伝説の勇者
100階層【青と緑の草原】
ここはダンジョンの屋上。
青い空、緑の草原。
空の中心には太陽。
草原の中心にはりんごが成った木が一本。
「………外れダンジョンか」
こんな何にもないところに冒険者が来るわけない。僕の出現はランダムスポーンだからこういうことも多々あるんだよね。
「…風が気持ちいいな」
心地よい風が僕の長い髪を撫でる。
自然の中で日光浴、たまには悪くない。
飽きるまでここでのんびりしようかな…
「ん?」
と思ったら、人間が草原の絨毯に足を踏み込んできた。
「…」
人間は僕の方に向かって歩いて来る。
あれは…
人間界で見た、伝説の勇者か。
「貴女が噂のミミックですか?」
伝説の勇者が話しかけてきた。
「…噂って何だよ」
「このダンジョンには、常識外れなミミックがいると」
「僕じゃない」
「私の目は誤魔化せませんよ。この最上階に入れる生物は数えるほどしかいない。それに直接会って確信しました、貴女は強すぎる」
「…」
言い逃れは無理だな。
僕の討伐が目的なのかな…ついに年貢の納め時がきたようだ。
「…貴女でしょう、このダンジョンで賢者を看取ったのは」
「…!」
あの賢者の知り合い?
賢者とは生まれたばかりの僕に名前と力をくれた、今は亡き世界を救った英雄のこと。別の賢者と勘違いしている訳ではなさそうだ。
「やはり………数年前、予知眼で賢者の最後を覗いたことがあります。宝箱の前でブツブツと廃人のように喋っていたが、あれがまさかミミックだったとは」
そう言って伝説の勇者は僕の前で膝をつく。
「賢者に墓を建ててくれたこと、深く感謝しています」
「…」
不思議な縁もあったものだ…
賢者と伝説の勇者に繋がりがあったなんて。
「戦闘の意思はありません。酒を持参しています、私と献杯をしませんか?」
「ほう…」
伝説の勇者は酒瓶と盃を取り出す。
酒飲みなら望むところだ。
「いいよ。言っとくけど僕、酒にはうるさいよ」
「ふふ…ご馳走しがいがあります」
伝説の勇者は盃に酒を注ぎ、僕に渡した。
香りがいいな…
「果実酒か」
「ええ、私と賢者の好物でした」
「ふぅん」
僕と伝説の勇者は同時に酒を呷る。
芳醇な果物、木々の香りは樽からか。
度数も丁度良い、人間味のある酒だ。
「いい塩梅でしょう?」
「うん…旨い」
僕が今まで飲んだ酒のトップ10に入るかも。
こうなったら僕もご馳走しないとな。
「僕からも酒を出そう」
宝物庫にしまっていた、とっておきの酒をご馳走しよう。
その酒を空いた盃に注ぐ。
「…不思議な香りですね」
「99層にいる古龍から貰ったんだ。羽毛ある蛇だろうが八岐の蛇だろうが我慢できない特上の酒だって。飲む覚悟はあるか?」
「ふふ…勇者なのだから逃げはしません」
再び、僕と伝説の勇者は同時に酒を呷る。
「ふぅ…」
「はぁ…」
…旨い。
旨い以外の感想が出てこない、不思議な酒だ。しかもとんでもなく飲みやすい上に火が点きやすい。これは危険な酒だぞ…
※
「最近、チートを持った冒険者がダンジョンで命を落としたと聞く」
伝説の勇者が話題を提供してくる。
「ああ、上の大ボスが駆除したらしい」
「そうか…」
「仇討ちするの?」
「………あはは!しないしない、私もアイツ嫌いだから!」
急に伝説の勇者が豹変した。
なんだこのテンション…
「無自覚なら何やっても許されると考えているのが気に入らない!無知は罪とは彼らの為にある言葉!」
「お、おう…」
「神は狂っている。あんな有象無象を量産し、勇者だ賢者だと偽の称号を与え優遇しているのだからね!」
「…お前がそんなこと言っていいのか?世界を救った伝説の勇者が神を冒涜するなんて」
「相手が貴女だから心置きなく話せるのよ」
伝説の勇者が屈託もなく微笑む。
それは僕がモンスターだから?
それとも賢者の知り合いだからか?
