温故知新2
翌日となった。その日も昨日と同じく俺は五分前に集合場所についた。そして昨日と同じく、その集合場所にはアベル、サンドラが揃っていた。
「またあんたが最後なの?はぁ…まあいいわ。その代わり、今日のお昼のおごりはあんたね。」
おいおい、こっちだって集合五分前には来てんだぞ。不服そうな眼をしてサンドラを見つめていると
「じゃあ、帰りのバス代も追加ね。私たち、学生だけど大人料金で帰るから。」
と、さらに上乗せされてしまった。にしても学生なのに大人料金で帰ろうとするあたり、性格の悪さが滲み出てるねぇ。ああっと、そういえば言い忘れていたことがあった。それはサンドラが高校生だということだ。そう、今あいつが俺の目の前でひらひら振っている奴があいつの学生証だ。くぅ、むかつくことをしてくれるねぇ。俺はそのむかつきをせめても少しは返そうと厭味ったらしく
「ああそうだろうな。お前なんて学生証がなきゃ年増の女と同じだ。アベルなんて子供みたいなのにな!」
と言ってアベルのほうを振り返る。あんまり何もわかってなさそうだったがアベルは俺に満面の笑みでうん!とうなずいた。ああ、やっぱアベルはかわいいね。サンドラという厄災がやってきてからは俺の唯一の癒しだ。
「はぁ!?年増っていったほうが年増なんですけど!大体何よその服装!いい年した大人がなんでいっつもそんなだらしない格好してるのよ!探偵だか何だか知らないけどそういうちゃんとした仕事は寝言で言いなさいよね!ちゃんとした仕事が汚れるわ!」
ほう、愚かにも産まれてきてから一度も口げんかで負けたことのないこの俺に口喧嘩を挑むか、いい度胸だ。さっさと反撃してさっさとけりをつけてやろう。そう思って口を開きかけた途端
「す、ストップですぅぅぅぅ!」
とアベルが間に入ってきた。どうやらその小さな体で頑張って仲裁してくれたらしい。
「いいですか!これは“年増”といったログさんも悪いですし、ログさんを侮辱したサンドラさんも悪いです!ですから双方ともに謝るように!」
なるほど、確かに俺も言い過ぎたかもしれない。そう思って謝ろうとすると、
「…許さないんだからね!!!」
サンドラはそう怒鳴りつけるように言うと一気に踵を返して山へぷりぷりとしながら向かった。あまりに急な出来事過ぎてしばらく呆然としていたアベルと俺であった。
サンドラの後を急いで追い、何とか追いついた俺たちであったが、当然さっきの出来事をきれいさっぱりと忘れていつものように談話しながらとはいかなく、黙ったままひたすら歩いた。頂上に着けば和解するチャンスもあると思っていた俺であったが、実際着いてみてもそんなチャンスはなく、険悪な空気があたりを漂っていた。
「ログさん、多分、サンドラさん凄く落ち込んでますよ。」
そう言ってアベルが俺に駆け寄ってきたのは俺が作業に集中し、ほとんど先ほどの出来事を忘れた時であった。ん?サンドラはなぜ落ち込んでいるんだ?ああ、確かにあんな出来事もあったな。にしてもまだ引きずっているとは。その時の俺はいったんその出来事から離れていたこともあり、いい意味で吹っ切れていた。
「ああ、そうかアベル、分かった。」
そうアベルに告げると俺はサンドラのほうへと歩みを寄せた。どうやらサンドラは切り株の上でボーっとしているらしい。サンドラは俺が近づいてきているのを悟ると、急いで目線を逸らした。これはまだ相当ご立腹なようだ。俺は何気なくサンドラに近づくと、そっと隣に腰を下ろした。
「まだ…怒ってるのか。」
「…別に。」
サンドラの表情を確認しようとしたが、あいにく俺とは正反対のほうを向いているので確認のしようがない。回り込んでみればいいじゃないかと思っている読者。俺をド〇クエの敵だとでも思っているのか。
「さっきのことだが俺が悪かったと思ってるんだ。」
「…あっそ」
相変わらず帰ってくるのは無味乾燥の返事のみ。まあ、内容は伝わっていると思いたい。
「その…すまんな。」
そういうと彼女はいきなり立ち上がり、悔しそうな恨んでいそうな顔をしながら俺をにらんできた。
「何よ!いつもそうやって私が悪い部分もあるのに「自分が悪かった」の一点張り!いっつも私たちに譲歩譲歩譲歩!それじゃまるで…」
「…まるで?」
「…もういい!」
そう言って彼女はどこかへ走って行ってしまった。
言の顛末を話すと、意外にもアベルは納得しているようだった。
「まあ確かに僕もログさんのそのようなところが気になっていた節がありますからね。」
