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ミミックの日常  作者: 本の繭
パンドラ編【短編】
32/50

92階層の大ボス“水液神”エト




 92階層【スライムの森】



 ここは一見すると普通の森だ。

 だが出現する野生のモンスターはどいつも強大、このダンジョン屈指の高難度エリアだ。生半可な冒険者では入っただけですぐ死んでしまうだろう。


 そんな険しい森の奥には、大きな国があった。


「…もうダンジョンには見えないな」


 これがモンスターだけで発展させたのだから大したものだ。


「パンドラ殿ですね、お待ちしておりました」


 大きな門の前で、一体のゴブリンが僕を迎えてくれた。

 コイツ…ゴブリンなのに実力は勇者以上だぞ。流石は90階層のモンスター、実力はどいつも魔王級ってことか。


「主から話は伺っております、どうぞ中へ…」


 ゴブリンは門を開けて僕を中に招待してくれる。


「どうも………お前、すごく強いな」


「はは…貴方や主に比べれば、まだまだです」


「下の階層に移住すれば魔王になれるぞ」


「真の強者ならば、弱者に紛れてボス面しようなどと考える愚か者はいません。それに我の命は主のためにあります故」


「そうか…愚門だったな」


 すごい忠誠心。

 これもエトの人望か。


 モンスターだから人望ではないか…魔望?


「お~い」


 門を潜ると、小柄な少女が手を振って僕を迎えてくれる。あれがこの階層の大ボス“水液神(スライム)”のエトだ。


「我が国へようこそ、パンドラ」


「うん。ここに来るのは初めてだったな」


「気軽に来てくれていいんだぞ?パンドラなら大歓迎なのに」


「ミミックは基本属性が引きこもりだから、そんな頻繁に外出ないよ」


「引きこもりって…まあいいや。それじゃあ早速だけど、俺の要件から済ませていいか?」


 そう言ってエトは軟体生物のくせにストレッチを始める。


「うん、いいぞ」


 エトは僕に用があって招待した。そして僕が招待に応じたのは、エトに用があるからだ。





 訓練場。


“水刃”


 エトが僕に向けて水の刃を放ち、僕は素手で攻撃を弾く。


「うーん…確かに前より威力は上がったけど“神喰狼(フェンリル)”の爪には及ばないな」


「やっぱりかー」


 エトの要件、それは僕をスキルの実験台にすることだ。

 大ボスになっても強くなるための努力は怠らない。だが大ボスの攻撃を受けきれる生物はそうはいない、僕みたいに丈夫なモンスターは実験台にピッタリだ。


「今度は防御だ、どんとこい」


 エトが防御態勢に入る。

 今度は防御実験、僕が攻撃するターンだ。


「じゃあ攻撃するぞ」


 僕はオリジナルのスキルを唱える。


“神突く”


