭
ナナ編【長編】
49/50

ナナの人生




「ごめんなさい…ごめんなさい…」


 それが母親からの最後の言葉だった。





 少年が奴隷として売られたのは五歳の頃。


 幼い年齢の奴隷は労働力にならないため、出荷されるまで残飯を与えて成長を待つことになる。それでも出品はされるのだが、子供の奴隷に目を付ける人間は変態と呼ばれる人種だけだ。


「あの娘、私好みだ…引き取ろう」


 容姿の良い少年は多くの変態に目を付けられる。


 だが購入した者たちはもれなく後悔することになった。


「こいつ男ではないか、くそ!」


 見た目は美少女でも少年は男だ。


 少年は変態に買われては捨てられ、飼われては捨てられる…それを繰り返す毎日だった。誰からも必要とされない日々はじわじわと自身の存在意義を削られた。


 そんな日常の中にも心の支えにしていた人物は一人だけいた。

 皮肉にも少年の飼い主である商人だ。


「お前は他の奴隷と違って使えるな」


 羽振りがいいことに気を良くした商人は、少年の身なりを整えて女装をさせて商売を続けた。向けられている感情が金欲に塗れていても、少年は自分を必要としてくれる人に縋るしかなかった。


 しかし、悪事にはいずれ天中が下る。


「あの商人…ただでは済まさんぞ!」


 騙されて少年を購入した貴族が激怒して、商人を死刑にしてしまった。


「この紛らわしい小僧を人間界から追放せよ」


 少年も酷い暴力を受けた。

 声が出せなくなったのは、その拷問による後遺症だ。


「…」


 少年は自分が喋れないことに気付くのは当分先のことになる。何故ならまともに会話をしてくれる人と出会えないからだ。


 こうして少年はダンジョンと呼ばれる異空間に投げ捨てられた。





 7階層【棘の森】



 ダンジョンに人間の子供が捨てられるのは珍しいことではない。


 事故、打算、不慮、快楽、気まぐれ…そうやって理不尽に生まれた子供は異世界にいくらでもいる。人間界で処理すると罪に問われる場合もあるので、こっそりダンジョンに捨てれば後始末が楽なのだ。


「…」


 少年は薄暗い棘の森の獣道を無心に歩いた。もし道を逸らして草むらの中に入ろうものなら、その棘がひ弱な皮膚に食い込んで血まみれになるだろう。


 冷たい。

 暗い。

 寂しい。


 少年は絶望の中、ただ歩くことしか出来なかった。


「?」


 すると少年は宝箱を発見した。

 宝箱にはお宝が入っている…それは異世界人なら子供でも知っている常識だ。


「…」


 箱を空けてみたが中には何も入っていなかった。


 体の冷えも空腹も限界で、もう歩く体力も残っていない。この宝箱が最後の希望だったので少年は全ての終わりを悟った。

 

「…?」


 ここで少年は宝箱に触れる手に違和感を覚えた。無機物であるはずの箱なのに、冷え切った指先から微かに暖かさを感じた。


 少年は暖を求めて箱の中に侵入する。


 ペッ!


 すぐ宝箱から吐き出されてしまった。


「!?」


 不思議な出来事に少年は驚く。

 宝箱の正体は人を騙して捕食するモンスター、ミミックだった。


「…」


 それでも少年に恐れはない。

 中が駄目ならと隣に座ってもたれかかった。宝箱から感じられる体温は、少年の冷え切った体を温めてくれた。


「おい、どっか行け」


 するとミミックは人間に伝わる言葉で、すり寄ってくる人間を拒絶する。


 それでも少年は動かない。


 ………


 ……


 …


「はぁ…」


 しばらく悩んだミミックは、ため息を漏らしながら箱から姿を現した。見た目年齢が十歳前半くらいの人間の女性の姿だった。


「取りあえず魔獣窟の拠点に連れて行くかぁ」


 少年の首根っこを掴んだミミックは箱の中に入れようとする。


「おっと、異空間に入れたら呪物を見て発狂しかねないか…仕方ない」


 ひとまずミミックは柔らかい毛皮で少年を包んで、赤子のように抱きかかえることにした。


「まだ無計画だけど、食いぶちに困らないくらいまで面倒みてやる」


「…」




 少年は母親に捨てられた。

 奴隷になった。

 ゴミのようなごはんを食べた。


 商品として売られた。

 男だからと捨てられた。

 商品として売られた。

 男だからと捨てられた。


 商人が殺された。

 殴られた。

 蹴られた。

 鞭で打たれた。


 ダンジョンに捨てられた。

 寒くて怖い。

 独りぼっちで寂しい。


 宝箱を見つけた。

 ミミックだった。


 優しくしてくれた。

 抱きしめてくれた。

 絶望の未来が変わった。




「…」


 涙を流した少年は、この時初めて自分が鳴き声すら上げられない状態であることに気付いた。

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