そのような節って何なんだよ。教えてくれ。
「いやぁ、それは…サンドラさんと解決すべきことには手を出せません。」
まあそういうことなら無理に話せということではない。サンドラと後々解決していこう。そんなことよりむしろ大事なのはその肝心のサンドラを見つけることだ。サンドラの去っていった方向を見つめると、アベルにぽつりとつぶやいた。
「とりあえず探そうか。」
「サンドラさーん!」
「サンドラー!」
少し高めの変声期を迎えていない男子の声と成人した男性の声が山の中を響き渡る。そう、アベルと俺の声だ。当然俺たちはサンドラを探しているのだが、一向に見つかる気配がない。一体何時間たっただろうか。いったん諦めてお昼を取ってからまた来るようアベルに提案しようとしたその時、
「あ、あれってサンドラさんじゃないですか?」
そこには確かにサンドラがいた。俺は急いで駆け寄った。そこで見たサンドラは少し異様だったかもしれない。というのもサンドラは鍬をもって土地を耕していたのである。それもさっきの服装のままでだ。見た感じであるが若干目にいつもの生気がないようにも見える。だがそんなことはその時はどうでもよかった。というよりかはそんなこと考慮できるほどの余裕が俺になかったのかもしれない。ましてや周りを見る余裕があるはずもなく、大切な仲間が急にどっかに行ってしまったという状況に焦燥感を感じていた俺はそのテンションのままサンドラに急いで駆け寄った。
「おい!サンドラ!どこに行ったのかと心配したぞ!」
しかし、反応はない。こいつ、まださっきのことを怒っているのか。そう思った俺は
「さっきのことは悪く思っている。だからサンドラ!戻るぞ!」
先ほどより耳元で言ってみたが反応はない。一体これはどうしたものか。まるで機械に話しているみたいじゃないか。困って辺りを見回すと、土地を耕していたのはサンドラだけではないことに気づいた。なんとそこには何十人といたのだ。俺は一瞬その光景にたじろいだが、すぐに気を戻してその集団をもっと注意深く観察した。すると、その中には見覚えのある顔があった。いや、あちらには見覚えがないかもしれない。しかし、こちらには見覚えがあった。それは先日の依頼人の夫であった。そいつも心なしか目が死んでいる。というより、ここにいる人すべての眼が死んでいた。俺はその人のもとへ駆け寄るとこういった。
「あ、○○さんの夫の○○さんですよね?私本日はあなたの捜索の依頼を受けてきました。ログ探偵事務所のログ・ジェインと申します。」
しかし、サンドラと同様に反応がない。普通の人間だったらこんなこと言われれば一瞬目を動かすなどのことがあってもいいのだが、ここにいるやつらには一切それがない。一体どうしたっていうんだ。そんなことを考えていると、後ろからアベルが追い付いてきた。アベルにもこのことを話すと、こんなことを言われた。
「もしかしたらみんな、一種の睡眠状態なんじゃないんですか?僕、こんな話聞いたことあります。睡眠状態だと人間は無意識の状態になるのでなんの刺激に対しても反応しないって。」
ほう、そんなものがあるのか。ということはあれか、みんな一斉にここで寝ていて寝相がたまたま畑作りだったってことか。
「いやぁ、僕には睡眠状態の寝相がこんなになるものなのかわかりかねますが、十中八九そんなことはないと思っています。ただ、こんなことができそうなものなら知っています。」
それは?
「それは…」
そこで切るとアベルは凄い自信のなさそうな顔になって付け足すようにこう言った。
「超能力…とか。」
ふむ、なるほど、確かにそんな気が俺もしていた。今回はアベルのその案に乗ってみてもいいかもな。となると、これを起こした張本人に話を聞いてみるほかないようだ。と言ってもそいつはどこにいるんだろうか。原因がとりあえずは分かったので落ち着いていた俺はそれとなくあたりを見渡すといかにも誰かいそうな屋敷を発見した。アベルに目配せすると、アベルもその存在に気づいたらしく、意外と近くにあることに驚いたのか、目を丸くしていた。
「うわぁ…いかにもって感じですね…」
「どうする?お昼食べてからにするか、今このままいくか。」
「もちろん今行きます。サンドラさんが心配なんで。」
アベルならそう言うと思ってたぜ。よし、そうと決まれば前進あるのみ。
書き直しの最中なんですが、これって最高に面白いですよね。ねぇ?