温故知新1
こんな話をよく聞く。「昔のほうがよかった」と。まあこれは主に社会地位的に高齢者と位置付けられる人からのものだが。しかし、そんな気持ちもわからんではない。なぜなら俺も思い出を思い返した時、確かに昔のほうが良いと思えてしまうからだ。しかし、それは昔の良かった思い出を悪かった部分のみ忘れて美化したからではないだろうか。つまり、我々の脳の能力で記憶しきれなかった部分を勝手に美化して補填したからではないだろうか。だからもし将来タイムマシーンなるものが作られてその時代に行ってみたとしても、記憶していたようなものとは違い、落胆するのではないか。さらに言わせてもらう。日本の開国以降に生まれた人でそんなことを言っている人がいたらそれは嘘だ。なぜなら、日本は開国以降西洋と同じく物質的な豊かさを求めて進化し続けている。そのため、昨年よりかは今年が、今年よりかは来年のほうが物質的に豊かになるのは至極当然のことである。であるから、物質的な豊かさで言ったら今が一番なのは眼に見えている事実だ。そう言うともしかしたら精神的な豊かさを引き合いに出す輩がいるかもしれない。昔に比べて今の我々の精神はすたれてしまったと。確かに現状、人類のIQは下がり続けていると聞く。しかし、こうは考えられないだろうか。個人一人ひとりの個性が尊重された結果、他に打ち勝つ必要性がなくなり、その結果、一種の競争力であるIQが低下したと。意識とはある事柄の連続性を把握するために生まれたものだという説がある。その連続性を把握し、他の生物に打ち勝つためだ。であるから当然、競争する必要がなければおのずとIQも下がるというわけだ。つまり、物質的豊かさを求めた結果、精神的な豊かさは置いてけぼりを食らったというわけではなく、むしろ意図しない形ではあるが、精神的な豊かさもちゃんと育まれていたというわけだ。
俺はいつも通り書斎で本を読んでいた。ただし、いつもと違うことがあった。それは彼女がいることだ。
「ねえ、ちょっと、なんでこんな小難しい本しか置いていないの?」
小難しいって、仕方ないだろ。俺が単にそんな趣味なんだよ。
「何それ、自慢?きっっっっも。」
そう、彼女の名前はサンドラ。先の事件でかかわった女性だ。
「ジェインさんはきもくありません!撤回してください!」
すかさずアベルが言う。
「はあ?あんたそっちの味方なの?私はお客様なのよ?そこらへん、分をわきまえなさい?」
するとアベルは自分では怖い顔をしているつもりなんだろうが、むしろかわいい顔でサンドラをにらんで、奥歯をギリギリ言わせながら「許さない…」と呟いた。
「へえ、やる気なの。いいわ、かかってきなさい。」
サンドラがそういうとアベルの怖い顔(?)は最高潮になり、ついには手を出そうとした。しかし、その前にサンドラに額を抑えられたアベルは全攻撃が空をかすめ、うなりながらも必死に抵抗していた。サンドラは涼しい顔で一言。
「いいわ、この際だから教えてあげる。わたしはあなたより上なのよ。次からはもっと敬いなさい。」
「ぐぅぅ…」
そんな光景を眺めながら俺は今日も平和だなぁと思っていた。
そんなある日、俺は新聞を読んでいた。まあこれは別段いつもと変わりがないのだが。
「行方不明者相次ぐ…
最近、撰奸山での行方不明者が相次いでいる。犠牲者は皆登山目的でその山に入っており…」
何やら物騒な話だと思った。だがこれは俺には関係ないと思ったので、そこらへんに捨て置いた。
それから数日、俺のところにこんな依頼が来た。
「…すいません、それで相談というのがですね。先日の行方不明者の事件って覚えていますか?」
依頼人はアベルにおいてもらったコーヒーを慌ただしく啜りながら言う。
「え?」
俺には関係ないと記憶の外に出していたので思い出すのに一瞬手間取った。
「ああ、はい、あの撰奸山の事件ですか?」
「はい、それです。」
「で、それがどうかされたんですか?」
「実は…うちの夫も犠牲者の一人なんです。一応警察にも捜索願を出したんですが、捜査が行われなくって…ですから、ここで個人的に探してもらおうと思うのです。」
なるほど、猫探しの人間版か。と言っても人間ってのは本能に従順じゃないからなぁ。これは苦労しそうだ。俺がこの依頼を受けようか受けまいか迷っていると、この話の内容を聞いていたらしいアベルが急に横から入って
「そんな悲しいことが…是非!僕たちにお任せください!」
と勝手に依頼を承諾しやがった。感極まり「本当にありがとうございます!」と言いながら涙ぐむ依頼人。その手を取りながら、アベルはちらりとこちらを向いて、「受けますよね?」とでも言いたげな目を俺に送ってきた。はぁ、これは苦労しそうだな。
