ダークヒーロー
77階層【終わりなき螺旋階段】
僕らミミックは死体漁りを好まない。
生きた人間より死んだ人間から物を奪う方が安全で恨みも買わない。ならどうして生きた人間をターゲットにするのか?
それはミミックの習性だからだ。
「………」
ダンジョンを徘徊してると、男の死体を発見した。
身なりが良いから所持品にも期待できそうだが…やっぱり手を付ける気にならないな。
「ぐ……」
…まだ辛うじて生きてる。
毒……いや、呪いか?
随分と悪趣味な呪いをかけられてるな。
「…誰だ」
倒れてる男が僕のいる方を見る。
ステルス状態の僕に気付くとは…
「通りすがりのモンスターだ」
「ミミックか……俺を食うか?」
「お前が僕の宝箱を開けたらな」
「悪いが…もう宝箱を開ける力は残っていない」
「なら興味ない」
「……ふ、人懐っこいミミックだな」
「………」
懐っこいか…
どうも僕は死にかけている冒険者を見ると声をかけてみたくなる習性があるみたいだ。最初に会話をした相手が死にかけの賢者だったからかな?
「なぁ…ミミック、この指輪を貰ってくれないか?」
そう言って男は震えた手で懐から指輪を取り出す。見たところ珍しくない、シンプルな金の指輪だ。
「もうじき俺は死ぬ……どこぞの賊に盗られるのは癪だからな」
「どこぞのモンスターに渡すのはいいのか?」
「気配でわかる……お前はその辺の生物とは格が違う」
「…」
偽装してる僕の力まで見切ったのか…
やっぱコイツ、ただ者じゃないな。
「珍しい指輪じゃなさそうだけど、思い入れか?」
「ああ……恋人に渡すはずだった結婚指輪だ」
「へぇ、なら渡せばいいだろ」
「もういない、死んだ…俺が殺したも同然だ」
「…」
「家族も友も仲間も、世界を救う為の犠牲にした」
「ふーん…ダークヒーローって奴か」
「人柱……そう呼んだ方が正しい」
「あっそ」
綺麗事だけじゃ人間は共存できない。コイツはきっと、平和な世界を作る為の犠牲になったのだろう。
…あの賢者に似てるな。
「ていうか、僕に結婚指輪を渡すってどうなの?僕と結婚したいの?」
「…そう捉えるか」
男は小さく笑った。
「確かにお前は美しいが……あの世で彼女が待ってるんだ」
「殺したクセに、合わせる顔があるのか?」
「ああ…会って、謝りたい」
「…」
このタイプのヒーローは大概報われない。
正義とはいえ、コイツは悪事を重ねてきたのだろう。この理不尽で救いのない末路は当然の報い…
………
どれ、少し理不尽を追加してやるか。
「ちょっと頭貸せ」
「?」
僕は男の頭に触れる。
まずはコイツにかかった呪いを解くか。
えっと………けっこう複雑だな。
“解呪”
よし。
「……これは、馬鹿な…大聖女でも解除できない呪いが…!?」
「まだ動くな」
次はコイツの記憶を覗く。
悍ましい戦争、仲間の死、裏切り、迫害、逆恨み……こんなのはどうでもいい。
お、あった。
恋人との思い出。
………
ふ-ん、なるほど悲劇だ。
こんな不出来な異世界に生まれて同情するよ。
恋人の魂は…まだ転生していない。
なら魂の軌跡をコイツの魂に繋げてっと……
“転生繋ぎ”
よし、これでいいだろう。
「……何をした?」
「お前とその恋人。死後の転生先で出会えるように運命を結んだ」
「…!?」
「転生先はお前が住んでた醜い異世界とは違う、平和な異世界だ。この指輪は転生先に埋めておく。転生体が大人になれば埋めた場所がわかるだろう」
少し魂に細工を施した。
転生後はトラウマを含めてほとんどの記憶が消えてるだろうが、微かな記憶の欠片が二人を巡り合わせるだろう。
「結婚できない僕に指輪を渡すな、ちゃんと結婚相手に渡せ」
「………」
男は茫然としていた。
「大罪人の俺が…そんな幸せを得ていいのか?」
「今世ではダメでも、来世ならいいんじゃない?」
「……はは」
男は安らかな顔で笑った。
「来世で…お礼に行きたい、お前のことも記憶に残せないか?」
「却下」
「…」
冗談じゃない。
また変な噂が流れるだろ。
「ごほごほ…!」
男が咳き込む。
苦しそうだが、まだ死ぬ様子はない。
「しぶといな、お前」
「ああ……いつも俺一人だけ…生き残っちまう」
「殺してやろうか?このままだと苦しい時間が続くだけだろ」
「頼む……死ぬのが待ち遠しい…」
僕は手で男の視界を遮る。
「何から何まで…すまないな」
「来世の抱負はあるか?」
「……次は…大切な人だけを守るヒーローに…なるさ」
「そうか」
さて、無駄話もここまでだ。
安らかに眠る死の魔法。
“安死”
………
男は息を引き取った。
さて、後はこの指輪をコイツの転生先に埋めるだけだ。
…人間界に行くのか、面倒だな。