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ミミックの日常  作者: 本の繭
パンドラ編【短編】
30/50

人間界キエルベーキ




 異世界には“人間レベル”と呼ばれる数値がある。

 それは異世界に住む人間の水準を数値化したものだ。このレベルが高ければ高いほど世界は繁栄し秩序がしっかりしている。


 人間界キエルベーキ。


 この異世界は、最悪であった。


 人間レベルゼロ。

 私利私欲で権力を振りかざす貴族が支配し、チート能力を手にした賢者と呼ばれる転生者が暴れ、力のない人間は道具のように虐げられる。常軌を逸した倫理観の無さ。


 そんな異世界が存在すれば、ダンジョンにも悪影響を及ぼす。


 そんな異世界は、()()()()()()()()()()()()()()()()滅ぼさなければならない。





「モンスターが攻めて来たぞー!」


 人間界キエルベーキの人々は戸惑っていた。

 今までの常識を遥かに凌駕する屈強なモンスターの軍勢に襲われ、混沌だった世界は更に荒れ狂っていた。未知のモンスターは次々と人間を食い殺し蹂躙してゆく。


「ふん…たかがモンスターに無様な」


 そんな絶体絶命の戦場に、ある男が舞い降りた。


「あ、伝説の賢者様だ!」

「レベル9999の賢者様が来て下さったぞ!」

「我々の勝利だー!」


 この世界の転生者、チート能力をもった賢者。

 普段は無自覚のまま欲に従って力を振るう醜悪な人物だが、こういった非常事態の時には体を張る。己の力を誇示すれば、群衆は自分を褒め称えるからだ。


「貴様がこのモンスターの頭目か。俺の世界で暴れて、ただで済むと思うなよ」


 そう言って賢者が剣を構える。


「…」


 対峙するモンスターは、九本の尾をはためかせた一匹の狐だった。


「レベル9999のぅ…」


 狐は退屈そうに呟く。


「いくぞ!」


“超究極禁術魔法・煉獄の炎”


 賢者は剣を天に掲げ、剣先から強大な炎の魔法を生み出す。

 しかし狐は動かなかった。


“オートスキル・悪意炎上”


 賢者が魔法を放ったその時。

 煉獄の炎は青い炎に包まれ消失した。


「馬鹿な…!?」


 その青い炎は狐の仕業であることは明白だ。しかし青い炎の出どころは狐にあらず、賢者自身から沸き上がるように炎上していった。


「ぐわああああああ!」


 その青い炎は賢者をも飲み込む。


「レベルなど飾りだ。妾に敵意を向けるとは、愚かじゃのう」


 この世界最強の賢者は、一瞬で灰になった。




 97階層【九尾の都】

 大ボス“妖魔王(ようまおう)

 レベル 9億9999万

 固有スキル【悪意炎上】





 とある王国では、モンスターの襲来に王政の貴族が慌てふためいていた。


「早く全ての門を閉鎖せよ!」


 貴族が衛兵に命令を下す。

 しかし、衛兵はその命令を承服できなかった。


「ですが、まだ民の避難が…!」


 もし王城までの門を閉めれば、下町の民は逃げ場を失う。衛兵の大切な家族は、まだ下町に残されたままだった。


「馬鹿者!我の身の安全こそが最優先だ!我以外の生物など全て無価値だ!」


「…!」


 貴族の言葉に衛兵は唖然とする。


 醜悪な貴族の傲慢。

 それを目撃した生物は、もう一匹いた。


「…おい!なんだあれは!?」


 貴族の目の前に現れた水の塊。

 最弱代表のモンスター、スライムだった。


「初めまして~」


「な、スライムが喋っただと!?」


 そのスライムは人間の言葉を使い、貴族に話しかけてきた。


「おい!早くこのスライムを処理せよ!」


 だが貴族は問答無用、衛兵へ始末するよう指示を飛ばす。


「えーいじめないでくれよー。ボクはわるいスライムじゃないよー」


 スライムは可愛い声を発しながらプルプル震えている。


「黙れ!モンスターごとき俗物が我の前に居ていいはずがない!口を利くことすらおこがましい!」


 しかし貴族は聞く耳を持たない。

 貴族は自ら、問答は不要と断言したのだ。


「…そうか」


“水刃”


 スライムから水の刃が飛び出し、貴族は真っ二つに両断された。


「な…!?」


 貴族の真っ赤な血が衛兵に飛び散る。唐突な出来事に衛兵の足は竦み、腰を抜かして尻もちをついてしまった。


「人間の虐殺は好きじゃないんだけど…悪いな。恨むならこの世界の神を恨んでくれ」


 スライムの姿は小柄な少女へと変貌し、冷たい眼光を衛兵に向けた。




 92階層【スライムの森】

 大ボス“水液神(スライム)

