パンドラの物語
98階層【強者の狩場】
スマホのせいで長らくミミックの仕事をサボっていたら、タマテに怒られた。だから今日はのんびり平原のダンジョンで冒険者が来るのを待とう。
…ん?
妙な気配を感じるな…箱から出てみよう。
『ガオオオオ!』
そしたら急に獣型のモンスターに殴られた。
「いってて…」
この僕にダメージを与えるなんて、ただのモンスターじゃないぞ。
『グルル!』
こいつは確かカオスタイガーだ。
過去に大ボスの座を狙っていたモンスターだったが、強さを求めすぎて理性を失ったと誰かが話してたな。理性が無くても実力はダンジョン界でも屈指。おまけに不老不死という、異世界から来たチート主人公が可愛く思えるほどの化け物だ。
こういうダンジョンのパワーバランスを乱す化け物は、全て98階層【強者の狩場】に幽閉されるんだ。
「油断しすぎたな」
久しぶりで勘が鈍っている…体に魔力を纏わせ忘れたのは愚かだった。とはいえ不死を相手にしても時間の無駄だし、逃げようかな。
「お前はパンドラ?」
その時、頭上からカオスタイガーとは比較にならないレベルの圧を感じた。
「フロウか、久しぶりだね」
銀色に輝く毛並みを靡かせたその狼は“フェンリル”という……耳にタコができるほど聞くモンスターだね。
「去れ」
「グルル…」
フロウがそう言って睨むと、カオスタイガーはすんなり逃げてくれた。
「流石は本物のフェンリルだな」
「何が流石だ。お前もその気になれば追い返せるだろ」
「ミミックはどう強くなっても貫禄ないからね」
「ふ…それもそうだな」
フロウとは大ボスの中でも気が合うから、このまま世間話でもしようかな。
※
「そういやフロウは“ロキ”っていう神を知ってるか?」
僕は随分前にルナエルから聞いた神の名前を口にしてみた。
「知ってるも何も、我の生みの親だぞ」
「そうなの?」
「八十層で大ボスの座を狙うヨルムンガンドもそうだ」
神とモンスターの意外な関係が知れたな。
「そのロキの影響で異世界チート冒険者が量産されてるらしいけど、被害者代表のフェンリルは思うところがあるんじゃない?」
「ロキに影響を受けた神共が、異世界とフェンリルを量産していることか?」
「そうそう」
「別に特別な感情は何もない」
フェンリルは本当に興味なさそうに寝転がる。
「不出来な異世界、チート冒険者、偽物のフェンリル…確かに見ていて面白いものではない。だがそれらがきっかけで今のダンジョンがあるようなものだからな」
「ほほぅ」
ダンジョン、冒険者とモンスター、大ボスの関係…そして僕が賢者に出会えたことも、ロキの影響で様々な異世界が生まれたからかもしれない。
そう考えるとルナエルには悪いけど、僕はロキと神々に感謝しないといけない。
「それよりパンドラ、最近たるんでいるぞ」
フロウは爪を立てて僕のお腹をつっつく。
…少し食べ過ぎたかな。
「貴様もファーヴニルと同じ超越者なら、もう少しダンジョンに貢献したらどうだ」
「うーん」
大いなる力には大いなる責任が伴う…か。
今のミミック生活はとても充実している。
でも珍しいことにチャレンジしてダンジョンに新しい風を吹かせるのも悪くない。このダンジョンには環境の悪い80層とか、冒険者とモンスターの関係とか問題は山のようにある。
「じゃあ少し変わった事でもしてみるか」
「期待しているぞ」
「明日からがんばろう」
「…駄目そうだな」
フロウは呆れているけど、僕は所詮ミミックだ。ミミックを中心に始まる物語なんて地味でいいんだよ。
つどい亭で酒でも飲みながら計画しよう。
パンドラ編END