翌日、俺は朝一で撰奸山へと向かった。集合場所につくと、アベルは虫取り網片手に虫かごを肩から掛けた姿で、俺に気が付くと大声で俺の名前を呼びながら、大きく手を振ってくれた。おいおい、俺たちは今から遊びに行くんじゃないんだぞ。依頼人の夫を探しに行くんだぞ。依頼人の夫を虫か何かだとでも思っているのか。そしてその横にはサンドラがさも当然のように立っていた。前の猫探しの時もサンドラはさも当然のようにいた。それが気になった俺はなぜいるのか聞いてみたが、従業員として当然の務めを果たすためらしい。そもそもお前を従業員とした覚えはない。そんなことを思いながらサンドラを見つめていると、先方もその視線に気づき、「何か?」とでも言いたげな視線を返してきた。いかにも怪訝そうな顔をされたのでその視線に恐れ入った俺は足早にアベルたちと合流した。
「いやぁ、ログさん!今日は楽しみですね!」
よしなさい、アベル君。君はこれから人探しに行くんですよ?ピクニックに行くようなテンションでいるのはいささか不謹慎ですよ。
「何、あんた、やっと来たの?ずいぶん遅かったじゃない。」
いやいや、これでも集合時刻五分前なんですが。サンドラさんたちが異常なだけではないでしょうかね。
「ふうん、あっそ。まあいいわ。さっさと向かいましょ。」
あっそってなんだよ。てか、俺へのあたり、強すぎませんかね?不満たらたらながらも健気にあとをついていく俺であった。
しばらくして山についた俺たちは、すぐさま捜索を開始した。と言っても、アベルは虫取りに夢中だし、サンドラはそこら辺の木の切り株に座って俺にそれらしい指示を出しているだけ。結局真剣に探してんのは俺一人だった。はぁ、疲れた。いったん休もうと近くにあった切り株に座ろうとすると、
「ちょっと!あんた!何休もうとしてんの!いつ休んでいいといった?」
と現場監督から檄が飛んできた。そんなに犠牲者のことを思うのならあなたも俺と一緒に探したらどうですかね。
「何言ってんの。現場監督がいなければむやみやたらに探して結局見つからずじまいになっちゃうじゃないの。」
普通の現場ならそうだろう。ただ、この現場監督の下では別だ。サンドラは思い付きで隠れていそうな場所を思いつくと、俺の言うことに一切耳を貸さずにその場所へと俺を駆り出す悪魔だ。おかげでどんなに危ない目にあったか。足元に落石したときはサンドラに殺意さえ覚えたね。
「ちょっと!手を止めない!さっさと作業を再開しなさい!」
そう怒鳴られた俺はへいへい、と作業を再開した。
結局午前は何も見つからず、昼になってしまった。しかし、お昼をもってきていない。さて、どうしたものか。そんなことを考えているとサンドラが照れた様子で弁当箱を出してきた。しかしそんなに照れる必要もないのに何を照れているのだろう。少し疑問に思ったが、腹が減っているのでとりあえず食べよう。弁当箱を開封するとアベルが
「うわぁ…全部ログさんの大好物ですねぇ…」
と言って目を丸くしていた。俺も弁当箱をのぞき込んでみると確かに俺の大好物である餃子ばっかだ。というかむしろ餃子しかない。よくもまあこんな偏屈な弁当が作れたもんだ。これは性格が色濃く表れてますね。
「か、勘違いしないでよね!別にあんたのために作ったってわけじゃないから!たまたま餃子の量が多かっただけだし!」
へいへい、そうですか。こちとらあんたに頼んだ覚えはありませんよ。呆れて目線を外すとその先には何か言いたげなアベルがいた。
「あ、あのぉ…」
ん?どうしたアベル?餃子が苦手か?
「いやそうじゃなくて…僕も弁当作ってきたんですが…」
ですが?まさかアベル!そんなことはないよな!そうだと言ってくれ!
そして餃子を多分一生分食べた俺は午後の作業へと移った。しかし、サンドラの様子がおかしい。午前はあんなに指示を出していたのに午後になってからはからっきし指示の一つも出してこない。気になった俺はサンドラにそれとなく近づき、それとなく聞いてみた。
「現場監督ごっこは午前で終わりか?」
「べ、別に終わってるわけじゃないし…ただ休憩させてあげてるだけだし…勘違いしないでよね!別に午前のは運動させてお昼をいっぱい食べさせようっていう魂胆があったわけじゃないから!」
こいつ本当にごっこ遊びはやめたんだろうなと思って訝しんでいるとサンドラは
「な、なによ。」
と言ってきた。まあでもこれで午後の安泰は保たれた。俺はサンドラに「別に」と告げてその場を立ち去ると、作業を再開した。
結局その日は何の手掛かりも得られなかった。つまり、ただのピクニックになってしまったというわけだ。次はもうちょっと山頂あたりを探そう。右隣で俺に寄りかかって寝ているアベルを見ながらそう思う俺であった。
読了ありがとうございます!評価感想お待ちしております!