「それに神々に呆れているのは私だけではない。ここの95階層の大ボス“堕天使長”は神々に嫌気がさして自ら堕天使に堕ちたらしいよ]
「へぇ、アイツにそんな経緯があったのか…世も末だな」
「このダンジョンは自由だ、神の掌ではない。賢い生き物はこのダンジョンに住むなり、ダンジョンを利用して別の異世界に引っ越すなりしている」
「そうなのか…」
伝説の勇者はダンジョンについて僕よりも詳しいみたいだ。
このダンジョンの存在理由は誰も知らない。どうして突然こんな巨大な異空間が生まれたのか、僕だって判明できない。
「…このダンジョンって何なんだ?」
「さぁ、だがあの賢者が一枚噛んでいるのは確かだ」
「賢者が?」
「奴が行方を眩ませた時期と、ダンジョンが現れた時期が被る。それと私に向かって意味深なことを言い残していた。まったく何を考えているのだろうね…あの馬鹿は」
伝説の勇者は酒を呷りながら賢者を罵ってる。
…コイツはあの賢者について誰よりも詳しく知っているみたいだ。こんな機会は滅多にない、賢者についていろいろ聞いてみよう。
※
「賢者についてなんだが」
「ん?」
「賢者はなんで、一人で一生を終えようとしたんだ?」
僕の問いかけに伝説の勇者は悩む。
「賢者の考えることは私にもわからん。アイツは賢がある分、いろいろ知り過ぎたのだろう……神の悪戯による転生、チート、壊れステータス、人権無視、奴隷制度、自然破壊、理不尽………」
伝説の勇者は会話の息継ぎで酒を呷る。
「魔神族が私たちの世界に襲撃してきた時があった…」
「ほう」
「そのきっかけを作ったのは無作法な転生者なのだが」
「…容易に想像できるな」
「魔神族は賢者の故郷と、賢者が仕えていた王国を同時に攻めたんだ」
「へぇ、賢者はどっちを守ったの?」
「賢者は王国を選んだ…いや、選ぶしかなかった。当時のアイツは若く、権力や立場に縛られていたんだ」
伝説の勇者は盃に注がれた酒を眺めながら寂し気に語る。
「王国の脅威を退いた後、私は賢者に同行して奴の故郷に向かった。だが…間に合わなかった。滅んだ故郷を見た賢者の顔は、今でも忘れられない」
「…」
賢者が僕に言っていたことの意味が分かった。
世界は重い、犠牲にした者たちこそ守りたかった………自分の意思を貫けず大切な人を守れなかったことに悔いを残していたんだ。
「守った王国の方だが、国民の連中は誰も賢者に感謝しなかった。賢者なのだから王国を守るのは当然だと……故郷を犠牲にして当然だとね」
「えぐいな…」
その頃にはもう、賢者の心は折れていたのだろう。
モンスターに話しかけるほどだからな…
「賢者は、君みたいになりたかったのだろう」
「え?」
「立場に縛られず気ままに人助けができるモンスターにだ……賢者という立場なんて捨てたかったのだろう」
「…」
あの時の賢者にそんな真意があったのかは定かではない。それにしたって自分のやりたいことをモンスターに託すか普通。
モンスターとして、人間の考え方を否定してみるか。
「…知り合いの勇者が、モンスターと人間の共存を考えていた」
「ほほう」
「馬鹿げているよな。賢者といい、人間がモンスターと馴れ馴れしくするなんて」
「私はそうは思わないよ」
伝説の勇者はあっけらかんと答えた。
「ありとあらゆる生物には分かり合える可能性がある!私はそう信じている」
「…本気か?」
「もちろん!勇者は可能性があるなら諦めない、大団円以外を望んではいけない!」
「強欲だな…」
「君はミミックのくせに欲が弱いねぇ」
「ミミックが強欲だったら、箱の中で大人しくしてないよ」
「あははは!面白いものの考え方ね」
楽し気に笑う伝説の勇者。
これが勇者って生物か…
「伝説の勇者にだって許せない生物くらいいるだろ。かつての無作法な転生者とか」
「あれは例外。強大な力を有しているのに、生物の価値観を持ってないもの。私は生物としての常識がない奴らのことを“外物”と呼んでるわ」
生物ではなく外物ね…
世界滅亡を企んだり、生物の命を物みたいに扱ったり、自然や生態系を崩壊させたり、チートで世界の秩序を乱したりする生物。そいつらを外物と名付けているのだろう。
冷徹な割り切り方だが、勇者らしいと言えば勇者らしい。
「“外物”は滅んで良し!それが私と賢者が出した結論よ」
「達観してるな…」
「外物は置いといて…モンスターである君と人間である私が、こうして盃を酌み交わしている」
「…」
「だったらあらゆる生物が分かり合える可能性はあると思うよ」
…この勇者には迷いが無い。
もう信じるものを決めて、曲げるつもりはないようだ。
「もういい…どうやら勇者とモンスターとでは考え方が根本的に違うみたいだな」
「価値観のぶつかり合い、望むところよ!」
「勘弁してくれ…」
これ以上話してたら僕が折れそうだ。
※
その日…僕は生まれて初めて二日酔いをするほど、しこたま酒を飲んだ。
伝説の勇者もそうだったらしく、しばらくダンジョンの最上階で二日酔いに苦しんだ。後に堕天使長がやってきて僕と伝説の勇者を介抱してくれた。
二日酔いって辛いんだな…