 目に見えない牙で相手に嚙みつく遠距離スキル。

 大抵の物は粉々になる。


「ぐっ…!」


 エトが防御スキルで僕の神突くを防ぐ。


「大丈夫?」


「ああ…なんとか」


 防ぎきれてはないか…エトは息絶え絶えだ。

 それでも僕のスキルを受けて形を保ててるんだから十分防御は成功している。


「なあパンドラ…これ本当に初級スキルなのか…?」


「そうだよ。因みにこの技じゃ99階層の大ボス“古龍(エンシェントドラゴン)”にはかすり傷も付けられない」


「うへぇ…最強の座は遠いな」


 がっくしと肩を下とすエト。

 このダンジョンにいる九体の大ボス、その強さは極端にバラバラだ。中でもエトの実力は強い方、だからわざわざ僕に頼って強くなろうとしなくてもいい気がする。


「なんでそんなに強くなりたいんだ?エトは十分強いだろ」


「そうかもしれないけど…パンドラやファーヴニルの強さを見たらさ、その二体に負けないくらい強くなってこの国に住むモンスターを安心させたいよ」


 エトは拳を握って意気込んでいる。

 部下思いで国思い。強くなるためなら恥を捨ててでも僕に力を借りる。実に人間らしくて堅実なモンスターだ。こんなモンスターにこそ、このダンジョンの大ボスに相応しい。





「それでパンドラの用件ってなんだ?」


 訓練の休憩中、エトが僕の要件を聞く。


「ああ…実は僕、スライムの面倒を見てるんだ」


 僕は箱の中に収納していたスライムのスラっちを取り出す。

 前に三度目の再会を果たしたが、あれから全然成長していなかった。だから最強のスライムから育成について助言を賜りたく連れて来たんだ。


「これ、スラっちっていうんだけど」


「え…スライム育ててんの…?」


 エトはちょっと引いている。


「別にいいだろ、ただの暇つぶしだ」


「パンドラの育てるスライム…先を越されそうで怖いなぁ」


「強くする気はないから安心しろ」


 スラっちが目指すのは強大な大ボスではない、僕を楽しませてくれるオモシロ生物だ。


「なんかオススメの育成とかある?オモシロ生物にしたいんだ」


「オモシロ生物?」


「強いだけではつまらない、なんか面白い感じにしたいんだ」


「強さを目指すスライムを前になんてことを…」


 エトは苦笑いを浮かべながら鑑定スキルでスラっちのステータスを覗く。


――――――――――

ビッグスライム(スラっち)

レベル 31


スキル“再生”

   “超速再生”

   “捕食”

――――――――――


「無難なスキルしか習得してないんだな」


「なんかオススメのスキルとかあるか?」


「そうだな…再生があるから不死身だけど、スキル封じされたら死にかねない。“自動蘇生”も付けといた方がいいよ」


「そんなこと出来るんだ」


「形のないスライムだからこそのスキルさ」


「他にもなんか与えてやってくれ」


「…服だけを溶かすスキルとか、相手の感度を上げるスキルなんかがオススメだぞ」


「それ淫魔のスキルだろ…スラっちを汚すな」


「冗談だよ」


 こうしてエトと僕でスラっちの育成方法を話し合った。次のスラっちの活躍が楽しみだ。





 お互いの用も済ませた後、帰る前にエトが酒をご馳走してくれることになった。


「それじゃあ、かんぱーい」


 エトの合図で、エトの仲間のモンスターたちが飲み会を盛り上げてくれる。


「エト様、お酒を注ぎましょう」

「エト、この料理の食材は私が作ったんだよ」

「エトさん、あーんしてあげましょう」


「お前ら!俺じゃなくて客人をもてなせ!」


 エトは仲間に囲まれて楽しそうだ。


「申し訳ありません、パンドラ様」


 すると門で迎えてくれたゴブリンが僕の器に酒を注ぐ。


「この国に住む実力者は個性が強く、主を敬愛しています。故にそれ以外を蔑ろにする傾向がありまして…」


「エトは部下に慕われてるんだな」


「ええ…この国に住むモンスターで、主を尊敬しない者はいません」


 ゴブリンは誇らしげに主人のエトを語る。

 結局、コイツも主人を自慢したくて仕方がないようだ。


「やい、ミミック!」


 急に生きのいいハーピーの小娘が僕の正面に降り立つ。

 だいぶ酔ってるみたいだ。


「今は勝てなくても、エトはいずれお前を超えて最強のモンスターになるんだ!今に見てろー!」


「お、おい!」


 エトが慌ててハーピー娘を抑え込み、僕に頭を下げる。


「すまんパンドラ…気にしないでくれ」


「いいじゃん、野心があって。僕を超えられるよう頑張れ」


「簡単に言ってくれるな」


 エトがそうぼやくと、周囲のモンスターたちが立ち上がる。


「いやいや、エト様ならいずれ最強になってくれる」

「なんてったってエト様だからね!」

「最強に至るまでお供しますぞ」


 ハーピー娘に便乗して他のモンスターたちも囃し立てていた。


「お前らまで…!」


 仲間たちの勝手な言い分に呆れた様子のエトだけど、表情は心なしか嬉しそう。


 温かい主従関係だ。

 エトも始めはただの弱小スライムだったらしいけど、よくここまで成り上がれたな。


 このように九体の大ボスにはそれぞれ個性があり、強さがあり、仲間があり、大ボスに至るまでの過去がある。だからこそ、この過酷なダンジョンで成り上がることが出来た。


 僕も最初の頃は苦労したし…成り上がるのも楽じゃないんだよ、普通は。

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