人間界
50.5階層【魔獣窟】
今日はダンジョンには行かない。
向かうのは人間界だ。
死にかけのダークヒーローと不本意にも約束をしてしまったからな。アイツから預かった指輪を、転生したアイツの手に渡るよう埋めてこないと。
「ちょっと人間界に行ってくる」
僕はミミック仲間にそう伝え、拠点で人間界に向かう準備をする。
「…大丈夫ですか?ミミックは目立ちますよ」
タマテの心配はもっともだ。
「大丈夫。人間に擬態できるから」
“擬態魔法”
魔法を唱えると、僕の宝箱は消え人間の足が生えてくる。
二足歩行は久しぶりだな…
「……そんなことできるの、パンドラさんくらいですよ~」
シュレが呆れながら僕の足を撫でる。
「別に難しい魔法じゃないよ、そのうち教えてあげる。人間の足ってけっこう便利だから」
これで見た目はどう見ても人間だ。だが裸だと不味いから冒険者から奪い取った衣服を着てっと。
よし、準備完了。
「お土産よろしくなのだ!」
ヒウチが呑気なことを言ってる。
そうだな…折角人間界に行くなら、いろいろ観光しようかな。人間は愚かだが、面白い物を生み出す才能に長けている。食べ物も美味しい物がたくさんあるだろうし。
「そんじゃ、ちょっくら行ってくる」
僕は人間界のゲートを開き、中に飛び込んだ。
※
人間界メグリアーテ【セルディア王国】
人間界はどこも欲にまみれた戦争を繰り返していた。
僕らモンスターから見れば、戦争など下らないし不毛すぎる。何故そんな腹の足しにもならないことするんだろう。
そんな戦争だが、今はもう無くなったらしい。
突如、ありとあらゆる異世界にダンジョンが生成されたからだ。ダンジョンという謎の脅威が生まれたから、人々は戦争よりもダンジョンの探索を優先した。
ダンジョンの存在が人々の争いを止めたと言ってもいい。
「どっちにしろ、しょうがない生き物だな…人間は」
さて…あのダークヒーローとの約束も終えたし、適当にお土産買って帰るか。魔獣窟と同じ方法で買い物できるかな。
「お前、あの時のミミック!?」
「ん?」
背後から声がかかる。
この声…聞き覚えがあるぞ。
「いつぞやの勇者か」
前に僕を討伐するため現れた勇者だった。
「なんでお前がここに!?」
「ただの観光」
「観光って…この街にはモンスター除けの結界が張られてるんだぞ!」
「あっそ、なら安全だな」
「………はぁ」
勇者は何か言いたげだが、諦めたように息を吐く。
コイツは僕との力の差を理解しているし、その辺のアホとは違う。僕に悪意がないことを知っていれば変に騒ぎ立てることはない。
「前のハーレム共はいないの?」
今の勇者は一人だけ。
僧侶と魔法使いはいない。
「ハーレムじゃない…今日は休みなんだ。三人は何処かへ遊びに出かけた」
「…一人増えた?」
「お前が助けた元奴隷の獣人族、あれから俺のパーティーに加わることになった。かつての主人はこれまでの悪事が暴かれ投獄されたぞ」
「ふーん…」
その一連の出来事は、千里眼で見てたから知ってたけどね。あの奴隷獣人は勇者パーティーに加わって楽しい日々を送っている。もう僕が心配することはない。
「なら勇者、一人で暇だな?なんか美味しい食べ物とか紹介してくれ」
丁度いい。
この勇者をガイドに雇おう。
「…別にいいが、気を付けろよ」
「何に?」
「この街にはいくつもの世界を救った伝説の勇者が住んでいる。お前みたいな天災級のモンスター、見つかったら排除されるぞ。いくらお前でも伝説の勇者が相手じゃ勝ち目はない」
伝説の勇者ね…
確かに見つかったら面倒そうだな。
「わかった、ならさっさと美味しい店を紹介しろ」
「……本当にわかってるのか?」
※
「どら焼き、ソフトクリーム、クレープ…どれも甘くて旨いな」
こんな美味しいものがあったなんて…
魔獣窟の料理は人間が生み出した料理を模倣したものだ。だがクレープみたいな甘味料はまだ魔獣窟では広まっていない。酒には合わないが、これはこれで有り。
「ほら、口元にクリームついてるぞ」
「むー」
勇者に口を拭かれる。
几帳面な奴だな。
「………」
勇者は僕の顔を見て考え込んでいるようだ。
「何を考えてる?」
「お前なら、鑑定とかで人の心くらい読めるんじゃないか?」
「読めるよ」
「なら読めばいいだろ」
「僕は気安く人の心を読んだりしないし、鑑定もダンジョンに挑む奴の称号を見るくらいだ。相手に無許可で全て覗くのは人権無視だろ」
「…モンスターがそれを言うのか」
「モンスターにだって品性はある。それに喋ってる方が僕は好きだ」
「………」
勇者はまた無言になる。
こいつ、会った頃から思い悩んでばっかだな。
「なぁ…」
「ん?」
「人間とモンスターに共存の道はあると思うか?」
「ない」
「即答か…」
何を思い悩んでいるかと思えば、そんなことか。
勇者らしいと言えば勇者らしいが…
「お前ら人間は種族どころか肌の色ですら受け入れきれてないだろ。そしてモンスターの九割は知性がないただの獣。そんな生物同士が共存するなんて不可能だ」
「だが俺はもう、お前と戦う気はないぞ」
「そんなこと言ってると、お前が人間界にいられなくなるぞ。そして僕に歩み寄ってもお前に居場所はない」
「…」
「差別も区別も必要、それが生物というものだ。お前は今まで通り僕らモンスターに敵意を持ち続けろ」
生物とは異物を排除する習性がある。
枠組みを外れ別の枠に入ろうものなら、有無を言わせず迫害される。それはどこの世界でも同じだ。だから人間は戦争を起こすし、僕らみたいな知性あるモンスターは魔獣窟を作った。
全ての生物が分かり合うなんて不可能だ。
「…!」
そんなことを駄弁りながら街を歩いていると、派手な団体が正面から迫って来た。その集団を見た勇者の顔色が変わる。
「おい、隠れろ!」
「なんだよ」
「伝説の勇者だ」
勇者に手を引かれ建物の間に逃げ込む。
伝説の勇者か…噂はよく聞くが、どんな奴だろ。
物々しい騎士たちに囲まれた若々しい女騎士。
あれが伝説の勇者か。
…なるほど。
外見は普通だが中身は鑑定するまでもない。
人間の常識を遥かに超えた力を秘めている。ダンジョン90階層に住む大ボスに匹敵…いや、それ以上か。こんな人間も存在するんだな。
「…」
伝説の勇者と目が合った。
「…!」
その瞳には、驚きの色が見えた気がする。
「おい、お前はもうダンジョンに帰れ。ここはモンスターが居ていい場所じゃないんだ」
勇者に帰るよう促される。
共存云々はなんだったんだ…
伝説の勇者か…あの反応が少し気になるが、別にいいか。
「そうする。じゃあな勇者、観光案内してくれてありがと」
「あ、ああ…」
僕はダンジョンに戻った。
異世界なんてこの世にいくつもあるけど、タマテやツヅラの言う通りこの異世界は当たりだな。旨いものはあるし、最強の勇者がいるし、まともな人間が多い。
転生したダークヒーローも喜ぶだろう。