ミミック会⑥
50.5階層【魔獣窟】
カコン…
ししおどしの音が露天風呂に響く。
今回のミミック会は温泉宿一泊二日の旅だ。
魔獣窟で初の温泉宿が建ったと評判になっていたから、せっかくだからみんなで宿泊することになった。モンスターは温泉に入る習慣がないから敬遠されがちだったけど…
「いいものですね~温泉は~」
温泉に浸かり幸せそうなシュレ。
「この純米酒、美味しいな」
「冷えた漬物…味の濃いイカの塩辛に合いますね…」
ヒウチとタマテは酒を飲みながらつまみを食べている。
温泉に浸かりながら酒とつまみ。
さぞ美味しいのだろう。
「………僕も温泉に浸かりたい」
「ナナを洗い終えてからじゃぞ~」
僕の要望をツヅラが阻止する。
今回は“つどい亭”で働くミミックのツヅラと、従業員の人間ナナも旅行に参加している。
「なんで僕が面倒みなきゃいけないのさ…」
今はシャンプーでナナの長い髪をわしゃわしゃしている。
「パンドラと一緒がいいって、ナナが目で訴えてきたからのう」
「ぐぬぬ…」
「ほれ、シャンプーが目に入って辛そうだぞ」
ナナは全力で目をつぶっていた。
「わ、悪かったな…流すぞ」
「…」
まさかこの僕が子供の面倒をみる羽目になるなんて………親って生物はこんな大変なことを我慢してやってるのか。
※
「はぁ…やっとゆっくりできる」
ナナを洗い終え、僕は宝箱を温泉に沈める。
体の疲れは感じたことないけど、気疲れはそれなりに感じている。そんな疲れも温泉は癒してくれた。
「さあさあ、一献」
「うむ」
ツヅラがお酒を注いでくれた。
暖かい湯、肌寒い外気、冷えた酒。温度のコントラストがたまらないな。
「…」
ナナが僕の酒をジッと見ている。
「人間の子供はまだ飲んじゃダメだぞ」
「…」
不満げに膨れるナナ。
言葉は使えないが、会った頃より感情豊かになったな。
「パンドラとナナの絡みを見るの…密かに楽しみなんです…」
「わかります~!」
タマテとシュレがコソコソ話している。
僕としてはナナの面倒なんて御免なんだが…
「モンスターと人間だぞ、仲良くなってどうする」
「いいじゃないですか…種族が違っても…」
「…」
タマテの言葉に、僕は前に伝説の勇者と話したモンスターと人間の共存についてを思い出した。僕以外のミミックはどう考えているんだろう。
「シュレ、お前は人間が苦手だったよな」
「苦手です~」
「ナナはいいのか?」
「ナナは素直で可愛いです~。人間は当たり外れが激しいので苦手ですが~全ての人間を否定したりはしませんよ~」
シュレはふわふわした考え方をしている。
いや、方向性としては僕と同じなのかな…僕も冒険者を気分で助けたりしてるし。
「パンドラ…何か悩んでいるのですか…?」
タマテが真剣な表情で詰め寄ってくる。
「ん…モンスターと人間の共存についてちょっと」
「…」
タマテは頭がいいし、僕と同じミミックだ。
どんな意見を出すのか興味がある。
しばらく悩んだタマテが口を開いた。
「モンスターとか人間とか…そんな大きな枠組みに拘らなくても良いのでは…?」
「…どういうこと?」
「生物とは自分だけの交友関係を作り、自分だけの世界を作るのです…パンドラだって、ナナや恩人の賢者様のことを認めているでしょう…?」
「……まあね」
「気に入った生き物だけを受け入れるパンドラだけの世界…その中で共存すればいいのです…この温泉のように…」
「…」
ナナは楽しそうに温泉を泳いでいる。
ここに賢者がいれば良かったんだけどな…
「他人がどう思っていようとも…他人の世界なんて比較する必要はありません…私たちミミックはそれでいいと思いますよ…」
…なるほど。
タマテはモンスター界と人類なんてスケールで物事を考えない。ミミックは箱の中に自分だけの世界を作って、分け隔てなくあらゆる生物を受け入れていればいい。
なんで僕は共存について真面目に考えてたんだろう…
伝説の勇者に毒されたかな。
「パンドラにしては意外な悩みだな」
ヒウチが泳いで間に入って来る。
「あれだけ冒険者を気にかけているのに、その辺が曖昧だったのか?」
「ぐ…」
そう言われると言い返せない…
「うちの酒場だってそうだろう。わしにとって、あの酒場がわしの世界だ。“つどい亭”は知性がある生物なら誰でも受け入れておるぞ」
酒場の亭主であるツヅラはとっくに自分の世界を確立していた。そうでもないとモンスターと人間が共存する酒場なんて経営できないか。
「うん…みんなの考えは分かった」
ミミック仲間の意見は同意できる。
僕も、その生き方でいいと思う。
だが伝説の勇者は違う。
奴は本気で全ての人間とモンスターの共存を考えている。それは果てしない野望だ。言うなら、世界中をツヅラの酒場のようにするつもりなのだからな。
………
だが、絶対にあり得ないとは言い切れない。
今の僕ならそう思える。




