転生したらモンスターだった系
6階層【底なし沼】
薄暗い沼の森。
そこに、一匹の蛇が出現した。
「………」
モンスターが生み出されるなんて別に珍しい現象じゃない。
ここは100階層もあるダンジョンだ、毎日数千体以上のモンスターが勝手に誕生する。原理とかいろいろあるけど…まあそれは説明しなくてもいいか。
「…?…?」
「…ん?」
目の前で生まれた蛇の様子がおかしい。
感情のない無知なモンスターの反応ではない…なんか自分の現状が理解できずおろおろしている感じだ。
「おい」
「…!」
声をかけると、明らかな反応を示している。
珍しいな…生まれてすぐ自我が芽生えるモンスターなんて初めて見た。
“言語習得”
僕はスキルで蛇に言葉を与えた。
「これなら話せるだろう」
「………あ、あ」
発声練習をする蛇。
「あ…あなたは?」
「僕はミミックだ。お前は?」
「えっと、人間です。名前は…」
人間?
何をとち狂ったこと……僕は箱から鏡を取り出す。
「どう見ても蛇だろ」
「………え?」
蛇は鏡に映る自分の姿を見て茫然としていた。
この反応…まさか。
「お前、元人間の転生者か?」
「転生…者…?」
「覚えていないか?自分が死んだ時のこと」
「………」
しばらく考え込んだ蛇はハッとする。
「そうだ!私は道路で子供を庇って…そのままトラックに…」
やはり転生者だったか。
人間は死後、様々な運命を辿る。天国か地獄に行ったり、異世界に生まれて勇者になったり、神に拾われて玩具にされたり、モンスターに転生したり。
「お前は人間界で命を落とした。そして記憶を保持したままモンスターに転生したんだ」
「な、なんでモンスターに?」
「知らない、神の気まぐれだろ」
「そんな…」
蛇は落ち込んでいる。
人間として不慮の事故死を遂げ、転生したら薄暗いダンジョンで蛇になっていた。人間からしたら最悪の状況だな。
「諦めてモンスターとして生きろ」
「…」
蛇は弱々しく俯きながら僕を見る。
そんな目じゃ蛙も怯まないだろう。
「その…助けてくれたりします?」
「…」
この蛇…転生者だけど特質した力はないようだ。
ここは下の階層だから強い冒険者やモンスターはいない。でも転生したてのこいつでは、狙われたらひとたまりもないだろう。
「…いいよ」
「え、いいんですか!?」
「元人間でも、今は自我のあるモンスターだ。モンスター仲間として親切にしてやろう」
「ありがとうございます!」
蛇はぺこりとお辞儀をする。
とはいえ何をしてやろう。
取りあえず鑑定してみようかな。
「えっと…お前が転生したモンスターはナーガ種だな」
「ナーガ?」
「上半身が人、下半身が蛇の魔物さ」
モンスターの到達地点は人型になることが多い。
僕のようなミミックだって人型になるし、大ボスの中にも人型になって進化を終える奴が数体いる。
「では…いつか人間の姿になることも…?」
「上半身だけな」
「…それだけでも、何とか希望が持てます」
頑張れば人に近い生物になれるんだ、これは元人間にとって希望になる。
「…このスキルをやろう」
僕はこの蛇に三つのスキルを与えた。
“毒液”
“気配遮断”
“脱皮回復”
蛇の長所を生かせる無難なスキルだ。
弱いスキルだが使いこなせば、この階層でなら生き残れる。
「まず9階層にある“つどい亭”っていう酒場を目指せ」
「つどい…?」
「人間とモンスターが利用する酒場だ。隠されているから見つけるのに苦労するだろうけど」
この6階層から9階層まで到達する、それがこいつに与える試練だ。
甘やかしてチートスキルを与えると人間はダメになる。無難なスキルで苦難を乗り越え弱者の気持ちを知れば、立派なモンスターに育つ。
「そこの店員に“パンドラに紹介された”と言えば親切にしてくれる」
後のことはつどい亭の連中に丸投げしよう。
世話焼き好きなあいつらなら転生したモンスターなんて珍しい生物、頼まなくても面倒見てくれる。
「ありがとう…」
「礼を言うのは生き残れてからにしろ」
「いえ…蛇になってお先は真っ暗ですが、こんな親切なミミックさんに会えて幸先は明るいです」
「…親切なミミックがいるとか、変な噂広めるなよ」
※
久しぶりに一人でつどい亭で酒を飲んでいる時。
「あ、ミミックの人」
「ん?」
前に見かけたナーガの転生者と出くわした。
「…大きくなったな」
もうあの頃の小さい蛇ではない。
太さは大蛇レベルにまで成長していた。まだ上半身は人間に至ってないけど、もう一人前のモンスターだ。
「モンスターとしての生活は慣れたか?」
「ええ、最初は戸惑いましたが今では慣れたものです」
ナーガの転生者は尻尾を器用に利用して酒を飲んでいる。
「今なら君に一杯奢る余裕もありますよ」
「ほう、それならお前を助けた甲斐があったな」
「飲み倒れるまで付き合います」
「蟒蛇なんだよな…どれだけ飲めるか見ものだ」
今ではこのナーガも良い飲み仲間だ。
人助けをしても見返りは期待できないけど、モンスターを助けると見返りが期待できる。いや、モンスターに転生した人間は別物なのかな…?
どっちでもいいか。