 レベル 50億3000万

 固有スキル【能力吸収】





 仕えていた主がスライムに両断され、次は自分の番と衛兵は死を覚悟し目を瞑っていた。


「…?」


 しかし、死が訪れない。

 衛兵は恐る恐る目を開けた。


「…ここは?」


 そこは城ではない、草木が生い茂る大自然の世界が広がっていた。


「あなた!」


「パパ!」


 呆然とする衛兵の元に駆け寄るのは、下町に置き去りにした妻と子だ。


「お前ら……それにみんな…!」


 よく見ると家族以外にも街の住人や、死を覚悟して前線に出た仲間たちの姿も見受けられる。もう死んでしまったものと諦めていた仲間たちが、全員無事だったのだ。


「これで全員ね。りょうか~い」


 何処からともなく聞こえる間の抜けた声。人々が声の先に目を向けると、そこには小さな子犬がいた。


「こほん…謹聴、謹聴」


 子犬が人の言葉で人々に呼びかける。この獣がモンスターの類であることは明らかだが、集まった人々に恐怖はなかった。


「この世界で犠牲者役に生まれた子羊さん、もう大丈夫。君たちはもう道具じゃないよ」


「…どういう…ことです?」


 衛兵が代表して子犬に問う。


「この世界は狂ってるから、君たち常人は別の世界にお引越しさせるさ~」


「…」


 子犬の言うことに人々は動揺していた。

 だが時間をかけて現状を理解すると、人々の中には歓喜する者、涙を流して喜ぶ者、手を合わせて子犬に祈る者、それぞれが自分の感情を露にしだした。


 この世界は間違っている。


 長年この世界で生きてきた常人なら、誰しもが脳裏を過る言葉だった。こんな夢のようなチャンスが来ないか、何度も夢見てきた。


 こんな破綻した世界に、未練などあるはずがない。


「そんで、そこのお偉いさん方」


「!?」


 子犬が睨んだ先で、身なりの良い小太りの貴族たちが狼狽える。


「君らはギリギリの合格だから、その事を肝に銘じておくように。君らが利益のために他人の命を奪ったこと、忘れちゃ駄目だよ」


「う…」


 モンスターの判定は甘かった。

 それは余所の異世界や他の神々から反感を買わないための処置でもある。


 人の道を外しても、更生の可能性を秘めた人間は選ばれる。生物としての考え方が微かにでも残っているのなら、生き残ることが出来るのだ。

 それだけ甘めに判定しても、この世界で生き残れる人類は一割以下という非常。もはや別世界の神々も文句は言うまい。


「目が覚めたら、平穏な世界が待ってるよ。それまでお休みなさいな」


“羊飼いの行進”


 子犬は温かい光を発ち、人々の傷ついた心と体を優しく包み込んだ。




 91階層【柔らかなる世界】

 大ボス“柔毛聖獣(もふもふ)

 レベル 7050

 固有スキル【神の真似事】





 異世界キエルベーキの遥か空、神界。

 この世界を作った神は絶句していた。


「そ…そんな、俺様の世界が!」


 突如現れたモンスターの軍勢に襲われ、世界はめちゃくちゃ。このようなシナリオを神は想定していなかった。


「クソ!こうなったら異世界チートを量産してモンスター共を一掃してやる…くくく」


 神は転生魔法を発動し、何百人ものチート転生者を生み出そうとした。


「次があると思っているのか?」


「え?」


 ザシュ


 突如、神の体がバラバラに引き裂かれた。


「ぎゃああああああああああああ!」


 神は断末魔を上げ床に散らばる。

 今まで一度も味わったことのない“痛い”という感覚。神は生まれて初めて感じる痛みに悶絶していた。


「き、貴様!フェンリルか!?」


 神は背後のモンスターを見上げる。

 銀色に輝く毛並みを靡かせた一匹の狼は、床に散らばった神を見下す。


「違う…」


 獰猛な牙をチラつかせながら狼は口を開く。


「貴様が生み出した、人間相手に尻尾を振って股を広げるフェンリルとは断じて違う」


「まさか…原初(オリジナル)のフェンリル…!?」


「誇り高きフェンリルの名を汚した罪、万死に値する」


 狼は鋭い爪を剥き出しにし、神の心臓部にゆっくりと爪を埋める。


「ま、待て!俺様の下につけば加護をやるぞ!」


 命乞いをする神に、狼は心底呆れたため息を吐いた。


「貴様の世界はここで打ち切りだ」




 98階層【強者の狩場】

 大ボス“神喰狼(フェンリル)

 レベル 56億5600万

 固有スキル【神性無効】





 世界に取り残された一人の男は、モンスターの襲撃からひたすら逃げ回っていた。


「クソ、俺だけは生き延びてやる!」


 己の保身だけを優先し、守るべき営みを放棄して駆け走る。それが本当に人として正しい行いなのだろうか。

 どちらにせよ、この人間は選ばれなかった。


「…!」


 全力で走っていた男だが、目の前の光景を見て足を止める。


「………嘘だろ」


 男は脱力し膝をついた。

 前にあるはずの道は途切れ、その先は断崖絶壁。球体だった異世界が三日月へと形を変えていた。


 いや、齧られた林檎と表現する方が正しい。

 ぱっくりと喰われていたのだ。


「…星なんて食べても美味しくないけど、仕事なら仕方ない」


 宇宙を漂う宝箱が、無残にも滅びゆく異世界を見下ろした。




 モンスター“災厄の箱(パンドラのミミック)

 レベル ?

 固有スキル【万物捕食】





 こうして異世界キエルベーキは、人知れず消滅した。

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