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ミミックの日常  作者: 本の繭
パンドラ編【短編】
29/50

ミミック会⑥




 50.5階層【魔獣窟】



 カコン…


 ししおどしの音が露天風呂に響く。


 今回のミミック会は温泉宿一泊二日の旅だ。

 魔獣窟で初の温泉宿が建ったと評判になっていたから、せっかくだからみんなで宿泊することになった。モンスターは温泉に入る習慣がないから敬遠されがちだったけど…


「いいものですね~温泉は~」


 温泉に浸かり幸せそうなシュレ。


「この純米酒、美味しいな」


「冷えた漬物…味の濃いイカの塩辛に合いますね…」


 ヒウチとタマテは酒を飲みながらつまみを食べている。


 温泉に浸かりながら酒とつまみ。

 さぞ美味しいのだろう。


「………僕も温泉に浸かりたい」


「ナナを洗い終えてからじゃぞ~」


 僕の要望をツヅラが阻止する。

 今回は“つどい亭”で働くミミックのツヅラと、従業員の人間ナナも旅行に参加している。


「なんで僕が面倒みなきゃいけないのさ…」


 今はシャンプーでナナの長い髪をわしゃわしゃしている。


「パンドラと一緒がいいって、ナナが目で訴えてきたからのう」


「ぐぬぬ…」


「ほれ、シャンプーが目に入って辛そうだぞ」


 ナナは全力で目をつぶっていた。


「わ、悪かったな…流すぞ」


「…」


 まさかこの僕が子供の面倒をみる羽目になるなんて………親って生物はこんな大変なことを我慢してやってるのか。





「はぁ…やっとゆっくりできる」


 ナナを洗い終え、僕は宝箱を温泉に沈める。

 体の疲れは感じたことないけど、気疲れはそれなりに感じている。そんな疲れも温泉は癒してくれた。


「さあさあ、一献」


「うむ」


 ツヅラがお酒を注いでくれた。

 暖かい湯、肌寒い外気、冷えた酒。温度のコントラストがたまらないな。


「…」


 ナナが僕の酒をジッと見ている。


「人間の子供はまだ飲んじゃダメだぞ」


「…」


 不満げに膨れるナナ。

 言葉は使えないが、会った頃より感情豊かになったな。


「パンドラとナナの絡みを見るの…密かに楽しみなんです…」


「わかります~!」


 タマテとシュレがコソコソ話している。

 僕としてはナナの面倒なんて御免なんだが…


「モンスターと人間だぞ、仲良くなってどうする」


「いいじゃないですか…種族が違っても…」


「…」


 タマテの言葉に、僕は前に伝説の勇者と話したモンスターと人間の共存についてを思い出した。僕以外のミミックはどう考えているんだろう。


「シュレ、お前は人間が苦手だったよな」


「苦手です~」


「ナナはいいのか?」


「ナナは素直で可愛いです~。人間は当たり外れが激しいので苦手ですが~全ての人間を否定したりはしませんよ~」


 シュレはふわふわした考え方をしている。

 いや、方向性としては僕と同じなのかな…僕も冒険者を気分で助けたりしてるし。


「パンドラ…何か悩んでいるのですか…?」


 タマテが真剣な表情で詰め寄ってくる。


「ん…モンスターと人間の共存についてちょっと」


「…」


 タマテは頭がいいし、僕と同じミミックだ。

 どんな意見を出すのか興味がある。


 しばらく悩んだタマテが口を開いた。


「モンスターとか人間とか…そんな大きな枠組みに拘らなくても良いのでは…?」


「…どういうこと?」


「生物とは自分だけの交友関係を作り、自分だけの世界を作るのです…パンドラだって、ナナや恩人の賢者様のことを認めているでしょう…?」


「……まあね」


「気に入った生き物だけを受け入れるパンドラだけの世界…その中で共存すればいいのです…この温泉のように…」


「…」


 ナナは楽しそうに温泉を泳いでいる。

 ここに賢者がいれば良かったんだけどな…


「他人がどう思っていようとも…他人の世界なんて比較する必要はありません…私たちミミックはそれでいいと思いますよ…」


 …なるほど。

 タマテはモンスター界と人類なんてスケールで物事を考えない。ミミックは箱の中に自分だけの世界を作って、分け隔てなくあらゆる生物を受け入れていればいい。


 なんで僕は共存について真面目に考えてたんだろう…

 伝説の勇者に毒されたかな。


「パンドラにしては意外な悩みだな」


 ヒウチが泳いで間に入って来る。


「あれだけ冒険者を気にかけているのに、その辺が曖昧だったのか?」


「ぐ…」


 そう言われると言い返せない…


「うちの酒場だってそうだろう。わしにとって、あの酒場がわしの世界だ。“つどい亭”は知性がある生物なら誰でも受け入れておるぞ」


 酒場の亭主であるツヅラはとっくに自分の世界を確立していた。そうでもないとモンスターと人間が共存する酒場なんて経営できないか。


「うん…みんなの考えは分かった」


 ミミック仲間の意見は同意できる。

 僕も、その生き方でいいと思う。


 だが伝説の勇者は違う。


 奴は本気で全ての人間とモンスターの共存を考えている。それは果てしない野望だ。言うなら、世界中をツヅラの酒場のようにするつもりなのだからな。


 ………


 だが、絶対にあり得ないとは言い切れない。


 今の僕ならそう思える。

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